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act.2 騎士道とはふて寝する事と見つけたり

 陽気な日差しが差し込むブラン伯邸に、フィルとインザーギの姿があった。

 ブラン伯リュッテル……その名はインザーギも知っていた。その昔は豪商としてその名を轟かせていた人物だ。

 老いてはいるもののその瞳に濁りはなかった。現役を引退したと聞いていたが、決してそれを感じさせない迫力みたいなものを、インザーギは猫肌をたてるほど感じていた。

「……ってわけで、インザーギ達は僕らに依頼してきたんだ」

 身振り手振りオーバーアクションでおもしろおかしく説明するフィルの話を、ブラン伯が頷きながら聞き入れる。

「で、おっちゃんはそれらしい事件とか、任務とか聞いたことない? 騎士が派遣された話とか……」

「残念ながら…そういった話は耳に届いていません…」

 フィルの失礼な言葉使いにも、ブラン伯は寛容に受け答えする。

 フィルの人柄なのだろうか、それともブラン伯の器の大きさなのだろうか、インザーギにはわからなかった。

「そっか…んんと、じゃあ、エムボマって聞いたことはある?」

「エムボマ? エムボマ……はて、どこかで聞いたような名だ……」

「知ってるの!?」

 身を乗り出すフィルに、ブラン伯は目を閉じて考え込む。

「う〜ん、思い出せない。聞いたことはあるのですが…」

 フィルは残念そうに、どさっと音をたててソファーに身を預ける。

「ねぇ…盗賊ギルドに行ったらもっといろんなこと聞けるの?」

「…え? ああ、そうですね。個人の情報とかは多くもっているでしょう」

「だったら、おいら盗賊ギルドに行ってみようと思うんだけど…どう思う?」

「……フィル君は盗賊なんですよね? だったら入会したほうがいい」

 フィルが頷くのを確認して、ブラン伯は金貨の入った小袋を取り出す。

「…これは入会金と情報料です。足りない分は自分で何とかするんですよ」

「おっちゃん、ありがと。…でもそれでも足りないときは?」

「その時はまたいらして下さい。ただし、嘘はいけませんよ」

 フィルは笑顔で答えると、インザーギを差し出して金貨を受け取った。

「猫さん、ちょっとの間、預かっといてもらえない? そうだなぁ、空いてる部屋とかで昼寝とか…」

 インザーギは、たいして嫌な顔もせず、頷くブラン伯に連れられていった。

 しかしその瞳は、フィルに対し任せたぞとでも言っているかのようであった。


 魔術師ギルド6階にルーとサイ、それから10階のアニスの部屋から降りてきたハーミアの姿があった。

 アニスの部屋で簡単な調査を行い、何もないと判断したハーミアがルー達の部屋までやってきていたのだ。

「どうでした? 何か手がかりはありましたか?」

 ルーの言葉に、ハーミアが残念そうに首を横に振る。

「そうですか。こっちはなんとか魔法だけ見つけました」

「え? うそ、だろ? そんなこと一言も……」

「え? ……あれっ…そういえば教えてませんでしたっけ? すみません、読むのに集中してて…」

 ルーが照れ笑いをしながら、ひとつの書物をとりだす。

「魔法名は『月影-げつえい-』、遺失魔法です。故に使える導師を限定することは困難です。生き物を他の生物に変えてしまう魔法です」

「おお、まさにそれじゃないのか!?」

「十中八九、間違いないでしょう。ただ儀式魔法なんで相手が抵抗する場合は、相手を眠らせるとかしなければなりません」

「それで、効果は永遠なんですか? 解除法は?」

 ハーミアの問いに、ルーが表情を曇らせる。

「……それなんですが、ひとつ不可解なことが……。この魔法は、満月の夜に儀式を行うことによって成功し、次の満月の夜になると効果を無くすんです。それに月魔法ですから解除魔法で術者の魔力を上回れば、とけるはずなんです……」

