act.3 騎士道とはあがくことと見つけたり
一人一人に配られたパズルは、少しずつだがその全容を見せ始めていた。
同じパズルが配られていても、完成していない以上その姿を予想するのは難しく、六人の冒険者はそれぞれ違った完成図を頭に描いていた。
そもそも、この事件は誰が仕組み、誰が得するというのだろう…………
今サーカス会場にいるのは、六人の新米冒険者とルイという曲芸師。それから気絶中の、フィーゴという奇術師だ。
暗いテントの中、各々はパズルの完成図を思い浮かべていた。
それは時間にしてほんの数分のことかもしれない…
……私は立ち止まるわけにはいかない。今はただ強くなって、そしてあの人に近づかなければならない。せめてあの人の背中くらいは守れるようになるんだ。だから、誰にも負けられない。だから、私はルイという男も倒した。だから、私はもっと強くならなくてはならない。だから…
カーリャは魔法陣をのぞかせる舞台の上で、ルイの顔をぼんやりと見ていた。
《カーリャ・リューウェイの場合》
サーカス団の団長エムボマは、女の人に会いにレッジーナまで来たという。
「間違いないんでしょうね」
「…この期に及んで嘘は言わねぇさ。団長は何処の誰かは知らねぇが、若い女に会いに来たのさ」
いったいどうしてなんだろう。みんなの話を聞いたところ、それはどうやらアニスに間違いなさそうだった。
「…ルー、この魔法陣で間違いなさそうなの?」
彼は肩をすくめ、わからないとアピールする。
「……遺失魔法ですからね。詳細はわからないんですよ。その魔法の存在しか記されてないんです」
「…そう。とにかく団長に会って、アニスのことを聞き出して、そんでインザーギを元に戻してもらいましょう」
「インザーギさんの方は大丈夫です。次の満月にでも術は解けますし、それが嫌なら解除魔法でとくことはできます。問題は団長の方ですね。……いや、アニスさんの方でしょうか……」
そう……問題はアニスだ。彼女がインザーギに想いを伝えられれば、事は丸く収まるのではないのだろうか。どうしてこんなにも、ややこしいことになってしまったのだろう。もしかしたら団長のエムボマが、ちょっとしたことからアニスの恋心を知って、助けてあげようと思ったのかもしれない。
どちらにしても、エムボマを連れてくるしかないようだった。
「…わたし、エムボマを連れてくるね」
「そうだな、その方が早い」
考えにふけっていたサイが目を閉じたまま同意する。ルーも黙って頷いていた。
「…一人じゃ危険です……」
心配そうなハーミアに、大丈夫と笑顔を返す。が、彼女はさらに首を横に振った。
「カーリャ……先ほど私が言った事を忘れたのですか?」
あっと、少し前の出来事を思い出す。それはユーンと二人で潜入してしまった事に対し、めずらしくハーミアが怒鳴りそして涙混じりの声で心配を告げたのだ。
あの冷静なハーミアが仲間のことで取り乱したことはとても嬉しいことだけど、もうさせてはいけないことでもあった。
「…そう…だったね。うん、わかった。じゃあ一緒に行こ!」
その言葉にはハーミアも嬉しそうに頷いた。
おいらの冒険の行き先はどこなんだろう………。おいらの一生の中で、最も大きな神秘に遭遇するのはいつなんだろう。
みんなは冒険の先に何を見ているんだろう……。
おいらは、おいらが楽しければいい。
みんなでその楽しさを共有できたら、いいのにな……
《フィルの場合》
おいらが思うに……インザーギを猫に変えた犯人はアニス。
アニスはきっと、エムボマから遺失魔法を買って、んで、インザーギを猫にした。
眠らせるのにも魔法を使えば、即解決。
でも、なんでリンクしたんだろう……。自分が犯人だってばれる危険があるのに……。
…わかんないと言えば、リアにいちゃんもだよ。一体、何を企んでるんだろう…。何かの準備に忙しいとか言ってたけど……
それに、妙にハーミアのことも気にしてたっけ………なんでだろ。
もしかしてリアにいちゃんは、ハーミアのことが好きなのかなぁ。そしたら、カーリャは……
う〜ん、なんだか複雑。きっと二人のことだから、互いに身を引くんだろうなぁ。そしたら、リアにいちゃんって………
ユーンもいまだに冒険の目的を言わないし……
はっ!? ………まさかこのまま目的も言わないで、冒険やめたりして!
それって反則的にミステリアース!! 一生とけないドリル(注:リドルの誤り。フィルよ、穴開けてどうする)じゃないかー!
…………おっとおいらの悪い癖。思わず暴走しちまったい!
きっと動物にはここで変えたんだろうなぁ、魔法陣あるし……。
………その魔法で鳥とか、魚になれるのかなぁ……。そしたらおいら魚になって、海の中を探検したいなぁ。あっ、でも、うっかりしてるとサイにいちゃんに釣られそう。でもサイにいちゃんはきちんとリリースしてくれるよね。カーリャとかだと食べちゃいそうだけど。
お魚と言えば、お腹減ったなぁ。インザーギ、今頃ブラン伯のじっちゃんにお魚とかもらってんだろうなぁ。焼いてんのかなぁ……それともミソ煮かなぁ。
ブラン伯と言えば、ハーミアは養女になるのかなぁ。なんだかハーミア、妙にブラン伯に優しいんだよなぁ。いや、ハーミアが優しいのはいつものことなんだけど……
はっ! まさかっ!? ハーミアとブラン伯の間になにかあったとか!
