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act.1 集まるネガイ、消えゆくオモイ

相違点かなりありますが、こちらではレシーリアは導入部分でしか出てこないNPCです


かわりに盗賊ポジションのキャラクターがいます

しかも途中で音信不通になり、新規でプレイヤーを募集し、キャラクターチェンジしています


わりとそのままなのは、カーリャ、リア、ハーミア、ユーン

※こちらでのハーミアは、ある一線をこえます

※ユーンのアレは、もちろんありません


サイは未熟で、徐々に成長していきます


ルーは年齢自体が上がっていて、少年っぽさは皆無です


他にも登場しないキャラやらなんやら、出てきます


あと文章は荒削りですので、ご容赦ください

───赤い月。次の満月まで、あと少し……

 少女は、赤い月が好きだった。力あふれる情熱の赤。

 狂気じみた赤い月は、見上げる少女に静かに光を浴びせていた。

「もうすぐ…もうすぐ、私の願いが……」

 少女は歓喜と興奮にその身を震わせ、やがて小さな声で歌い始めた。

透き通るような美しい歌声は、静寂が支配していた闇を赤い光で包み込んでいき、やがて狂気の赤は海さえも飲み込んでいった…………


 港町レッジーナは「ここにないのは雪ばかり」とまで言われる程になんでもそろう貿易港だ。港を中心に海岸に沿って広がった町並みは、国際色豊かで雑多な印象を与える。

 さまざまな地から富と人が集まるため、開放的で自由な雰囲気があり、冒険者たちの拠点にもなっていた。

 港町ゆえに冒険の舞台が海上に及ぶことも少なくはなかった。

「あら、仕事?」

 昼食を終えたばかりの男が、座ったままその声に反応し顔を上げる。

 整った顔立ちの若い女冒険者。美しい銀色の髪は肩にかかる程度の長さで、ナイフのようにとがった耳先がその髪を裂いていた。ボディラインがはっきりわかるピッタリとした服に身を包み、革製の鎧を着ている。よほど自分のスタイルに自信があるのだろう。

 事実、男はいつものように彼女に見ほれていた。

 間違いなく自分の相棒であると確認し、うなずいて答える。

 ここは、冒険者たちの情報提供の場『碧の月亭』。この町にある冒険者向けの酒場の中では比較的大きい部類に入る。

 食事を兼ねて仕事探しに集まる冒険者が多く、昼食を終えた今でも満席が続いていた。

「読むか? 船の護衛だってさ」

 彼女は依頼書を受け取ると、木製のイスに腰を下ろす。キィとイスがきしむ音に少し嫌そうな顔をするが、すぐに依頼書に集中していた。

「やるか? 一月は遊んで暮らせる額だが…」

 彼女は一通り依頼書に目を通し、ふむと考える素振りをみせる。

「…簡単そうね。海賊も出なくなったって言うし…。船にのってバッツィオまで行けば銀貨1.000枚もらえる…か…」

「あぁ、最近海の方は静かと聞くからな。楽な仕事だぜ。どうする?」

 ふふん、と彼女は笑ってみせる。何かを思いついたらしい。

「行くわよ!」

 バンッと依頼書を机に叩きつけ、勢いよく立ち上がる。どこにという顔をする男に彼女は応えず目的地に向かって歩き始めた。

「お、おい! どうするんだよ! この仕事」

 男は慌てて彼女を追いかけていった。

 

『碧の月亭』では現在、以下の仕事の依頼が来ていた。


  輸送船『セルバンティス』の護衛。

  期間はバッツィオまでの6日間で食事付き。

  前払いとして、金貨2枚。成功報酬は金貨8枚。

  不慮の事故による護衛期間の延長は1日金貨2枚。ただし、護衛の失敗に対しては報酬はなく、前金のみとする。

  出航は明日の正午。

  興味のある者は、明日の朝第四港・二番まで。

        ブラン伯リュッテル

  