「まぁ……ということは放っておけば、次の満月で魔法は解けるんですね? ……でもどこが不可解なんですか?」

「アニスは10階に部屋をもらうほどの導師です。これくらいの魔術知識はもっているはずです。解除することだって……」

「アニスが『月影』を解除したくないってこと…?」

 ハーミアがつぶやく。たしか、彼女はインザーギに想いをよせていた。それがなにかに関係しているのだろうか。

「わかりません。もしそうなら、どうして我々に解除方法を求めるような依頼をしてきたのでしょう。全くわからない」

「……ま、なんだ。今のままじゃ何もわからないってことだろ? とにかく情報を整理しようぜ。そろそろフィルももどってくるし、そしたら『碧の月亭』に行こう。ユーン達が心配だ」

「……そう、ですね。そうしましょう」

 サイの意見に賛成し、ルーは再び考えていた。

 導師アニスはなにを考えているのだろうと。


 レッジーナは活気あふれる大きな町である。貿易港として栄えたこの町には、数多くの禁制品が流れてくる。流れ先はもちろん盗賊ギルドで、そこがどういう所なのか一般的にも知られていた。

 盗賊ギルドは賑やかな町の裏の顔で、酒場が連なる通りからはずれた裏路地にあった。

 その主な役割は、禁制品や盗品など公には出せない商品の取り扱いだ。しかし、まれに暗殺や依頼強盗も行っていた。ギルドの構成員は未知数で、危険性も高いため商人をはじめとする組織は、できるだけギルドの敵にならないように接していた。

 しかし盗賊ギルドの儲け口はそれだけではなかった。ギルドの会員からの毎月の上納金も、大きな収入の一つである。ギルドに属さず町で窃盗行為を行っていると、そのうちギルドから睨まれる。故に大半の盗賊は、ギルドにお金を納めその町での『盗賊行為』の許しを得るのである。

 また盗賊ギルドでは、あらゆる情報を常に収集しており情報の売買もされていた。魔法についての情報などは魔術師ギルドの方が上なのであろうが、個人や物品、事件などの情報は盗賊ギルドの得意分野であった。

 フィルはギルドに属していなかったため、これを機会にギルドに入ることを決意していた。

 ブラン伯からは経費として入会金をもらっていたが、ギルドの場所は教えてもらえなかったためフィルは仕方なく昼間の酒場で、それらしい人物を捜していた。

「ねぇねぇ、おっちゃん盗賊でしょ? ギルドってどこにあるのか教えてよ。おいらも入りたいんだ」

 フィルが声をかけた相手は、厳ついちんぴらのような男だった。しかし男はたいした反応も見せず、コップに残った酒を口に運ぶ。

「…ねぇ、あんた。盗賊ギルドに入りたいの?」

 後ろから不意に声をかけられ、フィルが振り向く。

 声の主は整った顔立ちの若い女冒険者だった。美しい銀色の髪は肩にかかる程度の長さで、ナイフのようにとがった耳先がその髪を裂いていて、彼女がハーフエルフであることが一目でわかった。挑発的なまでにボディラインがはっきりわかるピッタリとした服に身を包み、その上から革製の鎧を着ている。よほど自分のスタイルに自信があるのだろう。