きっとそうだよ、二人で同じ屋根の下……なるほど、それなら全てに合点がいく。二人はできてたんだー!
まてよ、ってことは…ブラン伯とハーミアと、リアとカーリャの危険な四角関係!!!
いやー! 不潔っー………って、また暴走しちまったい……
「…………に行こ!」
ん? なんだろ、ハーミアとカーリャの二人が出ていったぞ。
ま、まさか……ついに戦いの火蓋が………!
……って、どこまで話が進んだんだろう………
カーリャが何度かルイの攻撃に押されるごとに、ユーンは知らず知らずの内にロイの短剣を握りしめていた。
……ロイ、彼女を守って……
なぜロイが自分を残して戦場に赴いたのかはわからないし、父がどうしてあんなことを言ってきたのかわからない……けど、大変だけど冒険者になったことを後悔はしていなかった。彼女なら……カーリャなら、ロイの行動を理解できるのかもしれない。それにイセリアの笑顔を見たときに感じたあの気持ちは、これまでの苦労を幸せな気持ちに転換させてくれた。だから、後悔はしていなかった。
《ユルネリア・ライクォーツの場合》
「えっ……と………」
氾濫する情報を落ち着かせるように、一つ一つの情報を積み上げていく。
私には事の真相なんてわからないけど、でもなにかヒントくらいは思いつくかもしれない。
アニスさんと団長が知り合いなのは間違いないようだ。
「あの…ルイさん…。あなた方は人間を動物に変える常習犯なんですか?」
「お、おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。部外者を動物になんか変えないさ、そりゃあ犯罪じゃねぇか」
「…本当なんですか?」
ハーミアの言葉にルイがにやつく。
「おお、こっちもべっぴんさんだな。もっと優しくしてくれれば色々教えてやるぜ?」
「……ずいぶん元気ね。治療薬の代わりに痺れ薬でも盛りましょうか?」
たぶん、半分は本気なんだろう。ルイの笑顔がひきつっていた。
どこかにくめないルイを見ながら、いくつかの仮定をしてみる。有力な仮定も生まれるのだが、どうにもそれはアニスさんに申し訳ない予想になってしまう。
アニスさんは……インザーギさんに好意をよせるあまりに、団長を探し出して猫にしてもらうよう頼んだ…
でもなぜ自分でやらなかったのだろう。もしかして、インザーギさんの任務の場所にいけなかったのだろうか…
………そっか、遺失魔法だからアニスさんはその魔法を使えなかったんだ。でもそれが真実とは限らないし……
「……あの……ルー。私なりに考えてみたんだけど……」
私は、参考になるかどうかわからないけど、と付け加え同じように考え込んでいたルーに話しかけた。
僕は世間知らずで、魔術師としての腕もそんなに高くない。前にバルコニーでザナと対峙した時も、ハーミアを助けられたとは言いずらいものだった。今の僕にできることは限られている。問題はその限られた力を、いかにうまく使い切るかだと思う。
《ルーフェス・アイラードの場合》
この事件の真相は予想しがたいものだった。
だから事実を一つずつ積み上げてみよう。
事実の一つとして、遺失魔法『月影』。この魔法は、満月の夜に儀式を行うことによって成功し、次の満月の夜になると効果を無くす。
これはインザーギを猫にした人物の目的は、満月から満月の間、彼が人間でなければいいという事を意味する。それではインザーギがその間にする予定とはなんなのだろう。本人は任務と言っていたが、その内容は明らかではない。
もしくは本人が生命の危機になるようなことが予言され、それを回避するために……とか。この場合、本人以外、すなわちアニスだけがその予言を聞いて、動物にするように依頼したのかも知れない。そして一年前に、月影の魔法を使える術者を探した。
では、誰が魔法をかけたのか。もしかして、気絶中の魔術師フィーゴが使ったのだろうか。
しかし、この疑問はすぐに解消された。
「…月影? あれは団長の専売特許だ。フィーゴじゃかけられねぇよ」
となると……アニスは月影に関する記憶を封印しているのか、もしくは、リンクした相手に一部の情報が伝わらないようにしている?
