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マックスとレクシー

……………………


 ──マックスとレクシー



 ごうごうと燃える。一台のSUVが燃える。


 SUVの中には雇い主について連邦捜査局にタレこもうとした会計士とその家族がいて、彼らは生きたまま焼き殺されていた。会計士の家族には3歳と6歳の子供もいたが、この手の殺しに年齢制限はない。


 そんなSUVが燃えるスクラップヤードには2名の男女がいた。


「相変わらずよく燃える」


 どこか呆れたのようにそういうのは、美しく、健康的な褐色の肌に、煌びやかな長い銀髪を有するとても長身のサウスエルフの女性だ。


 その190センチはある体にはオリーブドラブのタンクトップを付け、陸軍の迷彩服を羽織り、ぴっちりとしたスキニージーンズを穿いている。そのスレンダーで鍛えられた体がよく引き立つ格好の女性だ。


 その三白眼の赤い瞳にSUVを包む炎が反射して、怪しげに輝いていた。


「嫌な臭いだ。タイヤの焼ける臭いと人の焼ける臭い。両方混ざれば吐き気がする」


 もうひとりはやはり長身でサウスエルフの男。うんざりたした表情のガーゴイルみたいな厳つい顔のその男は、SUVの中にいる会計士の死体をスマートフォンで撮影していた。


 恰好は女性とは違い、ラフな着こなしのスーツ姿。ブランド物のスーツを乱雑に纏い、ゴールドとシルバーの趣味の悪いアクセサリーをゴテゴテと着けていた。その軍人のような体格には威圧感が満ちている。


「クソ。マジで臭え。うんざりだ」


 男はポケットからタバコの箱を取り出す。昔は大きなスマイリーマークが入ったクールなパッケージだったが、今は『あなたの健康への悪影響』を告知する文章で埋まっている。喫煙はあなたの健康をどうのこうのの説教と腐った肺の写真だ。


「タバコは健康によくないぞ」


「知るかよ。もっと健康に悪いことをしてるんだ。タバコくらい好きにさせてくれ」


 女がからかうように言うのに、男は指先から手品のように炎を出して火をつけた。哀れな会計士とその家族が焼け死んだのと同じ火だ。


 女の方はレクシーで、男の方はマックスという。


「さて『会計士は無事に灰になりました』と」


 レクシーがマックスが撮影した会計士の死体の写真を、独自の暗号を使った通信アプリでメッセージを添えて送信する。


「これで仕事(ビズ)は終わりか、レクシー」


「いいや。ボスからメッセージだ」


「ボスは何だって?」


「すぐにオフィスに来いとさ」


「了解だ」


 マックスはレクシーが肩をすくめていうのに頷き、彼らの車に向かった。


 彼らの車は黒の5ドアSUVで、東大陸はエルニア国製の車だ。マックスは運転席に座り、レクシーは助手席に座る。


 さて、ここでこのふたりについて紹介しよう。


 マックスは転生者だ。


 彼はある時この世界に転生してきた。国民によるローベルニア連邦共和国及びレニ、ザルトラント自由都市連合──という馬鹿みたいに長い国名の国に生まれ、他の大勢と同じようにこの国を“国民連合”とだけ呼んでいる。


 彼にはこの魔術のある世界に対してある種の知識があった。


 そう、ネット上の創作界隈で生まれた異世界転生ものの小説を彼も大なり小なり読んでいたのだ。


 ──もっともこの世界は剣と魔法というより、銃と札束という世界であったが──。


 しかし、それによれば子供のころから魔術について鍛錬すれば、いずれは大魔術師になり、勝ち組になれるというのが定番のテンプレであった。


 前世では怠け者で負け組であった彼は、自分もそんな勝ち組になろうと4歳のころに初めて魔術を使い──母とメイドを焼き殺した。


 そう、他人がそれをしないのにはそれだけの理由があるからだ。そのことを理解していないマックスの大きな失敗であった。


 結果として激怒した父によってマックスは児童保護施設に送られ、そこで勝ち組どころか負け組そのもの生活を送ることになる。不味くて少ない食事に、1週間に1回のシャワーという不衛生な環境、施設内でのいじめや虐待。