もし、この依頼を受けるなら冒険の扉を開いてほしい

   月夜のハナシはその奥にあるのだから。




 act.1 集まるネガイ、消えゆくオモイ


「セルバンティス号の護衛士はこれで全部だな?」

 体格のいい男はそう言って周りを見回す。日焼けした肌に、タンクトップという格好がいかにも海の男だ。

 レッジーナの第4港2番では今まさに、小型輸送船セルバンティス号が出港しようとしていた。船は小型ながらも寝室や倉庫、ラウンジなどもありなかなかの設備だった。

「各自用意はできているな? では早速乗船してもらう」

 港に集まった輸送船護衛士は7人だった。書類のみという極めて異例の審査で選ばれた7人は、見事なまでに全員が初対面である。ブラン伯と一度も会えないことや依頼の内容に少なからず疑問を感じる者もいたが、当人がいない以上文句も言えず半ば強制的な乗船となった。

「では、護衛士各位にブラン伯からの伝達を伝える。一つ、護衛士は輸送船セルバンティス号の護衛を任務としその力を持って外敵から船を守ること。一つ、予定航海日数の6日間をこえた場合は護衛士の任務期間もまた延長される。ただし延長の際の報酬は1日金貨2枚とする。一つ、護衛士は任務の放棄または失敗をした場合、報酬は渡されないものとする。一つ、護衛士長リア・ランファーストの任務に関する命令は絶対とする。以上、この内容に反しないよう護衛についてくれ」

 男はそう言うと金貨の入った袋を配りだす。

「前金の金貨2枚だ。乗船する者はお前たち護衛士7人と船員6名、そして船長のオレだ。外敵からの攻撃がない限り自由に船の中で過ごしてくれてかまわない。見張りは護衛士長が決めてくれ。以上だ」


 護衛士の一人、薬草師ハーミアは静かに海を眺めていた。どこまでも青く広い海は自分の過去をも飲み込んでくれる、そんな感じがした。

 だから海を眺めることは嫌いじゃなかった。

 ハーミアは冷静に静かに周りの行動を見ていた。

 不思議な連中……それがハーミアの第一の印象だった。任務自体も不明瞭なところが多く、先の海賊一掃で静かになった海になぜ高額を払ってまで護衛を雇ったのかはいまだわからずにいた。

 それに、なぜ書類審査だけで判断し、こうも初心者の冒険者ばかり集めてしまったのか。

 自分も冒険者というよりも放浪の薬草師だ。護衛という任務には到底向いていない。

 クライアントに対して、疑問のつきないことばかりであった。

 ただ彼女にとって海に出ればなにかつかめるかもしれない、という希望は魅力だった。彼女の願いを叶えるなにかが…。

 集まった護衛士達は変わった連中だが悪いやつらではないようだった。

 まず、カーリャと名乗った女剣士。船に乗るのが初めてなのか楽しそうに見て回っている。武器は背にぶらさげている普通の剣。彼女は船の舳先付近や甲板で護衛長であるリアについてまわっていた。

 護衛士長のリアという名の剣士は聞いたことがある名の男だった。左手がない片腕の剣士だが『リターニングソルジャー』という異名を持っていて、どんなに過酷な任務でも必ず生還することで有名だった。

 年齢は20歳くらいとまだ若く、屈託のない笑顔と片腕の体にギャップがあり、なぜか深く印象に残っていた。

 フィルという名のハーフリングも元気で話好きな男の子だ。種族の特徴でもあるのだろうけれど背が低く子供っぽい彼はとても冒険者には見えず、男の子として見てしまう。彼の明るさで船内は楽しそうではあった。

 どんなスキルの持ち主かはわからないが弓と短剣を使うらしい。

 次に吟遊詩人のルーフェス。一見女性と見間違いそうなほど端正な顔立ちをしている。礼儀正しい男性でフィルやユーンに何か曲を弾いたりしていた。

 どこかの坊ちゃんという感じがしてならないが、なぜこんな護衛を受けたのかよく分からない人物でもある。

 私より若く見える……たぶん、16・7歳だろう。月魔法を使えるらしい。

 乗船前に私のところに酔い止めの薬をもらいにきたユルネリアという女性は、ルーフェスと同じくらいの年だろうか。優しい感じがするかわいらし女性だが、それゆえに到底冒険者には見えなかった。

