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act.4 それぞれのシレン、それぞれのカルマ

 出港から12日目の夜、それぞれの思いを胸に一行は再びレッジーナにもどってきていた。

 7日間にわたる航海は、イセリアとイセリアの精霊『オケアニデス』の助力も大きく、いたって順調に終わった。

 ただ、イカダという不安定な乗り物のせいで7日間不安を募らせてしまい、一行の精神力は極限状態にあった。さらに狭いイカダは、彼らの動きを制約し、容赦なく照りつける太陽は追い打ちをかけるように彼らの体力を奪っていた。

 今、彼らが一番ほしい物は水でも食料でもなく、ふかふかのベッドに間違いなかった。

 さらに未だに目を覚まさない子供も気がかりだった。ハーミアの看病もむなしく、少年はハーミアの腕の中で眠り続けていた。とにかくこの少年を安静にできる場所に運ばなければならなかった。

 それでも彼らは、ここまでひたむきにがんばり衰弱しきったイセリアにこたえるべく、翌日からの行動を打ち合わせていた。

「とにかくイセリアさんにはここにいてもらいましょう。ここなら人目にはつかないし…」

 カーリャが辺りに目をやりながら言う。

 一行の上陸した場所は港から少し離れた海岸で、夜になると全くと言っていいほど人の気配は無くなっていた。

「昼間さえ海中に潜っていれば見つかることはないし、夜はここで会えるしね」

「あの、でも私が今薬を飲めばすむことじゃないんですか?」

「そのことなんですが…、ちょっといいですか?」

 ハーミアが少年を抱いたまま話し始めた。

「薬を飲むのは、彼に自分の正体を明かしたうえで告白を受け入れた時にしてほしいんです…」

 ハーミアはどうしてもイセリアの恋がうまくいくとは思えなかった。だから少しでもイセリアが傷つかないように思案し続けていた。その答えがこれだった。

 もちろんそれが、ザナの願いの成就を妨げることだと知っての行動だ。

「……でも、人間になって告白したい…」

「声が出なくなったら、どうやって思いを伝えるつもりなの?」

 少し冷たく言い放つ。できればイセリアに思いとどまって欲しかった。

 ハーミアはかつての自分の恋……悲劇に終わってしまった恋と、その後の自分と重ねあわせていた。しかしだからこそ、思いとどまらせるのは不可能だということも、知っていた。

「みんなもどう思いますか? 私は、イセリアが相手に会うときには人魚の姿のままがいいと思います。相手がそれでもイセリアを受け入れてくれるようなら望みはあるし、受け入れないようならイセリアは薬を飲むのをやめて家族の元へ帰ることができるから…」

「だけど……」

「イセリアさん。まだ相手を見つけた訳じゃないのよ? 相手が見つからない可能性もあるし、見つかったとして、受け入れてくれない可能性もあるわ。それに、もしかしたらもう結婚しているかもしれない…」

 沈黙するイセリアに、ハーミアは淡々と続けた。

「だから、薬を飲むのは相手の気持ちを確かめてからにしなさい。そうすれば、そのきれいな声で気持ちを相手に告げられるでしょう? その人もきっと聞きたいと思うわよ、あなたの、その声…」

「………そう……でしょうか?」

 笑顔で頷くハーミアに、イセリアは顔を真っ赤にしてこくりと頷く。

「ねぇイセリア、その人ってどんな人なの? レッジーナについたら教えてくれる約束だったよね」

 カーリャがイセリアの顔を覗き込む。

「…………素敵な方です……」

「だぁぁー! そんなんじゃわかんないよ。背はどの位なの? 髪の色は? 目の色は? もしかして、名前とか知ってる?」

 カーリャを押しのけてのフィルの質問責めに、イセリアは一瞬たじろぐがしばらくすると、やはりうつむいたまま髪をいじるような仕草をしながら答え始めた。

「……えっと、髪は金色で首筋にかかるくらいの…普通の長さでした。背は170〜180cmくらいで…目の色まではちょっとわからないです。名前ももちろんわかりません…」

「…んじゃあ、どんな服着てた? 有名な商家とかなら家紋とかを服に入れてるかもしれないよ?」

「おお、フィル君するどいですね。たしかに家紋がわかれば、商家を特定しやすいです」

 ルーの拍手になんだか照れるフィル。船内でもそうだったが、フィルはたまに鋭いところを見せていた。盗賊の勘というやつだろうか。

「……んっと、家紋かどうかはわかりませんが、胸に翼の形をしたなにかをつけてました。あと、腰に差す剣の柄にも同じ物が……」

「翼の男かぁ。でも、それだけじゃあ……」

「いや、なんとかなるかもしれませんよ」

 がっくりと肩を落とすカーリャに、ルーが何か思いついた表情を見せる。

「…みなさんは『月歌の宴』をご存じですか?」

 全員がまばらに首を振る。

 ルーの家庭はいわゆる一般階級とは違うため、そのことを知っているのは彼だけのようだった。それでも現在の彼がおかれている状況や、彼が過去を見せないということもあり、ルーがそのことを知っていることに対し、一行はとくに疑問は感じていなかった。

「レッジーナでは満月の夜に大規模なパーティーが催されています。それはレッジーナの三大商家、『コスタ』『レコバ』『ファート』の三家が日頃のお得意さまをパーティーに招く『月歌の宴』というものです。まあ、誰が自分の家をご贔屓してくれているのか判別するために行われるんですが…。このパーティーにはきっとイセリアの思い人も招かれているでしょう」

「ってことは……」

「そうです、カーリャさん。このパーティーに忍び込めれば、イセリアの思い人も見つけられるかもしれません。でも、三家とも同じ時間に別々の場所で行われるんで、どうしても別行動で行くしかないんですが……」

 カーリャがうーんと目を閉じて頭を深くさげ、やがて、よしっ!と立ち上がる。

「……じゃあ三日後の満月の夜に私たちはそのパーティーに潜入、タイムリミットまでに翼の男を探して、見つけ次第接触・説得の後ここにつれてくる。当日はこれで決まりね。チームは三つ。まず、私とフィル、サイとユーン、そしてハーミアとルー。戦力的にはいい感じよね?」

「た、戦うのか?」

 サイのつっこみにカーリャの動きが一瞬止まるが、そこはやはりカーリャ。謎の勢いに任せて、サイの言葉を聞き流す。

「じゃあ、次にどうやって忍び込むのかだけど…わたし、明日ブラン伯のところに任務の報告に行ってみようと思うの。その時にブラン伯に聞いてみようかと思ってるんだけど。みんなはどう?」

