第1話 住むところも失った……そうだ山に行こう
「悪いんだけど庭にダンジョンが見つかってね。急で悪いんだけど、ここを出ていってほしいんだ」
明朝、チャイムの音で起こされ、やってきた大家に告げられたのがこれだった。悪いことは本当に重なるものだと、自分の運の悪さが嫌になる。
むしろここまで来たら笑えるほどだが、どうしようもなかった。大家の言うダンジョン――そう、今の世界はダンジョンであふれていた。最初に発見されたのは、もう二十年以上前の話だったはず。
突如地球上に出現したダンジョンに、当初は世界中が大騒ぎになったそうだ。
当然、調査団が組まれ、屈強な兵士がダンジョン探索に乗り出したりもしたんだとか。
ダンジョンにはモンスターも出現したため危険地帯に認定された――が、それも最初だけ。
ダンジョン内でさまざまなお宝が見つかると、世界は一転して色めき立った。やがて政府は民間にも探索許可を出し、それをきっかけにゲームやアニメのような冒険者ギルドまで設立される。ダンジョンはいつしか富を生む存在となり、今や一大ビジネスだ。
そんなわけで世界各地で次々とダンジョンが発見され、今では百か所以上あるらしい。だがモンスターがいる以上、発見されれば周辺住民に避難命令が出る。アパートの敷地内となれば、住人は出て行くしかない。
……それでも大家の顔はほくほくだ。この土地は大家の所有地。ダンジョンで得た収益の一部が土地所有者に還元される仕組みだから、アパート経営よりはるかに儲かる。
調査に時間はかかるらしいが、その間の補償も国がしてくれるのだから小躍りしたくもなるだろう。
俺は突然追い出されるわけでたまったものじゃないが――その代わり、引っ越し代などで百万円ほど包んでもらえた。これで新しい部屋を探すしかない。もっとも、俺だけでなく他の住人全員に同額を払ったはずだから、相当な出費のはず。それでも痛くないほどダンジョンは金のなる木、というわけだ。
とにかく月末には家を出ることにした。幸い、持ち物は多くない。冷蔵庫やベッドは業者を呼んで引き取ってもらった。古かったし、まあいいかと思ったんだ。
多分、俺は自暴自棄になっていた。いい機会だから一人でいろいろ考えようと、キャンプ道具一式を持って山へ向かった。俺はもともとソロキャンプが好きだった。友だちがいなかったわけじゃない。本当にソロキャンが好きなだけだ。
というわけで、ここ陰蔵山に来ている。陰蔵山は人の少ない静かな山だ。近くに人気スポットの陽輝山があるせいかもしれない。
だが今の俺にはこの静けさが心地いい。同期に裏切られ、会社に切り捨てられ、住む場所まで失った俺には、どこかシンパシーを覚える山だった。
数日はここでソロキャンしてのんびりしよう。とにかく嫌なことを忘れたい――そう考えていた。
「これは……」
キャンプ可能な川辺へ向かう途中、奇妙なものを見つけた。川辺近くの岸壁に、神殿のような柱に挟まれた穴。――ダンジョンの入口だ。ネットで何度も見たあの形。
ただ、その入口には罵詈雑言が刻まれ、壁面には張り紙まである。
『詐欺ダンジョン!』
『無価値な産業廃棄物』
『さっさと潰せ!』
――どうやらすでに誰かが探索し、失望して帰ったらしい。それでも俺は不思議と落胆しなかった。
「俺と同じだな」
思わずつぶやく。多くのダンジョンは富を生む。だから、俺の大家のようにダンジョンが見つかると温泉が湧いたかのごとく大喜びする。
ダンジョンにはランクがあり、Sランクが最高で、A・B・C・D・E・Fと続く。Fランクですら初心者冒険者が訪れ、それなりの利益が出るとされるほどだ。
だが例外もある。探索しても価値あるお宝が出ず、モンスターも脅威にならないダンジョン――それがランク外。探索する意味もなく、放置される。
今、目の前にあるのがその“放置ダンジョン”だ。
「……ひどいもんだ。だけど、なんだかお前に親近感を覚えたよ」
入口の柱を撫でながらつぶやく。そして決めた。この放置ダンジョンで、しばらく暮らしてやる!