第34話 仮登録完了?
「まったく、ギルドマスターにも困ったものですね」
受付所に戻ると、香川さんが眼鏡を押し上げながらため息をついた。手元には俺の検査結果と書類一式。
「健康面は特に問題ありません。体力も冒険者としては及第点です」
そう評され、胸をなで下ろす。山歩きには慣れているとはいえ “冒険者基準” は未知数だったからだ。
「では、これで仮登録は完了となります」
「ありがとうございます、て――仮登録?」
「ワオン!?」
「ピキィ!」
「え? 仮なんですか!」
俺とモコ、ラム、そして秋月が一斉に身を乗り出す。
「落ち着いてください。仮登録のあと必ず講習を受けていただきます。正式登録はその修了後です」
なるほど。確かに何も知らないままダンジョンに放り込むわけにはいかない。
「すみません、早合点しました」
「よくあることです。先ほども二人、同じ説明をしたばかりですから」
誰のことかは言わずともわかる。
「講習日は十四日以内に選択してください」
香川さんは卓上のカレンダーをこちらへ向けた。日付のいくつかに淡い赤ペンで「×」が書かれている。枠が埋まっている――という合図なのだろう。
「――この『×』のある日は既に予約で埋まっています。空いているのは、ここ・ここ・それと……ここですが、この枠も残り僅かなので、別の日を選ぶのもいいかもしれませんね」
わざわざ強調された“ここ”は、きっと“例のふたり”と同席になるのだろう。俺は心の中で頷き、その日を避けるように視線を滑らせた。
「それなら、三日後の木曜日でお願いできますか」
「承知しました」
香川さんは予定を入力し、仮登録証と注意事項の冊子を手渡してくれた。免許証サイズのカードには俺の顔写真が印刷されている。
「これで本日の手続きは終了です――他に質問は?」
「あの!」
秋月が勢いよく手を挙げた。
「仮登録中でもダンジョンでの生活を配信することは可能でしょうか?」
「ダンジョンで生活、ですか……中々とんでもないことを考えますね」
香川さんが眉間にシワを寄せて答えた。マズい、ここはしっかり説明しておかないと。
「彼女が所有する放置ダンジョンで、危険はありません。そこで生活配信をしたいのですが」
「放置ダンジョンですか……」
香川さんの視線がモコとラムへ。怪訝な顔をしている。
「見てのとおり危険はまったくありません!」
「そうですよ! だって――こんなに可愛いんです!」
秋月がラムを、俺がモコを抱き上げる。二匹は「僕たち安全!」と尻尾や体を揺らした。
「あまり虐めるなよ」
背後から低い声。小澤マスターだ。
「マスター、私は規則に従って――」
「固いなぁ。役所そのものだ」
「冒険者ギルドは公共団体です。職員は公務員に相当します」
「お前、本当にぶれないな」
苦笑する小澤マスターを横目に、香川さんはキーボードを叩いて可否を検索している。
「……例がありませんね。そもそも仮登録の段階ではダンジョンに入ることも許されないのですから、放置ダンジョンとはいえやはり――」
「配信したいのか? いいぞ。ただし危険のないようにな」
「やった!」
「ワン!」
「ピキィ~♪」
香川さんの文言の途中で小澤マスターが割って入って許可してしまった。秋月と二匹は跳ねて喜ぶ。だが――
「マスタぁああああ~! さっきから何を勝手なことばかり!!」
「待て待て落ち着け! 殺気をバラまくな!」
ゆっくりと立ち上がる香川さん相手にマスターが両手を振りながら宥める。怒らせると怖いタイプらしい。
「もちろん条件はある! 普通の配信の範囲内であって危険な行為はNGだ! 今配信している場所がダンジョン内だと明かすのもダメ。仮登録中であることを明示すること。常識の範囲でやってくれ!」
まくし立てるマスターに香川さんがため息をつく。
「――わかりました。条件は明文化して書面でもお渡しします。くれぐれも仮登録中であることを忘れないように」
「もちろんです! 風間さんのことは私がしっかり監視しておきますので!」
秋月が胸を張る。モコとラムも俺に抱きつき「お任せあれ」とでも言いたげだ。
「それでは質問がなければ今度こそ仮登録を終了します。講習の日に遅れないように。また非常識な行動は慎んでくださいね」
「は、はい。わかりました」
こうして冒険者としての仮登録は終了し、俺たちは冒険者ギルドを後にするのだった――