「おねえちゃんは知ってるの?」

「ええ、知ってるわよ。でも案内するほど暇じゃないから、あたしの知り合いを紹介するわ。その娘に案内してもらいなさい」

 彼女はそう言うと2階に上がっていく。しばらくして、一人の女性が降りてきた。

 それはフィルの知った顔だった。

「……まったく、人使いあらいにゃ……………にゃ、にゃ、にゃ!? お前はあの時の!」

「げ、シメオネ…」

「なんてしつこいやつにゃ!」

「違うよ、今回は盗賊ギルドに入りたくてきたんだ」

「……………………………本当にゃ?」

 こくりと頷くフィルをシメオネは、しばらくじと目で見ていたが、やがて考えることを諦めたように頭をふる。

「……仕方ないにゃ……ついてくるにゃ……」

 フィルはそう言うシメオネに素直についていった。

 裏路地をしばらく進んでいると、すっとシメオネがフィルの横に並ぶ。

「今いた物乞いは、ギルドのメンバーにゃ。よそ者がこないかとか、怪しい奴がこないかとか常に見張ってるにゃ」

「へえ…ここっていちお秘密の場所なの?」

「……秘密って程でもないにゃ。たまに一般人もくるにゃ。どんな町でも、裏路地にいる物乞いに金を握らせれば、盗賊ギルドの場所くらい教えてくれるにゃ」

「へぇぇ、そうなんだぁ」

 心底関心するフィルに、シメオネが呆れた顔で言う。

「…本当にお前は、世間知らずにゃ……いいにゃ…知らない町で仕事をするときは、ギルドにまず行って許可を得るにゃ。お金はそんなにかからないはずにゃ」

「でもさ、その物乞いがギルドの人間じゃなかったら?」

「物乞いってのは、恐ろしいほどに情報通にゃ。ギルドの人間じゃなくても、それくらいは知ってるはずにゃ」

 ふうんとフィルが頷く。

「さあ、着いたにゃ」

 シメオネが足を止めたその場所は、地下に階段が続く薄汚れた場所だった。その階段の両端にはやはり、物乞いがいる。

 ユーンとかハーミアにはきっと無縁の世界なんだろうなとフィルは思う。カーリャなら平気かもしれなけど。

「下の受付で、ギルド加入の手続きをして、そのあと必要な情報を買うといいにゃ」

「わかった……さんきゅー、シメオネ」

「袖すり合うも、くされ縁と言うにゃ。縁があったらまた会うにゃ」

「それを言うなら、袖すり合うも、他生の縁でしょ?」

「……そ、そうとも言うにゃ…」

 シメオネはそう言うと、かわいらしい笑顔を見せて来た道をもどっていった。

 フィルも好奇心溢れる瞳で、階段の奥へと足を進めた。


「あった、ここじゃない? ユーン」

 カーリャが声をあげる。たしかにそこには『カリアリ』と書かれた大きなテントがあった。

 郊外の広い空き地にカラフルなテントがいくつも並んでいる。一際大きなテントがあるが、それがきっとサーカス会場なのだろう。

「じゃあ、ユーン。打ち合わせ通りに、ね」

 不安げな表情で頷くユーンに、カーリャがウインクをひとつする。

「ほ、本当にやるんですかぁ?」

「大丈夫! ほら、ちょうどいい感じにアホっぽい団員がいるわ。いくよ」

 そう言いながら声をあげて、荷物を運んでいる団員に近づく。

「すみませーん。私達、サーカスに憧れててぇ…ちょっとだけ見せてもらえませんか?」

「んん? 見学かい? そっちの嬢ちゃんは?」

「私……動物が大好きでとても興味があるんですぅ」

 団員はいやらしい目つきでユーン達を観察した後、腰にかけた袋から何かを取り出す。

 どうやら関係者バッチのようだ。

「ほら、特別に貸してやるよ。そのかわり……今晩、つきあってくれよ。いいだろ?」

「…いいですよ。よろこんで!」

 カーリャは笑顔でこたえ、バッチを受け取る。

「あっ、それから、ここの団長ってどんな方なんですかぁ?」

「エムボマ様か? そりゃぁ、頭のいい団長さぁ」

「へぇ……レッジーナにはどうしてきたんですか? 知り合いとか、出資してくれる人とかいるんですかぁ?」

「いや、それが俺にもよくわかんねぇんだ。ここだけの話、噂では女に会いに来たって話だぜ」

 女? とカーリャが聞き返すと、団員は周りの目を気にするようにぼそぼそと話す。

「とびきり美人の若い女って話だ。ま、俺達はどうでもいいんだけどな…それより今晩、またここで会おうぜ、なっ!」

「うん、いいですよぅ」

「へっへっへっ、約束だぜ」

 男は満足そうに笑みを浮かべ、荷物を再び運び始めた。

「……カーリャ…、まずいですよぅ…」

「だぁいじょうぶ、あんな約束シカトよ、シカト。それより、さ…いこ!」

 カーリャは手早くバッチを付けて、一つ目のテントに近づいていった。


「これが登録証だ。失くすなよ。あと、これがシーブズツールだ」

 盗賊ギルド受付の目つきの悪い切れ長の男が、フィルの目の前にぽんぽんと置いていく。

「わぁ、これみんなくれるの?」

「……いや、正確にはお前が買ったんだがな…」

「……あっそうだ、情報が欲しいんだけど」

「なんだ?」

「んっと、魔術師ギルド所属の導師アニス・エンフィードと騎士のフィリップ・インザーギって人。あと、インザーギはいつから行方不明になってるかってのと、その原因。人を猫とかの動物に変化させる魔法が存在するのか、盗賊ギルドに、どこかの王国騎士の鎧・剣が売られてきていないか、その、鎧・剣はどこに売られていったのか。あとは、ザナという魔道師についてと、リア・ランファーストの身元について……」