 ハーミアは彼女がなにか大きな心の傷を負っている気がしてならなかった。なにか、自分とよく似た心の傷。癒すことのできない大きな傷。時折見せる悲しい瞳に今の自分を見ているようだった。

 そして、サイフォードと名乗ったハーフエルフ。口数が少なく決して礼儀がいいとは言えない男。竿状のものを持っているが布にくるまれていていまいち形状がわからない。おそらくは槍かなにかだろう。

 乗船直後、船の見回りを彼とするように護衛士長に命じられ今に至るのだが、実際見張りと言ってもこうして外にいるだけでいいみたいだった。

 彼はずっと船尾で座り釣りを楽しんでいた。静かな人で妙に人との接点を避けていたが冷たいわけではないようだ。

 つい先ほどのことだが、今と同じように海を眺めていた私に「風邪をひかないよう何かを羽織った方がいい…」とぽつりと声をかけてきた。

 それ以外の会話はほとんどしていないが下品な船員の近くにいるより、あまり干渉してこない彼のいる船尾のほうが意心地がいいのは確かだった。

 それはどうやらサイも同じのようだった。いつまでも海を眺めているどこか謎めいた美しい薬草師は、自分が渡した毛布のお礼に船酔いをある程度防げる薬をくれた。

 性格を直すための旅なのだから何か話さなくてはとも思うのだが、いまだ何も言えずにいる。ただ、喧噪そのものの船内よりここで彼女といる方が気が楽だった。

 と、少し考えごとをしていると彼の竿にアタリがくる。

 サイはあわてて魚をつりあげた。

「……いや、すまない。釣るつもりはなかったんだ」

 なぜか魚にあやまり、きっちりキャッチ&リリースをする。

 その様がおかしかったのかハーミアがくすくすと笑った。サイはそれに気づくとばつが悪そうに目をそらす。

「……考えごとをしながら魚をつっちまうとついこう言ってしまう……変か?」

 いえと、ハーミアは短く答える。

「つまらないことを聞くようだが……どうしてあんたみたいな人が護衛など受けたんだ?」

 サイの質問にハーミアは少し驚いてしまう。

「…どうした?」

「いえ…あまり他人に干渉しない方かと思っていたので…」

 ハーミアの答えにサイはあまりいい表情を見せなかった。

「…俺は、他の種族…他の人間に対しての不信感をなくしたくて旅を始めたんだ。だが見ての通り会話すること自体あまり得意じゃない。今回も一人で釣りをしている………迷惑だったか?」

 ハーミアはやはりいいえ、と短く答えるがその表情は複雑だった。

「人間のあんたには分からないかもしれないが、ハーフエルフってのはどの種族にもなかなか受け入れてもらえない。だから俺は自分を受け入れてもらえるよう努力しようと思う。あんた…人間に生まれてこれてよかったな」

 その言葉に今まで何事にも動じなかった彼女の瞳がひどく悲しげに揺れた。しかし、すぐにいつもの表情にもどる。

「そうですね。そう思います。種族の壁なんてなければいいのに……」

 サイもなにか感じたのかこの話題はまずそうだ思い黙ってしまう。しばらく波の音だけが聞こえていた。

「…………どう呼べばいい?」

「え?」

「…名前…」

 奇妙な間が空く中、一言ハーミアとだけ答える。

「じゃあ、あらためて……俺はサイフォード=ラルク。サイでいい。…よろしくな」

 ハーミアは曖昧な笑顔でそれに答えると再び海の方へと目をうつした。

 サイもつられるように目をうつす。海は本当に静かだった。何事もなく6日間が過ぎるのは間違いないだろう。

「……綺麗ですよね。海…」

 ハーミアの視界に広がる海も平和そのものだった。

 私は必要とされる時に、できることをすればいい。

 6日間の仕事。6日間だけの関係。仕事なのだから。仕事以外の繋がりは必要ないのだから。


 航海2日目、カーリャにとって待ちわびた時間がやってきた。

 護衛士長リア・ランファーストと交わした約束……それは剣の稽古をつけてもらうこと。

 ことの発端は『リターニングソルジャー』と名高い片腕の剣士からの申し出だった。ただしその時ちょっとした事件があったことは甲板にでていたフィルとカーリャ達の秘密となっている。

