お嬢様の憂鬱
屋上から、グラウンドの端にある用務員室までの三百メートルを、オリンピック選手よりも早く着いた剣じいは、
人の気配を感じ、用務員の入り口から入るのをやめ、
通気口から、屋根裏に飛び込むと、天井を突き破り、ドアの反対側から、用務員室に飛び込んだ。
十二畳程の用務員は、ちゃぶ台と、布団しかない。
それなのに、中に人がいない。
剣じいは、銃口を反転させ、自分が突き破った穴の近くに向けて、発泡した。
と同時に、ナイフを取出し、誰もいない目の前に切りつける。
金属音がした。
剣じいのナイフと…鉤爪をつけた猫沢がいた。
「孫を殺す気?」
猫沢の言葉に、剣じいはフッと笑うと、猫沢から離れた。
ちゃぶ台にジャンプすると、どこからか…お茶を取出し、猫沢に差し出す。
「ごめんなさい…ゆっくりしてる暇はないの」
猫沢はそう言うと、鉤爪を取り、髪を上げると、眼鏡をかけた。
「今回も…誰も殺さなかったようだから…よかった」
剣じいは、1人でお茶をすすっていた。
その様子を見ながら…クスッと笑うと、猫沢は用務員室を出た。
用務員室のドアを開けた時には、メイド服から、グレイの落ち着いたスーツに変わっていた。
屋上から、グラウンドの端にある用務員室までの三百メートルを、オリンピック選手よりも早く着いた剣じいは、
人の気配を感じ、用務員の入り口から入るのをやめ、
通気口から、屋根裏に飛び込むと、天井を突き破り、ドアの反対側から、用務員室に飛び込んだ。
十二畳程の用務員は、ちゃぶ台と、布団しかない。
それなのに、中に人がいない。
剣じいは、銃口を反転させ、自分が突き破った穴の近くに向けて、発泡した。
と同時に、ナイフを取出し、誰もいない目の前に切りつける。
金属音がした。
剣じいのナイフと…鉤爪をつけた猫沢がいた。
「孫を殺す気?」
猫沢の言葉に、剣じいはフッと笑うと、猫沢から離れた。
ちゃぶ台にジャンプすると、どこからか…お茶を取出し、猫沢に差し出す。
「ごめんなさい…ゆっくりしてる暇はないの」
猫沢はそう言うと、鉤爪を取り、髪を上げると、眼鏡をかけた。
「今回も…誰も殺さなかったようだから…よかった」
剣じいは、1人でお茶をすすっていた。
その様子を見ながら…クスッと笑うと、猫沢は用務員室を出た。
用務員室のドアを開けた時には、メイド服から、グレイの落ち着いたスーツに変わっていた。
と意気込む溝口に、猫沢は心の中で呆れていた。
(十分好きにさしてるだろ)
見えないように、軽く肩をすくめると、
「…次は、如何いたしますか?」
「そうだな?」
マリーアントワネットを抱きながら、溝口は考え込む。
「う〜ん」
猫沢は、根本的に…おかしいと思っていた。
「校長」
足元や、本棚の上にいる猫を避けながら、猫沢は前に出た。
「いっそのこと…退学にしたら、どうですか?殺し屋を雇うくらいでしたら…」
「馬鹿か!君は!」
即答で、溝口は猫沢の話を遮った。
「この子達の餌代は、どこから出ていると思っている!それだけではない!この学校にある…すべてのものが、小娘の寄付だ!」
溝口は、マリーアントワネットを机の上に置くと、
「退学になどしてみろ!寄附が貰えないだろ!」
溝口は、ぶつぶつ文句を言いながら、
「だから…毎回…殺し屋に頼んでいるのだ!わざわざ!」
溝口の言葉に、猫沢の目が点になる。
「我々に、関係がない者が、殺したなら…ばれまい!」
勝ち誇ったように言う溝口に、猫沢は頭を抱え、
「もし…学校内で、殺されでもしたら、当校の問題になりますし…」
猫沢は、首を何度か横に振り、
「お嬢様がいなくなったら…寄附なんて、」
深いため息をつき、
「でませんよ」
今度は、溝口の目が点になり……しばらく無言で固まった後、
猫沢に背を向け、
「…お嬢様…暗殺計画は、本日を持って、終了…。ご苦労であった」
(馬鹿しかいないのか!)
猫沢は目眩がするほど、呆れた。
なんだかんだで……授業は終わり、
目を合わせてくれないけど…クラスメートの白い目を背にして、俺は教室を後にした。
「開八神茉莉お嬢様のお通りだ!」
純一郎達取り巻きが、周りにメンチを切る中で、
俺は帰る。
校門を出ると、何百人の民衆が、俺達を取り囲んだ。
「俺達にも、権利はあるんだ!」
プラカードを持って、叫び続ける民衆を、後ろから蹴散らすように、黒のベンツが走り込んできた。
明らかに、数人ひいている。
「うぎあ!」
悲鳴をあげる民衆を、回転して蹴散らすベンツは、唖然としている俺の前に、止まった。
「お嬢様」
ベンツのドアが開くと、後部座席に、真田がいた。
真田は、俺の腕を掴むと、車の中に、強引に引っ張り込んだ。
「な、なんだ!」
勢い余って、真田の胸にぶつかる。
「単なる地上げ反対運動だ!」
真田はハンドルを回した。
車がスピンして、何人かに当てている。
乱暴な運転に恐怖を感じて、民衆が散り散りになる。
「いいのか!怪我人がでるぞ!」
俺は、目が回りそうになる。
「構わん!こいつが、けがしょうが…死のうがなあ!」
真田の言葉に、俺は絶句した。
「警察や…国など怖くない!いざとなれば…」
真田はにやりと笑い、
「壊せばいい」
真田のぞっとするような言葉に、俺は息を飲んだ。
いつのまにか、車は民衆から、抜け出ていた。
「お前が…見初められた…相手は、そんな存在だ」
車は国道に入り、車内は安定した。
ふっと…隣が静かになっていることに気付き、
真田は助手席を見た。
俺は、気を失っていた。
ぐったりとうなだれている俺を見て、真田は鼻を鳴らすと、
「可愛そうに…」
と哀れむように、呟いた。
その呟きは、気を失っている俺に聞こえるはずがなかった。