表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

141/145

第139話 人は変わる

 香川さんに促され、俺たちはギルドマスター室へ向かった。

 廊下を歩く途中、熊谷が横に並んで小声で訊いてくる。


「なぁ。さっきの阿久津とかいうヤツ、風間とどういう関係なんだ?」


 ――やっぱり気になるか。最初に声をかけてきたのは熊谷だったしな。


「学生時代からの付き合いだ。社会人になってからも同期で……昔は親友だと思ってたんだけどな」


 口にしてみると、胸の奥に鈍い痛みが広がる。

 親友に裏切られ、恋人まで奪われ、挙げ句に身に覚えのない罪で会社も追われた。あの頃の絶望が、まだ少しだけ刺さっている。


「少なくとも学生時代は、あんな奴じゃなかったはずなんだけどな……」


 阿久津は運動万能で頭も切れた。今にして思えば、どうして俺なんかとつるんでいたのか不思議なくらい優秀だった――少なくとも、昔は。


「……さっきの態度じゃ親友には見えなかったけどな」

「まあ、そうだろうな。俺だって信じられなかったくらいだ」

「裏切り、か。胸クソ悪いぜ。ダチを売るヤツが一番嫌いなんだ」


 熊谷が吐き捨てる。彼も似た経験があるのかもしれない。


「人は変わる。良くも悪くも、だ」


 後ろから中山が俺の肩をぽんと叩く。

 確かにそうだ。俺自身、冒険者になるなんて思っていなかったのに、今はこうして仲間と笑っている。


「この俺だって、昔はヒョロガリってバカにされてたんだからな」

「え?」

「マジかよ……」

「ワン!?」

「ピキィ!?」

「マァ!?」

「モグゥ!」

「ゴブッ!」


 モンスターたちまで目をまん丸にして驚く。今の大胸筋からは想像もつかない話だ。


 そのとき、愛川が袖を引きながらモジモジと口を開く。


「か、変わったといえば……その、風間さん……えっと……」


 視線が俺と秋月のあいだを行ったり来たり。熊谷がにやにやしながら茶々を入れた。


「何だモジモジして。トイレか? だったらさっさと行けよ」

「ちっがうわよ! デリカシー皆無ね!」


 愛川が真っ赤になって熊谷を小突く。


「そ、そうじゃなくて……い、いつから“ハル”って呼ばれてるのかなって……」


 言われて俺もハッとする。さっき秋月が何気なく呼んでいたのを思い出した。


「いや、俺の名前が晴彦だから、短くしただけで……」

「そ、それなら私もこれから“ハルさん”って呼ぶね!」


 秋月が一瞬だけ視線を投げ、穏やかな笑顔を浮かべる。けど――なぜか背筋に冷たいものが走った。笑っているのに、ちょっとだけ怖い。


「い、いいよね?」と愛川。

「……あ、いや、それは――」


 返事に詰まったところへ熊谷が豪快に背中を叩いた。


「いいじゃねぇかハル!」

「うむ、ハルは呼びやすい」


 中山まで便乗。モンスターたちも何だか楽しそうに鳴いていて、完全に流れが決まってしまう。


「も、もちろん好きに呼んでくれ……」

「う、うん! ハルさん!」


 秋月は小さくため息をつき、それから苦笑い。

 どうやら許可は下りたらしいが、なぜ呼び名にここまで空気が張り詰めるのか、俺にはまだよく分からない。


 ――と、その空気を切り裂くように、香川の淡々とした声が響いた。


「お喋りはそのくらいに。着きましたよ」


 見ると、もうギルドマスター室の前だ。

 香川は扉に手をかける直前、わざとらしく苗字を強調した。


「どうぞ、風間さん」


 ……やっぱり意図的だ。肩をすくめつつも、俺たちは小澤マスターの部屋へと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