「……ふう…」
ハーミアがため息を一つする。多くの疑問に悩まされているようだった。
「……? 何か思い浮かびましたか?」
「ん? ううん、わからないことだらけで…」
でもきっと、利口な彼女はなにかしら考えをまとめているんだろうなと、その横顔をぼんやりと見つめる。
やがて考えがまとまったのか、ハーミアの方から話しかけてきた。
「……ねぇ、ルー……ザナと面会は…できないのかしら?」
「……ザナと、ですか? 難しいですね。あちらがOKしてくれればすぐにでも会えるかもしれませんが……この件に関係あると?」
「わからないわ。でも…もしかしたら…」
突然の申し出に思わず答えを返すタイミングを遅らせてしまう。
「…考えすぎですよ。前回の件で彼女のことが頭に焼き付いているだけです。……それとも、エヴェラードに会いたいのですか?」
「…………それもある…けど……」
「……彼は…多分……もう助けられませんよ…」
それっきり押し黙る彼女を見つめ、また余計なことを言ってしまったと後悔する。
しかしできることなら、ザナと関わるのは避けたかった。ハーミアの気持ちもわかるけど…でも、それは危険な行為に違いないからだ。
……いや、それは…偽善かもしれない…
僕は単純に…エヴェラードとハーミアを会わせたくないのかもしれない……それはザナと会うことよりも危険に思えた。
「…ルー、この魔法陣で間違いなさそうなの?」
カーリャが魔法陣を興味深そうに眺めながら、確認を求めてくる。
「……遺失魔法ですからね。詳細はわからないんですよ。その魔法の存在しか記されてないんです」
「…そう。とにかく団長に会って、アニスのことを聞き出して、そんでインザーギを元に戻してもらいましょう」
「インザーギさんの方は大丈夫です。次の満月にでも術は解けますし、それが嫌なら解除魔法でとくことはできます。問題は団長の方ですね。……いや、アニスさんの方でしょうか……」
そう、アニスが絡んでいるのは間違いないようだ。しかし依頼主を疑うことは、あまり気分のいいものではなかった。
「…わたし、エムボマを連れてくるね」
「そうだな、その方が早い」
カーリャとサイの言葉に、同意するように頷く。
彼女の言うとおり彼を呼ばないことには、どんな推理も事実にはつなげられない以上、机上の空論となるだろう。
「…一人じゃ危険です……」
心配そうに、しかしハーミアのその表情はすこし怒っているようにも見える。
いまの事件に比べれば、彼女が抱えている問題はとても大きく、それは比べものにはならないのだろう。それでも彼女は献身的に、アニスや仲間達のことを思っていた。
しかしそれは、最後の希望にすがっているようでもあった。
だからこそ……だからこそ…彼女を助けてあげたいと思えるのかもしれなかった。
「……あの……ルー。私なりに考えてみたんだけど……参考になるかどうかわからないけど…」
控えめな言い方でユーンが声をかけてくる。
僕は頷きながら、しかしそんなに頼られても期待に添えるかどうかと考えながら、彼女の推理に耳を傾けた。
今でも忘れられない。豹変したエヴェラード。彼がああなってしまったのは私のせい…。ザナはただ利用しただけにすぎない。
それでも、ザナを許せなかった。
…彼女は私の何に興味を持ったのだろう。シェイプチェンジャーの血? ………それとも同じ神を信仰していることがなにか関係しているのだろうか。
度重なる事件が私の感情を殺していく。それでも…それでも、私はなんとかこうして生きている。
それはイセリアのおかげでもあり、ルーのおかげでもあり、仲間たちのおかげでもあった……
《ハーミア・スティロワの場合》
情報交換中も私は知っていることだけを話し、あとは黙ってみんなの話を聞いていた。
カーリャの話によると、このサーカス団は私たちが無人島にいた頃辺りからここに来ているらしい。
十中八九、あの赤い満月の夜にここでインザーギは猫にされたのだろう。そしてその後、ペットショップに売られて、それをアニスが買ったことになる。
「あの…ルイさん…。あなた方は人間を動物に変える常習犯なんですか?」
「お、おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。部外者を動物になんか変えないさ、そりゃあ犯罪じゃねぇか」
ユーンの言葉に、ルイが慌てた様子で弁解する。しかし、かえってそれが怪しく感じた。
「…本当なんですか?」
ハーミアの言葉にルイがにやつく。
「おお、こっちもべっぴんさんだな。もっと優しくしてくれれば色々教えてやるぜ?」
さぞや今の自分は、うんざりした表情をしているのだろう。口説くなら口説くで、もっと気の利かせた言い回しもあるだろうに。
「ずいぶん元気ね。治療薬の代わりに痺れ薬でも盛りましょうか?」
私が冷たく言い放つと、ルイはひきつった笑顔を見せる。
どうして世の中の大半の男はこうなんだろう。そう考えると、妙にこっちまで情けなくなってくる。まあ、世の中の男の全てがルーのように紳士的だとしたら、それはそれで気持ちが悪い気もするが。
とにかく今はこの情けない男に聞くしかなかった。
「どうして他の団員はいないのですか? 動物がいないのも気になります。それにこの魔法陣は?」
「……嬢ちゃん達はスパイじゃないのか?」
「スパイ?」
「うちら『カリアリ』の人気の秘密を探る…」
素直に首を横に振る。
「……う〜ん、困ったね。まあ、あんた達が言うとおりここで人を動物に変えている。でも俺ら下っ端じゃ詳しくはわかんねぇんだよ。団長に聞いてくれや」
真偽はともかく、これ以上の情報は望めそうにないようだ。フィーゴに聞いても同じような答えが返ってくるだけだろう。
……たぶん、一年前に盗賊ギルドに『月影』の使い手を探すように依頼したのはアニス。その目的は、インザーギを何らかのトラブルから守るため。方法が正しいかどうかはともかく、彼女が悪いことをするとは思えなかった。
ではどんなトラブルから、そして誰から守ろうとしているのか?