「私も賛成です。同行します」

「俺もいくぜ」

「うん、サイとハーミアはOKね」

「あっ、わたしもカーリャさんのお供をします」

 慌てるユーンがおかしかったのか、カーリャがくすくす笑いながら頷いた。

「それだけいれば大丈夫ですね? 僕は申し訳ないんですが、魔術師ギルドに顔を出してきます」

「おいらも、盗賊ギルドに……って行きたいとこだけど、他の侵入方法でも考えとく」

「この子はどうしましょう?」

 ハーミアが抱きかかえる少年に視線を落として言う。

「とりあえず、宿で寝かしときましょ。あとはしっかりした医者を捜してからよね」

 ハーミアが頷くのを確認すると、カーリャは荷物をまとめ始める。

「明日の夜、もう一度ここでイセリアと打ち合わせをしよっか。今日はもう、宿を探して寝ましょ」

 カーリャの言葉を合図に一行は、イセリアにしばしの別れを告げ、懐かしの町レッジーナに向かっていった。


 翌日、カーリャとハーミア、サイとユーンの4人はブラン伯のもとにやってきていた。

 ブラン伯の屋敷は有名であり、すんなりと見つけることができた。4人が執事らしき人物に面会を頼むと、これもまた、なんの障害もなく客間に通されてしまう。

 そしてセバスチャンと名乗ったその執事は、ブラン伯を呼びにいっているところだった。

「…ブラン伯ってどんな人だろう…」

 客間のソファーに身を預けたままカーリャが呟く。

 ハーミアは、カーリャの言葉に対し小さく首を傾げる。

「カーリャさん……」

「ユーン…、カーリャでいいよ。もう仲間なんだから、ね」

 ユーンは少し間を空けてからこくりと頷いた。

「あの…カーリャ……、いきなり飛びかかるとか…しちゃだめですよ…」

「………ああ、依頼のこと。たしかに舟の中で聞かされたときは、頭にきたけどね……もう大丈夫。リアさんもレッジーナじゃよくあることって言ってたし。私の中じゃもうふっきれたわ」

「…それでもあの依頼は不当な箇所が多いです。私は抗議した方がいいと思います」

「そう……だね。危険には違いなかったし…」

 冷静に言葉を並べるハーミアに対し、カーリャが曖昧に頷く。

 それでも、カーリャは素直に責められそうになかった。あの時リアは「ブラン伯を責められないさ」と言っていたから。

 ブラン伯の応対は思っていた以上に丁寧なものだった。

 50を越える年であろうに威厳に満ちたその表情は、未だ現役であることを証明していた。

 そして彼は何より紳士であった。

 ブラン伯はカーリャ達の任務の失敗などの結果報告と、それをふまえた上で今後の協力についてを一通り黙って聞いていた。

「…とにかく無事でなによりです。よくぞお越し頂きました」

「無事?……どこが無事だというんですか? 生存者は私たちを含めてたったの6名なんですよ?」

「…ハーミアさんのおっしゃる通りです。依頼に関しては、騙すようで非常に申し訳なく思っています。しかしながらそれは、リアがついているのであれば生還はできるであろうと考えてのことであり、リアたっての要望でもありましたから、そのように依頼したのです」

「…まあ、うかつなのはこっちのほうだからな。依頼料と仕事の難度が合っていないことに気付きながら受けたのだから、こっちにも否はある」

「でもサイ、それではあの船員達が、リアさん達の死はどうなるの?」

「彼らの死は無駄ではありません。霧の正体がわかったのですから…」

 ブラン伯は目を閉じ顔を下に向ける。その瞳にはうっすらと涙が見えていた。

「…それに…リアは必ず生きています。あの子はとても強いですから」

「私もそう思います。あの人は絶対に生きていると…」

「……先ほどから気になってたんですが…あなたの持つ刀はリアのものですね?」

 カーリャがこくりと頷く。

「そうですか……リアに託されたのですね。ではやはりお話しなければなりませんね。そう、お詫び…という訳ではないのですが、リアに頼まれたことが2つあります」

「リアさんが……?」

 ブラン伯は、カーリャ達の向かい側のイスに座り目をそらすことなく続ける。

「まずその一つ…私が、あなた方のスポンサーになることです。あなた方が冒険をする上で宿代や食費はもちろん、できる限りの援助をしましょう。そのかわり、あなた方が冒険で手に入れた物を売却する場合は、必ず私に売ってください」

「いいのか?」

「もちろんです。これは私の希望でもありますから…それからパーティーの招待状は、レコバ家のものなら入手できるでしょう。ドレスに関しても出来る限りは用意しましょう。あとその子供もここへお連れなさい。私の知人に腕の立つ医者がいます。面倒みましょう…」

「あと、もう一つは……?」

「………すみませんが、他の方には席を外してもらいたい。もう一つは、ハーミア殿に頼みたいので…」

 なぜ?という疑問にブラン伯は答えることなく、深く頭を下げる。

 サイはしばらくそれを見つめ、やがてハーミアの耳元に顔を寄せる。

「…なにか無理なことでも頼まれたなら迷わず断れ……いいな」

 ハーミアが黙って頷くのを確認すると、サイは静かに立ち上がりカーリャ達と部屋を出ていった。

「さて……あなたについてはリアから全て伺っています」

「……全て、ですか?」

「全てです。あなたが何者であり、過去に何があり、リアとはどういう関係か、です」

「………ブラン伯…あなたとリアさんはいったいどんな関係なんですか?」

「…一応スポンサーですが……彼は……私の息子のようなものです。私は、仕事に生きるあまりに結婚をしていませんから…」

「……そう…ですか…」

「リアに頼まれたことのもう一つとは…あなたを養女に迎えることです」

 ハーミアは驚きのあまりに声も出なかった。

「……そんな! 無理です。知っているのでしょう? 私は人間でもないし、それに…プラティーンの信者なんですよ? 困るのはきっとブラン伯のほうです」

「これは、私からの頼みでもあります。息子同然だったリアがそこまで守ろうとした人物を、私が変わって守りたいんです。それにどうせ跡継ぎもいませんしね。もちろん養女といっても、あなたは今まで通り冒険をしてもらってかまいません。あなたから自由を奪うつもりは毛頭ありませんから。ただ、レッジーナにいるときはここに顔をだして頂ければいいのです。…無理にとは言いません。考えておいてくれますか?」

「……即答は…できません」

「かまいません、しかし忘れないで下さい。私は心からあなたを私の娘として迎えたい。ここは、あなたにとって港である…と考えておいて下さい。思いのままに舵をとり、道に迷えばまた港に戻ってくればいい…」

「…ありがとうございます、ブラン伯。…リアさんがあなたを責めないでくれと言ってました。その意味がわかるような気がします…。あの人はどこか不思議な人でした。安心感がもてる…家族のような…」

「リアも…あなたを妹のように思っていたそうです。許嫁としてでなく…。できれば彼も家族として迎えたい。あなたがリアと再会できることを、心から祈ります」

 ハーミアは静かに頷いた。


 フィルにとって記念すべき初冒険の日から数えて13日目の昼下がり、フィルは一人繁華街に導かれるように歩いていた。

 久しぶりの町の香りに誘われて……とったところである。

「やっぱりないのかなぁ〜」

 きょろきょろと辺りを見回しながらフィルはぼやくように呟いた。

 フィルは張り紙があれば、なにかパーティーについてヒントになるようなことでも書いてあるかもしれないと思ったのだ。

「それだけ有名なパーティーなら、張り紙の一つでもあると思ったのにぃ…」

 しかし当然のことながら商家が主催の、それもお得意さまだけを招待する大事なパーティーを、町中の張り紙で掲示するわけもなく、フィルの午前中の探索は無駄骨に終わろうとしていた。