 止まらない疑問に、受付のにーちゃんは溜息を一つする。

「……いくらもってんだ、お前?」

「え? ギルドにはいれば無料で教えてくれるんじゃないの?」

「馬鹿、そしたらみんなギルドに入って聞きまくるよ。情報ってのは高いんだよ。ものによるがな。今の全部でざっと、金貨10枚〜20枚ってとこか」

「ええーー!! 高いよ!」

「しょうがねえよ。そん中にはこれから調べなきゃいけない情報もあるんだぜ? そういうのはさらに高くつくんだよ」

「今ある情報は? それなら安いの?」

「モノによっては高くなるさ。まあ、厳選するこったな」

 むうと、フィルが考える素振りを見せる。さすがに金貨20枚はブラン伯に請求できないと思ったのだ。

 そして、ブラン伯から預かった軍資金を目の前に置く。

「なにを教えてもらえる?」

「んー、そうだな…。アニスって女についてと、インザーギってのと、鎧と剣。ここまでだな」

「……う〜ん。じゃ、それでいいや」

「そうか、じゃあちょっと待ってろ」

 男はそう言うと机の上の金貨を一つ一つ集め、奥の部屋にいるもう一人の男にメモを渡す。そしてしばらくすると、奥の男が数枚の紙を持ってきた。

「さて、まずはアニス・エンフィードだ。女で18歳で父親・母親ともに魔術師ギルドの導師。本人もなかなかの腕前のようだ。罪歴はなし。うちとの関係は……あるな。一年前にある能力者を探すって依頼を受けた」

 意外な言葉にフィルが目を丸くする。

「……誰それ?」

「おっと、そいつは別料金だな。情報料も高いし、教えられないね。あとフィリップ・インザーギ、男で18歳。両親は首都ニーに在住。本人はレッジーナに在中・駐屯するニー所属の騎士だ。普通に騎士試験を受けて、合格した普通の騎士だな。もちろん罪歴なし、うちとの関係もなし。祭りごととかの警備とかをしているところを見るとあんまり位は高くないようだが、剣の腕前はなかなかのものらしい。それからそいつの鎧と剣、売られたという情報はない。以上だ」

