第39話 道場で鍛えてもらった
楓師範に案内され、俺たちは山守家の道場へ向かった。中へ入ると、かなり広い畳敷きの空間が目に入る。壁際には木刀や弓、槍などさまざまな武器が整然と飾られていた。
「柔術でもこんなに武器を扱うんだな」
「うん。山守流柔術は古くから続く武術だからね。お爺ちゃんも刀や弓、槍を使いこなしてたよ」
「へぇ、すごいな」
威圧感のあった落葉翁の姿を思い出し、俺はあらためて感心する。
「最近は柔術と言えば投げや締めが主体と思う者も多い。もっとも時代に合わせて、そういったコースも用意しているがな」
楓師範が指し示す先には〈実戦式本格コース〉〈初心者安心コース〉〈現代式護身コース〉〈エクササイズ柔術コース〉といったメニューが並んでいる。
「これを落葉さんが?」
「あはは、それはお父さんが考えたんだよ。門下生を増やすにはニーズに合わせなきゃって、お爺ちゃんを説得してね」
なるほど。見た目と違い、楓師範は意外と柔軟らしい。
「冒険者はジョブストーンさえあれば何とかなると思いがちだが、基礎体力は鍛えておくに越したことはない」
香川さんの「体育会系が有利」という言葉を思い出し、俺は道場で鍛える意味を実感した。
「今は他の門下生がいない。ゆっくり鍛えていくといい」
――と言われ、覚悟を決めて道着に着替えることに。更衣室でシャツと袴を借りたのだが。
「ワンワン♪」
「ピキィ~♪」
モコ用の子供サイズの道着がぴったり、ラムも帯でくるりと巻かれ“道着風”に。帯を結んだのはモコらしい。可愛い要素が増えすぎてツライ。
道場へ戻ると、秋月も道着姿でストレッチをしていた。
「山守さんも?」
「せっかくだから体を動かそうと思って」
秋月は見た目以上に体が柔らかい。俺も負けじと準備運動を始める。
「おお、結構柔らかいじゃないか」
「はは、どうも」
楓師範に褒められてしまった。まぁ、柔軟性は秋月程ではないけどな。
とは言え、一時期随分と体を鍛えさせられたからな。
その後はモコとラムのストレッチを手伝い、一通り準備完了。ラムが一生懸命身体を捻る姿は可愛い以外の語がない。
楓師範の指導で受け身練習から乱取りへ。基礎から丁寧に教わるが……。
「フンッ!」
「うわっ!」
巨大な影が視界を覆い、次の瞬間、軽く投げられた俺は畳へドスン。受け身を取っても衝撃は大きい。
「ハハハッ、流石に疲れたか?」
「いやはや、こういうの久々でして」
「久々、ということは何かやっていたのか?」
「え? あぁ、部活とか……」
思わずごまかしたが納得してもらえたようだ。
「ワン!」
「ん? そうかモコもやりたいか」
「ワオン!」
モコが飛び出し、楓師範と乱取り開始。身長差はあれどモコの動きは鋭く、初級格闘術のスキルが活きているのがわかる。続いてラムも挑戦。投げられてもゼリーのように弾み、まったくダメージを受けない。
「防御面は完璧だな、ラム」
「凄いよラムちゃん!」
「ピキィ~♪」
笑顔でラムを褒める楓師範と紅葉。ラムも気分が良いのか声を弾ませていた。
「随分熱心ですね。根を詰めすぎても良くありませんよ。そろそろ休憩なさっては?」
月見さんが麦茶の入った急須とグラスを盆に載せて現れた。
「ありがとうございます」
俺たちは畳に座り、冷えた麦茶を喉に流し込む。モコとラムには冷やしたビスケットも用意されていた。菊郎も隣で尻尾を振っている。
熱気に満ちた道場に爽やかな風が吹き、俺は深く息を吐いた――。