「やっぱり『碧の月亭』のおっちゃんの言うとおり、小間使いのふりでもして、招待状を拝借するしかないのかなぁ…」

 フィルはふいに、『碧の月亭』のオヤジの顔を思い浮かべる。

 それはつい先ほどの出来事である。

 30半ばのひげ面の筋骨隆々なオヤジは、フィルの話を豪快に笑いとばしていた。

「なにぃ、『月歌の宴』に行きたいだとぉ! がはは、こりゃ笑える。新手の冗談か? そいつぁ逆立ちしても無理ってもんだぜ。招待状があったところで、おめぇみたいなチビは、どうやっても門をくぐらせてもらえねぇさ」

「でも、なんとかして行きたいんだよう!」

「無駄だ、無駄。館の警備は万全だし、忍び込むのは一苦労だ。おまけにそいつは『犯罪行為』って言うんだぜ?」

 むむうとフィルが口をつぐむ。

「なんとか、一枚だけでも手に入らないかなぁ。おいらは秘策があるから忍び込めるんだ」

「お前さんがギルド所属の盗賊なら、一枚くらいなら何とかなるかもしれんがなぁ…。それより秘策って何だ?」

「へへへ、内緒」

「……そーかい、そーかい。じゃあ、ヒントをやろう。銀貨10枚だ」

 にやりと笑うオヤジに向かって、ぷるぷるとフィルが首を振る。そして、指を4本たててオヤジの顔に突きつける。

「だめだ、8枚だ。これが限界だぜ?」

「おっちゃん、うちのパーティには綺麗所が3人もいるんだけど…。冒険休止中はいいウエイトレスになると思うよ。どう?」

「…うちは3人も雇うほど余裕ねぇぞ」

 フィルは少し考える素振りを見せるが、やがて適任者を見つけたらしくにんまりと笑う。

「じゃあ、一人。カーリャって言うんだけど、来週までに連れてくるから、銀貨7枚で教えてよ。ね? いいでしょ」

「しゃーねぇなぁ…」

「OK! じゃあ5枚で決まりだね!」

「わぁーたっよ。ちっ、負けだ、負け…」

 おやじはあきらめたかのように、両手を広げ肩をすくめる。

「しかし末恐ろしいガキだな。銀貨5枚のために仲間売るか、普通…」

「ちがうよ、いいバイト先を探してやったのさ。…言っとくけど、カーリャになんかしたらただじゃすまないよ。リアにいちゃんの愛弟子なんだから」

「…なんかおっかねぇの雇っちまったな………っておい、お前今なんて言った?」

「カーリャになんかしたら…」

「違う! その後だ!」

「リアにいちゃんの愛弟子…」

「おい、まさかリアってあのリアか!? 『リターニングソルジャー』で有名な片腕の…」

 こくりとフィルが頷く。

「そいつはすげえじゃねぇか。あいつ、弟子は作らない主義だって言ってたのによ。………ああ、そーか…なるほど…あいつ、惚れちまったのか…」

「おっちゃん、鋭いね。それよかさ、早く教えてよ」

「お、おお、すまねぇ。いやこれで楽しみが一つできたよ」

 オヤジは満足そうに笑い、奥の棚から新しい羊皮紙を取り出てくる。そしてそれをカウンターに広げると、鼻歌混じりで簡単な地図を書き始めた。

「この三つの点が、パーティーを主催する商家の家だ。で、この太線で囲ってる部分がおそらく招待されるであろう商人達の居住区さ。どうしても見つからないなら、この居住区でなんとかするこった。で、ヒントだ。コスタ家の人間はそろって、車輪をモチーフにした紋章みたいなのをつけている。こいつを見つけられたなら、あとはお前の腕しだいさ」

「おおー、おっちゃんありがと」

「なぁに、いいってことよ。それより、お前はどうやってパーティーに忍び込むつもりだ?」

「ふふふ、それはねぇ……」

 思い出したままにんまりと笑うフィル。

「……リア兄ちゃんには悪いけど、あの手でおいらの潜入はばっちしさ。問題はやっぱりカーリャの分だなぁ。ここはやっぱしお仕事するしかないかな…」

 独り言を言いながらフィルは繁華街をぬけ、中階級の商人多くすむ居住区へ向かっていった。


 レッジーナには、学院と呼ばれる魔術師ギルドがある。町の中央よりに位置するこの学院は、月魔術の研究を行う学者や魔術師から構成されたギルドで、魔術師養成学校としての役目も果たしていることから、いつの日からか学院と呼ばれるようになっていた。

  学院は地上と地下に広がる塔で構成されており、地下は完全に秘密にされた、一般には導師クラス以上でなければ立ち入ることも許されない場所となっていた。

 逆に地上から3階までは、魔法の品の鑑定等を含む相談所や、様々な講義等が行われており一般人にとって、わりと身近な存在ではあった。しかし、この階を利用する人物は地下及び4階以上についてはなにも知らないのも事実である。

 ルーはまだ魔術師として認められたばかりの新米だが、6階に自室が用意されていた。これはルーが、すでにギルドの正式なメンバーであり、月魔術の解明・発達に力を注がねばならないことを意味していた。

 もちろん、ここまでくるには莫大な授業料が必要なのだが、ルーの家が貴族であるため、ルー自身はそれほど苦労することもなく魔術師の地位までのぼることができた。

「そろそろ、お前にもマスターがつくそうだ…」

 ルーの部屋でソファーに身を預ける男性が言う。

 その容姿は髪型こそはショートカットだが、髪や瞳の色はルーと全く同じだった。

 大きな違いといえば身なりがきちっとしており、装飾の施された剣を腰に差すその服装と、ルーとは似つかない威圧的な眼孔だ。

 彼はルーの双子の兄、カズウェル・アイラードだ。

 カズウェルはいわゆる堅物の貴族で、物事を合理的に考えるタイプだった。ルーとは正反対に近い性格だが、それでも二人はよい仲だった。

 ルーはつい先ほど、『ヨグ』についての文献を集め、自分の部屋にもどってきたばかりで、そこへたまたまギルドに研究費を支払いに来ていた兄が顔を見せに来たのである。

「え? そんな話、僕は聞いてないけど…」

「先ほど研究費を納めたときに、教えてもらった。誰かはまだ決まっていないようだが…」

 ルーは無言のまま頷き、新しく買ってきた服に袖を通す。

「お前……ここ数日帰って来なかったらしいな。どこに行ってたんだ?」

「え……それは……」

 すうっと目が細くなる兄から視線を外し、ルーは答えに困ってしまう。まさか、無人島に行っていたなんて言えるわけがなかった。

「まさか、変な女の家とかに入り浸ったりしているのではないだろうな?」

「…にいさん。僕がそんなことするわけないだろう?」

 慌てるルーをカズウェルが、冗談だと笑う。

「わかっているさ。おまえには甲斐性ってものがないからな。だがしかし、たまには息抜きも必要だ。勉強のしすぎも考えものだ。女性とつき合うというのもなかなかいいものだぞ」

「に、にいさん……」

「どうだ、好きな人はいるのか?」

 ひたすら困り果てるルーに対し、カズウェルは楽しそうに笑っていた。

「まあ、いい。実はな、今度のファート家の『月歌の宴』にはお前に行ってほしいんだ」

「え?」

「少し急用があってな、行けそうにないんだよ。そこで、お前に頼みたい。なぁに、私の代わりに壁際にでも立っててくれればいいんだ。『行った』という証拠があればいいのだから」