 それは航海初日の正午のことだった。

 カーリャは船頭で船が海を裂いて進むさまをじっと見ていた。

「すごいねぇ〜。まさに大剣、海を断つってかんじだね。やぁ、おいらフィルってんだ。フィルって呼んでね」

 カーリャの気づかない間に隣に少年のような目をしたハーフリングが立っていた。フィルは楽しそうに笑い手すりに足をかけ身を乗りだす。

「おいら年は、15才で…今日初めて船に乗るんだ。お姉ちゃんは剣士?」

「うん、カーリャ・リューウェイ、カーリャでいいよ。ここから見える景色って、なんだかまさに冒険のはじまりって感じよね。こんな大きな船に乗るのも初めてだし…なにより海って広くて…なんて青いのかしら!!」

 カーリャも楽しそうに答える。実際、ここからの眺めは最高だった。どこまでも続く青い海、船は勢いよく白い波をかきわけて突き進み、潮風が心地よく潮の香りが適度に刺激する。

「ねぇ、カーリャはどこから来たの?」

「……レッジーナから、少し離れた町よ。私、冒険者になりたくてレッジーナにきたんだ」

「へえぇ………。おいら酒場で聞いたんだけど、バッツィオには大きなサーカス団がいるんだって。カーリャはバッツィオってどんなところか知ってる?」

「わからないけど……それを見るのも冒険の一つよね!」

 いきいきと答えるカーリャに対しフィルの質問は止まることなく続く。

「じゃぁ、不慮の事故って何だと思う?」

「依頼の? …うーん、わかんないなぁ。でも、この船は立派で頑丈な船だって酒場で聞いたし、ブラン伯はいい人だって聞いてるし…。単に海難事故のことを言ってるんだと思うけど…」

「ふむふむ。ちゃんと調べたんだ………カーリャえらいね〜。…ところで、それ何? はちまき?」

「…え? ああこれ? へへへ、なんだか気合いが入る! って感じがしない?」

「ふーん。なんか、カーリャいいね」

 なにが? とカーリャが不思議そうな顔でフィルを見る。

「だってさ、サイにいちゃんも、ハーミアもあんまりお話してくんないし、ユーンはすぐ逃げちゃうし。ルーはけっこう相手してくれるんだけど…」

「…たしかに、なんだかあの中にいると私も浮いちゃって。嬉しがってるの私だけなんだもん…」

 おいらもうきうきだよと、笑顔で言葉を返す。

「それよりさあ、フィル。リアさんとお話した?」

「よく言うよ。乗船したらカーリャが真っ先につれてったんじゃないかー!」

「あ、あははは、そうだっけ? じゃぁ次は、フィルも一緒に聞こうよ! 楽しいよ」

 フィルは嬉しそうに頷いた。

「おーい、ちゃんと見張りをしてくれないと困るじゃないか。俺にも立場ってもんがあるんだから…」

 言葉の割に笑顔で話しかけてきたのは護衛士長のリアだった。乗船後、冒険初心者のカーリャは、どんな過酷な任務からも生還できるという『リターニング・ソルジャー』の異名をもつこの剣士から、色々な話を聞いていた。

