異星人側の対応
さて、時を少し巻き戻し探査機『冒険者1号』が異星人のものと思しき宇宙船を発見する数日前。実は異星人側は既に探査機の事を発見していた。
「艦長、前方コリジョンコースに看過出来ない質量の金属反応があります。」
「ほう、金属反応とは珍しいな。交差確率はどれくらいだ?」
「X軸310度、Y軸350度からX軸160度、Y軸140度ですので正式にはコリジョンコースではないのですが金属反応値がレベルAなので警告がでたようです。」
因みにここで言うコリジョンコースとはふたつの移動している物体の進行方向が交差しており、時間的にその交点に同時に到達しあう状況、つまり衝突する可能性がある事を示している。
更に金属反応値とは電波の反射率の事で、そしてレベルAの反射率とは隕鉄などの金属を含む隕石などのその表面の粗さから電波を乱反射してしまい反応値が落ちたものではなく、精錬され磨き上げられた金属が示す高反射率の事だった。
そして宇宙空間ではそのような反応値を示す金属物質はまず人工物以外には有り得なかったのである。
故に異星人のものと思しき宇宙船の艦橋では探索員が艦長に対して前方に宇宙船の進路と交差する可能性がある物体があると報告したのだ。
因みに探索員が報告した相手の肩書きが『艦長』とあるのはこの宇宙船が異星人の戦闘艦であるからだ。つまり軍艦である。もっと詳しく区分すると『巡洋艦』というカデゴリーの艦であった。
更に付け加えると異星人の軍には艦種別として『戦艦』というカデゴリーはなかった。何故ならば巡洋艦の攻撃に耐え得るだけの防御能力を有した艦が存在しなかったからである。
なので仮に更に攻撃能力を強化した艦があったとしてもそれは単に武装を強化した巡洋艦であり、その為に艦が大型化したとしても、異星人たちはそれを持って『戦艦』というカデゴリーを作ることは無かったのである。
つまり今回探査機が遭遇した異星人の戦闘艦は中途半端な防御などでは食い止めることの出来ない程の強力な攻撃能力を有しているのであった。
そう、今回探査機が遭遇した異星人たちの戦闘規範は、それまでの経験から『攻撃こそが最大の防御』であり、尚且つ『先手必勝』が戦闘に勝利する必須条件になっていたのだ。
とは言えそんな好戦的とも捉えられる彼らとて、いきなり正体不明な存在に対して攻撃を仕掛けたりする事は無かった。なので先ほども艦長は探索員からの報告がかなりレアな事だった故に再度聞き直したのである。
そう、何故ならばここは恒星間空間なのだ。ただでさえ宇宙空間では探索波に反応するサイズの物質と遭遇するのは稀である。ましてやそれが恒星間ともなれば更に確率は低くなる。
惑星の衛星軌道などでは過去に棄てられたり破損して飛び散ったデブリと呼ばれる様々な破片などが周回しておりそれらを専門に処理する仕事すらあるが、一度惑星の重力圏を脱してしまえばそんなデブリに遭遇する可能性はまずない。ましてやそれが恒星間ともなれば皆無と言っていいだろう。
もっともそれは自然相手の場合だけでそこに何らかの文明が関与してくると話は別になる。
ましてやそれが金属反応を返したとなれば戦闘艦としては正体不明な存在からの攻撃も考慮するのが当然なのだ。
とは言ってもこの戦闘艦が所属する文明は現在どことも戦争状況には至っていない。
それどころかこの戦闘艦は現在本来の軍務から離れてアカデミーが行なっている辺境宙域学術探査にリースされている立場だった。
なのでこの艦の最高責任者は艦長ではあるが、艦の運用に関する権限は調査団の団長が握っていたのである。その為探索員からの報告は艦長よりもその後に座っていた調査団の団長の方が興味を示した。
「金属反応値がレベルAですとな?して質量はどれくらいなのですかな?」
団長からの直接の問いかけに探索員はちらりと艦長の方を見る。そう、辺境宙域学術探査に関係する艦の進路や運用権限は調査団の団長が握っているのだが、艦に配属されている水兵たちの直接の上司は艦長なので如何に団長が艦長の上の立場にいようとも、水兵たちは艦長の許可なくして彼らの質問に答える事は出来なかったのである。
まぁ、これは組織が違う集団が共同戦線を構成する場合にはよくある縦割り状況だ。面倒と言えば面倒ではあるがそれが組織というものである。