 ルーは驚きのあまり思わず声をなくす。

 なんということだろう。願わずしてこのようなチャンスが転がってくるとは…。

「……いいけど、僕は家出をしている身だよ?」

「かまわんさ。どうせ誰も見分けをつけられんからな」

「…わかった……そのかわり、招待状2枚くれるかな? 二人でいきたいんだ」

 カズウェルが少し驚いた表情を見せ、やがてやはり嬉しそうに笑った。

「そうか、そうか。ちゃんといるんじゃないか」

「にいさん?」

「いや、いいんだ。母さんには内緒にしといてやる。明日にでも、届けさせるとしよう」

「にいさん、なんか誤解してない?」

 しかしルーの弁解もカズウェルの耳に届くことはないようだった。

 カズウェルはそのまま立ち上がり、ゆっくりとした足取りで扉に向かう。

「明日までに、貸し衣装屋に話をつけといてやる。好きな服を選んで行くといい」

 こうしてルーは、彼の人生の中でまたも労せずして、招待状と衣装のペアチケットを手に入れてしまうのであった。


 一行は13日目にあたるその夜、イセリアのもとで結果の報告と最終的な打ち合わせを行っていた。

「えーと、話をまとめるわね。二日後の満月の夜、まずコスタ家には、フィルが手に入れた招待状を使って私が潜入する。で、ファート家にはルーが手に入れた招待状を使ってルーとハーミアが潜入。最後にブラン伯が用意してくれた招待状を使って、サイとユーンが潜入。潜入後はすみやかに『翼の男』を探して、見つけ次第接触、んでもって、11時までにいったんブラン伯の屋敷にもどる」

 カーリャはそこまで言うと一度深く呼吸をし、再び続ける。

「他の人も、“いない”と判断できたら一度ブラン伯の所にもどる。もし11時までに間に合わなかった場合は集まったメンバーだけで、イセリアのもとにくること。これでOKかしら」

 一同が黙って頷く。

「みんなよく、招待状を入手してくれたわ。ありがとう。……でもフィルは例外ね。勝手に私のバイト先を決めたから」

 じと目のカーリャに対し、フィルがにやにやと笑い返す。反省の色なしってやつだ。

「すみません、カーリャさん。私のせいで…」

「あっ、イセリア。気にしないで、どうせバイトはしなきゃいけないと思ってたしね」

「ほらー」

「ほらー、じゃないでしょ」

 ごつっとカーリャのげんこつがフィルにとんだ。しかしその力加減を見る限りカーリャも本気で怒ってはいないようだった。

「あの……カーリャ。明日はどうするの?」

「…んー。そうね、まる一日空いてるし、私たちはゆっくりドレス選びでもしましょ。こんな機会滅多にないもん」

 嬉しそうなカーリャに、やっぱり女の子なんだなぁとルーは思った。

「おいらもいくー」

「だめ。あんた着替えを覗きそうだから」

 ちぇーと口をとがらせるフィルに、サイが苦笑する。

「俺達は簡単に衣装を選んで、下調べをしとこう。あと、舟で捨てちまった防具を買いにいこうぜ。資金はブラン伯がだしてくれるそうだ」

「そうね、サイ。その辺は任せるわ。……ああ…スポンサーってありがたい…」

「あの、みなさん本当にありがとうございます…」

「…いいんですよ、イセリア。あなたはあの島からここまで私たちを連れてきてくれた。そのことに比べれば、これでも足りないくらいです」

 ハーミアの優しい言葉にイセリアがぽろぽろと涙をこぼす。

「わたし、せめて悔いが残らないようがんばります。みなさん、お願いします!」

 誰もがイセリアの気持ちの答えたかった。だからだろう。この場に集まる全員が、快く笑顔で頷いていた。


「釣りはできないがここの眺めは悪くないな…」

 ブラン伯の屋敷の屋根の上でサイが一人呟く。さすがに爵位を持つだけのことはあって屋敷も大きく、屋根からの見晴らしは最高だった。

 眼下に広がる町並み…視界いっぱいに広がる青い海…潮の香りがする気持ちのいい風。

「さて、はじめるか…」

 午前中のうちに防具などの買い出しに出かけていたサイは、近辺のお店で「翼の紋章」について情報を集めていたが、結局有力な情報を得られなかった。それならばと、パーティーの開かれる3つの会場と海岸までの最短ルートや、必要時間などを調べるために屋根の上に来ていたのだ。

 一通り調べると今度は羊皮紙にそれを書き込む。

 やがて、サイはやることがなくなったのか、針のついていない釣り竿を取り出し、ぼんやりと糸をたらす。

「…サイさん、そんなところでなにしてるんですか?」

 目線をおろすとテラスから、ドレス姿のユーンが顔を覗かせていた。

「……釣りだ…」

「………………釣り……ですか…」

 ユーンが不思議そうにとそれを眺める。

「あ、どうでした? なにか手がかりとかありました?」

 その言葉にサイはユーンの提案を思い出す。

 それは三人の商人がよく取り引きしているお店を調べ、そこの店長にどうにか一緒に連れていってもらえないか交渉することだった。

「…残念だが、取引先を探すには時間が足らなかった。あと一日あれば調べられたんだが…。一応ブラン伯にも頼んでみたが…フィルの分は手に入りそうにないな……。いい考えだったんだが……」

 ユーンはそうですか…と、少し残念そうに言った。

「…ドレス、決めたのか?」

「今、ハーミアさんが選んでます。私はとりあえずこれにしようかと…」

「…そうか…、なんか感じが変わるな」

 サイはユーンのドレス姿を見ながら続ける。

「楽しいか? ドレス選び…」

「……そうですね。やっぱり楽しいです。無人島に比べれば…」

 サイがそうだよなと、苦笑をする。

「サイさんも楽しそうですね…」

「なにがだ?」

「釣りです」

 ユーンはくすくすと笑い部屋にもどっていった。

 その後もサイは、しばらく空を相手に釣りを楽しんでいた。

 運命の日は目前だった。しかしこの空を眺めていると、全てがうまくいきそうな気がしていた。


 各々の時を過ごし、あっという間に満月の夜はやってきた。

 今日は残念ながら雲が多く、赤い満月はその姿を隠していた。

 そんな中、薄暗い道を歩いてコスタ家に向かうカーリャとフィルの姿があった。

「カーリャ、きっとあの屋敷がそうだよ」

 フィルがカーリャの後ろに隠れるようにして言った。

 実際カーリャの着る純白のドレスは、シンプルなデザインで比較的動きやすそうではあるもののスカートの部分が大きく広がっているため、前からではフィルの姿は見えなかった。

