第3話 ダンジョンで見つけた初モンスター
何かがいたのは見間違いじゃない。すぐに隠れたけど、確かに二本脚で立つ犬――噂に聞くモンスターだろうか?
二本足で動く犬型のモンスターと言えばコボルトだ。武器を使い、意外と手強いタイプとネットで読んだことがある。
ただ――知識にあるコボルトよりずいぶん小さい。抱えられそうなほどの子犬サイズだ。
見てしまったからには無視できない。俺はサバイバルナイフを握り、ゆっくり先ほど気配のあった場所へ近づいた。
岩陰のすき間から、先のとがった三角耳とふわふわの尻尾だけが覗いている。尻尾は怯えた子犬のようにブルブル震えていた。
もしかして、俺を怖がってる?
「あの――」
声を掛けた瞬間、尻尾がビクッとはねて岩陰に引っ込み、すぐにそろりと小さな顔がのぞく。
毛色は淡いクリーム。ボタンのような黒い瞳が俺を見上げ――
「キャウン!?」
ひと鳴きして、また奥へ隠れてしまった。――ナイフを持っているせいか。
襲う気配はまったくない。むしろ震えている。罪悪感がこみ上げ、俺はナイフを腰にしまった。
「ごめん、ごめん。脅かすつもりじゃなかったんだ」
岩の裏をのぞき込むと、子コボルトは壁に背をぴたりとくっつけ、半泣きで俺を見ていた。体は小柄、腕は細く、耳はしょんぼり垂れている。まるで迷子の子犬だ。
「本当にごめん。でも、どうして――ああ、ここはダンジョンだし、いてもおかしくないか」
ナイフを見せないように両手を広げ、できるかぎり低い声で話しかけると、子コボルトの肩の力が少し抜ける。黒目がちの瞳が、好奇心と警戒の間で揺れていた。
そのとき――
――グゥゥゥ~
子コボルトのお腹が、情けなくも大きく鳴った。
「もしかして、お腹が空いてるのか?」
「ク~ン……」
か細い鳴き声が返る。見ると、よだれをこらえるように唇をきゅっと結んでいる。きっとさっきのカレーの匂いにつられて来たんだろう。
「ちょっと待ってろ」
俺は拠点の鍋へ戻り、カレーとライスを器によそって戻ってきた。子コボルトは首を傾げながら、くんくんと匂いを嗅いでいる。
「ほら、これがカレーってやつだ。よかったら食べてくれ」
器をそっと差し出すと、子コボルトの瞳がぱあっと輝く。用意してきたスプーンを握らせ、俺はジェスチャーで使い方を示した。
「ワウ?」
「ああ、そのまま掬って――そうだ、上手いぞ」
子コボルトは見よう見まねでスプーンを動かし、カレーをひと口。
「ワウッ! ワウワウワウ!」
尻尾をプロペラのように振りながら、夢中でカレーを頬張る。頬はむくむく動き、耳は嬉しそうに立ったり倒れたり。あまりの喜びように、見ているこっちまで頬がゆるむ。
「クゥ~ン……」
器をきれいに舐め尽くすと、子コボルトはとろんとした目でこちらを見上げ、しっぽをパタパタ振ってすり寄ってきた。
「おかわりが欲しいのか?」
「ワウ!」
前足――いや小さな手を胸の前で揃え、こくこくと何度も頷く。まるで「お願いします!」と言っているみたいだ。
「はは、いいぞ。カレーはまだある。ほら、こっちへおいで」
俺は子コボルトを連れてテントのある拠点へ戻り、鍋から山盛りのカレーをよそってやった。
大きなスプーンで夢中になって食べる姿は、人懐っこい子犬そのもの。お腹が満たされると、今度は俺の膝に頭をこてんと預けて目を細めた。
――まさかダンジョンにこんな可愛いモンスターがいるなんて、思ってもみなかったな。