学校で、お嬢様!
「茉莉お嬢様ああ!」
リムジンから降りると、
地面に跪いている大男がいた。
今どき珍しい丸坊主に、
今どき珍しい長ラン。
よく漫画で見る…昔の不良である。
「お嬢様は、今日もお美しく…」
顔を上げた大男も……今どきではなかった。
満面の笑顔を向ける大男は、どう見ても、学生には見えない。
明らかに、おっさんだ。顔に刻まれたシワが…年輪を感じさせた。
「ど、どちら様で…」
地面に降り立った俺は、明らかに年上の大男に対して、敬語を使ってしまった。
その瞬間、大男の表情が凍り付き、
しばらくの沈黙の後、大男は額を地面に、叩きつけた。
アスファルトの地面に、ヒビが入った。
「そ、それは…」
大男は両拳を握り締め、がばっと顔を上げた。額が割れ、血が流れている顔を、俺に向けた。
「死ねということですかああああ!」
涙を流し、大男は絶叫した。
俺は思わず、後退った。
「松村純一郎…。お嬢様の為、この学校に派遣されて、十年!お嬢様の為!お嬢様の為に、生きてきた純一郎に…死ねとおっしゃるのですか!」
純一郎はわなわなで体を震わせ、額の血を拭うこともせず、
ただ泣き、話す。
「この学校に…お嬢様が無事に入学される…その日まで、学校のゴミどもを排除し……お嬢様が入学されてからは、お嬢様に近づくダニどもを、排除する為に…私は、頑張ってきました」
純一郎の迫力に、俺は何も言えない。
「会社に就職してすぐに…この学校に、配属され…お嬢様が来る…その日まで、留年に留年を重ね!やっと、来年は、ご一緒に二年に上がれると思って…おりましたのにいい!」
「留年……二年にあがれる?…」
俺は、純一郎の言うことをすぐには…理解できなかったが……学生には見えない容貌に…何となく、話が見えてきた。
「つ、つまり……お嬢様の為に…ずっとこの学校に生徒としていて……お嬢様が入学してくるまで…留年して待ってたと…」
俺の言葉に、純一郎は涙を拭かずに、頷いた。
「だが…」
俺は、首を捻り、
「それって…生徒でなくても、よくねえの?先生とか、用務員とか…」
俺のその言葉に、純一郎は凍り付く。
「あっ」
その考えはなかったようだ。学校に潜入しろ…イコール…学生になるしか、頭になかったらしい。
凍り付く純一郎をおいて、歩きだした俺に、向かって…生徒の1人が飛び出してくる。
「学園に平和を!」
何か紙を握り締めて、走ってくる生徒は、切羽詰まったような表情で、俺に向ってくる。
「な?」
驚いた僕の目の前で、銃声が轟き、生徒がばたっと倒れた。
音がした方を見ると、校舎の屋上で…光る物質が、さっと消えるのを、確認できた。
「え!」
それは、明らかに……鉄の筒だった。
「ま、まさか…銃?」
青ざめている俺の後ろに、ぶつぶつと自分に言い聞かせながら、立ち上がった純一郎が近づいてくる。
「学生が一番…学生が一番…学生が一番…お嬢様をお守りできる…」
そう何度も頷くと、純一郎は俺に向かって、駆け寄った。
「大丈夫ですか?お嬢様様」
俺は震える手で、校舎を指差し、
「じ、銃が…」
「あ、ああ…」
純一郎は、俺の指差す方を見て、
「多分…剣じいですね」
にこにこと笑顔を浮かべる純一郎は、別に大したことないと、平然としている。
「ひ、ひとが撃たれたんだぞ!」
俺の焦りに、純一郎は笑顔で答える。
「本当なら、お嬢様に近づくだけで、銃殺ものなのですが……麻酔銃です。ご安心を!」
純一郎が背後を睨むと、
どこからか屈強な学生達が三人出てきて、倒れている生徒を抱き上げた。
「連行しろ!」
俺と話す時と違い、どすのきいた声で、男達に命令した。
「この学校には、お嬢様を守る為に、いろんな者が、潜んでおります」
