正体不明物体を探知っ!
そして時は流れ探査機『冒険者1号』が母星を出発してから200年の月日が過ぎた。
故にもう100年以上探査機は母星からの信号を受信できていない。これは母星側が探査機に課したミッションが終了したと判断し信号を送らなくなったのか、はたまた信号の強度が減衰し過ぎて探査機のアンテナがシグナルを拾えなくなったからなのかは判らない。
しかし探査機は今もメモリーに刻まれた命令を粛々と実行し1年毎に母星に向かって自分がまだ存在している事を伝えていた。
だがある時、そんな永遠に続くかと思われた単調な日々に変化が起こった。それは探査機自身が規定の進路を進んでいるかを確認する為に撮影した基準星画像に新たに映し出されたひとつの光点だった。
その事に気付いたAIは1年前に撮影した画像と比較し発見した光点は確かに1年前には無かった事を確認する。
宇宙にて自ら光を発するものは限られており、それらの殆どは恒星だ。そして恒星は1年程度の短期間で輝きだすことはただひとつの例外を除いて無い。
その例外とは『超新星爆発』である。実際AIはこれまでの200年間の間に77もの超新星爆発と思われる光点を観測していた。
だが今回発見した光点はそれらと比べて光のスペクトルが異質だった。通常、超新星爆発では様々な波長の電磁波を放出するが、その光点の波長はある範囲に収束し過ぎていたのだ。
その意味するところは、その光点が人工物から発せられたものである可能性を示唆している。そして恒星間空間でそのような波長が観測された場合、センサーの感度の関係からその光源はかなりの確率で観測者の直ぐ近くにいるということになる。
そしてそのような光源を放出する人工物とは何らかの高エネルギーを常に放出し宇宙空間を移動しているものである可能性が高い。つまりその光点は『宇宙船』と考えてまず間違いがない。
もっともこれはAIが独自にたどり着いた推理ではなく、科学者たちがそうゆうものを見つけたらそう判断しろとメモリーに書き込んでいただけである。
だが科学者たちはそれまで宇宙を観察して人工物以外にそのような物体を観測した事がない。なので経験上そう言い切ってしまうのも仕方の無い事だろう。
そもそもその判断をメモリーに書き込んだ当時の科学者たちには、恒星間空間で探査機にどのような事が起こるのかすら正確には判らなかったのだ。
そして基本、判らないモノに対して事前に正確な対処方法を考案する事など不可能である。故に科学者たちは慎重になり過ぎてチャンスを逃すよりはと、積極的な行動に出るようにAIを指導していたのであった。
なのでAIは突然現われた光点に対処すべく宇宙に旅立ってから78回目となる対処マニュアルの該当する箇所にアクセスし、そこに書かれていた手順に従った。
【対系外文明との接触に関する項目】
手順1 該当する物体との位置関係の確認、及び相対偏移角を計算し接触の可能を割り出し以下の判断を行なう。
メモ:これにより相手と接触する確率と接触までの猶予時間が判明する。
判断A:接触する確率が33%未満、または接触までの猶予時間が330秒以下の場合は対象物を観測するに留める。
但し、観測中に対象物体からのアクセスが確認された場合は手順5に移行する。
メモ:対象物が90%以上の確率で『超新星爆発』と判断された場合は、対系外文明との接触に関する作業を全てキャンセルし通常の観測モードに移行する。
判断B:判断基準Aの条件が満たされなかった場合は、手順2へ進む。
判断C:なんらかの障害で判断A及び判断Bが実行出来ない場合は、外部へのエネルギー放出を停止しサイレントモードにて待機する。
待機期間は72時間。その後再度手順1を繰り返す。但し繰り返す回数は33回までとする。
尚、サイレントモード時になんらかの外的モーメントが働いた場合は対応Aを実行する。
手順2 該当する物体と接触するのに十分な時間がある場合は最適な会合準備を整え、パターンAにて信号を送り反応を待つ。
信号発信後、330秒経過しても反応が無い場合は、パターンB~Fまでを試す。
これらの作業は該当する物体と接触が不可能になる時間まで繰り返す。
該当する物体と接触が不可能になる時間までに反応が無かった場合は通常モードに移行する。
手順3 手順2により対象物体からアクセスがあった場合は、AIの全リソースを注入して信号の翻訳を試みる。
但し、明らかに攻撃と考えられる反応を受けた場合は対応Aを実行する。
手順4 該当する物体からの反応が51%の確率で解析出来た場合は、その内容によって以下の判断を行なう。
解析の確率が49%以下の場合は一切の交信を停止する。またその後に該当する物体からなんらかの外的モーメントが働いた場合は対応Aを実行する。
