第131話 鍛えて欲しい?
「それでは、私たちはこれで失礼いたします」
「もみじちゃん、さくらちゃん、ゴブちゃん、またね~」
病院での処置も終えてみれば、もういい時間になっていた。子どもたちも含めてここで解散ということになり、健太は父親と一緒に帰っていった。
「あたし達も帰るとするよ。風間、それにほかの皆も随分と世話になったみたいだね。今度、改めてお礼参りさせてもらうよ」
「頭ってば~、参りは余計だってばぁ~」
桜を連れた鬼姫の言葉に、蓬莱がすかさずツッコミを入れる。確かに「お礼参り」と言われると物騒な響きがあるからな。
「ハルくんへのお礼か~。何か希望あるかなぁ?」
「い、いえ、俺だけの功績じゃないですから」
やたらと距離を詰めてくる蓬莱に、思わずたじろぐ。すると、近くで秋月が妙に盛大な咳払いをしていた。
「風間のやつ、ずいぶんモテるんだなぁ」
「うむ。人を魅了する筋肉の持ち主なのかもしれない」
「どんな筋肉だよ、それ」
熊谷と中山の声が聞こえてきたが、これが本当に“モテる”というのかは微妙なところだ。少なくとも蓬莱は俺をからかって楽しんでるだけな気もする。
「娘は無事なのか!?」
「あ、あなた! あそこに!」
そんなところに新たな声が飛び込んできた。よく知った相手、山守家の両親だ。この声で帰ろうとしていた鬼輝夜の面々も足を止めていた。
「遅くなってすまない。今日は会合があって、知らせを聞くのが遅れちまったんだ……」
「でも無事でよかった……」
「もう、パパもママも大げさだよぉ」
父親の楓師範と母親の月見さんは胸をなで下ろし、紅葉がそれに笑顔で応じている。あんな危ない目に遭ったのに「大げさ」と言える紅葉の胆力、ほんとに小学生とは思えない。
「話には聞いたが、ここにいる冒険者の皆のおかげで娘は助かったようだな。本当にありがとう」
「私からも、娘を救っていただきありがとうございました」
楓師範と月見さんが頭を下げるので、俺はちょっと恐縮してしまう。楓は強いし、正直俺なんかよりよほど冒険者向きだと思うんだが。
「その、俺、あんまり大した活躍はしてないんです。最後は香川さんや天野川が駆けつけてくれたおかげで助かったので……」
「そんなことないよ! お兄ちゃんもすごかったよ! ちょっと怖かったけど……でもかっこよかった!」
紅葉にそんなふうに言われると、なんだか照れくさくて思わず頬をかいてしまう。もっとも、あのとき俺が振るった大鎌だって、偶然手に入れたものだし、実力というには自信がない。
「その、俺、今回のことで自分の未熟さを痛感しました。また道場で鍛えてもらってもいいですか?」
俺がそう頭を下げると、楓師範は一瞬目を丸くしたあと、俺の肩に手を置いた。
「当然だ。その覚悟があるなら、いくらでも厳しいメニューを用意してやろう!」
そう言いながらガハハと笑い、楽しそうに俺の肩をバンバン叩いてくる。けっこう痛いんですが……。
「ちょっと待てよ。道場って何のことだ?」
「楓は山守流柔術の師範だからな。俺としては冒険者やってもらえれば面白いと思ってるんだが」
熊谷が疑問を口にしたところで、小澤マスターが補足する。どうやら楓師範とマスターは顔なじみらしい。
「なんと! 山守流柔術といえば、冒険者の間でも教えを乞う人が多い武術の名門ではないか!」
中山が興奮気味に声を上げた。そんなに有名だったのか、山守流って。
「だったら頼む! 俺にも稽古をつけてくれ!」
熊谷が、楓に頭を下げて頼み込む。今回のダンジョン災害で思うところがあったのか、もっと強くなりたいって気持ちが湧いてきたのかもしれない。
「それであれば、俺もお願いしたい」
「わ、私も! 回復役だけど、もっとみんなを守れるようになりたいんです!」
「ワンワン!」
「ピキィ!」
「マァ!」
「ゴブッ!」
中山と愛川も楓に懇願し、モコ、ラム、マール、それにゴブまでもが「鍛えてほしい!」と言わんばかりに声を上げる。
「もちろんだ。娘を助けてもらった恩もあるからな。初月無料で思う存分鍛えてやろうじゃないか!」
「やったぜ!」
「これは俺の筋肉も興奮してきたぞ!」
「ありがとうございます!」
「ワンワン!」
「マァ!」
「ピキィ!」
「ゴブゥ!」
熊谷、愛川、中山、それにモコ、マール、ラム、そしてゴブまで大喜び。……ただ、初月無料に限定してるあたり、けっこうちゃっかりしてる気もする。
「お父さんってば、このまま門下生にしちゃうつもりね」
「ハハッ、でもこれで更に道場も盛り上がりそうだな」
秋月が腰に手を当てて呆れたように言うのを聞きながら、俺もつい笑みがこぼれる。これくらい逞しくなきゃ、道場経営は務まらないのかもな。
「その話、面白そうだねぇ。あたし達も顔を出していいかい?」
「あぁ、もちろんだ。見学も大歓迎だぞ」
「だったら今度、みんなで一丁道場破りと洒落こもうかい!」
「頭ぉ、道場破りは余計なイメージがつくってばぁ」
「ママってば面白~い」
足を止めて話を聞いていた鬼姫も興味が湧いたようだ。そんな鬼姫の発言に蓬莱が反射的にツッコミを入れる。やっぱり慣れてるな、あのやり取り。桜もキャッキャと笑っている。
「――さて、そろそろいい時間だし。俺たちも帰るか」
「あぁ。全部片付いたと思ったら、どっと疲れが来たぜ」
次の機会には道場に行くことになったし、ほかの子どもたちも保護者に連れられて家へ帰った。中山と熊谷の言うとおり、そろそろ俺たちもお開きにする頃合いだ。
「皆さんには、後日改めて連絡をすることもあると思います」
「風間はゴブの登録もあるからな。そのときには必ず顔を出せよ!」
「はは、わかってますよ」
こうしてダンジョン災害を経て、俺たちは少しずつ新たな道を踏み出すことになった。正直強くなるということにこだわりはなかったが、少なくとも大事な人を守れる強さは痛感した出来事だった。
そんな思いを抱きながら、俺達は帰路につくのだった。