 それでも、無駄な肉がないカーリャのスタイルは抜群で、当人は自信がなさそうだが後ろから見ていてもそのドレス姿はなかなかのものだった。

 武装のできないカーリャは、フィルに『ユング』と『ザイル』を持たせて、慣れないヒールで歩き辛そうに歩いていた。

「うう、なんか段々はずかしくなってきた…。ねえ、フィル。私、本当に変じゃない?」

「大丈夫だよ。できるならリアにいちゃんにも見せたいくらいさ」

 …リアさんもこういうドレスとかの方が好きなのかな、と思わず考えてしまうのは女心というやつだろう。

 二人は徐々に賑わう屋敷に近づいていった。

「フィル、その剣ちゃんと持っててよ…」

「わかってるよ。……なんでそんなこと聞くのさ」

「だって、あんた勝手に売っちゃいそうなんだもん」

 カーリャは、ウエイトレスのことをまだ根にもっているらしく、じと目でフィルの方に顔を向けていた。

「大丈夫だって。ほら、そんなこと言っているうちについちゃうよ!」

「…うう、すごい人数。なんか衛兵みたいなのもいっぱいいるし……フィルはどうやって忍び込むつもり? 無理じゃないの?」

「…おいらはもう少し近づいたら作戦を実行するから、カーリャは招待状の準備して」

「う、うん」

 カーリャは言われるがままに、小脇に挟んでいた招待状を右手に持ち替える。

 招待状には『トーエ・アントロ・バレンタインご令嬢宛』と書いてあった。

 フィルが小間使いのふりをして手に入れた物だ。本物のバレンタインご令嬢には少しかわいそうだけど、これもイセリアのためとカーリャは自分に言い聞かせていた。

「ようこそ、コスタ家へ。お手数ですが、招待状をお見せ下さい」

「えっ、あっはい」

 不意をつかれたカーリャは思わず間抜けな返答をしてしまう。

 そしてすぐに手に持つ招待状を、目の前の気品のいい男性にわたす。

「少々お待ち下さい…」

 男性はそう言うと丁寧に招待状の中身を確認し始めた。

 本当に大丈夫なの?と、カーリャの心臓の音が少し高まる。

 その時だった。

 なんと、フィルがカーリャのスカートの中に入ってきたのだ。

 驚いたカーリャは思わず声を上げそうになるが、目前の現状が現状のため、冷静を装うしかなかった。

「お待たせしました。T・A・バレンタイン様ですね? では、バレンタイン様の化粧室にご案内させていただきます」

「え、あ……はい」

「…どうかなさいましたか?」

「…あ、なんでもないの。案内お願い…」

 カーリャがそう言うと男は軽く会釈をし、屋敷に向かって歩き始めた。

 カーリャも少し距離をおいてゆっくりとそれに続く。スカートの中にフィルがいるせいか、ひどく歩きにくいが、さすがにスカートの中まではチェックをしないようで、なんとか潜入に成功しそうだった。

 それよりもなによりも、これがフィルの秘策とは……。いやな予感はしていたものの、こんな恥ずかしい目にあうなんて……。

 T・A・バレンタイン様と標された化粧室に案内されるまでの間、カーリャの顔はずっと真っ赤だった。

「ではパーティーがはじまりましたら、お呼びに参ります」

 カーリャは無言で頷き、男が出ていくのを確認する。

 そしてため息を一つし……

「フィィィルゥゥゥ!」

 と、怒り任せにフィルを蹴り出した。

 フィルが剣を抱えたままごろごろと後ろに転がる。

「…ほら、潜入成功!」

「ほら、じゃないでしょうが! 何考えてんのよ! 顔から火が出るほど恥ずかしかったんだから!」

「大丈夫、あんまり見ないようにしたから」

 カーリャが大きくため息をし、そしてへなへなとその場に座り込む。

「そんな問題じゃないでしょ。……あぁ、私、お嫁にいけるのかしら……」

「へぇぇ、カーリャもそんなこと考えるんだ」

「あんた、私をなんだと思ってるの…」

 とりあえずカーリャは、フィルがどうやって潜入したのかを誰にも説明しまいと思った。こんなこと誰に言えよう。

 もしこれが、おじいちゃんやリアさんの耳に知れたらと思うと……

「とりあえず、潜入成功でしょ?」

「……フィル、まさかと思うけど帰りはどうするの?」

「もちろん……」

 まじめな顔で言うフィルに対し、カーリャはやっぱりと肩を落とす。

 こんなことなら、スカートの下になんかはいとくんだった。

「とにかく、私はパーティー会場にいってくるわ。フィルはここでおとなしく待ってるのよ」

「ええー。やだよ、おいらも行くぅ」

「絶対だめ。これ以上やっかいごと増やされたら、たまんないもん。ちゃんとその剣見張っててね」

 カーリャはそう言うと、化粧室を後にした。

 しかしこの時カーリャは、気付いていなかった。

 フィルの目的が、だんだんと思い人探しから、パーティーに行くという事に変わってきていることに。

「へへーんだ。おいらだってパーティー行きたいもん。ちょっとくらい探検したってバチは当たらないよね」

 フィルはそう言うとカーリャとはち合わせにならないように注意しながら、パーティー会場に向かった。


 同時刻。ファート家のパーティー会場にルーとハーミアの姿があった。

 ルーの持つ招待状でいち早くパーティー会場にたどりついた二人は、翼の男がいないか探しつつ、窓際でぼんやりとたたずんでいた。

 まだ人数が揃っていないのか、パーティーはいまだ始まらない。

 それでもダークブルーのドレスに身を包んだハーミアの美しさは他の女性を圧倒していて、会場の視線は自然とハーミアに集まり始めていた。

 どこの商家のご令嬢だろうと、男達のひそひそ話も聞こえるほどだ。

 極力目立たないように、このドレスを選んだのにこれでは意味がないと、ハーミアはテラスにでてしまう。

「…そのままでいていいですよ。あとは僕が探しますから…」

 ちょうどそれをサポートする形で、ルーはハーミアと背中合わせにし、部屋の中を見回し始めた。

 これまた美しい男性の登場に会場の視線はさらに集まるが、この美男美女はカップルだと思いこみやがて視線もそれほど集まらなくなってきた。

「…そのドレス、よくお似合いですよ…」

 顔を少し赤くして言うルーに、ハーミアは思わずくすくすと笑ってしまう。

「ありがとう…。ルーも素敵よ」

 やはり顔を赤くするルー。

 彼は結構女性の扱いに慣れているのかと思っていたが、そうでもないようだった。

 紳士には違いないが、決して軽い男ではないようだ。

「…来ますかね…」

「……どうかしら…」

「………ハーミアはどう思いますか? 人と人魚…いやこの場合もと人魚ですね。彼らは結ばれると思いますか?」

「……私には……わからない。結ばれてほしいけど…。人間は冷たい人種だから…ルーはどう思う?」

 ルーが少し間をおいて答える。

「…そうですね。人間社会に限らず、生き物には差別はつきものですし…難しいでしょうね。もし相手が一般階級の人間なら、受け入れてくれたかもしれませんが…階級があがると自分一人の問題ではなくなってしまいます…。そのことを考えたら、ハーミアのあの選択は正解でしょう。イセリアが結ばれればよし、だめでも声を失うことはない…」

 ハーミアが黙ったまま頷いた。ザナには悪いが、自分が考えた限り、これが最良の策だと思えた。

「…でも、やはりあの件に関しては、あなたは少し感情的になりすぎましたね。ことイセリアの事になると、経験者のような口振りでしたよ。あれでは、あなたの過去に似たような事が起き、不幸に終わったと言っているようなものです…」

「ルー、私はそんなつもりじゃ…」

「…あの時あなたが何者で、何を望もうとしているのか…何となくわかりました。イセリアのおかげでもありますが…。つまり今のイセリアの行為は、あなたが以前に経験したことを模すること…なんですね…」

