勇者の帰還
その後、異星人たちは反応を返さなくなった探査機を結局艦内へ回収した。そして乗組員たちは探査機の構造を調べながらそれぞれが感想を言いあった。
「おーっ、すげぇ。こんな旧式なシステム、博物館でもちょっとお目にかかれないぞ。」
「そうだな、と言うかこの動力炉の下にあるのって連鎖反応用の燃料ではなくて核爆弾だろう?」
乗組員のひとりが探査機側の世界に属する軍により原子炉の下部に巧妙に隠されていた核爆弾を見つけた。
もっとも彼らにしてみても『それ』を実際に目にしたのは初めてなので、その物体が核爆弾だと確定したのは彼らが使っている解析機である。
その調査結果に対して次に彼らはその用途の推測を始めた。
「そのようだな、もっともこれには推進装置が付随していないようなので攻撃兵器としては意味が無い。まさに自決用だ。」
「自決するのにこんなに破壊力のある兵器が必要あるかよ。これはどう考えたって道連れ用としか考えられねぇよ。」
そう、確かにこの核爆弾には推進装置が備わっていない。なので通常ならば敵に対して使用する事は出来ないだろう。
だがこの探査機を送り出した200年前の世界では、過去にそのような自ら目標に到達する術を持たない爆発物をミサイルのように運用する方法を既に編み出していた。
その方法とは『知的生命体』自体が誘導装置となり、ターゲットに対して爆発物もろとも突っ込むという、神をも恐れぬ無慈悲な戦法である。
もっともそのような攻撃方法自体は異星人たちも過去の戦闘経験によって知識としては持ち合わせていた。しかし感情がそれを否定し、そのような攻撃方法は邪道だと異星人たちは考えているようである。
なので乗組員のひとりは次のような感想を口にした。
「げっ、危ねぇなぁ。無差別テロ用かよっ!信じらんねぇ。こいつを送り出した文明って野蛮過ぎなんじゃないのか?というかこいつはもう起動しないんだよな?」
「まぁ、核種である放射性物質自体が鉛化しているはずだからな。核種を臨界させるトリガーとしての爆縮材料はまだ生きているかもしれんが、それを起動させる回路は焼き切れているはずだから爆発はしないさ。」
「はぁ~、如何にローテクとはいえ核反応を扱えるくらいの文明が自爆突撃なんつう野蛮な方法を使うとは異文明の感覚ってのは判らんよなぁ。」
「まっ、窮鼠猫を噛むと言うからな。そもそもそれくらいの覚悟がなけりゃこんなポンコツでこんなところまで来たりしないさ。」
彼らは、彼らからみるとローテクどころかアンティークの範疇に分類されるであろう異星の科学技術について実に上からの目線で評価を下した。
もっともそんな会話をしているのはそちら方面の技術的専門知識を持たない通信や航法に関わる者たちだけで、関連知識を有する機関員や火器管制員は回収した『異星人の物体』に施されていた限界までこそぎ落とされ軽量化された本体構造や幾重にも備えられている相互バックアップ機能の仕組みなどから、これを製作した者たちがこの探査機に託した熱き情熱を読み取っていた。
しかしそれを他の者に説明しても多分理解しては貰えないと思ったのだろう。なので彼らは黙して担当箇所の調査を続けたのであった。
だが対放射性物質不活性化装置からのビーム放射は放射性物質だけではなく『異星人の物体』に搭載されていた様々な機器にも深刻なダメージを与えていた。なので得られる情報は少ない。
そんな中、外部の破損状況を調べていた者が『異星人の物体』に付随していた一枚の金属プレートを発見した。
そのプレートは表面をゴールドでメッキされており対放射性物質不活性化装置からのビーム放射にも耐え、その表面に刻まれていた情報を異星人たちへ伝える事に成功していたのだ。
その収穫をもって調査は一旦終了となった。そして乗組員たちはその場でそれぞれが得た情報を確認しあい始めた。
「電子回路の方は駄目だな。記憶装置まできれいに焼けているよ。」
「となると残された相手の情報を読み取る手がかりは構造物の加工精度とこの金メッキされたプレートだけか。」
「そうなるな。しかしこのプレートに描かれている情報を見た限りではこの飛翔体を作りだした文明種は体長が2m程度の二足歩行生物らしい。なのでそのサイズではこの飛翔体には搭乗できないはずだ。」
「そうなると我々は『何』と交信していたんだ?」