「……ふーん……。ありがと」

 フィルは簡単に礼を言うと、複雑な心境のまま階段をのぼり始める。

 アニスが盗賊ギルドに何を依頼したのだろう。とにかく、インザーギとアニスに会わないようにしてみんなに相談することが先決のようだった。


 カーリャとユーンはすでに3つめのテントの探索を始めていた。

 インザーギの仲間がいないか、もしくは魔法の道具や痕跡を探しているのだが、衣装や大道具が多くなかなかそれらしいものは見つからなかった。

「うーん、まいっあなぁ。なんにもないよ…」

「……せめて動物だけでも見つかれば………」

 ユーンの言うとおりだった。動物だけでも見つかれば、なんとか人間かどうか確認もとれそうなのに。

「ねぇ、ユーン。オレアデスも一緒に探してもらえないかな……」

「えぇ! 駄目ですよぅ。調教師さんとかに見つかったら、オレアデスが危ない目に合っちゃいます。それよりもカーリャ、一度みんなの所にもどった方が………」

「………そうだね………じゃあ最後に一番でかいサーカス会場のテントを覗いて、んで帰ろっか」

 自分の意見を聞き入れてもらえたのが嬉しいのか、ユーンは笑顔で頷いた。

 しかし、この時二人はまだ気付いていなかった。探索中、サーカスの団員に一人も出会っていないことに。


 フィルが魔術師ギルドに到着した後、フィルにいたずらされる前にとルーの意見で手早く『碧の月亭』に移動していた。

 しかし、カーリャ達は一向にもどってこなかった。

「やっぱり変だ。なにかあったんじゃないのか?」

 サイが語尾を荒げる。

「ペットショップに行っただけにしては遅すぎる」

 同じ調子で言うサイをなだめるように、ハーミアが落ち着いてと肩に手を置いた。

 仲間を想っての言葉なのだろう、心配な気持ちの中、仲間という絆にハーミアは少し嬉しくも感じていた。

「やはりアニスにペットショップの場所を聞きに行きましょう」

「…でも、ルー。彼女はもしかしたらこの事件に何らかの形で関わっているのかも知れないのよ」

「……ねぇ、もう一度、今日の情報を整理しようよ」

 フィルの進言にハーミアが頷く。

「そうですね、まだ話してなかった内容とかもあるかもしれませんし……もしそれでも判断しかねるなら、アニスに聞いてみましょう」

「わかりました、ハーミア。ではまずはアニスとインザーギについて、フィル君……説明して下さい」

 こくりと頷き、フィルが思い出すように話し始める。

「インザーギについては何にもなし。騎士だし怪しいところはなにもなかった。それにおいら個人的にお話したんだけど、思ったよりいい人だったよ。騎士というより武人って感じだけど」

「優しくないだけってことかしら?」

「う〜ん、なんか『優しさ』の表現方法を知らないって感じかな? で、これはインザーギとの約束もあってさっきは言わなかったんだけど…今は非常事態だから仕方ないよね。実はインザーギに騎士の鎧と剣を探すように頼まれたんだ…で、ギルドで聞いたんだけど売られてはいないみたいで……」

「どういうことでしょう。……まだ犯人が所持してるということでしょうか…」

「………鎧と剣………」

「……? どうかしましたか?」

 考えるようにハーミアが目をつぶる。……あれは、もしかして……でも、どうして……

「……いえ、続けてください」

「おいらのはそんなとこ。ルーは?」

「まずはインザーギさんにかけられたのが呪いではなく、遺失魔法『月影-げつえい-』だったことです。これはかけるのに時間のかかる高レベルの儀式魔法で、いきなりかけられる…ってことはありません。解除法は簡単で、次の満月まで待てばいいんです。もしくは解除魔法で術者の魔力を上回れば、とけるはずです。……だけどこれはあることを意味します。………なぜアニスさんが知らないのか。もし知っていたら、なぜ試さないのか。駄目だったとしても次の満月には魔法は解けるのに……」

「あっそうだ、アニスと言えば言い忘れてたことがあるや」

 フィルがぽんと手を打ち思わず立ち上がる。

「アニスは一年前にある能力者を探すって依頼を盗賊ギルドにしてたんだ」

「一年前に? ………一年前………今回の件に関係あるのでしょうか……」

 首を傾げるフィルを見ながら、ハーミアが意を決したように一度頷いた。

「私も……言おうかどうしようか迷ってたのですが……。どうやらアニスさんはインザーギさんのことが好きなようなんです。インザーギさんはどう想っているのか、わかりませんが……。それから……」

 やはり一度迷いを振り切るように頭を振り、ハーミアは続けた。

「彼女の部屋に布にくるまれた鎧と剣のようなものがあったんです……」

「ほ、本当か!?」

「私も押し倒されていたので、あまり気には止めなかったんですが……」

「…え? 押し?」

「うあ! なんでもないです!」

 妙な慌てぶりでハーミアがパタパタと手を振る。

「……しかし、何を考えているんだ……。もしかしてあの女が犯人じゃないのか?」

「でも彼女がインザーギさんを動物にしたとして、なぜリンクする必要があるんでしょう。そんなことをすれば、自分が犯人だと告げるようなものですし、剣と鎧のことだって、インザーギさんには伝わってしまうはずです。それに私たちに犯人を捜すように依頼をしにきたのも彼女なんですよ? ペットショップで買ったのも事実のようですし……」

