第150話 何だか冒険者ギルドに行く頻度が高くなってる気がする
道場での訓練から三日が経った。あれからというもの、筋肉痛に悶える毎日だった。まさかちょっと山を散歩するのに杖が必要になるとは思ってなかったよ。やっぱり道場の稽古はハンパない。
モンスターの皆もしんどそうだった。モコに至っては翌朝、生まれたばかりの子鹿みたいにプルプル震えながら歩いてたくらいだ。ゴブはストレッチの途中でそのまま寝落ちしていて、ラムはやたら平べったくなっていた。モグはしばらく土の中から出てこなかったし、マールは植木鉢から顔だけ出して涙目になっていた。正直ちょっと可愛いと思ったけど。
そんな日々もようやく落ち着き、今日までわりと穏やかに過ごしていた。秋月も毎日様子を見に来てくれて、疲れた体に元気をくれていたけど──今日は来られない。
なにせ今日は、秋月が冒険者になるための講習を受けている。問題なければ、正式な冒険者登録が完了するはずだ。彼女のジョブもようやく活かせる段階に入るわけで、応援しない理由がない。
一方で、俺も今日はちょっとした用事があって出かける準備をしていた。向かう先は、またしても冒険者ギルド。最近やけに通ってる気がするが、今日はダンジョンで見つけた鍬と、ゴブが拾ってきたスリングの鑑定を依頼するつもりだ。
「さて、行くか」
呼びかけると、モコ、ラム、マール、ゴブ、モグの五匹が弾んだ声をあげて出入り口に集まってきた。
「ワン♪」
「ピキィ♪」
「マァ~♪」
「モグ~♪」
「ゴブゥ~♪」
今日は秋月の車がないので、俺たちは公共交通機関を使う。バスに地下鉄、どちらもモンスターの同行が認められているルートを事前に調べておいた。
登録済みで害意がないと判定されたモンスターは、最近では一般の交通機関でも受け入れられているから助かる。
外に出る前に、放置ダンジョンの入り口を封鎖する準備をする。
入り口に立てかけた木製のバリケードは、ゴブがDIY動画を見て覚えたことで作ってくれた傑作だ。先端が杭になっていて、モグが土を柔らかくし、マールの植物魔法で根を絡ませてしっかり固定するという連携プレイ。見た目は地味だけど、立派なセキュリティ強化だ。
「ありがとな、ゴブ。それにモグとマールも」
「ゴブゥ~♪」
「モグゥ~♪」
「マァ~♪」
褒められて得意げな三匹に、モコはしっぽをパタパタさせて、ラムは体をプルプルさせて讃えていた。仲間意識が強くなってるのは良い傾向だ。
バス停までの道は、やや長い下り坂。普段なら少し面倒だが、今日は晴れて風も涼しく、五匹と一緒に歩くのは悪くなかった。
すれ違った老婦人がモコを見て「まぁ、ぬいぐるみかと思ったわ」と言って笑った。モグは靴の代わりに履いているカバーを気にしてちょこちょこ足元を確認している。
バスから地下鉄に乗り継ぎ、ようやくギルド前の駅に到着。電車内でもやっぱり注目されるけど、モンスターたちは慣れたもの。モコは膝の上で丸くなり、ラムは窓の外に興味津々だった。
そしてギルド到着。すぐに冒険者専用の受付へ向かったが、見慣れた香川さんの姿は今日はなかった。代わりにいた職員に鍬とスリングの鑑定を依頼すると、「少しお時間をいただきます」とのことで、待機用のベンチに案内された。
せっかくなので、タブレットを取り出して皆と動画でも見ることにした。呼ばれたときのことを考えるとイヤホンは使えないから字幕表示にして、モンスターたちが好きな料理チャンネルを選ぶ。モグは具材の切り方に興味津々で顔を近づけてくるし、ゴブは「美味しそう」とでも言いたげな顔で頷いていた。
そんな中、目に飛び込んできたのは、ニュースサイトの見出しだった。
『逃亡犯・大黒 泰子、陽輝山で遺体発見──』
思わず「マジかよ」と声が漏れた。俺の呟きにモンスターたちも静かになり、画面を覗き込むように寄ってきた。
内容は、現在も調査中であること、他殺・自殺両面での捜査が進んでいるが、今のところ自殺の可能性が高いという見解が示されていた。
大黒 泰子。正直、いい印象はない相手だったが、健太の母であり、一応は見知った顔ではある。
それにしてもこんな結果になるとは、夫であり父であった彼は今、どんな気持ちなんだろうな。
取り残された子どものことを思うと、胸の奥がズンと重くなる。モコがそっと俺の手に前肢を添えてきた。慰めようとしてくれてるのかもしれない。
「……ありがとな、モコ」
そのままじゃ空気が沈みすぎると思い、動画を料理から動物系の癒し系チャンネルに切り替えた。すぐにマールが笑い声の字幕に合わせて首を傾げ、モグが「モグゥ」と小さく鳴いてくれたことで、空気が少し和らいだ。
そんな時、受付の職員が声をかけてきた。
「風間 晴彦様、鑑定結果が出ましたのでカウンターまでお願いします」
「お、来たか。よし、行くぞみんな」
「ワンッ♪」
「ピキィ~♪」
「マァ~♪」
「モグッ♪」
「ゴブッ♪」
五匹の返事を聞きながら、俺は椅子から立ち上がった――。




