第16話 宝箱
「ワン! ワン!」
「ピキィ~」
朝いちばんの鳴き声で、俺は寝袋の中から半身を起こした。腕時計は午前七時。ダンジョン奥には冷たい空気がゆるく流れ、ランタンのオレンジが岩肌をほのかに照らしている。まだ少しまどろみが残る頭を振りつつ伸びをすると、モコが前足で俺の袖をぐいぐいと引っ張った。
「ふぁ~……どうした、モコ?」
「ワン! ワンワン!」
尻尾をぶんぶん振る様子は“早く来い”と訴えているようだ。ブーツをつっかけ、二匹のあとに続くと、昨夜種まきをした一角で足が止まる。そこに――見覚えがありそうで、しかし現実味の薄い物体が鎮座していた。
「え? これって……宝箱?」
膝丈ほどの木箱。朱塗りの金具は鈍い光を放ち、蓋には魔法陣めいた金の装飾が彫り込まれている。ゲームでしか見たことのない“お宝”が、まるでどこかから転送されたかのようにぽつんと置かれていた。
さらに驚いたことに、昨夜撒いたばかりの種の列から、細い双葉がいくつも頭を出している。発芽まで普通は数日かかるはずなのに、わずか一晩で芽吹いていた。元からあった小さな芽は倍ほどの背丈に伸び、瑞々しい緑が淡い光の中で揺れている。
「放置ダンジョンじゃ、宝箱なんて普通出ないはずなんだけど……」
呆然とつぶやくと、モコが首をかしげ、ラムがぷるぷる跳ねる。だが胸の奥では少年時代の冒険心が暴れ回っていた。とはいえ油断は禁物。ダンジョンの宝箱には罠がつきものだ。
「開けてみるか。でも罠の可能性が高い。二人とも、少し離れててくれ」
「ワン! ワン!」
「ピ~!」
二匹は俺の足元にぴたりと張り付く。俺を守るつもりなのか、それとも単に興味津々なのか――可愛いが危なっかしい。
「わかった。じゃあ慎重に開けるから、そのまま見守ってて」
蓋に触れると、ひんやりとした木肌が指を包む。備え付けの留め金をゆっくり持ち上げると、カチリと乾いた音が洞内に響いた。蝶番は意外なほど滑らかで、軋みひとつ上げずに蓋が開いていく。
――貴方に……を……。
風のように淡い囁きが耳を掠める。振り返っても、特に誰もいない。まさか幽霊じゃないよな――思わず背筋が粟立つ。
「今、何か聞こえたか?」
「ワウ?」
「ピキィ?」
聞いてみてもモコもラムも首を傾げるだけ。俺の空耳か……。深呼吸して箱の中を覗き込むと、淡い青白い光がふわりとこちらの瞳孔を照らした。
「罠は、なさそう……だな」
用心しつつ蓋をいっぱいまで押し上げると、箱の内壁に埋め込まれた細い魔石がほの青く発光し、中を柔らかな光で満たした。中央にひときわ強い輝きを放つビー玉ほどの蒼い珠が、ゆっくりと脈動するように淡光を放っている。
透き通る氷晶の中心に、星雲のような白い渦が揺らぎ、冷気とも霊気ともつかぬ気配が指先をひやりと撫でた。
息を呑む俺の横で、モコが「ワウ……」と低く感嘆し、ラムはぷるんと身体を震わせ目を輝かせる。まるで今にも声を上げそうな静寂の中、蒼白い光だけが微かに揺れていた。
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