 あまりに謎めいた疑問に一行は黙ってしまった。

 そんな陰鬱な空気を打破したのは意外にも、『碧の月亭』のおやじだった。

「おい、お前達。客人だぜ…」

 そこに立っていたのは、ユーンに伝言を頼まれてやってきたペットショップの店員だった。


 サイ達がサーカス団に向かって動き出したその頃、カーリャ達はメインのテントにやってきていた。

「うぅ〜、やっぱりないぃ〜」

 カーリャが舞台の上に座りがっくりと肩を落としていた。

 スタジアムのように観客席が円を描いて段々に並び、その中央には大きな円形の舞台があった。

 周りにはショウをするための道具や設備が設置されている。

 中央でちょこんと座るカーリャの後ろには、口を開けたピエロの顔の大きな看板があり、歯の絵が描かれたカーテンがかかっていた。きっとここからショウの主役達が登場するのだろう。

「はずれ……なんでしょうか……」

 ユーンが舞台にのぼり、辺りに目をやる。

「でも、インザーギさんはここから売られてきてるわけだし……魔法陣とかないのぅ?」

「………そう言えば、動物とかの鳴き声も聞こえませんね。他のテントにいたとしても静かすぎるような……それに団員も少ないし……」

 不安そうなユーンを見つめ、カーリャが舞台からぴょんと飛び降りた。

「帰ろっか、ユーン……」

 と、振り返って舞台に立つユーンの方に顔をむけたカーリャの動きがぴたりと止まる。

「……カーリャ、どうかしたの?」

 カーリャはその言葉に反応せずに舞台に駆け寄り、がばっと舞台にかけられた布をめくった。

 何重にもかけられた布をがばがばとめくり、そしてそれはあった。

「…見つけた……魔法陣……」

「……こんなところに……」

 いつのまにか隣に来ていたユーンがごくりと唾を飲んだ。灯台もと暗しとはこの事を言うのだろう。

「ユーン……」

 ユーンが顔だけを向ける。

「帰るわよ!」

 こくりと頷き二人が振り返ると、そこにはもう数人の団員が立っていた。

「見つかった!?」

「……やっぱりそうか。お前らスパイだな? どこのサーカス団の者だ?」

 先ほどの男……皮鎧に小剣を持ち…武装をして立っていた。

 人数は…3人……意外に少ない…

 他の二人は武装らしい武装はしていないようだ。

「カーリャ……」

 ユーンが隠れるようにして、カーリャの後ろにまわる。

「……ユーン…オレアデスを呼び出しておいて……」

 黙って頷くユーンを確認して、カーリャが腰のサーベルに手を伸ばす。

「とんだ、デートになりそうだな」

「………あら、約束の時間にはまだ早いんじゃない?」

「俺は気がはやくってね…………団長、どうします?」

 団長と呼ばれた中年の男が、静かに頷く。

「我らがサーカス団の秘密を見られたからには、ただで返すわけにはいかん。気絶させて、尋問・交渉だ。ルイ、フィーゴ、相手は女二人だ。怪我させずに倒せ。いいな」

「そ、そんなぁ、団長……」

 しかし団長と呼ばれた男はその言葉を無視するようにテントから出ていった。

「あら、二人だけ? なーんだ」

「……俺の名は、ルイ・コスターナ、でこっちの無口な奴はフィーゴ・サガン。……なぁ、子猫ちゃん……降伏してくんないかな?」

「悪党の台詞とは思えないわね…」

「悪党ぅ? ………俺がぁ!?」

 驚くルイをフィーゴが声を殺して笑う。

「……子猫ちゃん……フィーゴは月魔導師だ。もう術は完成してるんだぜ?」

 はっと、カーリャが足下の光に気付く。これはたしかイセリア・ヨグ戦でルーが見せた魔法。

 この光を踏むと、たしか爆発するという……でも、こっちだって…

「……ふーん、でも残念ね。ユーンは精霊魔法を使うの。呪文はもう完成してるわ」

「なにぃ?」

 大げさなポーズで驚くルイの後ろに、音もなく気高い土の精霊王が睨みを利かす。

「……ほう、ただの猫ちゃんじゃないわけだ。…いいだろう、フィーゴ……呪文を解け。俺がやる」

 ルイはそう言ってゆっくりと中央の舞台に向かって歩き始めた。

「なぁ、おれとお前が一対一で勝負するってのはどうだ?」