 彼の話はこれから起こるであろうスリルに満ちた冒険を想像させるのに、充分な刺激となっていた。

「……しかし、船旅ってのはどうも退屈だな。こうじっとしてると体がなまっちゃうよ…」

 同感だと頷く二人にリアは笑顔で続ける。

「そこで、だ。どうだい、カーリャ。ここにある模造刀で少し試合でもやらないか?」

 リアはウインクを一つして、カーリャに模造刀を見せた。

 突然の申し出に少し戸惑う。

 思いがけない言葉と自分の力を試すチャンス、それも相手は名の通った剣士である。

 気持ちは嬉しかったが、ただ一つだけカーリャの中でひっかかることがあった。

 彼は左手がないのである。剣士にとってこれは致命的だった。

 ボディバランスはもちろん剣を振る力も受ける力も半減する。

 カーリャが気負いがするのは仕方のないことだった。

 しかし、リアはそんなカーリャの思いに気づいていた。

「……どうした………俺じゃ役不足かな?それとも左手がないくらいじゃハンデが足りないかい?」

 挑発……というにはあまりにもチープだった。

 それは明らかにカーリャの迷いを断つための言葉だったからだ。

 同時に自分の同情にも似た気持ちが、剣士として失礼にあたると気づく。

「……うん、いいよ……これでも剣の腕には自信があるんだから! 手加減はしないからね!」

 笑顔で答えるカーリャにリアは満足そうに頷き、鉄製の模造刀をカーリャに向けて投げた。

「うわぁ! いきなり剣士同士の戦いが見れるなんて! おいら、ついてるぅ〜」

 フィルは、はしゃぎながら船の手すりにするりと登り二人の戦いを高見の見物をする。

「…いつでもいいぜ」

「…じゃぁ、お言葉に甘えて……」

 先に動いたのはカーリャだった。その初太刀は牽制などではなく鋭い太刀筋でリアの脇腹を薙ごうとした。

 リアはその攻撃を紙一重で後ろにかわし、再び距離をとる。

 カーリャはそれを追うように間合いをつめ2撃目を放つ。

 キンッ! と剣と剣が高い音と共に火花を散らす。しかし、カーリャの攻撃は見事にいなされてしまった。

「あぶないなぁ〜」

「…手加減はしないって言ったでしょ?」

「すごいやカーリャ! 寸止めなしで躊躇せず打ち込むなんて、まるで実践みたいだ!」

「あっ………あはははは……」

 模造刀が鉄製だって忘れてた…

 笑ってごまかすものの顔は赤くなっていく。

「んじゃぁ、今度はこっちから…」

 リアがすっと間合いをつめる。そして、痛烈な連撃!

「なっ!」

 その右手からはまるで剣が踊っているかのように攻撃が繰り広げられる。

 カーリャはそれに対し受けるのが精一杯だった。いや、受けさせられていた。

 剣がかみ合い、火花を散らす。

 右! 次は…左! …は、はやい!

 と、リアの攻撃が一瞬だけやむ。意表をつかれカーリャに一瞬の油断が生じたその瞬間、勝負は決まった。

 恐るべき速さでカーリャの首元に、リアの模造刀が突きたてられていた。

 遅れてやってきた剣風が呆然とするカーリャの髪をなびかせる。

「……柔軟なイメージと、絶妙なフェイク…すごい! すごいよ! リアにいちゃん!」

 喜び、手すりから降りようとするフィルをリアが制する。

 そして模造刀を無造作に投げ捨てた。

「…プラス剣のスピードに緩急をつければこんなもんさ。だけど、まだだカーリャ。俺はまだ満足していない。君はまだ力を隠している。これでも俺は抜刀術が本職だ。この意味、わかるよな?」

 体が熱く震えていた。

 生まれて初めて経験する興奮だった。

 自分の攻撃を交わすだけでなく、片腕だけで手も出せないような剣撃を繰り出し、なおかつ抜刀術の使い手という。

 そして彼は求めているのだ…私のとっておきを…

 カーリャは震える手から模造刀を捨て、腰の剣に手をのばした。

「……見ろカーリャ。これが世界だ…」

 リアは二人の戦場で静かに両手を広げやがてカーリャに剣を向ける。

「そしてこいつが現実だ…。見せるんだ、全てを。俺は君に興味がある…」

「…見せるよ。全力で…」

 カーリャは鞘に納まっている腰の剣を持ち、抜かずにその刀身を体で隠し間合いを殺す。抜刀の構えだ。

 高まる緊張と、心臓が破裂しそうなほどの鼓動……エッジのように研ぎ澄まされた集中力……そして静寂が二人の世界を支配する。

 ……見せたかった…この人に全てを……

 ……見たかった…自分の全開を……

 この人は全てを受け止めてくれる。そして、多くのことをこの人から学ぶんだ。

 リアも静かにカーリャと同じ構えをとる。これで両者、互いに間合いは読めなくなっていた。

 後は自分の間合いまで近づき剣を振るだけだ。

 ただ単純に相手よりも早く、より鋭く。

 二人の間合いがじりじりとつまり揺れる感情がロックする。

「…ハァァッ!」

 ガッキィィンッ!

