第30話 注射が苦手?
「そ、そうなんですよ。本当こうやって改めてステータスを確認すると喜びも一入で。ははは!」
俺は苦しいながらも何とかごまかそうと必死だった。
「そ、そう。まぁ別にいいけどね」
どうやら立川さんも納得はしてくれたらしい。ふぅ、よかった。俺は書かれていたステータスを思い出す。そういえば使役者の名前がしっかり俺になっていたな。名前も俺がつけたままだった。
よく考えると不思議だけど、モコとラムに懐かれたからなのだろうか。
どちらにしてもそのおかげで助かったな。そこに名前があったからこそ、そこまで追求されなかったわけだろうし。
「次に採血と体液採取。注射器を使うわよ」
そんなことを考えていると、立川さんが金属トレーから長い注射器を取り上げ、ラムとモコに近づいたのだが――
「クゥゥ~ンっ!?」
「ピ、ピキィィ~~!!」
モコは尻尾を股に挟み、ラムはゼリー状の身体をひゅっと細く縮めて俺の足の裏にへばりつく。二匹そろってガタガタ震え、耳とプルンッとした体をペタッと寝かせる姿は、見ているこっちまで切なくなるほどの怯えぶりだ。
「そこまで怖がらなくても、ちょっとチクッとするだけよ」
立川が苦笑しつつ針を構えるが、モコは涙目で「くぅ~~」と鼻を鳴らし、ラムはプルプル震え過ぎて肩乗りスライムから“肩マラカス”状態になっている。肩の上で小刻みに震えるせいで、俺の頭も貧乏ゆすりみたいに揺れてしまった。
「えっと先生……どうしても、ですよね?」
「当然よ。健康証明がないと街中に連れて歩けなくなるわ。大丈夫、ちょっとチクッとするだけだし、1秒で終わるわ」
ぐうの音も出ない正論。俺はしゃがみ込み、二匹の視線を合わせる高さまで降りた。
「モコ、ラム。怖いのはわかる。でもこれが終われば安心して外にも行けるんだ。俺がついてる。頑張ろう」
そっとモコの前足を握り、もう片方の手でラムの頭を撫でてあげると、モコは目をぎゅっと閉じ、ラムはぷるぷるしながらも小さく頷いた――気がする。
「ワ……ワン!」
「ピキッ!」
覚悟の鳴き声。立川が素早く針を刺し、わずか数秒で終了。
「はい、おしまい」
モコはぽかんと目を開け、ラムも「もう終わり?」と言わんばかりに揺れる。立川さんの腕も良いのだと思うが、本当に一瞬の体感だったらしい。
「えらかったぞ!」
俺と秋月でモコとラムを愛情たっぷりに撫でると、二匹は尻尾と身体をめいっぱい振って喜びを表現する。
「これで検査は完了。結果は分かり次第送るわね」
立川が事務的にまとめながらも、名残惜しそうに二匹を見つめる。
「……あの、少しだけ撫でてもいい?」
「モコとラムが嫌じゃなければ」
「ワン!」
「ピキキィ~♪」
了承の鳴き声を聞いた立川は、目尻を下げて頬をほころばせる。モコのふわふわとラムのひんやりぷにぷにを交互に撫でては「はぁ~癒やされる」ととろけていた。
「ありがとう。いい気分転換になったわ。業務に戻らなきゃね」
満足げに笑う立川に頭を下げ、俺たちは検査室を退出。廊下を曲がったところで、前方から長い黒髪の少女が歩いてくる。見覚えのある和装姿――
「貴方、ホームセンターで会ったわよね?」
彼女――天野川 雫が柔らかな声を掛けてきた。




