第137話 阿久津の仲間?
「翔也さん、いや、実は――」
阿久津は、さっきまでの尊大さが嘘みたいにへりくだった声で事情を説明し始めた。俺にはあの態度を取るくせに、こいつらの前では腰が低いらしい。
「俺は心配して忠告してやったのに、そこのデカいのがケンカをふっかけてきたんですよ」
言いながら阿久津は中山を親指で指す。
すると翔也は、阿久津の肩に手を置きつつ俺たちをゆっくり観察した。目元は笑っているのに、どこか底が読めない。やり手の営業マンのようなもしくは詐欺師のような、とにかく“口で稼ぐ”タイプの顔つきだ。
「ふ~ん、なるほどねぇ」
軽く相槌を打つ声まで妙に滑らかだ。秋月や愛川の方にも視線を滑らせ、値踏みするようにニヤリと笑う。
「ずいぶん自分に都合のいい話だな」
「うむ。先に風間に絡んだのはあの二人だ」
「そうですよ。前もそうだったんですから」
「私にも“仲間になれ”とか言い出しました」
「ワンワン!」
「ピキィ!」
「ゴブゥ!」
「マァ!」
「モグゥ!」
熊谷・中山・秋月・愛川、それにモンスター組が次々抗議。阿久津は途端にバツの悪い顔になる。
「みんな悪いな。……あんたが翔也だっけ?」
「ええ。彼らのような新人の面倒を見ていてね――“面倒なトラブル”にならない範囲で、ですが」
翔也は口元だけで笑い、肩をすくめる。言葉は丁寧だが、“面倒”と“トラブル”に微妙なアクセントを乗せて牽制してくるあたり、やはりタダ者じゃない。
「だったら頼む。そいつらに“絡むな”って先輩から言ってやってくれ。俺も揉める気はない」
「風間、テメェ!」
阿久津が噛みつこうとするが、翔也がひらりと手を上げて制した。
「まあまあ。――香川さんにまで迷惑をかけるのはまずいでしょう?」
そう言った瞬間、まるでタイミングを合わせたように香川さんが姿を現した。メガネを押し上げながら、空気の張りつめた一角を冷たい視線で射抜く。
「一体、何をしているのですか? ギルド内で騒ぎを起こすつもりなら、それ相応の処分になりますよ」
ピシッとした声に、中山でさえ肩をすくめた。阿久津は翔也の陰に隠れるように一歩下がる。
「――いえいえ、行き違いがあっただけです。こちらも用事は済みましたので」
翔也が即座に低姿勢で応じる。口調は柔らかいが、場を収めるための台詞を選ぶ速さが異様に早い。まるで“誤解をほどく”ことに慣れきっているみたいだ。
「お前らも、もういいだろ。行くぞ」
「で、でも翔也さん……」
「いいから来い。ギルドで揉め事を起こすな」
翔也に目で叱られ、阿久津も座間も渋々従う。去り際、阿久津は俺に「覚えてろよ」とでも言いたげな目を向けたが、翔也が肩を抱いて引きずるように連れて行った。
おかげでトラブルは避けられたが、しかし翔也のあの口の回り方……。相手の懐に入り込むのがやけに上手い。何者なんだ?
「何だったんだ、あの野郎……」
「こちらの台詞です。ギルド内で乱闘になれば、最悪資格停止もあり得るんですよ?」
香川さんがため息まじりに忠告。中山はバツが悪そうに頭をかく。
「みんなは悪くないんです! 向こうが勝手に因縁をつけてきただけで――」
「ワンワン!」
「ピキィ!」
「ゴブゥ!」
「マァ!」
「モグ~」
秋月とモンスターたちが口々にフォローしてくれる。香川さんは小さく咳払いし、モグへ視線を移した。
「ふぅ……。とにかく気をつけてください。それと、新しいモンスターの登録はゴブリンだけのはずでしたが――その“モグラ”も追加手続きが必要なようですね」
やっぱり気づかれるよな。俺は苦笑しつつ、モグの背をポンと叩いた。モグは「モグゥ♪」と小さく鳴いて胸を張る。かわいい。
とにかく、面倒は片付いた。後は報酬と登録手続きだ。
胸を一つ大きく息で満たし、俺たちは香川さんのカウンターへと歩き出した。