 ハーミアが沈黙をする。しかしそれは、ルーの意見を肯定するようなものだった。

「……本当にルーは鋭いのね。魔術師はみんなそうなのかしら…」

 思わずザナの顔が浮かび上がる。

 ルーはどうでしょうと首を傾げて、続けた。

「…完全に人間と同じ見た目の亜人は少ないですからね。あなたが満月であるこの夜に、暴走による変身をしないということは…シェイプチェンジャーのほうですね…」

 ハーミアは黙って頷く。

「……あの時……ほら、海岸で私の信仰神を見破ったでしょ? あの時ね、きっとルーには全てがばれる時がくるんだろうなぁって思ってた…。ここでなら、私の居場所が見つかると思っていたんだけど…ここまでね。イセリアの件が終わったら私はまた旅に出ます。短い間だったけど…」

「ハーミア…僕はそんなことを望んだ覚えはありませんよ。それにこの事を他の人達に話すつもりもありません。頼りなく見えますが、これでも僕は魔術師です。ライカンスロープとシェイプチェンジャーの違いくらいはわかっています。偏見も別にありませんし、僕は今のままでもハーミアは充分すぎるほど魅力的な女性だと思います。ただ、それでもハーミアが人間として生きていくことを希望するなら、僕もそれを手伝いたい…」

 なぜ、と首を振るハーミアにルーは、いつものよう優しい口調で続けた。

「理由は…魔術師としての好奇心ってところですかね。それとも、プラティーンに踊らされているのかもしれませんが…それもまた一興でしょう。まあ、他にやることがないと言えばそれまでなんですが…」

「…私は……みんなに迷惑をかけるかもしれないわ…」

 しかし、ルーはその言葉に首をふる。

「迷惑をかけずに生きていける人なんていません。大丈夫、みんな理解してくれます。話す時期はあなたに任せます。ですが今しばらくは黙っておきましょう」

「…………信じていいの?」

「ええ。できればこんなこと気付かないで生きたいものですね。………僕にはね…双子の兄がいるんです」

 なんの話と不思議そうに顔をむけるハーミアに、ルーは少し悲しげに続ける。

「お話する約束でしたよね。ぼくがなぜ冒険者になったのか………。僕はにいさんとの跡目争いが嫌で家出したんです。僕はにいさんと違って跡継ぎなんてものに興味ないし…もっと自由に生きていたいし。それにね、気付いてしまったんですよ。母親が僕に継がせるために色々と裏工作をしているのをね……」

 ルーはため息を一つし、目をゆっくりと閉じた。

「さっきハーミアは僕のことを鋭いと言いましたが、それも困りものです。もしそのことに気付かなければ、僕はきっと今でも家にいたでしょうし…ハーミアにこんな事を言わずにすんだでしょう。あなたの心の傷を癒すどころか、逆に傷つけてしまっている…」

「…そんなことないわ。ありがとう。私は私を受け入れてくれただけでも十分嬉しいのよ」

「慰めるどころか、慰められるとは…。つくづく情けないですね、僕は…」

 ハーミアがくすくすと笑う。

 初めて見せる無邪気な笑顔に、ルーはなぜハーミアがそんなにも人間になりたいのか理解できなかった。

 たとえシェイプチェンジャーだとしても、彼女はこんなにも優しく美しい女性のに…


「どうして俺は駄目なんだよ!」

 サイが大きな声で怒鳴る。

 レコバ家の裏口ではちょっとした騒ぎが起こっていた。原因はサイである。

 サイは自分がハーフエルフであることに誇りを持っていた。だから耳を隠さずにパーティーに行こうとしたのだが、案の定入り口で止められてしまっていたのだ。

 レッジーナでは亜人に対しての偏見や差別はないほうだが、貴族だけは別のようだった。昔からの格式などがいまだ根強く生き続けていて、亜人に対する扱いは冷たいものだった。