「まぁ、順当な推測としては電子回路だろうな。ちょっとぶっ飛んだ考えとしては『有機思考臓器』部分だけを取り出して乗せているなんつう仮説も可能だが、それは幾らなんでも突飛過ぎるだろう。」
「お前それはSFの読み過ぎだ。と言うか生物の脳を機械に組み込むのは倫理条約で禁止されているだろう?」
「その条約は俺たちの世界だけに通用する制限だ。他の世界がそれを遵守するとは限らんよ。もっともそれが出来るレベルの文明ならばもう少し高度な技術を使っているはずだ。なのでその線はないだろう。」
「ならばやはり電子的なAIか・・。だがこいつは最後に仲間へ『別れ』を告げていたんだろうう?AIがそんな事をするのか?」
「それこそ俺たちの世界だけに通用する倫理だ。他の世界ではAIに自我を持たせていたとしてもおかしくない。」
「あーっ、となるとこれを送り出した世界ではまだAIによるクライシスを経験していないんだな。」
「もしくは経験しても尚、その世界はAIとの共存の道を選択したのかも知れん。だからこいつは最後に別れの挨拶を送ったのかもしれない。」
「なるほど、確かにそうゆう考えもあり得るな。まっ、とは言え俺たちでは結論は出せんよ。なので本国に持ち帰って専門家に委ねよう。」
異星人たちが彼らにとって異文明の物体となる探査機の調査結果について話し合っていると、最後まで探査機を調べていた者がとある電子機器を収納していたと思われる容器に刻まれていた『言葉』を見つけたと報告してきた。
そしてその画像をみんなのポータブルタブレットに送ってきた。
「ほうっ、これはまた雑な記録だな。もしかして手書きか?何か先の鋭いもので表面に傷をつけたように見えるんだが?」
「確かに。となるともしかしたら落書きかも知れんな。」
「マジか?そんな事するやつがいたのか?仮にもこれを送り出した世界ではこいつは国家プロジェクト級の機器だったんだろう?」
「どの世界にもお前みたいな自己顕示欲の強いアホはいるって事なんだろうさ。」
「なんだよっ!俺はそんな事はしないぞっ!」
「この艦に搭載されているミサイルの弾頭部分に『俺からのプレゼントだ、受け取りやがれっ!』って落書きしたのはお前だろう?」
「げっ、なんで知ってるんだ・・。」
「判らないでか。あんな汚い筆跡はお前くらいだよ。おかげで最初はなんて書いてあるのか判らなかったくらいだ。」
「いや、あれは筆跡から俺だと突き止められないようにわざとそうしたんだよ。」
「甘いな、筆跡ってやつは意識して変えてもどこかに痕跡が残るらしいぞ?なんか情報解析員がそんな事を言っていた。」
「情報解析の仕事ってそんな知識まで必要なのか・・。なんか探偵みたいだな。」
「それをいうなら『鑑識』だよ。もっとも犯人は乗組員に限定されるから、筆跡鑑定などしなくても振るいにかければ、結局あんな馬鹿をやるのはお前くらいしか残らん。」
「いや、みんなバレていないだけで結構やっていると思うけどなぁ。便所の壁なんて最早掲示板状態じゃん。」
「あれはいいんだよ。なんせ士官連中と平の兵隊は使う便所は別々だからな。でもバレてはいるだろうな。なんせ士官連中だって見習いの時期はあったんだし、便所の落書きは軍の伝統みたいなもんだしな。」
「落書きによる憂さ晴らしが伝統って、規律を重んじる軍としてどうなんだろう・・。」
「臨機応変、柔軟な対応は上に立つ者の指針だからな。特に艦などの閉鎖空間では兵隊たちにどこかでガス抜きをさせないと精神を病むやつが出てくる。」
「うわ~、そんな気遣いをしなきゃならないなら俺は絶対士官になんかなりたくねぇ。」
「安心しろ、戦時以外で士官になるには学術試験を受け合格しなきゃならん。だから大丈夫さ。」
「大丈夫という言葉がどこにかかっているのかがすげぇ気になるんだが・・。」
「考えるな、フォースを信じろ。それが下っ端の生き方だ。」
「それって映画の台詞のパクリじゃん・・。」
乗組員たちが探査機の横で解析という仕事や昇進についてあれこれ他愛も無いお喋りをしていると、実際にそれを本職としている情報解析員が容器に刻まれていた『言葉』の解析結果がでたと告げてきた。
そしてそこに刻まれていた言葉とは次のようなものだった。
『Dear my baby GoodLuck!we will be together forever by Marie Curie I Love you』