「………ユーンに手を出さないと言うのなら受けてあげるわ」

「…条件付きかよ……ま、いいだろう。そのかわり俺が勝ったら、夜のデートだ」

「………スケベ野郎……………いいよ、受けて立つわ」

「カーリャ…」

「ユーン、オレアデスをさげて…」

 カーリャはそう言うと、サーベルの柄に手をかけたまま舞台に上がった。

 ルイは笑顔のまま小剣を構え、ぺろりと唇を舐める。

「さぁ………ショウタイムだ」


「誰もいないみたいだな…」

 サイが呟く。サーカス会場に着く頃には日も落ち、辺りは暗くなっていた。

「おい、フィル。なにかあったか?」

 辺りを見渡すために屋根の上から様子を伺っていたフィルが、首をふり否定する。

「人っ子一人見えなかったよ。明かりがついてるのはあの大きなテントと、あっちの小さなテントだけ」

「どうしましょう。事態は急を要しますし……とりあえず様子を見に行きましょうか」

「ならおいらは、ここで見張る。出てきた所を弓で足止めするよ」

「俺もだ。ここが裏口のようだし、しっかり押さえておくぜ!」

 びしっと『任せとけ!』ポーズを取る二人とは対照的に、ルーがあからさまに不安げな目をする。

「あっ、わ、私、ルーと同行します。ね?」

 ハーミアが慌ててルーの横に駆け寄る。汗かき笑顔で不安を取り除こうとするハーミアに、ルーは感謝の言葉を述べた。

「そうだ、みなさん……いいですか? いきなり攻撃したり、事情も聞かないうちに罵ったりしないでくださいね。何も知らないうちに気嫌を損ねられても損ですから…」

「容疑者=絶対悪ではない…と言いたいんですね?」

 ハーミアがこくりと頷く。

「さあ行きましょう。くれぐれもみなさん、慎重にお願いします」

 ……本当に冷静な人だなと、ルーがその横顔をぼんやりと見つめていた。


 剣士という者は強くなれば、数度でも剣を交えれば相手の力量がわかるものだ。

 そして、カーリャは思っていた。強い……けど…勝てる、と。

「やるねぇ、子猫ちゃん。……名と流派を聞いとこうか」

「…カーリャ・リューウェイ……リューウェイ流抜刀術初段と、リア・ランファーストの弟子よ…いちおー」

 自分で言いながら顔を赤くするカーリャ。ついでリアの顔が浮かぶ。

 リアの弟子……なんだか心地のいい響きだ。

「………なんだと? リア…………ほう…それはそれは。……俺はルイ・コスターナ。流派はないが、リア・ランファーストの片腕を奪ったのは、何を隠そうこの俺だ」

 にやりとルイが笑う。

「はぁ? 嘘でしょ、そんなの。リアさんがあんたみたいな、弱っちい三下にやられるわけないじゃない……言っとくけど私、手加減してるのよ」

「…ほう、それは奇遇だな。俺も手加減してたんだ。実は俺、左利きなのさ」

 ルイはそう言って剣を左手に持ち替える。そして間髪入れずに連撃を放ってきた。

 速い六連撃をカーリャは落ち着いて全て受けきり、後ろに飛び間合いをあける。

 どうやら左が利き腕なのは、嘘ではないようだった。

「はっはー! どうした!? 手加減してたんだろう?」

 ルイは左肩に差すブーメランを抜き、カーリャに向かって投げる。

 きゃぁと思わず悲鳴をあげてカーリャがそれをかわすと同時に、今度はルイの剣が襲いかかってきた。

「く、…やるじゃん」

「おっと、まだ安心するなよ。足下すくわれるぜ?」

 一瞬言葉の意味を探し、すぐに見つける。

 カーリャの背後から、ブーメランがもどってきたのだ。

 カーリャはそれを、体をいっぱいに反らして紙一重で回避する。その直後、びゅんと風を斬る重い音がカーリャの頭のすぐ横を通り抜けた。

 もどったブーメランはそのままルイの手に……と思っていたら、思いっきり顔面にぶち当たる。

「ぐわぁぁぁぁ!! 避けるなよ!」

「へ? それって私のせい!?」

「自慢じゃないが俺はブーメランを投げられても、受け取れねぇんだ!」

「それって致命的………なんで使うのよ、そんなの」

 鼻血を流しながら、ルイはへっと笑ってみせる。

「…かわいいじゃねぇか、投げてももどってくるなんて。女みたいでよぅ…」

