第18話 腕輪
ジョブストーンは、専用の腕輪や首飾りに“嵌め込む”ことで初めて力を発揮する――というのが通説だ。だが俺は、その肝心の装具を持っていなかった。
タブレット端末でオークションをのぞく。検索欄に【ジョブストーン用ソケット腕輪】と打ち込むと、一覧に並んだ落札価格はどれも高い。最安でさえ百万円をゆうに超え、上は三百万円超えの品まであった。
「うわ……やっぱり高いなあ」
「クゥ~ン」
「ピキィ……」
モコとラムにも画面を見せつつ溜息をつく。立ち退き料でそこそこの額は手にしたが、こんな大金を一気に注ぎ込めるほど余裕はない。何とか安く手に入れる方法はないものか。リサイクルショップ? 個人取引? いずれにせよ街に下りる必要がありそうだ。
と、俺が画面とにらめっこしていると、モコが「クゥ~ン」と一声鳴いて袖にすり寄ってきた。俺が困っているのを悟って慰めてくれているらしい。温かな毛並みが頬に触れ、少しだけ気持ちが軽くなる。
「ピキッ! ピキィ~!」
続いてラムが肩に跳び乗り、興奮したように高い声で鳴いた。どうやら単に慰めるだけではなく、別の意図があるように思える。
「ラム、どうした?」
「ピキッ! ピキイィィイ!」
次の瞬間、ラムの身体の一部がポンッと分裂し、ゼリー状の塊が床に落ちた。
「お、おいラム! 大丈夫か!?」
「ワンワン!」
慌てて駆け寄り、ラム本体を抱き上げる。モコも心配そうに覗き込んだが、ラムはケロリとした様子でぷるぷる震えた。どうやら痛みはないらしい。その視線の先――分裂した塊は輪っか状に固まり、床の上で形を整えていた。中心には浅い凹みがある。
「これ……腕輪?」
「ピキ~♪」
ラムが得意げに鳴いた。タブレットで見せた画像を記憶し、真似て作ってくれたのかもしれない。凹みのサイズは、まさにジョブストーンがすっぽり嵌まりそうな直径だ。
だが問題がひとつ。ネット情報では〈ジョブストーンと同質の特殊鉱石〉を素材にした装具でなければ、石の力は引き出せないという。スライム由来の樹脂のような輪っかで本当に機能するのか――いや、ラムがせっかくの好意でくれたのだ。試さない手はない。
「ありがとう、ラム。試させてもらうよ」
伸縮性のある輪っかは、ゴムのように柔らかく俺の手首にフィットした。凹みにジョブストーンをそっと押し込むと、カチリともピタリとも言わず、ゼリー状の素材が石の形に合わせて吸い付く。
「おお……見た目はけっこう格好いいぞ。ほんと、ありがとうな!」
「ピキィ♪」
お礼を言った瞬間、腕輪のジョブストーンがさっきよりも強い光を放った。蒼い輝きは脈動しながら収束し、薄い淡光となって石に宿る。
「え? まさか……ステータスオープン!」
洞壁に再び映し出されたステータスは、確かに書き換わっていた。
ジョブ名 :農民
所持者 :風間 晴彦
ジョブLv. :0
戦闘力 :E
魔法力 :D
信仰力 :C
生産力 :B
成長力 :D
スキル
土壌改良(5㎡)
土鑑定
耕作力向上(小)
栽培力向上(小)
装備者欄が空白から《風間 晴彦》に変わっている――つまり、ラム製の腕輪でジョブストーンが正式に“装備”されたということだ。
「モコ! ラム! やったぞ! これで俺もジョブ持ちだ!」
「ワン!」
「ピキ~♪」
モコは尻尾を千切れんばかりに振り、ラムは全身を星形に広げて大喜び。俺も嬉しくなり、思わず小躍りした。恋人に裏切られ、仕事を失い、どん底だと思っていたのに――ダンジョンは、とびきりの贈り物を用意してくれていた。
「腕輪、本当に役に立ったよ。ありがとう、ラム」
もう一度頭を下げると、ラムはプルプル震えて満足げな光沢を放つ。モコも横から頭を擦り寄せ、“私もナデて”とアピール。二匹を順番に撫で、深い感謝を伝えた。
さて、ジョブが手に入ったからには、スキルや能力をしっかり把握したい。土壌改良に土鑑定――このダンジョン菜園計画にぴったりじゃないか! 期待に胸を膨らませながら、俺は輝くジョブストーンをもう一度見つめ直した。
――次は、この“農民”というジョブについて、じっくり研究してみるとしよう。