なので艦長は探査員に対して目線で団長に説明しろと伝えた。本来ならばちゃんと声に出して指示しなければならないのだが、艦長もそこまで規律で水兵たちを縛る気はないようである。
実際探索員も一応規定上確認しただけで艦長が許可しないとは思っていなかったようだ。なので直ぐに団長が欲するであろう情報を団長の前にあるスクリーンへ表示させながら説明を始めた。
「相手は等速慣性移動なので正確な値はでないんですが推定値は5t前後です。そして反応値にぶれが無いところからスピンなどはしていないと思われます。」
「なるほど、ならばますます怪しいな。」
探索員からの説明に団長は興奮を隠せないようだった。因みに団長たちは知る由もないが、5tという質量は人類により200年前に作られた探査機としては相当巨大なものである。
なんと言っても当時は宇宙空間へ物質を持ち上げるだけでも大変なエネルギーを消費したので探査機は軽量であればあるほど打ち上げ能力的な負担が少なくて済んだのだ。
因みに冒険者1号の前に別の惑星探査に使われた探査機の質量は1tにも満たないものであった。それと比較すれば冒険者1号の質量が如何に重たいかが判るであろう。
もっともそうなった原因は動力として搭載された原子炉にある。そう、冒険者1号には『原子力電池』ではなく『原子炉』が搭載されていたのだ。
そして探査機に原子炉の搭載を強引に進めたのはスポンサーでもある軍であった。そして軍が何故原子炉の搭載に拘ったのかというと自国民と仮想敵国に対する技術的な優位のアピールからだった。
つまり軍は宇宙探査というイベントを使い自分たちの技術力の高さを内外に見せ付けたかったのである。
もっともそれが効果的にアピールできるだけの能力が軍にはあった。実際に当時はどの国でも探査機に搭載できるほどの小型で『軽量』な原子炉の開発には成功していなかったからである。
もっとも軽量とは言ってもその質量は優に2tを越えていた。更に燃料棒の質量や電子回路を放射線から守るシールドなども加えると原子炉関係の質量だけで3t近くにもなった。
これには打ち上げ用ロケットを開発している部署から相当な文句が出たが、これに関しても軍は軍用の高出力固体ロケットをブースターとして提供する事によって黙らせてしまった。
こうして打ち上げに関する障害が取り除かれると原子炉という高出力な電源供給装置は各部門から歓迎される事となった。
そして各部門は電源供給能力の観点から諦めていた高機能なれど電力を大量に消費する観測機器を我先にと探査機に積もうとした。
その結果、当初の計画よりも探査機は大型化し質量も増したが、それらの対価は詳細な観測データとなって科学者たちの手元に送られてきたので結果オーライだった。
これぞまさに『大は小を兼ねる』という諺が示すいい例であろう。もっともそれを行なうには莫大な資金が必要である。しかし軍には国家の安全を守るという大義名分があるので、それこそ予算を湯水のようにつぎ込めたのだ。
だが実は探査機への原子炉の搭載に関して軍は科学者たちには説明していない別の理由があった。そしてそれは当然国家の安全に関わる事項なので軍の中でも一部の者しかその理由を知る者はいなかったのである。
だがそんな探査機側の事情など知る由もない異星人たち、特に辺境宙域学術探査団のメンバーたちは降って湧いた異星文明と思しき物体の発見に興奮を隠せないようだった。
なので艦長に更なる情報の収集を依頼する。
「艦長、これは今回の辺境宙域学術探査における最大の成果になるやも知れませんぞ。なので我々としてはあの正体不明物体を最優先で調査する事を提案したい。」
団長からの提案に艦長は顔をしかめた。何故ならば正体不明物体を調査するには相手と進行方向のベクトルと速度を合わせる必要があり、それにかかるエネルギー消費はちょっとトイレに行きたいからサービスエリアに寄ってと奥方に言われてしぶしぶ高速道路の本線から減速してサービスエリアへの侵入路に入るのとは桁違いだからである。
なので団長からの提案は、それにかかるエネルギー量の点から如何にコストを度外視できる軍の戦闘艦と言えど気安く応じられるものではなかった。