 抗議をするサイは半ば無理矢理に、屋敷の裏口に連れて行かれてしまう。

 そして嫌みなくらいキザそうな若い男が、サイの前に立ちはだかっていた。

「いかに、ブラン伯の招待状を持っているとは言え、お前のような汚れた血の者を入れるわけにはいかないなぁ。帰ってくれ」

 男は馬鹿にした口調で、出来る限りの侮蔑を込めて言った。

「その辺の貧乏な民衆はお前らを受け入れてくれるらしいが、僕くらいになるとね、お前のような亜人など視界にも入れたくないんだよ」

「なんだと、貴様!」

「やめて、サイ。お願い」

 ユーンがサイと男の間にわって入る。

「ユーン、どけ!」

 サイは怒りが収まらないのか、ユーンを押しのけようとする。

 しかし、男はユーンを抱き寄せるようにして腰に手を回した。

「美しいお嬢さん、このような野蛮な礼儀知らずに関わってはいけません」

「い、嫌…はなして!」

「貴様! その手をはなせ!」

 しかし男は嫌がるユーンをさらに引き寄せる。

「なんだカス、まだいたのか。おい、誰かそこのゴミを捨ててきてくれ。とても目障りだ」

「貴様!」

 パァァンと小気味よい音がその場に響く。

 男は一瞬なにがおこったのかわからなかったのか、呆然とする。男の頬をはたいたのはユーンだった。

「いい加減にして下さい! あなたに、サイを侮辱する権利なんてないはずです!」

 この行動にはサイも驚いているようだった。

 しかし男はそのまま、にやりといやらしく笑う。

「お嬢さん、自己紹介が遅れたね。僕はレコバ家の長男、アルフレッド。…ふふ、気に入ったよ」

 アルフレッドは不適に笑い、数名の人相の悪い男を呼ぶ。

「彼女を僕の部屋に連れて行け……丁重にな」

「…なにを…いや、はなして! サイ…」

「ユーン!」

「おっと…」

 アルフレッドがわって入るや否や、駆け寄るサイを数名の男が押さえつける。

「君にはお引き取り頂きたい…彼女のことなら心配するな。ちゃぁんと、かわいがってやるさ」

「ユーンに手をだしてみろ! 絶対にゆるさないぞ!」

「カスが…はいつくばって言う台詞かい? おいお前達、遊んでやれ」

 アルフレッドが合図をすると数人の男が、サイを囲み力強く蹴り始める。

 そのあまりの壮絶な光景にユーンは思わず目を背けてしまった。

「ああそうだ、いいことを思いついた。彼もパーティーに出られように、その中途半端な醜い耳をそいであげな」

 それはいいと男達が笑い転げる。そして、一人の男がナイフを取り出しサイの耳元にあてた。

「や、やめろ。貴様ら…」

「へへへ、悪く思うなよ。にいちゃん」

 そして、男はナイフを振りあげた。


 コスタ家のパーティー会場でやたらときょろきょろする女性がいた。

 カーリャである。

「全然いない。ここじゃないのかしら…」

 カーリャはため息を一つし、壁にもたれかかる。

「もう、ダンスパーティー始まっちゃうよ…」

 カーリャはうっとうしそうに周りを見回す。数名の男がカーリャを誘いたいのだろう、そわそわとしながら近づいてきていた。

「うう、ぜったいやだ。あんな軟弱そうな奴ら…」

 その時だった。会場で大きな声があまりにも唐突に響いた。

「や、やられた! やつらだ! 『キャットアイ』だ! 俺の化粧室が荒らされた!」

 きょとんとするカーリャをおいて、周りが大きくざわつき始める。

 ある者は悲鳴にも似た声をあげ、ある者はコスタ家の者に詰め寄り、ある者は控え室に向かって慌ただしく走り始めた。

「な、なんなの?」

「…しらないのですか、ミス・バレンタイン。最近流行の金持ちばかりを標的にするキャットテイル3人姉妹の盗賊ですよ。あなたも化粧室にもどられたほうがいいですよ」

 化粧室……といえばフィル。まさか…と、よからぬ予想をし、カーリャも慌てて化粧室にもどる。

 会場から化粧室の間では、やられた!の声で埋まっていた。

「フィル! どこ!」

 バタンと荒々しく扉を閉め部屋を見渡す。

 室内は薄暗く、満月の光が皓皓と割れた窓から入ってきていた。

「フィル!」

 カーリャがもう一度叫ぶと、ベッドの横でうずくまるようにしていたフィルが、涙目で起きあがる。

「カーリャ…………ごめん………」

「…フィル?」

「おいら、おいら……」

 カーリャはそこで、フィルの額から流れる血に気付く。

「どうしたの、フィル…なにがあったの?」

「おいら、カーリャとの約束…破っちゃった。おいらもパーティーに行きたくてつい…抜け出しちゃったんだ。そしたら、さっきの騒ぎが起きて……おいら、急いでここにもどったんだよ! だけど…」

 フィルはそこまで言うといったん言葉を飲み込み、やがて声を震わせながら続けた。

「やつらいきなり入ってきて……襲いかかってきたんだ。おいら、必死で剣を守ろうとしたんだけど……」

「まさか…………」

 フィルは大粒の涙をボロボロとこぼしながら、『ユング』を見せる。

「ユングは何とか守れたんだけど……ザイル……奪われちゃった…」

 フィルの言葉にカーリャがふらふらとベッドに座る。

「…嘘…でしょ……あれは、リアさんの大切な……」

「ごめん………カーリャ……ごめんなさい……おいら……おいらが約束破ったから……」

 カーリャはしばらく『ユング』を見つめ、やがてゆっくりと引き抜く。

 そして折れた刀身を器用に使ってドレスの袖を短く切る。

「カーリャ……おいら……」

 カーリャは何も言わずに、フィルの額に切った袖を優しく巻くと、そのままフィルをぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫よ…。だから泣かないで。らしくないわよ……フィル。あなたは盗賊でしょ。盗られた物は盗り返せばいいじゃない」

「カーリャ………………ごめん…」

 カーリャは黙って首をふった。

 フィルを責めちゃいけない。私が同じ事をしたとしても、リアさんはきっと私を責めないだろう。

 その時、屋敷の外から警備兵の大きな声が聞こえた。

“いたぞ! あっちに回れ!”

 その声にフィルがぴくんと反応する。

「カーリャ! 今なら間に合うかも!」

 カーリャも思わず立ち上がるが、すぐにあることに気付いた。

「……でも、今追いかけたら…イセリアは……」

 二人は顔を見合わせた。

 選択しなければならなかった。

 イセリアか…ザイルブレードか…


「…どうやらはずれのようですね……ブラン伯の所にもどりますか……」

 結局、翼の男を発見できず、ルーがため息混じりにハーミアに言う。

 ハーミアも頷きテラスから入ってきたその時、屋敷の照明がフッと消えてしまった。

『みなさん、お待たせしました。恒例のダンスタイムです。まずはお近くの人間のお手をとってください。異性同姓を問わずその方がダンスのパートナーとなります』

「……これはまた、うっとおしい趣向ですね…」

 ルーの意見に同意をするようにハーミアが頷くと、すっとルーのいた方向からハーミアの手が握られた。

「…ルー?」

 そしてハーミアの手が強引にグイと引っ張られ、テラスの方に連れ出される。

「…ちょっと…ルー」

 ハーミアが抗議の声をあげるが、今度はそのまま抱きしめられてしまう。

「ルー! ふざけすぎよ」

 続けてハーミアは何かを言おうとするが、それは簡単に静寂に変えられてしまった。

 ハーミアの唇はやさしくふさがれてしまっていた。

 そして室内では明かりがつき、その明かりがテラスにも洩れてくる。

 ハーミアのうつろな瞳にも、相手の顔がうっすらと映る。

 そしてハーミアは驚愕した。驚きのあまりに声も出なかった。そして拒むことさえできなかった。

 やがて長い口づけを終え、男は悲しそうな瞳のままにハーミアを解放した。

「………どうして……どうしてここに…エヴェラード…」

 それは、ハーミアの元婚約者であり、結婚式のときに誤って変身してしまったハーミアに剣を向けたエヴェラード・ウィスカフに間違いはなかった。

「……殺しにきてあげたよ…ハーミア」

 エヴェラードは静かに腰の剣に手を伸ばす。

「…君を救うために……君を愛すが故に…」

 しかしエヴェラードはそこまで言うと、突然苦悶の表情を浮かべ額を両手で押さえる。

「…エヴェラード?」

「………違うよ。僕はエヴェラードでもあるけど…エヴェラードじゃない。僕の名はセリエ。ヨグより生まれ、ヨグに従ずる者」

「…ヨグ………そんな馬鹿な…有り得ないわ!」

「ひどいなあ、お姉ちゃん。ずっと僕のこと心配してくれてたじゃない」

 ハーミアの中でなにか糸が繋がる感じがした。そして無人島からずっと目を覚まさなかった子供を思い出す。

「町まで運んでくれてありがとうね。そんでもって、次のいい体も手に入れたし。あ、前に使った子供なら大丈夫だよ。ちゃんと壊しておいたから」

 エヴェラードは……いや、今はセリエだろう…邪悪なまでに無邪気に笑う。

「全部、あんたが言ったとおりになったね…」

 セリエの言葉に突然後ろから、そうねと返す言葉が聞こえる。

 ハーミアはその声に聞き覚えがあった。

 それはイセリアの美しい声に、間違いなかった。

 心臓を鉄の槍で貫かれるような衝撃を受けながらハーミアが振り向くと、そこにはイセリアではなく黒髪の女性が立っていた。

 彼女の顔を忘れるわけがない。赤と蒼の瞳の魔導師…ザナ。

「どうして……」

「答は簡単。私がここに居るということはイセリアが薬を飲んだってことよ。あのねハーミア、あなたがイセリアに提案した内容は、私にとって不利益なものなのよ? なぜ、その行為が私に予測されると気付かなかったの? プラティーン様はあなたがあの島に来る以前からこうなることを教えてくれていたわ。だからヨグを植えた子供をあなた達に運ばせたの。より計画を成功に近づけるためにね。まあお仕置き程度に、あなたを追ってやってきたこの剣士も利用させて頂いたけどね」