 気を吐きながら居合いの間合いで二人は同時に動き、鞘を利用して剣を滑らせ引き抜く。

 颶風の如き速さで加速した二人の剣が交差し、後に残る音にカーリャは敗北を理解した。

 カーリャの剣はリアの刀によって真っ二つに割られてしまったのだ。

「…活殺………俺の最高の技さ…」

「すごい! すごいよ、二人とも! こんな戦い初めて見た!」

 カーリャはその言葉にも反応せずぺたんとその場に座り込み、折れた剣をじっと見つめていた。

「…カーリャ、よければ明日からでも稽古につき合わないか? 俺の技、受け継ぎたくはないか?」

 少しして我に返ったかのように元気よく首を縦に振る。

「よかった。じゃぁ、明日のこの時間にまたここで…」

 立ち去るリアをフィルが追った。差し詰め勝者へのインタビューのように。

「リアにいちゃん強いんだね! おいら、びっくりしたよ」

 しかしリアはその言葉に首を横に振る。そして、言葉の代わりにフィルに刀身をみせた。

「……? あれ……この刀、欠けてるよ?」

「…この刀は有名な刀匠がつくった業物だ。手加減してたとはいえ普通の剣でひびを入れるのは至難の業さ。もし彼女が名の知れた剣の所持者なら俺の刀が折られていただろう………。経験こそ不足しているが、おそるべきセンスと集中力だ。ますます気に入った…」

 ふーんと頷くフィルにリアは腰に差すもう一本の刀をフィルに渡す。

「これは俺が二刀流だった時に使っていた刀だ。彼女に渡しておいてくれないか? 刀を割ってしまったお詫びにってね…」

「…リアにいちゃんのは? 欠けた刀で戦うの?」

 リアは無言で頷いた。

「あぁ、これは俺の宝にする。すばらしいセンスの持ち主と出会えた今日という記念にね」

「わかった、おいらが渡しとく。…ねぇ、リアにいちゃん…もしかしてカーリャに惚れた?」

 リアは笑って「今の話は内緒だぞ」とだけ答えた。

 手が震えていた。折れた剣がまぶしく目に飛び込む。

 凄烈なる片腕の剣士リア・ランファースト……その風貌からでは予測できないほどの使い手だった。

「もう、カーリャ! まだ、ぼけっとしてるの?」

「えっ? …あ、あぁ、ごめん」

 と、また剣を眺め始めるカーリャにフィルは呆れてリアに頼まれた刀を渡す。

「はい、リアにいちゃんから。剣を割ったお詫びにだって。リアにいちゃん、カーリャのことすごく誉めてたよ」

 カーリャは剣を受け取りながら、首を振った。

「……私、あの時本気で斬りにいったの。でも、あの人は手加減してた。…遠いなぁ…世界って…」

 カーリャはそれでも満足そうに話し、受け取った刀を鞘から抜いて眺め始める。その刀身には『ザイル』と掘られていた。

 ザイル、ザイルって…………まさか!

