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アクシデント発生っ!

さて、『異星人の物体』へ接近する旨を伝えた事により艦内では減速及び進路変更の為の作業が急ピッチで行なわれていた。

これは恒星間を知的生命体を乗せて航行するような構造物は、地上を走行する自動車などと違いブレーキを踏んだりハンドルをくるりと回せばそれに対応して減速したり進路を変更したりするような仕組みになっていないからである。


そもそもが宇宙空間には殆ど物質が存在しない。これはつまり運動に対してその動きを妨げる『抵抗』がないという事だ。

自動車がブレーキを踏むと減速するのは地面と接しているタイヤと地面の接触抵抗があればこそであり、その値が極端に低下する氷面上ではブレーキを踏んでも自動車が中々減速しないのと似ている。


なので宇宙空間を進む船は減速するにしても進路を変更するにしても現在船が有している慣性質量を何らかの方法で打ち消したりベクトル変更をしなければいつまでも直進運動を続けてしまうのだ。

もっともこの原理を利用する事によって探査機『冒険者1号』は殆ど推進エネルギーを使わずにここまでやって来れた。


なので抵抗の存在しない宇宙空間とは移動に関してはある意味とてもコストパフォーマンスの良い場所なのである。但しそれには直線運動を続けるならばという注訳が付く。

なのでそれ以外の減速や進路変更に関しては抵抗という物理作用を使えない為に加速と同等のエネルギーを消費してある意味無理やり行なわねばならないのだ。


因みにアニメやSF映画などで翼を装備した飛行体が宇宙空間を自由自在に飛び回る表現は視聴者の感覚を慮ってのものなので真に受けてはいけない。

そう、宇宙空間では「脚など飾りです」は航空機の翼にも当てはまるのだ。


なので異星人の艦内でも担当部署の者たちは艦の減速及び進路変更の為の作業に追われていた。

そんなざわつく艦内にて通信員が『異星人の物体』から新たなシグナルが送られてきた事を艦長に報告する。


「艦長、異星人の物体から再度シグナルが送られてきました。ただ、今回は何故か低出力の光学信号のみです。」

「光学信号だと?何故だ?こんな何もない空間で指向性の高い通信を使う理由があるのか?で内容は?」

通信員からの報告に艦長は些か疑問を感じたようだがまずは内容を聞くべく情報解析員へ問い返した。


「あーっ、どうやら通信設備に不具合が生じたようですね。なので本来は距離を測定する為の装備であるレーザー測定器を使って通信を試みたようです。また進路変更用の推進設備も稼動しないらしいので向こうからの会合接近はできないとの事です。なので以後は光学通信のみによるやり取りを希望してきました。」

「ほうっ、それはまた災難だな。しかし随分簡単に手の内を晒してきたな。団長殿、辺境宙域学術探査団としてはこの相手の出方をどう見ますかな?」

艦長から意見を求められた団長は暫し考え込んだ後に答えた。


「まぁ、些か馬鹿正直過ぎる感はありますが、相手の質量規模を考慮すれば技術レベル的にこの恒星間空間にいるのはかなり無謀な冒険だと推測できます。なので敢えて偽情報を流して我々を偽る意味はないでしょう。」

「その質量規模こそが欺瞞だとは考えられませんかな?」


「艦長、疑いだしたらきりがありません。異文明との接触ではまず相手を信じる事が大切です。そして礼節をもって接するのが文明というものを確立した生命体の基本だと辺境宙域学術探査団は考えます。」

「なるほど、正論ですな。とはいえ私にはこの艦と乗組員たちの安全を確保する責任があります。なので万が一の事態が生じた場合は武力の行使も辞さない事を予め伝えておきます。」

艦長の言葉に団長は反論しかけたがぐっと言葉を飲み込んだ。団長としては彼らの目的であった異文明に対して攻撃を加えるなどもっての外なのだが、それとて相手が友好的でなければ成立しない事は理解していた。

なので団長も立場としては艦長の言葉に反論すべきなのだが、さすがにそこまで乗組員たちの命を危険に晒すわけにはいかない事も理解していたので沈黙を持って艦長の宣言を了承した。


そして艦長と団長が立場の違いによる高度な駆け引きとも言えるやり取りを終えた頃、航法員と機関員から指定のルートに艦を乗せる準備が整ったとの報告が艦長の下に届いた。

その報告を受け艦長は艦の搭載兵器を一元管理している火器管制員に対防御シールドの展開と近接攻撃兵器の準備を命じた。当然そのターゲットは艦長たちからみた『異星人の物体』である。


因みに『異星人の物体』に接近並走する準備の内で一番大掛かりだったものは艦の向きを180度反転させた事だ。つまり艦は今までとは逆向きに推力を発生させる事によって減速し『異星人の物体』と速度を併せようとしているのだ。