判断A:人類と意志の疎通が可能と判断された場合は、AIの自由裁量で交流を試みる。
判断B:人類と意志の疎通が不可能と判断された場合は、AIの自由裁量で人類側の欺瞞情報を相手に伝え離脱を試みる。
離脱が不可能な場合は対応Aを実行する。
手順5 手順4の結果、該当する物体が人類と友好的な意志の疎通が可能と判断された場合は、相手に母星の方角を通知し、母星と交信する際の特別な『符丁』を送り母星側と直接交信を試みるように相手を促す。
その際も母星の座標と距離に関する情報は隠匿する。
手順6 手順5までの作業が完了した後は、再び通常モードに移行し更なる系外文明との接触を計るべくその時を待つ。
【不可避な状況に至った場合の対応】
対応A:原子炉を暴走させ探査機内の人類に関する情報を消滅させる。またこの時点を持って探査機は全ての命令から解放されるものとする。
さて、対処マニュアルに書かれていた内容の殆どは母星側の安全確保が最優先されるというものだった。
もっともこれは当然な事だろう。何と言っても対処マニュアルを作成した組織の感覚としては、宇宙における系外文明との接触では、まず相手側の科学的技術レベルは自分たちより『上位』と考えるからだ。
と言うか自分たちよりも『下位』の文明と接触するのは宇宙探査の成果としてはかなりコスパが悪いと考えたはずなのだ。
一応学術的には『下位』の文明との接触でも宇宙における『生命』や『文明』の普遍性を確認したという名目は達成するが、それが探査に費やした労力や情熱と釣り合うかと言えば多分答えは『No』だ。
特に資金を出した者たちは納得しないであろう。何故ならば彼らは常に支出した額より多い対価を要求するからである。
とは言え、探査機のAIはそんな裏事情など知る由も無い。なので人ならば興奮で指が震えそうな今回の事態に対しても、実にクールに粛々とマニュアルを実行していった。
「手順1実行。対象物との位置関係は進行方向に対してX軸47度、Y軸13度からX軸263度、Y軸220度へ凡そ秒速3300kmで移動しているものと思われる。その為双方の進路は交差しない。また対象物の通信可能領域内滞在時間は16万秒と推測される。」
AIは計算結果を観測データの記録メモリーに書き込み手順1の条件がクリアされたと判断する。そして手順2へと進んだ。
「手順2実行。パターンAにてシグナルを発信。」
マニュアルに則りAIは交信シグナルを相手に送り様子を見る。だが規定の待機時間である330秒を過ぎても相手からの反応は確認されなかった。
なので次にAIはシグナルの種類を変えてパターンB~Fまでを試した。因みにこれらのパターンは電磁波の波長領域として電波、マイクロ波、赤外線、可視光、紫外線、X線が使用されている。
残念ながらガンマ線領域に関しては発生器の質量が重過ぎて探査機への搭載が見送られた為発信できない。
だが観測装置は搭載されているので、仮に相手がガンマ線領域のシグナルを送ってきた場合でも受信は可能だった。
もっともガンマ線を通信に使用する文明があるとは科学者たちは考えていなかった。何故ならばガンマ線はあまりにも強力過ぎてシグナルを送る方法としては不適切と考えたからだ。
そう、ガンマ線とは人類が忌み嫌う『放射線』の一種なのである。つまりそのような波長を浴びせられるという事は即ち相手からの『攻撃』と捉えられるのだ。
そして信号を発信し続けること3600秒後、AIは該当する物体から明らかに反応と思われる信号をキャッチした。
しかもご丁寧にその信号は探査機が送った全ての波長領域信号ごとに分けて送られてきたのだ。
その意味するところは相手は探査機が送った全ての波長領域信号を理解しているという事である。つまり少なくとも相手は200年前の人類側と同レベルな科学技術を有しているはずであり、尚且つその事を隠蔽せずに返事を返してきたのだ。
更に驚いた事にその返事の内容には人類の『言葉』が使われていた。
そう、なんと相手はAIが送った限られた信号パターンから人類の『言葉』と『文法』を3600秒という短い時間で解析したらしいのである。
そしてその言葉とは「我、貴殿からの信号を受信せり。接触を望む。」であった。
おかげでAIは相手から送られてきたシグナルを解析する手間が省けた。もっともこれがもし生身の人間ならばそのあまりにも高度且つ洗練され過ぎた対応に恐怖を感じたであろうが、AIはそのような感情は抱かなかった。
なので次にAIはマニュアルに則り粛々と手順を進めていった。その手順とは当然ながらAIの自由裁量による相手との交流だ。つまり『ファーストコンタクト』である。