 あさっての方向を見つめ目を細めるルイに、でも受け取れないんじゃぁ……と、思わず心の中でつっこむ。

「………本当に変な奴ね。言わなきゃ当たったかもしんないのに……」

「俺は、紳士だからな。今のは計7つの連続攻撃だ。次は…本気でやる…リア・ランファーストの片腕を奪った、10連撃だぜ。もう一度聞く……降伏する気は?」

 ルイが剣先をカーリャに向ける。

 しかし、カーリャは一歩も引く素振りを見せなかった。

「…………10連? ふふ…上等!」

 カーリャがサーベルを鞘に納める。

「っち! 強情だな、知らねぇぞ」

 ルイはそう言うと、再びブーメランを構える。

「…アイン」

 カーリャがカウントダウンしながら、同時にだんっと大きく1歩、間合いを詰めた。

「ぬおっ! 抜刀か!?」

 間合いがつまり、たまらずルイがブーメランを投げつける。

 しかしカーリャはべっと舌をだし、なんなくそれをかわす。

「フェ、フェイクかよ、この!」

 焦ったルイの剣撃が飛ぶが、目の慣れたカーリャはやはりそれをなんなくかわす。

「ツヴァイ…」

 カーリャは円を描くように、ずざざと足を滑らせきびすを返し、そのまま剣を滑り抜いた。

 振り返りながらの抜刀は、背後、すなわち敵のいない方向に向けて放たれる。

 同時にがちんと大きな音をたてブーメランが弾かれた。

「まじ…かよ。抜刀でブーメランの戻りをたたき落とすなんて……」

「…弧月!」

 カーリャは振り向くスピードを殺さずに、そのまま一回転して円を描きサーベルを舞わす。

 ルイが反応し受け止めるが、カーリャはそこから三連撃につなげた時、勝負は終わっていた。

 二撃目で相手の剣を落とし、三撃目の峰打ちがとどめを刺していたのだ。

「やった!」

 ユーンが胸をなで下ろす。

「……これがリアさんの剣術…二段抜刀の『弧月』と連撃の『雲耀撃』よ。嘘つきさん、連撃は多いだけじゃ駄目なのよ」

「…つつ、ばれたか。………しかし本物とは…」

 それを見ていたフィーゴがすっと出口に消える。

「ちょっと!」

「……心配すんな…。ここには団長以外の団員は俺達しかいない。観念して団長を呼びに言っただけだ」

「……それはまずいですね。きっとサイ達が捕まえてしまいますよ」

 不意に入り口から声がした。

 驚いて見ると、そこにはなぜかハーミアとルーの二人が立っていた。

「ルー! それにハーミアまで! いつの間に!」

「いやぁ、中の様子を調べに来たらすでに戦闘中で……手も出せないので見物させていただきました」

「……いつの間に…じゃないです!!」

 めずらしくハーミアが怒鳴り、そしてそのままカーリャに駆け寄り抱きついた。

「どうしてこんな危険なことを……私たちがどれほど心配したと……」

 先ほどの冷静さとうってかわって、涙混じりの声でつぶやく。

「ごめん……」

 ルーはそれを静かに見つめていたがやがて、ユーンの元に歩み寄る。

「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫。カーリャも怪我はないみたい」

「そうですか、僕はサイ達を呼んできます。たぶん気絶でとどめてくれているとは思いますが………あなたも妙な行動はやめて下さいね」

「…やんねぇって、座って待たせてもらうさ」

 ルーはルイの言葉をひとまず信じ、今頃ぼこぼこにされているであろうフィーゴを救うべく裏口に回った。

「とりあえず、ここで何があったのか話すわ。ルイも交えてね」

 ちらりと横目でルイの方を見る。当人は軽く肩を上げて見せていた。

「でも…」

「大丈夫よ、ハーミア。団長は自分のテントにもどってるみたいだし、まずは情報交換しましょ」

 ハーミアはしぶしぶ頷いた。

 ちょうどその時、フィーゴを釣り竿で引きずってサイ達がテントの中に入ってきた。


 果たして赤の満月の夜に

  何が起こったのだろうか。

   それは一行にはまだわからぬ事だった。

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