オール・ウェポンズ・フリー
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──オール・ウェポンズ・フリー
戦略諜報省は対テロ戦争において大きな役割を果たしている。
冷戦期には徹底したアカ狩りを行っていた彼らの敵は今やテロリストとなり、そのテロリストを国内外で殺し続けている。
対テロ作戦と名がつけば何をやってもいい。
そういう考えが浸透した結果、法律は平然と無視され、倫理は顧みられず、勝利のためにはいかなる外道も許されるという考えを戦略諜報省は持つようになった。
今回の暗殺計画もそのひとつだ。
本来ならば司法の手で裁くべき犯罪者をテロリストとして殺害対象にする。それは明らかに法律を無視した行動であった。
だが、彼らはやるつもりだ。
「ドローンが目標の位置を特定した。仕掛けられるぞ」
「オーケー。やるぞ」
戦略諜報省も多くのドローンを運用しており、そのドローンの1機がマックスとレクシーと思しき人物が、かつてルサルカの所有物だったホテルに入ったのを掴んだ。
7000メートル上空を旋回するドローンにはホテルの様子が捉えられており、ルサルカから移行したビジネスを任されている構成員たちが警備する中、マックスたちは中に入って出てくる様子はない。
「作戦開始だ、諸君。行くぞ!」
「ウーラァッ!」
ジョン・ドウが宣言し、基地に待機していた軍用ヘリに作戦要員たちが乗り込む。その中にはマティルダの姿もあった。
「マティルダ。あんたに任せたいのは、捜査官の視点からその場で押収した証拠品や捕虜にした人間の証言を分析してもらうことだ。それは単なる殺し屋である俺らにはできないものだからな」
「ええ。分かった」
ジョン・ドウがヘリの中でそう言い、マティルダが頷く。
動員された戦力は30名。中型の軍用ヘリに6名ずつ乗り込み、5機のヘリでマックスたちが入った建物を目指して飛行する。
時刻は真夜中であり、全員が四眼の暗視装置を装備していた。
『間もなく降下地点。降下に備えろ』
ヘリのパイロットがそう言い、ヘリが瞬く間に高度を落としていく。
『降下地点、降下地点!』
『地上からの対空砲火なし! 急げ!』
ヘリは闇夜に乗じて侵入したため、まだ襲撃だとハンニバルに気づかれていない。その隙にシャドー・カンパニーが降下を開始した。
ファストロープ降下で次々に降下したオペレーターが降下地点を防衛し、その間にヘリが降下して着陸。一斉にオペレーターたちを展開させる。
マティルダもこの時点で降下を完了した。
「降下を完了した。ヘリは引き上げろ。後は俺たちの時間だ」
「指揮官。交戦規定は?」
「オール・ウェポンズ・フリーだ。殺してこい」
戦略諜報省のジョン・ドウがそう指示を下し、戦闘が開始された。
5機のヘリのうち1機は屋上に降下して、ハンニバルのヘリの離着陸を阻止。同時にそこで待機していたハンニバルの部隊と交戦を開始した。
ヘリがドアガンナーのガトリングガンで地上支援を実施し、モーターの音ともに緑色の曳光弾が空に延びる。
『グリフォン・ゼロ・ファイブ! MANPADSだ! 下がれ、下がれ!』
しかし、そのヘリを狙って地対空ミサイルが地上から発射され、ヘリはテールローターに被弾。それによって黒煙を上げながら、くるくると回転しながら、ヘリが地上に墜落していく。
「完封勝ちとはいけそうにないな」
ジョン・ドウは落ちていくヘリを眺めてそう言い、前進命令をハンドサインで送る。
シャドー・カンパニーはホテルのエントランスに向けてスタングレネードを一斉に投擲し、前進を開始した。
しかし、エントランスに突入しようとした瞬間、けたたましい銃声が響き、50口径の大口径ライフル弾がシャドー・カンパニーを歓迎する。
「クソ。重機関銃を据えてやがるな。火力で叩きのめせ」
「了解、ボス」
ジョン・ドウの指示で携行対戦車ロケットが持ち出され、ホテルエントランスに据えられた重機関銃陣地に向けて叩き込まれた。
爆発と閃光。生々しい悲鳴。
「手早く片付けるぞ。これ以上の抵抗を許すな」
「了解」
続いてスモークグレネードが投擲され、煙に紛れてシャドー・カンパニーの兵士たちが突入していき、ハンニバルと交戦する。
彼らはホテルに存在する全ての人員に等しく鉛弾を叩き込んだ。
「ここにいる人間を皆殺しにするつもり?」
「その方が都合がいいならな」
マティルダが抗議するのにジョン・ドウはせせら笑った。
『ハウンド・ツー・ワンよりハウンド・ゼロ・ワン。エントランス制圧。生存者なし』
「オーケー。テンポよくやろう」
シャドー・カンパニーはこの手の秘密作戦のベテランだ。
ハンニバルは確かに犯罪組織としては頭一つ抜きん出た戦闘力を有する。だが、“国民連合”という国家が飼っている猟犬たちはその比ではない。
彼らは素早くホテルを下層と上層から制圧していき、彼らが通った後には死体だけが残っていく。まるで血なまぐさいヘンゼルとグレーテルだ。
「不味いな」
ここでジョン・ドウが声を上げる。
「どうしたの?」
「上層の部隊が追い返されている。敵が反撃に出たらしい。それから未確認の飛行物体が複数レーダーに探知された。もしかすると──」
そこで空に閃光が瞬く。
「ドローンをやりやがった。マジかよ」
これまで空からの目を提供していたシャドー・カンパニーのドローンが撃墜され、戦闘機ほどの大きさがあるそれがパシフィックポイント市街地に墜落していった。
ドローンからの映像を映していたモニターにはノイズが走ったままだ。
「油断せずにやれ。こいつら精鋭を隠しているぞ」
ジョン・ドウはそう命じ、シャドー・カンパニーが前進を続ける。
「うわ──」
「ブービー・トラップだ! 扉に注意しろ!」
扉に付けられていた手榴弾が炸裂し、シャドー・カンパニーのメンバーが倒れる。それでも彼らは味方を後送しただけで戦闘を継続。
「敵の抵抗が弱まったぞ」
「ここら辺は雑魚が集まってるな。どうも妙だ」
反撃してくるのが拳銃や安物の短機関銃を持った敵だけになるのに、ジョン・ドウが訝しみながら無線に耳を澄ませる。
『スカイウォッチャー・ゼロ・ワンよりハウンド・ゼロ・ワン。接近中の機体の識別が完了した。“連合国”製の攻撃ヘリだ。警戒せよ』
「了解、スカイウォッチャー・ゼロ・ワン。そのまま警戒を続けろ」
ここで作戦に動員されていた空軍の早期警戒管制機が接近中の機体を識別した。機影は攻撃ヘリと判断され、警告が下る。
「ハードな仕事になりそうだな。ええ?」
ジョン・ドウはそう言って笑うと自身もカービン仕様の自動小銃で銃撃を始めた。
未だマックスもレクシーも殺害したという報告はない。
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