裏切り
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──裏切り
マティルダがシャドー・カンパニーとともにマックスとレクシーの殺害を試みている間にカーターも動いていた。
カーターは狙いをやや変更した。
ルサルカはもはや消滅しかけている。ハンニバルについては何もつかめない。だが、連中にはもうひとつお仲間がいた。
ラジカル・サークルだ。
カーターはラジカル・サークルからハンニバルに至ろうと考えたのだ。
「ラジカル・サークルについて知ってることはないか、ハーヴィー」
カーターが頼ったのはパシフィックポイント市警のハーヴィー。
「ラジカル・サークルはここ最近、やたらと勢力を伸ばしていますね。とは言え、逮捕者が増えたわけでもないのですが。ただ、ルサルカの消滅でできた穴を確実に埋めつつあるようです」
「ドラッグ売買に売春か?」
「ええ。それらですね。相変わらず武器を使ってどうこうというのにはあまり縁のない連中ですよ」
「だが、オブシディアンとの抗争のときは違っただろう。それに連中はオブシディアンがいなくなったあともどこからかドラッグを仕入れている」
「ラジカル・サークルとハンニバルに繋がりがあると?」
「俺はそう考えている」
カーターはほぼ確信に近い気持ちでラジカル・サークルとハンニバルの繋がりを考えていた。しかし、その繋がりを解き明かす手段については、今のところ具体的なアイディアが存在しない。
「臓器密売の件はあれ以上、情報はないのですか?」
「あいにくだが、ないな。敵も慎重になったし、パシフィックポイントオフィスが襲撃された件でもかなりの情報が失われた」
連邦捜査局パシフィックポイントオフィス襲撃事件によって電子媒体の資料も、紙媒体の資料も、そしてそれぞれの捜査官が独自に握っていた情報も消えた。
進みかけていた捜査はあっという間に後退したのである。
「ラジカル・サークルに接触するなら手伝いますよ」
「ああ。よろしく頼みたいが、あんたの立場的には大丈夫なのか?」
「市警の警官たちからどう思われているか、ですか? 気にしなくていいですよ。この件が終わったら内部調査室にタレこみますから」
「おいおい。マジかよ」
「ええ。そして、別の職を探します。警官はどうも向いていないようなので」
「ううむ。あんたほどの警官もいないと思うがな」
ハーヴィーの決断にカーターは唸りながらも、彼を頼ってラジカル・サークルに接触することにした。目下、探れる手掛かりはラジカル・サークルだけのなのだ。
「その前にラジカル・サークルについて教えておくべきことがあります。彼らは全員がドラッグや売春に関係しているわけではないということ。彼らの所品はそれらではなく、主に情報なのです」
「というと?」
「ラジカル・サークルのメンバーによっては大学の過去問であったり、まだ公開されていない成績だったり、クラスの誰と誰が付き合っているとかいう情報だったり、無害な情報も扱っています。犯罪者というわけではないのです」
「ふむ。そいつは何とも妙な話だ」
「ですが、そうであるが故に彼らは罪を犯しているという感覚が希薄です。もし、ハンニバルと本当に繋がっているならば、その点を突けば効果的でしょう」
「なるほどな。理解した。行こう」
「では」
カーターとハーヴィーはラジカル・サークルのメンバーに接触するために、パシフィックポイントオフィスを出た。
向かう先はパシフィックポイント国際空港前のタクシー乗り場だ。
「タクシー乗り場?」
「ラジカル・サークルのメンバーの多くはタクシーの運転手です」
「なんとも奇妙な連中だ。ペーパーカンパニーとは違うのか?」
「ちゃんと本業ですよ」
カーターが戸惑うのにハーヴィーはそう言い、タクシーの運転手に話しかけた。それからしばらく彼らは会話をし、ハーヴィーは礼を言ってタクシーの運転手と別れた。
「今日は別の場所のようです。行きましょう」
誰に会うつもりなのかカーターには分からないまま、ハーヴィーは場所を変えた。
そして、向かった先は大学である。
「大学にいるのか?」
「話した通りですよ。ラジカル・サークルは別に入れ墨を入れてゴールデンアクセサリーを付けたならずものの集まりというわけではないのです」
カーターが訝しむのにハーヴィーはそう言って車を降り、大学の傍に停車しているタクシーを覗いて回った。
「こんにちは、ルーカス・キング」
「おや? ハーヴィー・ローランドさんじゃあないか!」
ハーヴィーが探していたラジカル・サークルの接触相手とは他ならぬルーカスであった。あのタクシー運転手にしてマックスとレクシーとの接触も務めた人物だ。
「少し話がしたい。同行してもらえるかな?」
「同行しなければならない義理はないと思うんだけどね。どうだい?」
「必要なら令状を取ってくるだけだ」
「オーケー、オーケー。話を聞こう」
ルーカスはお手上げだというように両手を上げて、同行に応じた。
しかし、ハーヴィーはパシフィックポイント市警の警察署には向かわず、その代わりに郊外までパトカーを走らせる。
「おいおい。俺をどこに連れていくつもりだよ?」
「市警には犯罪組織に通じている人間がいる。お前も知っての通りな。そういう連中に自分が何を喋ったか聞かれたくは無いだろう?」
「そりゃそうだけどね」
そして、暫く郊外に向けて走ったところでハーヴィーはパトカーを止める。
「さて、聞きたいことがある。ハンニバルという組織を知っているな?」
「まあ、名前ぐらいは」
「嘘を吐け。ハンニバルからドラッグや武器を買っただろう」
カーターが質問するのにルーカスがそうはぐらかす。
「証拠はあるのかい?」
「ハーヴィーから聞いたが、お前たちは自分たちが犯罪組織だと思っていない連中らしいな。だが、ドラッグを売るのも、非合法な武器を持ち歩くのも立派な犯罪だ。これからお前たちを集中して挙げてやる」
「善良な市民にいやがらせはやめてほしいな」
「ハンニバルはイカれた犯罪組織だ。それと手を組むような連中に容赦はしない」
ルーカスが唸るのにカーターはそう脅した。
「分かった、分かった。俺たちの情報でも西海岸のハンニバルがヤバいことになってるのは知っている。こちらの免責と引き換えに情報を提供してもいい」
「司法取引か」
「そ。ハンニバルについて面白い情報を持っているよ。どうする?」
ルーカスはそういってにカーターに不敵な笑みを見せた。
「もし、そいつが本当に有益な情報なら取引してもいい」
「あいにく前払いが俺たちのルールだ」
「クソ。分かった。免責を約束してやる」
「じゃあ、免責の手続きができたら連絡を。その時に情報は渡す」
ルーカスはそう言って終わりだというように手を振った。
カーターたちがルーカスの司法取引の手続きを終えて、情報を渡されたのは、それから2日後のことであった。
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