純一郎の話の途中…俺に向かって、蜂が飛んできた。
すると、また銃声が響き、
俺の目の前で、蜂が粉々になった。
銃声は、校舎からでなく…その横の体育館の屋根からした。
俺が顔を向けると、またさっと消えた。
撃った人を探す俺に、純一郎は笑いかけた。
「剣じいは、スナイパーです。そう簡単には、姿を…」
と説明していると、籠を提げ、ゴミを拾うよぼよぼの老人が、純一郎の横を通った。
「け、剣じい!」
純一郎は、目を丸くした。
当然、校門に自転車が入ってきた。
単なる生徒が、自転車で通学してきたのだ。
俺のそばを通り過ぎようとした刹那、
カルシウムが足りてない痩せっぽっちの剣じいの目が、光った。
振り返った時には、ライフルを構え……撃っていた。
「うわあ!」
自転車の前輪が外れ、生徒は転倒した。
それを確認すると、剣じいはその場から、いなくなっていた。
「お嬢様!ここは、危険です」
唖然とする俺を促して、
純一郎は校舎へと向かう。
「い、今のは…」
他人事ながら、何か納得できない俺に、純一郎は微笑みながら、
「危ないところでしたね」
俺は、理解した。
ここも異常なのだと。
教室に、案内されると思っていたら、
理事長室に案内された。
いや、そこは理事長室ではなかった。
お嬢様室と書いてあった。
「どうぞ…お嬢様」
ドアを開けて、促されて、部屋に入った俺は、また唖然となった。
ふわふわのソファに、ヨーロッパ調に並べられた家具。
巨大なモニターに、教壇が映っていた。
「お嬢様…今日は、如何なさいましょうか?」
ずらっと並んだティーポットの数々…。
メイドが1人、そばで立っていた。
「朝のオススメの野いちごのジャム〜」
メイドがなんたらかんたらと、説明するが、
俺は午後ティーくらいしか、知識がない。
「それで」
適当なところで、言葉を止め、適当なものを頼む。
ソファに座り、カップが運ばれてくる。
カップを手に取ると、甘い匂いが漂ってくる。
「では…私は」
純一郎が、頭を下げ…出ていこうとした瞬間、
俺は我に返った。
「違う!」
俺はカップを、メイドに押し返し、
「普通がいい!普通に、教室がいい!ぎ、逆に、肩こるわ!」
俺の言葉に、純一郎は深々と頭を下げ、
「承知致しました」
前に教壇があり、教師がいて、
その前に数十人の生徒が、座っている。
普通の学校の教室だったが……。
俺は、それらを見下ろしていた。
見上げると、天井が近い。
近すぎる。
「お嬢様が、貴様ら庶民と、授業がしたと申された!ありがたくおもえやあ〜!」
なぜか、高田総統風に話す純一郎。
教室のど真ん中に、黄金で飾られた玉座が設置され、
俺はその上に、座っていた。
(こんなの…サウザーが座ってるのしか…知らないわ)
玉座は、階段がついており、教壇まで続いていた。
生徒達の机は、その周りを囲んでいる。
明らかに、迷惑そうだ。
玉座の後ろの席なんて、前が見えない。
それに、狭いところに作ったから、角度的に言って、玉座から、黒板は見にくい。
それに、玉座の前に、机とかがない。
「普通がいい!」
すると、どこから持ってきたのか…黄金の机と椅子が、用意された。
また…教室の真ん中を陣取る俺。
その周りを純一郎と…その手下が囲む。
教室内は、異様な緊張状態になっていた。
黒板に、チョークを走らせている教師も緊張しているらしく、
チョークが折れ、床に転がる……前に、
銃弾が、チョークを弾いた。
粉々になった白いチョークが、床に落ちた。
剣じいが撃ったのだろう。
狙撃音もしなかったことが、さらに教室にいる人々を、緊張させた。
へたしたら、撃たれると。
(やられる!)
