第21話 山とダンジョンの後継者
「――もしかして、お爺さんはもう…?」
嫌な予感を押し殺しつつ尋ねると、秋月は小さく頷いて目を伏せた。
「はい。数か月前、自宅で倒れて……そのまま帰らぬ人に。私は大学の講義中に連絡を受けて、慌てて駆け付けたんですけど──」
彼女の声が震える。厳格だった落葉さんの背を見るように、胸がきゅっと締め付けられた。
「いい人だったのに、あっけないもんだな……」
「そ、そうですよね! お爺ちゃんはいい人ですよね!」
秋月はぐいっと前のめりになり、大きな瞳で俺を見つめた。近くで見ると睫毛が長く、幼さの残る表情だが、芯の強さがにじんでいる。
「あの人は山には厳しいけど、本当は誰より山を愛してたんです! 山を荒らす人を怒鳴りつけても、ルールを守る人には焚き木も野菜も分けてくれて……」
その口調は弾丸のように熱い。俺は頷きながら当時を思い出した。雨の日にテントを張り損ねた俺に、彼は無言でタープを貸してくれた。あの視線の奥には、確かな優しさがあった。
「でも親族には誤解されたままなんです。相続の場でも“負の遺産”だなんて……。だから私、思わず啖呵を切っちゃって」
「啖呵?」
「ええ、『この山は私が受け継ぎます!』 って」
モコとラムが「ワン!?」「ピキィ!」と声を揃える。俺も思わず前のめりになった。
「君が相続人に? すごい決断じゃないか」
「覚悟だけはありました。でも実際は……」
秋月は眉根を寄せ、指先でスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「維持管理費が想像以上で。放置ダンジョンでも『ダンジョン税』が年間八十万円、固定資産税を合わせると百五十万円近くかかるんです」
「百五十……!」
想像以上の数字に喉が鳴った。普通の山林なら大した額ではないが、ダンジョン付きとなれば税率が跳ね上がる。宝が採れれば回収できるものの、このダンジョンは“空振り”扱い。赤字しか残らないわけだ。
「お爺ちゃんの遺産は、両親は家を引き継いだのですが、それ以外ぜんぶ他の親族が持っていきました。私にはこの山とダンジョンがあれば満足ですが、それでも生活費を削って納税して……正直ギリギリです」
彼女の苦笑が胸に刺さる。守りたい場所と厳しい現実――その板挟みに、まだ若い彼女は一人で立ち向かっているのだ。
「それでこの洞窟の様子を確かめようと? 汚いとか、ゴミ捨て場って言われていたから?」
「はい。ですが先程の話を聞いて驚きました。確かに壁の落書きも無いし、ゴミも落ちてない。それだけで救われた思いです」
「それなら良かった。俺とモコ、それにラムで掃除した甲斐があるよ」
「ワン!」
「ピキィ!」
モコが得意げに胸を張り、ラムがぷるぷると体を揺らして同意する。
「この子たちが……お手伝いを?」
「ワンワン!」
「ピキィ~♪」
秋月は感嘆の声を上げ、二匹を抱き上げた。毛並みとゼリーの感触を交互に堪能しながら、頬をとろけさせる。
「うぅ~……最高ですぅ……! こんなに可愛いのに、山のお掃除まで……っ」
モコは尻尾をブンブン振り、ラムは嬉しさで上下に体を伸縮させている。見ているだけで気持ちが温かくなった。
この様子を見るに、モコとラムもすっかり彼女に懐いているようだな――