疑問はそれだけではない。自問自答すればきりがないようにすら思えてくる。インザーギの任務の内容、一緒にいたと言われる仲間の存在…
剣と鎧はそのうち返すつもりなんだろう。しかしなぜリンクする必要があったのか。解除法を冒険者に依頼する理由もわからない。
「……ふう…」
「……? 何か思い浮かびましたか?」
「ん? ううん、わからないことだらけで…」
そうですか、と残念そうにルーが言う。でもきっと彼のことだから、私がそれなりの答えを考えついたことに気づいているのだろう。
つまりインザーギが知ってか知らずか、トラブルに巻き込まれそうになって、それを避けるためにアニスが一役買った。
リンクしているのはインザーギの動向を監視するため。または守るため。
依頼してきた理由は、自分の話に信憑性を出すためか、それとも、裏にいる人物が巻きこむように命じたのか。そう、きっと裏に誰かいる。
満月まで解かないのは、解かないことに意義があるから。たとえば……裏の人物が、次の満月までどうしても邪魔されたくない何かを、たまたまインザーギに知られてしまった。満月さえ過ぎてしまえばどうでもいいことなのだが、満月の前には、どうしても知られたくない。そんな事情があるのではないのか………
ではエムボマは誰に会いに来たのか……ザナ…ではないのだろうか…どうにも陰謀めいたものに遭遇すると彼女の顔が浮かんできてしまう。
「……ねぇ、ルー……ザナと面会は…できないのかしら?」
「……ザナと、ですか? 難しいですね。あちらがOKしてくれればすぐにでも会えるかもしれませんが……この件に関係あると?」
「わからないわ。でも…もしかしたら…」
「…考えすぎですよ。前回の件で彼女のことが頭に焼き付いているだけです。……それとも、エヴェラードに会いたいのですか?」
「…………それもある…けど……」
「……彼は…多分……もう助けられませんよ…」
わかっている。わかっているけれど……でも、それでも心のどこかで奇跡を願っていた。
ザナ……きっと近い将来にまた会うことになる。そんな気がしてならなかった。
「…わたし、エムボマを連れてくるね」
言ってカーリャがお尻を払いながら立ち上がる。
「そうだな、その方が早い」
目を閉じたまま賛同するサイの言葉に、ルーも黙って頷いていた。
「…一人じゃ危険です……」
しかし、彼女は大丈夫と笑顔を返す。
相手は未知数な力のもった魔術師だ。一人で行かせるのは危険だった。
「カーリャ……先ほど私が言った事を忘れたのですか?」
カーリャは少し考える素振りを見せて、やがて少しすまなそうに返してきた。
「…そう…だったね。うん、わかった。じゃあ一緒に行こ!」
彼女なりに先ほどのことを気にしてくれてるらしく、自然に笑顔がこぼれる。
私は静かに頷いた。
『…人は、なにかを抱えずには生きてはいけないものです』
数日前、ブラン伯に言われた言葉だ。
『あのアルフレッドですら色々悩みがある。だからあんなにも、ひねくれ坊やになったんですよ』
俺がハーフエルフであることを悩むように、みんなも同じように悩んで生きている。ブラン伯の言葉の通りなのだろうか。
この仲間達も、一人一人なんらかの悩みを持っているのだろうか。
『問題はどう解決するかではなく、どう受け入れ、どう自分にプラスするかなんです』
そう…だから俺は決めたんだ。
この世界がハーフエルフに対して偏見を持つのなら、俺がその偏見をまとめてつぶしちまおうと…気に入らない考え方は変えてしまおうと。…そう…
『夢を…』
夢は…
『大きく持ちなさい』
大きければ大きいほどいいっていうからな…
《サイフォード=ラルクの場合》
多くの疑問と、多くの事実をたぐり寄せ、疑問も含めて一つの形をつくる。
現状では推理の域は脱しないが、情報をまとめるのには役立つようだ。
まずアニスとエムボマは、つながりがあるだろう。
主犯はおそらくアニス。で、一年前から探していた能力者がエムボマ。
しかし、それでも猫にした目的が全くわからない。
「月影はそちらの月魔術師が使ったのですか?」
「…月影? あれは団長の専売特許だ。フィーゴじゃかけられねぇよ」
ルーの質問に、ルイは躊躇なく答える。あまりに協力的なのが、きな臭く感じる。
しかしこいつの言葉を信じれば、満月の夜にテントの中の魔法陣を使ったのはエムボマで間違いないようだ。
剣と鎧がアニスの部屋にあったのは、後でインザーギに返すためだろう。それ以外だったら早く処分するだろし、剣と鎧が目的っていうのはすぐにばれてしまうから、たぶんあり得ない。
ではアニスが解除方法を知っていても、そうしなかったのは………やはり恋心なのだろうか?