そして今、艦は全力出力を行なう事前準備の特徴として艦の後部付近に配置されている推進装置部分が赤く輝き始めていた。


「それではこれより『異星人の物体』への接近接触を開始する。かなり無茶な減速をするから固定されていない物の飛散に注意しろっ!それでは航法員っ!カウントダウンを始めろっ!」

「了解です。20秒前、推進機関セーフティ解除。各所異常なし。10秒前、エネルギー充填率90%。総員対ショック、対G防御体制にて待機っ!5秒前、エネルギー充填率100%。3、2、1、機関出力全開解放っ!」

航法員の宣言により機関員が推進装置の出力制御レバーをマキシムへと押し上げた。その瞬間、艦内には地震のような振動が発生し尚且つ艦の後方に向けて凄まじい減速Gが発生した。

この光景を外部から観る者がいたとしたら異星人の戦闘艦が眩い光を伴って爆発したと思うであろう。つまりそれ程の高出力エネルギーが戦闘艦の推進部分から放出されたのだ。


因みにこの時戦闘艦に生じているマイナス加速度は10Gに達していた。この値は人類ならば生身では到底耐えられない値である。

ぎりぎり対Gスーツなどを装備した戦闘機パイロットならば耐えられるだろうがそれとても十数秒が限界であろう。


しかし異星人の戦闘艦はそんなマイナス加速を既に5分以上続けている。にも関わらず戦闘艦が『異星人の物体』と速度ベクトルを合わせるには更に10分はマイナス加速を続ける必要があった。

それ程、減速前の戦闘艦の速度は速かったのだ。もっともこれは逆にいうと探査機『冒険者1号』の速度が恒星間を行き来するにはお粗末なくらい遅かったとも言える。


そして悪魔のような15分が経過した時、異星人の戦闘艦と探査機『冒険者1号』の速度差は秒速2kmまで縮まっていた。

だがこれで終わりではない。何故ならば異星人の戦闘艦と探査機『冒険者1号』は進行方向のベクトルが47度ほどズレているからだ。なのでこのズレを修正しないとランデブーは出来ない。


なので次に異星人の戦闘艦は探査機『冒険者1号』の後から回り込むように進路を変更して徐々に探査機『冒険者1号』に接近を試みた。

だがそんな一息つきたい状況で外的要因による新たな問題が生じた。


「艦長、X軸320度方面より『異星人の物体』に向けて多数の飛来物の接近を感知しましたっ!」

「飛来物だと?まさかミサイルか?」

艦長の言葉にそこにいた全員に緊張が走る。だがその疑念を探索員は否定した。


「いえ、反射波の値から飛来物は98%の確率で小惑星群と判断されます。」

突然の恒星間漂流小惑星群の飛来に対して艦長は未確認の敵性勢力の存在を疑ったがその可能性は低いとの報告に安堵したようだった。

だがまだ疑念は残る。何故ならばここは本来何もないはずの恒星間空間なのだ。いや、恒星間空間にも様々な微惑星や浮遊惑星は存在するが、それらと接近する確率はまさに天文学的低さなのである。

なので艦長は素直にその疑問を探査員にぶつけた。


「小惑星群だと?こんな何もない恒星間空間にか?」

「サイズがまちまちですし分布範囲と速度ベクトルも収斂していますから自己崩壊したちょっと大き目の小惑星の欠片かも知れません。ただ、このままだと『異星人の物体』ともろに交差します。分布密度からみて欠片のどれかが『異星人の物体』に衝突する確率は50%以上です。ですが実際にはセンサーに反応しないサイズの欠片も多数随伴しているはずですからそれを考慮すると衝突確率はほぼ100%と考えられます。」


「むーっ、あのサイズの『物体』が対衝撃防御能力を装備しているとは思えないからな。となるとこちらで対処しなければならないか。」

探索員からの説明に艦長は独り言を呟くが、その言葉に対して団長が脅迫まがいの同調意見を述べてきた。


「艦長、私としてもそれが最善手かと。何と言っても相手は推進装置が故障していると伝えてきました。なので向こうには打つ手がないはずです。となるとこちらで対処しない限りコンタクトが失敗するのは明白。そうなった場合、艦長は責任を問われかねませんぞ?」

「いやはや、今日はまるでお祭りのようだな。次から次へと普通では有り得ん出来事が起こる・・。これってもしかして私の日頃の行いが悪かったのか?」

艦長の軽口にそこにいた全員が静かに笑った。もっともこれはあくまで艦長が乗組員たちの緊張をほぐす為に敢えて呟いた軽口である事を皆が理解していたからであろう。

何事においても指揮官というものは部下を緊張させてはならないのである。


しかし艦長としては和んでばかりもいられなかった。なんと言っても脅威はすぐそこまでやってきており対処する時間は限られているからだ。

なので艦長は対処に必要な方法をそれを専門に扱う部下に問い質した。


「さて、火器管制員っ!この場合に最適な火器はなんだ?」

「そうですねぇ、我々の艦だけならば近接迎撃レーザーだけで事足りますが、破片すらも脅威となるようでは一番大きな小惑星を爆破蒸発させてその圧力で細かい破片を一気に吹き飛ばすのが最善かと思います。」