 この世の地獄のような日々を過ごした末、17歳の誕生日に彼はある人物と出会った。


「あんたが噂の親殺しか?」


 それがレクシーであった。


 レクシー・バートレットは犯罪組織『ハンニバル』の構成員である。


 ハンニバルは“国民連合”の東海岸で育った犯罪組織であり、主に“国民連合”生まれの純血のエルフたちによって構成される組織であった。


 その名前の由来は戦争の英雄にして略奪者からとったものだ。その英雄のような残酷さとその英雄が得たような勝利を常にという願掛け以上のものはない。


「あんたを引き取るよ。今日からあたしがあんたのママってわけだ。笑える」


 そんなレクシーはマックスを児童保護施設から引き取った。


 その目的はひとつ。魔術に優れたマックスをハンニバルの殺し屋にするため。


「4歳でふたりの人間をミディアムレアにできるとは優れた才能だぞ。イカしている。あんたにとっちゃ災難だったかもしれないがね。だが、これからその才能に毎日感謝することになるさ」


 レクシーはそう言い、マックスをある施設に連れていった。


 そこはハンニバルが雇っている民間軍事会社ブラックカイマン・インターナショナル社の施設で、マックスはそこで兵士としての基礎体力作りと銃火器と魔術による戦闘訓練を受けた。


「走れ、走れ、走れ! 遅いぞ!」


 ひたすら筋力と持久力を付けるために激しい運動を毎日課せられた。


「素早く照準しろ! 腕の筋肉に頼りすぎるな!」


 自動小銃や短機関銃、散弾銃、拳銃による戦闘の訓練を受け、実戦的な模擬弾を使った訓練を体が覚えるまで繰り返した。


「そんな炎じゃあ目玉焼きも作れないぞ!」


 母とメイドを焼き殺した魔術を使いこなすために何度も炎を放つ訓練をやった。


 このように3年間の訓練を受け、20歳になったときにはマックスは打ち捨てられた惨めな孤児ではなく、立派な兵士となっていた。同時に殺しの技術を有する危険な人間になっていたのである。


 それから殺しが始まった。


 レクシーはマックスとともに行動し、彼女の殺しをマックスが手伝う。


 レクシーの自動小銃がライフル弾を敵に叩き込み、マックスの炎が敵を包んで、悲鳴の大合唱が鳴り響く。マックスの戦闘能力はレクシーが期待していた通りで、ハンニバルのビジネスを巡る()()()()を解決した。


 しかし、ハンニバルと敵対する人間が恐れたのは、そんな戦闘力としての魔術よりも、拷問の際に使用される魔術だ。


 マックスは魔術を制御できるようになり、相手の望んだ部位だけを燃やすことができるようになっていた。相手の体の好きな部位を自在に焼く拷問は、その最期を迎えたグロテスクな姿とともに恐れられた。


 そんな焼け焦げ、皮膚の爛れた死体を量産した結果、マックスには料理人(シェフ)というあだ名が付けられた。人間という肉を料理する料理人(シェフ)だ。


「そろそろ休暇がもらえねえかな。最近は仕事(ビズ)が多すぎだ」


「はん。何を年寄りみたいなことを。殺せば殺すほど稼げるんだ。もっと貪欲に、ハングリーに生きな。その方が人生は楽しめる」


「あんたはドンパチがあればご機嫌だろうが、俺はそうじゃないんだよ」


 レクシーとマックスはそう言葉を交わしながら、黒のSUVをスクラップヤードのある郊外から都市部へと進める。マックスはハイウェイを飛ばし、何台もの車を速度超過で追い抜きながら目的地を目指す。


 そんなSUVがハイウェイから入ったのは東部最大の都市フリーダム・シティだ。



 この都市には富が、権力が、悪徳が集まる。



……………………

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新連載連載中です! 「人類滅亡の日 ~魔王軍強すぎて勇者でもどうにもなりません!~」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
[気になる点] 人間のクズ過ぎる
[一言] 二度目の人生の生存戦略!と世界観が共通してますね 地名や人種にすごく見覚えがあります
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