でもインザーギとリンクしている手前、気持ちとは裏腹に冒険者に依頼するしかなかった。
「…わたし、エムボマを連れてくるね」
カーリャが現状を打破すべく、切り出した。
こいつはこいつなりに、リーダーとしての自覚や責任みたいなものを感じているのかもしれない。
リア・ランファーストがどれほどの人物かはわからないが、こいつは一歩づつ確実に成長しているようだった。
「そうだな、その方が早い」
正直な答えである。やはりまだ情報が足りないように思えた。
「…一人じゃ危険です。………………カーリャ……先ほど私が言った事を忘れたのですか?」
「…そう…だったね。うん、わかった。じゃあ一緒に行こ!」
長い沈黙の後、ハーミアの気持ちが伝わったのかカーリャが頭をかきながら言う。
………しかしやっぱり、どこかおとぼけなところがあるようだ……
「ここが団長のテントね…」
カーリャとハーミアの二人は、日も暮れて暗くなったテントの外でサーカス団『カリアリ』の団長、エムボマに会うべく歩みを進めていた。
明かりのついているテントは、先ほどまでいた大きなテント以外には一つしかなく、そこから少し離れた位置で二人はしゃがみこんで簡単な打ち合わせをおこなっていた。
「…気をつけてカーリャ。相手は高レベルの月魔術師です」
カーリャは黙って頷くと、静かにサーベルを抜く。
ぎらりと光る刀身に、ハーミアは思わず身を震わせた。
「…どうしたの?」
「……いえ…あの…私、刃物とか苦手なんです…」
「え? そうなの?」
怯えた目をしたハーミアがこくりと頷く。
確かに人を傷つけるため道具だけど……なんだか、ハーミアらしいと言えばハーミアらしい…
「うん……ごめん、気をつけるね…」
「あ、そんな、気を使わないでください!」
しかしカーリャは、ぽむぽむとハーミアの頭をたたき、刀身を体で隠すように持ち替える。
「カーリャ…」
「んじゃ、行きますか」
そう言って立ち上がると、勢いよくテントをめくって躍り込む。
ハーミアもそれに続くように、飛び込んだ。
テントの中は以外にも明るく、視界の中に机や小物等が入ってくる。ごちゃごちゃとしたテントの中、驚いた表情で中年の男が座っていた。
30後半の小太りの男は、カーリャの方を見ると事態を把握したのか、やれやれと立ち上がる。
「ルイはまた、失敗したみたいですねぇ…」
「そうゆうこと。エムボマさんね? ご同行願える?」
「……あなたは『蒼の瞳』をご存じですか?」
脈絡のない言葉に、二人の返答がつまる。
「これのことですよ」
彼はカーリャ達の反応を待たずに、一つの宝石を手のひらにのせて差し出した。
深い蒼色の宝石の中心に描かれた目の文様が、一度瞬きをする。
「なに!?」
とサーベルを構えようとするが力がどんどんと抜けていき、カーリャはその場で倒れてしまった。
「別名『過去の悪夢』というんです……」
それがハーミアの耳に届いた最後の言葉だった。
……やはり三人で行くべきだった。
サイが悪態をつく頃には形勢は逆転していた。
エムボマは古代の魔法が封じられた宝石…マジックアイテム『蒼の瞳』を使用し、二人の招かざる侵入者を眠らせて、人質にした。
抵抗するわけにもいかず4人は魔法陣の中央に座らされていた。
「さてと、では質問させて頂きましょうかねぇ」
エムボマはゆっくりと魔法陣の方向に体を向ける。
「その前にカーリャ達の身の安全を確認させろ」
「もちろん彼女たちも、ここに来てもらいますよ。ただあのマジックアイテムで眠った方は、簡単には目覚めませんがねぇ」
「お前、何をした!」
サイが今にも飛びつきそうな姿勢で叫ぶ。
「なぁに、眠ってる間に記憶の奥底に眠る最強の敵と延々戦ってもらうんですよ。まさに『過去の悪夢』でしょう?」
「ちゃんと、といてくれるんですか?」
「もちろんですともお嬢さん。質問に答えていただいて、約束事を守っていただければ手荒なまねはしませんよ」
不安そうなユーンに対し、エムボマは作り笑顔を見せる。
「さて、あなた達はどこのサーカス団に依頼されたスパイですか?」
それでもやっぱり誤解をしたままのエムボマであった。
どこかしら…ここ…
波の音が聞こえる。それに潮の香りも……
「カーリャ…」
だれ?
「…カーリャ…」
誰かに体を揺すられている。私、どうしたんだろう…ここは……
ゆっりと目を開けると、視界に見覚えのある景色が広がっていく。
……ここは…船の上……約束の場所……
「どうした、カーリャ。もう終わりか? 俺はまだ本気にはなってないんだぜ?」
………リアさん……どうして?
