第110話 ホブゴブリンの死角
あれだけの筋肉を誇る中山が軽々と吹き飛ばされた。そのことに俺は少なからず衝撃を受けていたのだろう。
ホブゴブリンの視線が俺に向き警笛が頭に鳴り響くが足が固まって思うように動かない。このままじゃ不味いと頭でわかっているのに――
「ワオォォォオオン!」
その時、モコの吠え声が聞こえて俺は我に返った。同時にモコが飛び出し俺に向けて棍棒を振り上げていたホブゴブリンの左足に噛みついた。
ホブゴブリンの意識が俺から逸れた。ホブゴブリンは左足の違和感に気がついたようだが、怪訝そうな顔を見せている。違和感を取り除くように左足を大きく振ると噛みついていたモコが離れ空中に投げ出された。
だが身軽なモコは空中で宙返りして見事に着地して見せる。良かった。とりあえずダメージを受けることはなかった。
「ボ~っとすんな! 死ぬぞ!」
次に聞こえてきたのは熊谷の声だった。疾風のごとく勢いでホブゴブリンに近づきナイフで左脇腹を切りつけた。だがあの巨体だ。ナイフの切り傷では怯みもしない。
だが、俺は気がついた。ホブゴブリンは左からの攻撃に対して反応が鈍いことに。そしてよく見るとホブゴブリンは左目を負傷していた。
「ホブゴブリンは左目が見えないんだ! 死角をついていこう!」
俺が叫び、熊谷もホブゴブリンを見上げた。
「そうか、だが、なんで傷があるんだ?」
「ゴブちゃんだよ! ゴブちゃんが左目を撃ったの!」
聞こえてきたのは紅葉の声だった。ゴブが――そういえばゴブの腕には変わった物が装着されていたな。あれは確かスリングという武器か。
あれでホブゴブリンの目を負傷させたのか。ゴブのおかげで光が見えてきたかもしれない。
「それなら私も中山くんに魔法を!」
「ダメだ、来るな、ゲホッ! 俺は大丈夫だ――」
愛川が中山の下へ向かって回復しようと考えたようだが、中山がそれを拒否した。壁にめり込んでいた中山が前のめりに倒れ、咳き込むと同時に吐血していた。とても大丈夫なようには思えないが、下手に愛川が前に出ては危険だと判断したのだろう。
「中山待っててくれ! 今行く!」
愛川が行くには危険だ。俺が中山を連れて愛川の下へ向かうしか無い。
「ちょ、こんなの本当に大丈夫なの?」
「大丈夫と思いたいけど、とにかく先生たちは離れていて下さい!」
不安がる先生にそう答えつつも俺は考えていた。中山はホブゴブリンからみて右側の壁近くにいる。そのままではホブゴブリンにすぐに対応されてしまうだろう。
熊谷とモコはホブゴブリンの死角を確認しながら動いているが攻めあぐねている。一撃でも喰らえばそれだけで終わるかも知れない。その思いで一歩踏み込めないのだろう。
「ピキィ!」
その時、ラムが先ず俺の肩に乗りそのまま跳躍。ラム、まさかあんなに飛べるなんて。そしてラムがホブゴブリンの右目に引っ付いた。
「ッ!?」
ホブゴブリンがパニックに陥った。そうか、ラムが目に張り付いたことで完全に視界が塞がったんだ。今なら!
俺は中山の下へ近づき肩を貸した。
「無理するな。俺だって動ける」
「強がるなって」
「そのとおりだ。急ぐぞ!」
「ワン!」
熊谷とモコもやってきて手伝ってくれた。一緒に中山を運ぶとすぐに愛川がやってきて中山に魔法を掛ける。
「済まんな」
「今度はちゃんと待っててね!」
愛川の魔法で中山の傷も癒えるだろう。だが、そうなると今度はラムだ。
「ラム! もういいぞ!」
俺が叫ぶもホブゴブリンが右目に手をやりラムを引っ剥がしてしまった。
「ピキィ!」
「ラム!」
ホブゴブリンがラムを地面に叩きつけた。だがラムはバウンドして転がった。
「ピ、ピキィ」
「良かった無事だ!」
怪我はないようだがラムは明らかに戸惑っている。俺が助けないと、そう思った時、ラムの頭上に影。見るとホブゴブリンが棍棒片手にラムに狙いを定めていた――