「つまり?」

「主砲の使用を進言します。」

火器管制員の進言にそこにいた乗組員たちが他に聞こえないレベルで口笛を吹いた。何故ならばこの艦は戦闘艦ではあるが戦闘時、または演習以外で主砲をぶっ放すのはそれほど稀な事だったのである。


「マジか・・、後で主砲を使用した正当性を説明する書類を山ほど書く羽目になるな・・。」

「はははっ、艦長。半分は私が受け持ちますから諦めましょう。」

愚痴る艦長に対して隣のコンソールに座る副長が慰めの言葉を掛けてきた。


「火器管制員、一応確認するがお前が主砲をぶっ放したいからじゃないよな?」

「えーっ、それは心外です。確かに私としては心躍る役目ですがそこに私心は少ししかありませんよ。」

「お前、正直だな・・。まぁいい。だが失敗は許さんぞ。」

「お任せ下さい、塵ひとつ残さず蒸発させて見せますよ。」

火器管制員は艦長からの恫喝に大口ともとれる言葉を返す。だが実際にこの艦が有する主砲には、それが出来るだけの能力があるようだった。


「よろしい、それでは主砲の使用を許可する。」

「はっ、了解しましたっ!各所、衝撃に備えて下さいっ!」

火器管制員は艦長からの許可が出る前に既に主砲の発射準備は終えていたようですぐさま行動に移った。そして次の瞬間、ターゲットである小惑星群向けられていた6門の主砲全てが火を噴いた。


どか~んっ!


主砲発射に伴う衝撃が艦内に響き渡る。その衝撃は推進機関の全力出力ほどではないがビリビリとした振動を伴って艦内を走り抜けた。

もっともこれは艦内の状況であり外部から見ている者がいたとしたらそれほど驚くような変化は感じなかったであろう。


つまり推進機関の全力出力時と違い、主砲の発射は絵的にはすごく地味だったのである。だがその理由は発射されたエネルギーの種類によるものだ。

推進機関が全力出力した際はその放出されるエネルギーには可視領域の波長が結構含まれているので見た目が派手だったが、主砲から発射されたエネルギーはその殆どがX線からガンマ線領域の高エネルギー帯に収斂されているので可視領域では殆ど見えないのだ。

なので外部から可視領域だけで観測している者には主砲が発射された事すら判らなかったであろう。


だが見た目こそ地味だがその破壊力は凄まじく、次の瞬間探査機『冒険者1号』に向かってきていた小惑星群の中で主砲のターゲットにされた一番大きな小惑星は命中と同時に一瞬で蒸発してしまった。

そして派手な爆発シーンこそ伴わなかったが、固体から気体へ一気に状態変化した小惑星は凄まじい勢いで膨張しその圧力で周囲に伴っていたであろう微細な破片をも残らず吹き飛ばした。


更に主砲のターゲットを免れた他の小惑星群もその膨張圧力により強制的に進路が変更された。これによって探査機『冒険者1号』に壊滅的な破壊を及ぼすであった破片群は全て取り除かれてしまったのである。


もっとも探査機『冒険者1号』も無傷では済まなかった。何故ならば距離こそまだ遠かったが小惑星の蒸発圧力は探査機にも襲い掛かったからだ。

ただ距離があった為に探査機へ届くまでにその圧力は拡散低下しており探査機を破壊するほどの威力はなかった。


とはいえ探査機が圧力を受けた事に変わりはない。おかげで探査機は凡そ2度程進行方向を強制的に変更させられてしまった。

しかしその圧力は探査機が搭載する機器に新たな不具合が生じるほどではない。つまり異星人の主砲はほぼ完璧な仕事をしたのである。


だが物理的な損害こそ免れたがこの対応は探査機に積まれているAIにとって看過出来ない影響を及ぼした。その影響とは『脅威度』である。

そう、異星人側が良かれと思って行なった小惑星の破壊は探査機には自身に対する攻撃と映ってしまったのだ。


これがAI自身も自前の探査能力で小惑星群の到来を認識していれば様々な情報の考察結果から異星人が危険を予め排除してくれたと結論付けられたのだろうが、残念ながら今のAIにはそれだけの情報を収集できる能力がなかった。

故にAIは自分の手元にある少ない情報だけで今回の事態を判断する必要があった。そして数瞬のシミュレーションの後、AIは今回接触した異星人が残念ながら人類にとっては『敵』であると判断を下さざるを得なかったのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 宇宙空間では慣性でどこまでもまっすぐ進むというのは聞いたことがありましたが、なるほどそのぶん止まったり曲がったり、何より方向転換するのには凄まじいほどの労力が必要となるのですね。勉強になり…
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