 イセリアの声を得たザナが冷たく笑う。

「……なんてことを。…ザナ…、お願いエヴェラードは関係ないわ…」

「いいえ、彼はもう歯車の一つなの」

「それにね、僕このエヴェラードって人の体、結構気にいってんだ。本当はあの舟の片腕の剣士のが欲しかったんだけど……やっかいな武器持っててね…」

「どうして、どうしてこんなことを…、あなたの望みは声を取り戻す事じゃなかったの?」

「それも一つの望みよ。でもね、私は欲張りな女だから手に入れたい物がたくさんあるのよ」

 ザナが顎をあげセリエを促すと、セリエはゆっくりとハーミアに近づく。

「例えば、あなた自身を欲しいのも望みの一つ…」

 しかしハーミアは抵抗の意志を見せなかった。

 それどころかどこか諦めに似た表情さえ見せていた。

 ゆっくりセリエがハーミアに手を伸ばす。

『狂気の赤よ…月の鼓動よ…今、その力解き放たん』

「月光!?」

 ザナが叫ぶよりも早くセリエの胸に赤い光がぶつかり炸裂する。

 ルーの放った強力な魔力の弾丸に、たまらずセリエが吹き飛んでしまった。

「……ルー……」

 呆然とするハーミアのもとにルーが駆け寄り心配そうに見つめる。

「よくわかったわね。中からじゃこちらの様子はわからないはずだけど…」

「ええ、お見事ですね。明かりがついたらハーミアはいないし、中からではこのテラスには誰もいないように見えました。これは幻術ですね? ご丁寧に無音の魔法まで使うとは…でも、それが失敗でしたね。先ほどまで聞こえていた虫の音が一切聞こえなくなったから、おかしいと思ったんですよ。で、魔力の有無を調べたら案の定…。どうやらあなたは相当の腕前の術者のようですね」

「ザナ…よ。若い魔術師さん…なかなかの洞察力ね…それとも吟遊詩人として鍛えた耳のおかげかしら…でも、その程度じゃセリエは倒せないわよ…」

「…あなた方がなにを企んでいるのかは知りませんが、僕の大切な仲間には手出しさせません」

 ルーはハーミアを抱きかかえると、小声でハーミアに告げた。

“どうしますか? このまま逃げるなら策はあります…それとも、ここでこの二人を相手に戦いますか?”

 ちょうどその時、セリエがゆっくりと立ち上がった。


 どがっと、ナイフを振りかぶった男が勢いよく前のめりに倒れこむ。

 一瞬、その場の者は何が起こったのかわからずにいた。

「これは、なんの騒ぎですかな?」

 威厳にあふれたその声の持ち主は険しい顔つきで、アルフレッドを睨み付けていた。

「これはこれは、ブラン伯、そして執事のセバスチャンさん。どうしてここに?」

「すこし様子を見に来たのです。なにか問題でも?」

 アルフレッドはそれでも動じた様子はなかった。

「いえなに、ブラン伯。あなたがハーフエルフの使いなんてよこす程、礼儀知らずだとは思えなかったので、ブラン伯の使いだと言いやがるこの偽者を叩き出していたのですよ」

「それなら、心配無用。彼らは私がよこした使いに間違いありません」

「ほう、それはレコバ家に対する挑戦…と受け取っても構わないのですね?」

「…それは異種族に対する差別かな? 今のレッジーナではそのような考え方もう古いと思うが…。それでも、彼を入れてくれないとなると、私も黙っているわけにはいかんな」

「…ブラン伯、あなたがいくら爵位をもってるとはいえ、僕の父には敵いませんよ。なにせ僕の父はこのレッジーナが誇る三大商人の一人なんですから…」

 ブラン伯はやれやれと溜息をし、アルフレッドに近づいた。

 そして黙ったままサイを男達から引き離し、ユーンをセバスチャンに命じて同じように引き離す。

 そして二人の肩に、力強く腕をまわした。

「この二人は、私の大事な家族だ。パーティーの参加に何か問題ありますかな?」

「じじい、人の話を……」

「…調子に乗るなよ、青二才。私の家族を侮辱するというのなら覚悟することだな。私はもはや爵位や、金に興味はない。お前がこれ以上私の家族を苦しめるなら、私は全ての力を使ってお前に立ち向かおう。お前一人を社会的に抹消することくらいわけはないのだよ」

 アルフレッドがあまりの気迫に押されて声をなくす。

「わかったらさっさと消えろ。それとも、このことをお父上に報告してほしいのかな? アルフレッド坊や」

 鋭い眼光のままのブラン伯に対し、アルフレッドは悔しそうに衛兵に退散を命じる。

「僕は負けたわけじゃないからな」

 捨てぜりふをはいてアルフレッドは屋敷の中に入っていった。

「サイ!」

 緊張の糸が途切れたのか、ユーンが涙を浮かべてサイに駆け寄る。

 しかしサイはぴくりとも反応しなかった。

「どうやら気を失っているようですね。彼は私の屋敷に連れていきます。ユーン殿はパーティーにでられた方がいい」

「でも……」

「大丈夫です。さすがのアルフレッドも、もうちょっかいを出してこないでしょう。それにあなた方が探す翼の男、ロードという名の人間もここにいるはずです」

「……なんだよ、知ってたのか?」

 気を失っていたはずのサイが顔も上げずに言う。

「…おどろきましたね、もうご復活ですか? 思ってたよりタフですね。…知ったのはつい先ほどですよ。盗賊ギルドから買った情報です」

 サイはブラン伯の肩から離れると、よろよろと屋敷に向かい始める。

「サ、サイ。無茶をしないで。私が行くから…」

「サイ君、その格好で行くつもりですか? 服もボロボロ、おまけに怪我までして、耳も隠さずに…」

「…ユーン一人、こんなハイエナだらけのところに入れられるか。それに、この傷は俺と…ブラン伯…あんたが意地を突き通した証だ。なにを恥じることがある」

「サイ…」

 心配そうなユーンをよそにサイは歩みを止めようとしない。

 しかしブラン伯がサイの腕を掴み、引き戻そうとする。

「はなせよ…」

「サイ君、あなたの気持ちもわかりますが…彼女の気持ちも汲んであげなさい。女性を泣かせるのは紳士のすることではない」

「しかし…」

「パーティーにはセバスチャンを同行させましょう。それで問題はないですね?」

 サイはしばらく黙っていたが、やがてユーンに近づき上着のポケットから羊皮紙を取り出してそれを渡す。

「ここから海岸とブラン伯までの屋敷に行くための、安全でかつ最速のルートを調べておいた。俺は一足先に屋敷にもどる。なにかあったら、かまわずオレアデスを呼ぶんだ。いいな」

 サイはそこまで言うと、ひょこひょこと片足を庇いながらブラン伯の屋敷に向かい始めた。

「さあ、ユーン殿。彼の気持ちを無駄にしてはいけません。お行きなさい」

 ユーンはこくりと頷くと、セバスチャンに連れられるようにレコバの屋敷に入っていった。

 

 サイが屋敷にもどって1時間後、ユーンは嬉しそうにその大役を見事に果たし、やわらかな金髪の青年ロード・マイレスをつれて帰ってきた。

 ロードという名の男は、まだ少しあどけなさが残っていたが、優しく真っ直ぐな瞳をもった青年だった。

 イセリアとの対面に対し彼の快諾を得た二人は、あとは仲間達の帰りを待つだけだった…

 …約束していた時間である11時まであと30分…

  …人魚の瞳にうつるのは

         まぼろしか…

           それとも絶望か…

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