「どうしたの? カーリャ」

「これザイルブレードじゃない! 有名なブレードマスターが鍛えたものよ!? 『蒼き月のザイル』っていって蒼い満月の夜にしか剣を鍛えないっていう………こんな高価なものもらえないよ!」

 へぇーと感心そうにフィルは眺める。

「いいじゃん、もらっちゃえば。カーリャも武器がなきゃ困るんだし……くれるっていうんだから。それだけリアにいちゃんが認めてくれてるってことだよ。それとも、カーリャに一目惚れしたのかな?」

 にやにやして答えるフィルにのせられ、カーリャは見事に顔を赤くする。

「ちっ、違う! それに、そんなの余計に困る…」

「だったら、とりあえず借りとけば? カーリャの気が変わらなければ後で返せばいいじゃん」

 カーリャは顔を赤くしたまま頷いた。

「ね、ねぇフィル。今起こったこと全部、内緒にしてね…」

 本日2つ目の内緒話だと、フィルは心の中で喜んでいた。


「なんだか秘密がいっぱいだなぁ」

 船室にもどったフィルは嬉しそうにつぶやいた。

 乗船2日にして3つの秘密。うち2つは先ほどできたばかりだ。

 そう言えば1つ目の秘密。ちょっとおかしなことだけど、カーリャ達に言わなくていいのかなぁ。

 フィルはあの時のことを思い出してみる。

 航海初日の乗船後、簡単な自己紹介が終わりフィルを含む護衛士達は部屋に案内された。

 部屋割は、護衛士6人が同じ部屋、船員達が1室、護衛士長が1室となっていた。女性と男性を一緒の部屋にすることに対し少なからず意見がでるものの、ブラン伯からの命令のためしぶしぶ従うことになった。

 部屋に入ると間もなく護衛士長の簡単な説明が始まった。

「見張りについては3チームに分かれて4時間交代でお願いします。まず、サイフォードとハーミア、次にフィルとカーリャ、そしてユルネリアとルーフェス。少しでも異変があったら私に伝えてください。食事は見張り以外の時にとるようお願いします。では、サイフォードとハーミアは早速ですがお願いします」