もっともこれは異星文明の言葉なので、乗組員たちにはそのままでは意味が判らない。だがそこは情報解析員がちゃんと彼らの言葉に翻訳したものを添付していた。
そして解析機は異星文明の言葉を次のように翻訳していた。
『可愛い私の赤ちゃん、頑張ってねっ!私たちはいつまでも一緒よ。マリー・キューリーより愛を込めて』
その翻訳された言葉に、またしても乗組員たちは議論を始める。
「ベイビー?えっ、もしかしてこれってやっぱり禁断の『有機思考臓器』を搭載していたのか?」
「アホ、そんな訳あるか。多分これは比喩だよ。」
「でも機械に対してベイビーなんて言うか?」
「それこそ文明の違いってやつなんだろう。」
「むーっ、でもやっぱり変だ。だってこいつは機械なんだろう?」
「だからなんだ?機械にだって魂は宿るだろうさ。」
「マジかよ、それってちょっとオカルトが入ってないか?」
「俺たちの文明だってモノを大切にする習慣はある。それに長年使われていた道具が人を助ける昔話とかは結構あるじゃないか。」
「人助けねぇ、でもこいつは我々を攻撃しようとしたんだぞ?」
「だからなんだ?専守防衛の大義名分があれば相手が誰であろうと俺だって攻撃するさ。」
「大義ってなんだよっ!」
「守りたいものを守る、守るべきものを守るって事さ。」
「よく判らん・・。で、どうするんだ?こいつはもうエネルギーを使い果たしたポンコツだぞ?回路だって不活性化ビームに焼かれて死んでいる。なのでもう直せん。」
「多分この探査機は既に役目を全うした。ならば望みを叶えてやるのが宇宙理念の言うところの『相互理解と助力』に沿った行動だろう。」
「具体的には?」
「母親の元に帰してやろう。」
「こいつの性能的に、こいつが母星を出発したのは相当昔だろう?だとしたら母親はもう死んでいると思うがなぁ。と言うかこいつは機械じゃんっ!母親ってなんだよっ!」
「だから比喩だって言ってるだろう。それに魂は不滅だ。これは宇宙生命体の共通理念だ。」
「艦長が聞き入れてくれるだろうか?」
「このメッセージを見せれば納得してくれるさ。」
「それはどうかなぁ、そもそもこいつを送り出した母星の連中だって、送り出した当時は我々との接触を望んでいたのかも知れないが、今もそうだとは限らないぞ?」
「だから確かめなきゃならないのさ。とはいえ突然我々が出向いても要らぬ騒動が起こるかも知れない。なのでこいつだけをそっと送り返そう。我々からのメッセージを添えてね。」
「ミサイルで歓迎とかされるのは嫌だなぁ。」
「だからそっと送り返すのさ。それにどうせ異星文明の位置情報は調査しなければならない。」
「確率としてはここから一番近い恒星が怪しいよな。ベクトル的にもこいつはあっちの方から来たんだし。」
「そうだな、だがもしかしたらあの恒星の重力を使ってスイングバイをしたとも考えられる。だから調査は必要だ。と言うか絶対そうなるよ。なんせこの艦には辺境宙域学術探査団が乗艦しているんだから。そして彼らの目的は異星文明の調査だしな。」
その後、結局彼らからの調査報告を受け取った艦長と辺境宙域学術探査団の団長はそこから一番近い恒星を調査する事を決定した。
しかも艦長は部下たちが提案した探査機を母星に送り返す案をも承認したのだ。これには団長が強く反対したが戦闘艦は現在もまだ戦闘体制を継続していたので艦長はその権限で団長からの抗議を一括してしまった。
もっとも辺境宙域学術探査団側も異星人の母星との接触は本部の承認がない限り行なえない事になっていたので団長の学術的願望だけでは艦長の決断を翻す事はできなかったらしい。
とは言え艦長も団長の機嫌取りは心得ていたようで探査機に積まれていたゴールデンレコードは戦利品?として団長に託す事で話をまとめた。
そして外されたゴールデンレコードの代わりに艦長は彼ら側が提供できる範囲の情報とメッセージを添えたプレートを新たに探査機の同じ場所に掲げるように指示を出した。
そのプレートには彼らの言語と探査機を送り出した世界の言語で『ハロー、地球人。我々とあなた方の友好の証としてあなた方の勇者を送り届けます』と書かれていた。
そう、旅立ちから200年の年月を経て、とうとう冒険者は勇者となって地球に凱旋する事になったのである。