第15話 種蒔き
壁の落書きを消し、ゴミも片づけ終えたころには、すっかり日が沈んでいた。集中していたせいか、作業を終えた途端に空腹が押し寄せる。
「よし、ひと仕事終えたし夕飯にしよう」
「ワウ!」
「ピキィ~♪」
食事と聞くや、モコとラムが尻尾とボディを揺らして大喜び。せっかくだからラムの歓迎会を兼ねて簡易バーベキューに決定だ。
リュックから食材と携帯コンロ、網、紙皿を取り出す。モコは器用に包丁を握り、トントンとリズム良く野菜をカット。指を切らないかヒヤヒヤしたが、見事な包丁さばきだ。
「モコ、指を切らないよう気をつけるんだぞ」
「ワオン!」
ラムは手足こそないが、皿やコップを体に吸着させてテーブルへ運搬。ジェル状の体を活用する、頼れるスライムである。
「ワウワウ♪」
「ピキィ~♪」
準備完了と同時に二匹はピョンピョン跳ねて大喜び。網の上で肉と野菜がジュッと音を立てる。ダンジョン内部でも酸素は一定数保たれているため、火気は問題ない。
さらに、ダンジョン内は夜でもほんのり明るい。不思議現象だが研究者の調査で実証済みだ。もっとも攻略難度の高いダンジョンでは暗所や低酸素もあるらしいが、ここは平気と判断している。
ラムとモコの分の肉と野菜が焼けたところで皿に盛り付ける。
「よし、それじゃあ食べようか」
「ワオン!」
「ピキィ~!」
ラムは食欲旺盛で、もりもりと肉を吸い込み、モコはよく火の通った部分を選んでパクリ。お茶もゴクゴク飲んで満足げだ。
「ふぅ、満腹満腹」
「ピキュ~」
「ワフ~ン」
使い捨て食器はゴミ袋へ。収集日にまとめて出そう。少しまったりしていると、モコがトコトコ近寄ってきた。
「ワン!」
手にはホームセンターで買った家庭菜園用の種袋。わくわくした表情だ。
「その種を試してみたいのか?」
「ワンワン!」
「ピキィ~?」
モコが尻尾を振り、ラムも小さく首を傾げる。とはいえ、ここはダンジョン内。土があるとはいえ、本当に育つのか――。
考えあぐねていると、ラムがピョンピョン跳ねて少し先でストップ。地面を指すように体を伸ばす。そこには小さな芽が一つ、ひっそり顔をのぞかせていた。
「驚いた。ダンジョンで芽が生えるなんてな」
芽を見つめるモコの目がキラキラと輝く。植えてみてと言われているような気がして、俺も試してみる気になった。
モコはミニシャベルで土を耕し始める。完全にやる気だ。量を控えれば問題ないだろう。
「よし、やってみよう。ラムも手伝ってくれ」
「ワフッ!」
種を数粒ずつ蒔き、ふかふかにした土をかぶせる。最後にラムが体内の清水をそっと注ぎ、芽の隣に小さな畑が完成した。
「ここまでだな」
「ワウ……」
もっと蒔きたいと物足りなさそうなモコ。
「いきなり全部蒔いて失敗したらもったいないから、最初は少しずつ、な?」
「ワウ!」
理解したらしく、モコの尻尾が再び元気よく振られた。ほんとに可愛い奴だ。
「そうだ、何か一緒に見るか?」
「ワウ?」
「ピキィ?」
タブレット端末を取り出し、動画配信サービスを立ち上げる。ダンジョン内でも Wi-Fi が問題なく届くのはありがたい。
「何か見たいのあるか?」
モコとラムがじっと画面を凝視。モコが指差したのはカンフー映画だった。
「ラムもこれでいい?」
「ピッ!」
ぷるぷると上下に揺れて同意。ほっこりするなあ。
途中でお菓子と飲み物を補充しつつ鑑賞。肉体アクションの迫力に三人で拍手を送り、映画が終わるころにはすっかりヒーロー気分だ。
「面白かったな」
「ワフ!」
「ピキィ~♪」
モコは映画の動きを真似して“エイッ、トウッ!”と跳び回り、その動きがなかなか様になっている。
「すごいぞモコ。カンフーの才能があるかもな」
「ワン? ワンワンワオォォーン!」
嬉しそうに決めポーズで遠吠え。ラムも負けじと“ピキィ!”と声を上げて飛び跳ねる。見ていて飽きないコンビだ。
そろそろ良い時間。少し大きめの寝袋を広げると、モコもラムも入りたげに顔を出す。三人で川の字……いや、変則くの字で潜り込んだ。
モコのふわふわの毛並みとラムのひんやりとしたジェル感が心地よく、俺はあっという間に夢の世界へ落ちて行った――。