誰もが、そう確信しながら、授業は淡々と続く。
教師は、先程の狙撃がトラウマになったのか…黒板に書くのをやめ、口頭で話しだす。
「…であるからして、こ、この数式…!」
教師が噛んだ瞬間、教壇に穴が開いた。
多分、噛んだからだろう。
もう教師は、話すこともなくなり、
無言の時が進む。
(これじゃあ…授業ができない…)
俺は呆れ、純一郎に話し掛けようとした瞬間、
「あ、兄貴!」
針の落ちる音も聞こえるかもしれない静寂の教室に、
扉を破壊するかの如く、凄まじい音を立てて、1人の男が、教室に飛び込んできた。
「どうしたんじゃ!政!今は、授業中だぞ」
俺のそばに、控えていた純一郎が立ち上がった。
「そんな場合じゃありませんぜ」
高校生には見えない…額から頬に傷をつけた…あっち方面に見える男は、青ざめた顔を向け、
「学校に侵入者です!お嬢様のたまを、取りに乗り込んできました!」
「どこの学校だ!この辺りの目ぼしいとこは、潰したはずじゃ!」
政の報告に、切れる純一郎。
「学生じゃありやせん!殺し屋です!」
「なあに〜い!」
純一郎の眉が跳ね上がった。
その時、銃声が聞こえてきた。
教室から見えるグラウンドの向こう…塀に沿って植えられた木々の間で、火花が散っている。
「数は!」
純一郎の問いに、政は顔を上げ、
「確認できただけで…十人!目撃者によると、胸に黒猫のブローチが…」
「な、何い!?ニャンコの助け団だと!?馬鹿な!だ、誰が雇ったんだ!あいつは、金では、雇えないはずだ!」
「はっ!」
政は、頭を下げ、
「多分…雇い主は…」
純一郎と政の間だけに、緊張が走る。
俺は、ただ唖然としていた。
「雇い主は…多分…」
政は台詞を繰り返す。
「誰だ?」
純一郎の眉が、跳ね上がる。
「猫好きだと…」
政の報告に、
「あり得ん!」
純一郎は叫んだ。
「ただの猫好きでは、雇えないぞ!ちゃんと、毎日遊んでいるか!あげてる餌のバランス…種類など……。ニャンコの助け団の依頼者になるためには…半年以上の審査を通らないと…」
興奮する純一郎に、政は言った。
「多分…並の猫好きでは、ございません」
突然、グラウンド側の窓硝子が割れ、上から、トラガラの迷彩服を来た男が、教室内に飛び込んできた。
「もらった!」
両手についた鋭い爪を、俺に向けて、飛び掛かってくる。
「舐めるな!」
純一郎の右ストレートが、空中のトラガラを撃墜した。
「てめえらが、猫なら…俺は、お嬢様の番犬よ」
純一郎が吠える。
吹っ飛んだトラガラは、倒れながら通信機をつかむ。
「トラより…タマへ…。敵は…犬好き…」
ガクッと首を落とし…トラは気を失った。
「何だ?」
訳がわからない…いきなりの展開に、戸惑う俺のそばにいた生徒が呟いた。
「またか…」
「え?」
後ろから聞こえたので、俺は振り返ったが、
生徒は、みんな下を向いており、誰が言ったか…わからない。
「とばっちりだぜ…」
今度は、前から聞こえ、
振り向いたけど、やはりみんな顔を伏せている。
教壇の前の教師もだ。
「皆殺しじゃい!」
1人…純一郎が、教室の中心で叫んでいた。
「トラが…やられただとありえん…」
通信機を握りしめ、ライフルを屋上から向け、学校内を伺っていたタマは、驚愕していた。
「タマ隊長!」
「どうした!シャム!」
通信機から悲痛な声が、聞こえた。
「隊は…全滅……。や、やつがあああ!」
断末魔の叫びを残し、シャムの通信が切れた。
「シャム!シャム!」
タマは、通信を切り替えた。
「ショート!ショート!」
次々に隊員に、呼び掛けるが、応答がない。
「我が隊が、全滅だと!?」
タマは、通信機を捨てた。
「猫のように、素早く…猫のように、クールで…猫ように…愛らしくをモットーにしている我が隊が…!!」
突然後ろから、殺気を感じ、タマは振り返った。
「いない!」
と呟いた時には、タマはすぐに、横に銃口を向けた。
タマの眼球が、上に飛び上がる残像だけをとらえた。
「チッ!」
素早く銃口を、上に向けたが、タマの目には、雲一つしかない青空しか映らない。
「どこに?」
と素早く索敵行動を取ろうとしたタマは、激痛に見舞われた。
男の急所。
それは、前から撃たれたとか、蹴られたではない。
あきらかに真下から、至近距離で、撃たれたのだ。
「な…」
あまりの激痛の為、意識を失っていくタマは、何とか下だけを確認した。
白髪の老人が、股の間から、タマの顔を見上げており……銃口は、股の下に向けられていた。
「無念…」
タマが、気を失い…崩れ落ちた時には、
剣じいを立ち上がり、屋上から煙のように、消え去った。