だがそんな艦長ですら団長の提案を受け入れざるを得ない事態が探査機の存在を確認した数日後に発生した。それが正体不明物体から送られてきた信号である。
「艦長っ!正体不明物体から送信されたと思しきシグナルをキャッチしましたっ!」
「シグナルだと?ノイズではないのか?」
情報解析員からの報告に艦長は情報の正確さを問い直した。それに対して情報解析員は自分の報告の正当性を説明する。
「出力は一定でパターンに規則性がありますっ!更に同じパターンが異なる波長で繰り返されています。」
「解析機にはかけているな?」
情報解析員の説明に艦長も納得したようだった。そしてこのような場合に行なわれなければならない対処を確認した。
「はい、リソースの規定上限である30%を使って解析中です。」
「60・・、いや80%までの使用を許可するっ!中央コンピュータのデータバンクも使って解析を最優先にしろっ!」
「了解ですっ!」
艦長の許可により情報解析員は副艦長以上の役職からの許可がないとアクセスできない中央コンピュータのデータバンクに一回限りの使い捨てパスワードをぶち込み正体不明物体から送られてきた信号の解析を試みた。
その効果は抜群で、情報解析員の権限内での手順ならば3時間はかかったであろう解析がたった30分たらずで完了した。そしてその解析結果内容に団長はもとより辺境宙域学術探査団のメンバーたち全員が歓声を挙げたのだった。
「艦長、私は辺境宙域学術探査団の団長として正式にあの異星人の物体の調査を行なう事を宣言します。」
団長は送られてきたシグナルの解析結果から、それまで『正体不明物体』と呼んでいた呼称を『異星人の物体』という名称に変更し艦長に対して正式な調査宣言を発動した。
これは今回の任務規定に則った『上位命令』なので艦長も従うしかない。いや、実際には艦長も既にコスト云々を盾に反論する気持ちは無かった。
そもそもがこの艦の今回の任務目的は辺境宙域における異星文明の発見だったのだ。そしてそれが今現実化したのである。
ならば艦長としても任務を遂行するのになんの躊躇いもない。いや、それどころか最優先で対応しなくては命令違反に問われかねないくらい重要な事案となったのだ。
なので艦長は航法員に対して『異星人の物体』に接近し併走する為に最適なルートを提案するよう指示を出した。
その命令に対して航法員は既に計算してあるルートをすぐさま提示した。
「パターンはふたつあります。戦闘モードにて最短時間で接近するルートと通常モードにて接近するルートですがどちらを選択されますか?」
航法員からの問いかけに艦長は即座に戦闘モードによる最短時間ルートを選択した。
因みにここでいう戦闘モードとは別に戦う準備をするという意味ではなく、操艦に関して艦が持ち合わせている能力の全てを出し切って対応するという意味である。
もっとも当然ながらその中には敵対する勢力に対する武力行使も含まれている。
そしてその事を全乗組員に通知する為に艦長は艦内いる全ての者に戦闘モードに移行するとの通知を発令した。
「本艦はこれより対異星文明とのファーストコンタクトを実行する為に戦闘モードへ移行する。各自持ち場にて第2戦闘体制をとり次の命令を待てっ!」
艦長からの命令を受けて艦内の状況はすぐさま戦闘モードに切り替わった。因みに戦闘モードに切り替わった事により艦内の指揮系統は規定に則り全て艦長に集中する事となった。そしてこれは辺境宙域学術探査団の団長が有していた優先権も含まれる。
もっとも、だからと言ってこれによって艦長が団長から提案されるであろう探査に関わる様々な『お願い』を無視するはずもなく艦長と団長の目的は一致していた。
但し、あくまで艦長が優先する任務と責務は艦と乗組員の安全が優先されるのでそれにそぐわない『お願い』は当然ながら却下されるはずである。
そして操艦に関係する部署が航法員から提示されたルートに艦を移行させる準備に追われる中、艦長は通信員に『異星人の物体』に対してこれより接近するとの旨を伝えるように命令した。
「通信員っ!『異星人の物体』に対して相手の言語アルゴリズムにてシグナルを送れっ!」
「はっ!通信文面はいかが致しますか?」
通信員からの問いかけに艦長は暫し考え込んだ後に答える。その内容とは
「我、貴殿からの信号を受信せり。接触を望む。」であった。