「さあ、早く立てよ。稽古の続きをしよう。この一月どこまで強くなったか見せてもらおうか…」
そうだ、今日は稽古をしてくれる日だっけ……
リアは立ち上がると、赤い光を放つ刀を構える。
無意識のうちに右手の得物を握る。おじいちゃんからもらった刀。使いなじんだ刀。
「こいよ、お前はもっと強くなる」
言われるがままに立ち上がり、大きく深呼吸を一つする。
「はぁ!」
刀を抜き放つが、あっさりと受け止められてしまう。
「何だその抜刀は……前よりも鈍くなったんじゃないか?」
「そんなこと……そんなことない!」
かみ合う刀を押しはなし、後ろに飛びながら振り下ろす。
しかし、リアはあっさりそれを見切った。
「私…私はリアさんに近づくために…」
言いながら連撃を放つ。この一月で拾得した最高の連撃だ。
しかし刀は、リアに掠る気配すらしない。
そしてリアの目の覚めるような一撃が、私のみぞおちを襲った。
「かっ!」
息が詰まり、涙がにじむ。
そこに追い打ちをかけるように、脇腹に蹴りを入れられる。
今度は声を出すこともできずに、その場で崩れてしまう。
…力が入らない…苦しいよ…………強い…強いなんてモノじゃない…かなわない…
「どうした、勝つ気はあるのか? なにを迷っている…」
「……リアさん……どうして……」
わずかに残る記憶の海で、カーリャはあるはずもない刀を構え直す。
「…なんで、いなくなっちゃったんだ! あなたにはもっと教えて欲しいことが沢山あったのに……!」
「…今度は時間がたっぷりある。さあ、楽しもうぜ」
「……………うん!」
私はもう一度、リアさんに居合いを放つ。
何度も………何度も…………
「………どうしたカーリャ! その程度か?」
それでも、やはり私の刀はリアさんには届かなかった。
強い……やっぱり強いよ。
肩で息をしながらも、私の顔からは自然に笑みがこぼれていた。
「集中しろ! そんなことだから双頭蛇ごときにやられるんだ!」
ぺっと血を吐き、もう一度刀を構え直す。
「…負けてなんか…」
一気に間合いを詰めて、横一文字に薙ぐ。
「いないっ!」
ズシャァァァと刀で滑らせて軌道をそらすリア。
刀を振り切って無防備になった自分に、体重の乗った蹴りが襲う。たまらず私は後ろにふっとばされた。
……だめだ、かなわないよ…やっぱりリアさんは強すぎる…
「立つんだカーリャ! ……俺は強さの究極を極めたわけじゃない……己の限界を極めたにすぎない!」
「……リアさん…」
「戦いとは……その限界の中でどれだけ自由を獲得できるかあがくものだ! あがいて…迷って…それでこそ道が見つかるというものさ」
リアは再びユングを構え直す。
「……今一度、見せろカーリャ。俺がお前の全てを受け止めてやる!」
そうだ、この人には私の全てをぶつけられる。それほどに強い人なんだ。
「はあぁぁぁっ!」
気合いにのせて緩急のついた3連撃を放つ。が、リアはそれをかわし、一歩間合いを詰めた。
…読み通りだ。どうせこっちの攻撃は当たらないんだ。それならそれを読んで、カウンターを誘うんだ。
リアは連撃を放たず居合いを始める。
凄まじい殺気、空気が凍りつき、死すら予感してしまう。
…恐れるな! 踏め込め! 半歩でいい、動いて…私の右足!
目を逸らさずに引き抜かれる剣先を追う。
…み、見えた!!
あまりの早さに消えそうな剣先がわずかに見え、その軌跡が瞬間的に頭に描かれた。
「お、おおおおぉぉ!」
だんっと半歩踏み込む。急激に間合いが縮み、リアの居合いの威力は半減された。
私の脇腹に熱い感触が広がり、彼の胸には私の刀が突き立てられていた。
…は、入った!?
私が顔を上げると、意外なほど穏やかな表情でリアが見つめていた。
リアは黙って刀を捨てると、そのまま優しく私を抱きしめる。
「お見事……よくやった」
「リアさん……血が……血が…」
「血ならお前も流してるじゃないか…」
涙が浮かぶ私の頬を指でなぞり、そして唇に優しい感触が広がる。
「お前は…もっと強くなる。しかし、真の強さは戦闘能力じゃない。それはお前の仲間達も、お前もよくわかっているはずだ。…カーリャ…強く…なったな…」
それは私の知らない記憶。それは私の知らない過去の出来事。
教会に捨てられて……10年の歳月が過ぎて……運命の女神が気まぐれを起こしたときの出来事。
私が水をくみに近くの川まで行ったとき、誰かに襲われて気絶をしてしまったあの時の出来事。
気がついたときは何も盗られてなかったし、何かされたわけでもなかった。何がなんだかわからなかったけど、何もなかっただけにとうに忘れていた記憶。
でも、その間にあることが起きていた。意識はなくても記憶の海の底で、その出来事は記録されていたらしい。
なぜなら今、それは再生されているのだから。
あの宝石を見てから、何度も見せられた光景なのだから。
「……なんでだよ! なんで今更、彼女にかまうんだ! スレイブ・ヘインズ!」
少年…優しい瞳の少年。どこかで見たことのある少年。
「…こいつはな、俺様が犯した人間の女が産んだ子供なんだよ。…聞けばあれじゃねぇか、俺達と人間の間の子供ってのは珍しいらしいじゃねぇか。しかも、なかなか将来有望な顔つきをしている。高く売れると聞いて、捨てられたこいつを探し回ったんだぜ?」
