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『満月のハナシ』外伝 【ルーのとある1日】

 ルーフェス・アイラード、17才。

 「学院」で親しまれる月魔術師ギルド所属の魔術師で、貴族の身でありながら冒険者というやくざな職業をするなぞめいた男である。

 どうやら跡目争いを理由に家出をしたようだが、双子の兄が学費を払いに来るところをみると、縁を絶ちきった訳ではないようだ。

 そんな彼のとある1日………

「……このリンゴは高いんですか?」

 ルーが店頭に並ぶ赤い果実を手に取る。

 『鈴なり通り』は夕方になると、道の両側に小さな屋台のようなお店がずらりとならぶレッジーナでは有名な通りだ。

 昼間は何もない通りなのだが、夕方になるとどこからともなく屋台が建ち並ぶ。服や、雑貨、新鮮な野菜や取れたての魚までなんでも売られ客の足も絶えないため、その喧噪を「鈴なり」と称されたことがその名の由来だ。

「……高いと思うけど……」

 ハーミアはすこし困った表情で答えた。そのリンゴは、あきらかに相場の2倍はする額で売られていた。

 魔術だけでなく色々な知識を持ち合わせるルーも、こと「日常の常識」になるとその世間知らずぶりを遺憾なく発揮する。

「でも、大安売りって書いてありますよ……」

 なおかつ、疑うことを知らない。ハーミアの中での「アタマの切れる魔術師像」と、かなりのギャップはあったが、それが彼の個性であり憎めないところでもあった。

「………ルー、私はこれから鍋の材料を買ってくるからちょっとここで待っててくださいね」

 ハーミアはそう言うと、通りの奥へと人垣を掻き分けていった。

「あっ、そうか。今日は鍋パーティーをするんだっけ………」

 ルーにはその料理がなんなのか分からなかったが、異国の大衆料理らしく、レッジーナでも流行りつつある料理だとは聞いていた。

 材料の買い出しに二人できたわけだけど、どうやらルーは戦力外通告されたようだ。

 しかしルーはたいして気にした風でもなく、一人活気に満ちた空気を味わっていた。

「そう言えば買い出しなんて初めてだ。いつもお手伝いのおばさんが買いに行ってたし……」

 今まで見たことのない場所、知らない空気、それはとても新鮮でなにより刺激的だった。

 家を出てから初めて知ることは沢山あり、ルーにとってその経験は魔術の勉強と同じくらい楽しい物だった。

「ねぇ、おっきいおねーさん。この街で一番おっきい酒場ってどこか教えてもらえますか?」

 不意に声をかけられて、顔を向ける。

 声の主は、まだ幼さの残る15才くらいの少年だった。フードのついたワンピースのようなローブに身を包み、鞭のような物を持っている。

 随分と若い冒険者だなと思いながらも、ルーは笑顔で丁寧に対応した。

「……多分『碧の月亭』だと思いますが………よければ連れていってあげましょうか?」

 グレイの瞳をした少年は嬉しそうに頷きルーの横に並ぶ。

「それから、僕は男ですよ…」

 ルーの言葉に、少年は目を丸くする。

「さ、さわっていい?」

「だ、だめに決まってるじゃないですか!」

 少年はそれでも男かどうか確認したいらしく、ルーをなめるように視線を流す。

「ねぇ、おにーさんは何でそんなに、にこにこしてるの? なにかいいことでもあったの?」

「にこにこするのは癖なんです。怒っているよりはいいでしょう?」

 そう言いながら笑顔を向けるルーに、どんっと女性がぶつかった。

「ちょっと、どこ見て歩いてんのよ!」

「す、すみません」

 よそ見をしていたルーは謝る以外に術はなく、慌てて頭を深々下げる。

 しかし女性は気が収まらないのか、さらに突っかかってきた。

「気をつけなさいよ! ぶっとばされたいの?」

「と、とんでもない! 本当にすみません。気をつけます」

「………あれ、あんた『碧の月亭』で、たまに曲を弾いてない?」

「………えっ?」

 ルーがおそるおそる顔を上げると、そこに立っていたのは冒険者風の女性だった。

 サイと同じような長さの耳を覗かせる、大人の女性といった感じだ。

「やっぱり、あの美形クンね。あんたの歌、嫌いじゃないんだ」

「…ほ、本当ですか? そう言ってもらえると嬉しいです」

 自然と顔がほころぶのが自分でも分かる。

 少しは僕の歌も認めてもらえるようになったのだろうか。だとしたらそれは本当に嬉しいことだった。

 女性は値踏みをするようにルーを観察すると、今度は吸い込まれそうな深い茶色の瞳をのぞき込む。

「……ふ〜ん、なかなかいい男ね。今度会ったらいいことしましょ」

 彼女はそう言うと、挑発的な笑顔を見せルーの頬を一撫でしていった。

「……おにーさん、顔赤いよ」

「ば、…そんなことありません。……ほら、『碧の月亭』はすぐそこです」

 顔を真っ赤にするルーに対し、少年は笑顔で礼をする。

「…あ、そうそう、おにーさん財布持ってる?」

「財布ですか? ええ……」

 ルーはそう言いながらコートの内ポケットに手を突っ込む。しかしそこにはあるはずの財布の感触を感じられなかった。

「…ないんでしょ? さっきのハーフエルフのおねーさんにすられたんだよ」

「…ええっ!? …よく気づきましたね…あなた冒険者なんですか?」

「うん、そうだよ。旅の途中なんだけどね……縁があったらまた会えるかもね」

 少年はもう一度礼をすると、『碧の月亭』の中に入っていった。

「あんな少年でも冒険者してるんだ……」

 感心したようにそれを見送ると、ルーはあることに気づいた。

「しまった! 財布だ! あっ、ハーミアのことも忘れてた!」

 こうして彼は、もう一度『鈴なり通り』に向かうことになる。

 もちろん財布はもどってこず、ハーミアまで待たせてしまったのは言うまでもない…

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