2000億kmの孤独
恒星間空間・・、そこは物質と呼ばれるものが殆ど存在しない場所である。そんな場所を今、とある文明が送り出した探査機が漂っていた。
いや、実際には秒速33kmというとんでもない速度で探査機は等速度移動しているのだが周囲に広がる空間があまりにも長大過ぎる為、年単位の時間経過をもってしても探査機の背景をなす星々の位置はアハ画像の如く僅かな変化しか感じさせなかった。
そんな大海に漂う小枝のような探査機ではあるが、母星を旅立ってここに至るまで既に200年もの月日を費やしていた。それだけの時間経過があれば探査機は単純計算でも2081億3760万kmもの距離を移動している事になる。
しかし、その膨大な数字をもってしても長大な恒星間の距離に対しては玄関から1歩足を踏み出した程度に過ぎない。それ程宇宙とは広大なのである。
とはいえこの探査機はどこか別の恒星系を目指している訳ではなかった。そう、この探査機の当初の目的は送り出した母星が属する恒星系の外縁部を公転する惑星群に接近し調査する事だったのだ。
そしてその目的はほぼ100%達成された。探査機が観測したデータは探査機を送り出した母星に全て届いており、科学者たちはそのデータを基にそれまで知りえなかった外縁部惑星の詳細且つ貴重な情報を手に入れたのである。
では何故探査機は今ここにいるのか。それは物理法則に則った必然だった。何故ならば探査機は母星に戻る事を最初から考慮されていなかったからである。
そもそも真空の宇宙空間では進路を変えるだけでも自身の質量に見合ったエネルギーを必要とする。
ましてや逆戻りなどしようとすればそこに到達するまでに使ったエネルギーの倍のエネルギーが必要なのだ。
なのでサンプルリターンなどの目的がない限り探査機は片道飛行の使い捨てとなるのが普通なのである。
とはいえ、この探査機に積まれた小型原子炉は稼動期間を50年として設計されていた。実際にはかなりの安全マージンが考慮されていたので実質100年は持つと『技術者』たちは見ていた。
なので探査機を送り出した科学者たちは当初の目的である外縁部惑星の観測が終了したのち探査機に新たな目的を与えた。それが恒星系外探査である。
そしてその探査でも探査機は様々なデータを母星にもたらした。それは外縁部に分布する『エッジワース・カイパーベルト』の組成成分ベクトル値や、母星が属する恒星から放出された粒子が他の恒星が放出した粒子と衝突しあう『ヘリオポーズ』と呼ばれる衝撃境界面の状況調査などだ。
また母星から遠く離れた距離からの天体画像を取得する事により『視差』を用いたそれまでとは桁違いな精度での恒星間距離の割り出しなどにも貢献した。
だがそんな活用も長い年月の内に得られる情報に変化が無くなった。故に研究者たちの関心は探査機がどれくらいの距離まで母星と通信できるかという技術的な問題へと移行していった。
なので研究者たちは探査機に新たな信号を送り一部の観測機器以外の電源を落としスリープモードに移行するよう命令した。
これにより電力の消費が少なくなり当初公式には50年、非公式には100年は持つと思われていた原子炉の寿命を150年以上まで伸ばせるはずだと『技術者』たちは考えた。
こうしてこの探査機は、これまで1年毎に覚醒しては存在を示す通信を母星に送ってはまた眠りに付くという動作を忠実に繰り返し、そんな年月がもう100年以上続いている。
そう、100年の時を経ても技術者たちが作り上げた原子炉や観測機器は極寒の宇宙空間を生き延び、尚且つまだまだ記録を伸ばそうとしていたのであった。
そんな探査機の名称は『冒険者1号』。探査機を作り送り出した国の言葉で表すならば『アドベンチャー・ワン』である。
そう、探査機は彼の者を生み出した研究者及び技術者たちが恋焦がれつつも手の届かないまだ見ぬ空の果てを知るべく自分たちの魂を託して送り出した『冒険者』なのであった。