男。山のように大きい男。真珠色の髪の男。
「坊主、お前は何か? 例の婚約者か? 物好きにも会いに来てたのか?」
「違う…俺はただ、俺の婚約者になるはずだった人がどんな女性か見に来ていただけだ。俺の婚約者はもう死んだ……そこにいるのはただの人間の女だ!」
「ちがうな、こいつは俺の娘だ。変身の方法を忘れた、間抜けなシェイプチェンジャーさ」
男はそう言って、私の横で片膝をついた。
「月長石の耳飾り………か。これで、変身を封じていたのか……。あのじじいの考えそうなことだな…」
「………長は…傷心の母親の願いを聞き入れ…人間の村に彼女を預けることを決意した。……その時のはからいだそうだ……」
「…変身を忘れさせて何になる。俺達は人間よりはるかに優れた存在だ」
「違う! それは傲慢な考えだ! それに………今、彼女は自分のことを人間だと思っている。…そして……人間の男に想いをよせているんだ! それなら…そんな事実は知らない方がいい…」
「そんな理由で身を引くのか? そんな理由で一人で生きていこうというのか? そんな生ぬるい考え方だから、俺達の種族は数が減っちまうんだよっ!」
少年。どうしてそんなに悲しそうな目をしているの? 私、この少年を知っている。
「子孫を残す権利を自ら放棄しやがって、このクソガキが! そんなだから人間ごときにでかい面されちまうのさ!」
「黙れ! 力ずくでも彼女のことは諦めてもらうぞ!」
少年の体がびくんと波打つ。小刻みな痙攣とともに、銀の毛並みが全身から現れ、筋肉が隆起し、口がどこまでも裂けていく。
「いいねぇ、力ずく。好きだぜ、そういうの…」
身震いをしながら、男もまた変身をしていく。その姿は真珠のように美しい毛並みの人狼。それは何よりも気高く、誰よりも邪悪だった。
銀の狼の少年は強かった。明らかに自分よりも大きな体の相手に、いかに戦えばいいのかよく理解していた。
しかし成熟しきっていない牙や爪では、力押しをする大人の人狼に、たいした傷を負わせることもできなかった。
ガアアアアアアッッ!
男が吠えると、大きくあけた口で少年の左腕に噛みついた。
少年は痛みのあまり狂ったように暴れるが、鍛え抜かれた男の顎により、その鋭い牙はみるみる食い込み骨を軋ませていた。
……噛み千切られるのも時間の問題だった。
男が勝利を確信した瞬間、少年の血しぶきが視界を奪う。
少年はその瞬間を逃さずに右手を振り上げ、左腕に噛みついたまま離れない男の頭に渾身の爪を落とした。
男はたまらず少年から離れてしまう。
片目を奪われた男は、苦痛に顔を歪ませながらも不適な笑みを浮かべ、森の中に消えていった。
左手をだらりとつるした少年はその場で変身をとき、もうろうとする意識の中、黙って私の頬に唇を押しあてそのまま去っていった。
記憶の歯車はここで止まり、また同じ所から始まる。
それは私の知らない記憶。それは私の知らない過去の出来事………
私はそこでカーリャに起こされた。
でも、あれは夢じゃない。想像の産物じゃない。
その記憶はまるで、封印されていたかのように身を潜めていたのだ。
……リード・フィックス……そう、あの少年は確かにそう名乗っていた。でも、それは偽名だった。それともそれが本当の名前?
……あの人は、あの時から私の全てを知り、あの時から私を見守ってくれていたのだ。
記憶の奥底に眠る最強の敵と、延々戦うという悪夢を見せるマジックアイテム『蒼の瞳』……
私は『蒼の瞳』の力により、私が気を失っていたときの出来事……おそらく無意識の中、記憶の憶測に記録していた出来事を思い出してしまった。
………私の知らない、消えかけた記憶の中から呼び起こされた最強の敵…真珠色の髪の男。
そして、リードが私のために片腕を失ったことと、彼こそがリア・ランファーストであることがわかった。
…私がリードと出会ったのは6歳位の時だった。もしかしたら、彼はその時から私のことを知っていたのかもしれない。
その頃、私の村の近くに変わり者の剣士がやってきて数年の間、剣術道場を開いていた。そこに通う男の子の中に、リードと名乗る男の子がいた。村の子供でなく、近くの森に住む少年で、たまたま見学に行っていた私に話しかけてきて、そして友達になった。お兄ちゃん肌で、私の悩みをよく聞いてくれたし、遊んでくれた。
でも、あの日……私が気を失ったあの日から、彼の姿は見なくなった。
彼は………リアは、許嫁の私に会いに来て……そして、私が人間のまま暮らせるように、見守ってくれていたのだろう……。
そして、生まれてから放したことのないあの耳飾りを…結婚式の夜に、私はうかつにもはずしてしまった………。あの日、私が…月長石の耳飾りさえ身につけていれば、変身もしなかった。リアのそれまでの苦労を無にしてしまったのだ。
……どちらにしろ……あの人に…会わなければいけない。なにを話せばいいかも、わからないけど…でも……会わなくてはならない……
「起きて、ハーミア! ハーミア!」
ん、と一度だけ呻き、ゆっくりと瞬きをする。
「………カーリャ?」
「良かった、気がついたのね。さ、みんなのところにもどろ!」
