第35話 山守家に行く
「……あ、電話!」
冒険者ギルドを出て駐車場へ向かう途中、秋月がスマホを取り出して小さく叫んだ。呼出音が山の空気に澄んで響く。
「俺たちのことは気にしないで、出ていいよ」
「うん、ありがとう」
秋月は少し離れ、スマホを耳に当てる。俺とモコ、ラムはアイドリング中のオフロード車のそばで待機だ。
「私は大丈夫。山の管理も任せて――うん、今は一緒に来てくれた人と……うん実はダンジョンでね――わかった。じゃあ、寄れたら寄るね」
短い通話を終えて戻ってくる秋月の表情は、少しだけ困ったようでもあった。
「風間さん、すみません。実家から“ダンジョンで暮らす人が増えたなら顔を見せてほしい”って……。帰りに寄ってもいいでしょうか?」
「家族水入らずの場に、俺たちがお邪魔していいのかな?」
「むしろ会ってみたいそうです。モコちゃんとラムちゃんのことも気になるみたいで」
ならば挨拶を兼ねて行くべきだろう。モコもラムも「行こう行こう!」と言わんばかりに尻尾や体を揺らしているし。
「了解。ご迷惑でなければお供させてもらうよ」
「ありがとうございます!」
◆ ◆ ◆
車は国道を抜け、中山町へと入った。陰蔵山と陽輝山の間に広がる里山の町だ。窓を開けると、木々の青い匂いが鼻をくすぐる。
「ここが私の実家です」
案内されたのは、土塀に囲まれた平屋造りの日本家屋。重い瓦屋根と格子戸、ほどよく刈り込まれた松――手入れが行き届き、古さより“風格”が勝っている。
「すごい……旅館みたいだ」
「ワンワン!」
「ピキィ~♪」
モコとラムも興味津々で門柱を見上げる。思わず背筋が伸びた。山を相続する家柄だけあって、歴史ある旧家なのだろう。
「俺なんか上がり込んで大丈夫かな。菓子折りでも買えばよかった」
「本当に気にしないで。両親は普通の人だから」
苦笑する秋月に手を引かれ、漆喰塀の門をくぐる。
「お姉ちゃん、お帰り~!」
「ワウワウワウッ!」
正面の石畳を、柴犬より一回り大きい白犬が駆けてくる。この大型犬には覚えがあるな――背中には真っ赤なワンピースの少女の姿。
「ただいま、紅葉。菊郎は今日も元気だね」
「ワオン!」
秋月に頭を撫でられ犬も嬉しそうだ。それにしても菊郎と紅葉か、俺の記憶が正しければ間違いないだろう。
「あれ? お姉ちゃん、そのお兄ちゃんって……!」
少女が俺とモコを見た瞬間、その顔がぱっと明るくなる。
「あ~~~! 前に会ったお兄ちゃんと、かわいいモコちゃんだ~!」
やっぱり同じ子だった。ホームセンターで、今みたいに菊郎にのって現れたからよく覚えてる。
そして――思い出す。彼女の母親が口にしていた“山を継いだ姉”の存在。それが秋月のことなら、すべての線がつながる。
意外なところで巡った縁に、俺は目を丸くしながら、山守姉妹を見比べていた――。