「私たち……どうしたの?……あれは……夢…?」
「……ハーミアも何か見たのね。……事実じゃないんだから夢なんでしょ…」
少し頬を赤らめながら、しかしどこか満足げに言うカーリャにどんな夢を見たのだろうと不思議そうに見つめる。
しかし、あれは私の深層に刻まれていた記憶。あの少年は……間違いなく…リード・フィックス……。
……そう……それなら全てに説明が付く。
「……カーリャはどんな夢を見たの?」
「………あ、あとで、ね。男どもぬきでなら教える……」
やはりカーリャの顔は赤らんでいた。
二人は団長のテントを抜けると、そのままサーカス会場のテントに向かって駆け込んだ。
「みんな! 平気!?」
「カーリャ! ハーミア!」
その声にいち早く反応したのはユーンだった。よほど不安だったのだろう。
そしてそれは彼女たちに対する絶対の信頼をよせていることを意味していた。
「な、なんと! 自力でカルマを克服したというのですか!?」
「え〜む〜ぼ〜ま〜! よくも変な夢を見せてくれたわね!」
あまりの迫力にエムボマは、両手を挙げる。
「ま、魔法!?」
「いえ……」
エムボマはそのままゆっくりと地に伏せる。
「降伏です」
かくして服従のポーズを決めて動かないエムボマに対し尋問が始まった。
エムボマはカーリャ達を、他のサーカス団のスパイと誤認していたらしい。繁盛の秘密を守ろうとしていたようだ。
「ご存じの通りこのサーカス団には動物はいません……」
「……のようだな、団員もいないようだが…」
「今ここに残っている団員はフィーゴとルイだけです。他の者は街で自由に過ごしています。次の満月の召集時までは…」
「……どういうこと?」
簀巻きのエムボマの前に、サイとカーリャが顔を見合わせる。
「…これは、業務秘密なんですがねぇ………。その昔私が冒険者から買った遺失魔法で『月影』というものがあるんですがぁ………次の満月の夜に団員達は、その魔法で動物になります…そして、それから一週間ショウをするわけです……」
「…え? …つまりは……ショウは動物が演じてるわけじゃないってことっ!?」
「……その通りです。この手段をもちいれば、動物の世話、餌代、新しい動物の獲得、さらには調教といった経費と時間が大幅に削減できます。それに、もとが人間ですから難解なショウも一度の説明で理解でき、演じることができます…」
「………そりゃ、儲かるわけだ…」
あきれたような、感心したような表情でサイが言う。
「……商売ですから……。それで前々から盗賊ギルドに『月影』の使い手を捜す依頼をしていた、アニスという名の導師に会うことになったのです。ある人物を猫に変えて、指定のペットショップに売ってほしいと……」
「……それで、あの宝石を使ってインザーギさんを眠らせて動物に変えたのですね?」
「ええ、まあ、そうです。私のマジックアイテムのコレクションの一つです…」
「……では、彼の任務や仲間は?」
「…単純に巡回しているところをとっつかまえて、眠らしたのですよ……? それに依頼通り、彼以外は動物に変えてませんが…」
「どうしてアニスはそんなことを依頼したのかな?」
ハーミアとフィルの質問にも、エムボマは躊躇なく答える。
「なんでも、一年ほど前にお祭りでたまたま見かけた騎士に恋をしたとかで……猫になら告白できそうだとか言ってましたね……」
「そ、そんなことのために……女ってのはおそろしい……」
「なにを言ってるのよサイ。女の子にとって告白ってのはそれだけエネルギーが必要なのよ」
うんうんと頷く女性陣にサイが首を傾げる。
「やはりあの鎧と剣は、告白した後返すつもりのようですね。しかし、なぜリンクする必要があるんだろう……」
「おいらが思うにインザーギを本当に使い魔にしたかったんじゃないかな」
「そ、それはないと思いますけど……」
フィルの言葉にユーンとルーが首を振る。
「……さて、みんなどうする? アニスんとこいくか、インザーギのとこ行くか……」
カーリャがエムボマを解放しながら言う。
「あのぅ、我々は……」
「…ああ、こっちの話だからもういいわ。もうちょっとここにいさせてもらうけど……」
「……お好きに……。あ、先ほどのことは内密にお願いします。あなた方だって、不法侵入に恐喝、暴行で捕まりたくはないでしょう?」
「はいはい…」
カーリャはわかってるわよ、と手を振る。
「あの……マジックアイテムについてお詳しいようですが……? 病気を治すアイテムとかはご存じないですか?」
突然のハーミアの言葉に一行は一瞬、呆気にとられてしまう。
「病気の? ……さあ、知りませんねぇ」
「……どういうこと、ハーミア?」
何か言いずらいのか、ハーミアは口を濁らせる。
「…またなにか抱え込んでるみたいですね…」
ルーは水くさいですよと付け加えるが、やはりハーミアは何も言えないようだった。
「……まあいいわ。とにかく今はあの二人よ」
「……どう……しましょう……」
ユーンの言葉に一行はただただ押し黙ってしまった。
それはイセリアの時とは違う恋の話
蒼い月の日までに彼女は一年以上、募らせてきた想いを告げる
それは騎士にとってうれしい話なのか…それとも……