 用件だけ述べて立ち去ろうとするリアをカーリャがあわてて追いかける。

「あっあの! ……私…護衛のお仕事なんてはじめてで…いろいろと教えていただけるとありがたいのですが…」

「かまいませんよ。……じゃあ甲板の方にでもいってお話ししましょう」

 フィルは少しうらめしそうにその光景を見ていた。

 おいらだって色々とお話聞きたかったのにぃ、と不満の顔をありあり示すがすぐににんまりと笑う。退屈な夜になればいくらでも聞けると気づいたからだ。

「どうかしたの? フィル君」

 怒ったり笑ったり忙しそうなフィルにユーンが話しかけてきた。

「へ? いや別にぃ〜」

 やはり、にんまりと答える。

「なんだか、3人だけってのも寂しいですね」

 と、今度はルーフェス。いつの間にか部屋にはこの3人しかいなくなっていた。

「ほんとだね。おいら、もっと騒がしいほうが好きだからみんな揃ってくれた方がよかったなぁ〜」

 同意を求めるようにユーンの方を見つめる。

「…私は、これくらいの人数の方が落ち着きます…」

 ひかえめに答えるユーンにフィルは格好のおもちゃを手に入れたと思った。フィルはこうゆうタイプの人間に絡むのが好きだった。

「ねぇねぇユーン。ユーンは恋人とかいるの?」

「えっ!? 私ですか? ……いえ、今はいませんが……」

 予想通りの答えにフィルはもったいないと言う。

「じゃあ、ルーは?」

 やはり、いませんよと答えが返りフィルはさらに楽しそうに笑う。

「じゃぁ、カップル成立じゃん!」

「…どうしてそうなるんですか…」

 ただただ困り果てた顔をするユーンの代わりにルーが答えた。

「ま、それは冗談として二人とも。船内の探検にいこうよ」

「……私はあとで……」

「…………こわーいお化けや、いやらしぃ船員がでても知らないよ?」

「い、行きます。やっぱり」

 満足そうに笑うフィルを先頭に船内探索がはじまった。

「なんだか思ったよりもせまい船ですね」

 ルーの言うとおり船内はそんなに広くはなかった。リアが説明した部屋以外に食堂と小さなラウンジ、倉庫が3つほどあるだけだった。

 フィルはもう少し見てくると出ていったためこの部屋には窓際に座るユーンと、少し離れたソファーに身を預けるルーしかいなかった。

「…海を見るのは初めてなんです。想像していたよりも大きくて、とても綺麗ですね。なにかいい曲が作れそうです」

 ポロンと胸に抱く小ぶりのハープを鳴らす。

 高雅な音色はユーンの警戒心をとくのには十分だったかもしれない。それに乗り物に弱い彼女にとってルーの曲は良薬となっていた。

 少なくとも護衛士の中では、ルーとフィルに対しては気さくに会話ができた。

「…お上手ですね」

「一応これでもプロですからね」

 にこにこと笑顔をみせるルーに、あっと恥ずかしそうにユーンが下を向く。

「…いいんですよ。プロといってもまだ駆け出しですし。…あなたはどうしてこの仕事を?」

 複雑な表情のままうつむくユーン。その悲しげな瞳にルーはすまなそうにこたえる。

「……すみません。立ち入ったことでした。かくいう僕も人には言いずらいですし。……しかし、この依頼かわってます…」

「……そう…なんですか?」

 ルーはハープを隣に置き続けた。

「初心者の冒険者を高額な報酬で雇ったり……大体この船は何を運んでるのでしょう。…不明瞭な箇所が多いです」

「その点についてはおいらが教えてあげよう!」

 いきなり扉の方から声がしルーとユーンが思わず、びくっと体を震わせた。

「お、おどかさないでくださいよ…」

「あははは、ルーもユーンも油断しすぎー。ほら、みんな入ってー」

 と、見張りを終えたサイとハーミアが熱い紅茶を片手に入ってくる。

「…あれ? 次はカーリャさんとフィル君が見張りの番ですよね。どうしてここに?」

 ユーンの言葉にフィルはやはり笑顔でえっへんと応える。

「リアにいちゃんにかわってもらったんだ。で、さっきの話だけど…」

 ハーミアはユーンの向かいの席に、サイはベッドにのり壁にもたれそれぞれが落ち着くのを見計らいフィルは続けた。

「……おいら見ちゃったんだ。倉庫に入って…」

「それはまた、穏やかじゃないですね。一体どうやって」

「それがねぇルー、偶然にも倉庫の鍵がおいらの鞄に入ってたんだ」

「偶然で鍵は手に入るものなんでしょうか?」

 ハーミアの鋭いつっこみにもひるまずフィルは続けた。

「とにかく、倉庫に入ったの!」

「お前、盗賊か? いい腕だな。船員からかっぱらったのか?」

「だぁ、サイにいちゃん!」

 なかなか話が進まずについには怒り出す。

「…でも、興味はあります。私も気になってましたから。聞かせてもらえるかしら?」

「……まぁ、その点は俺もハーミアの意見に賛成だ」

「でしょ? じゃぁ、無口な二人の意見もまとまったことだし教えてあげよう!」

 苦笑する二人を満足そうに見ながらフィルは続けた。

「3つある倉庫のうちの1つは食料庫、もう一つは衣類とかの倉庫、で3つ目が他とは違う鍵だったからちょちょいと開けたんだけど…」

「………フィル君……」

 困った表情のユーン。もはや彼が盗賊なのは確証されてしまった。

「…中にはなにもなかったんだ」

「何もない? うそだろ? じゃあ俺達は一体何を守ってるんだ!」

「あの…サイさん落ち着いて下さい。声が大きいです」

 ユーンの言葉にサイは反論する。

「…あの、リアとかいう男に聞いてみよう」

「それは、多分無駄でしょう。僕たちはすでに依頼を受けてしまっているし、前金も受け取ってしまっている。それに船の荷物の護衛ではなく、船の護衛としてです。荷物がないだけではなにも文句は言えません。むしろ、勝手に倉庫に入ったことを咎められるでしょう」

「…ねぇ、ルー。おいらちょっと気になることがあるんだけど。…不慮の事故って何だと思う?」

「こうなってくると、それも気になります。海賊以外のなんらかの災厄が起こるとでもいうのでしょうか。ハーミアさんはどう考えますか?」

「さあ、私には…」

 そうですか、とルーは残念そうに答える。

 しかし言葉とは裏腹にハーミアは冷静に考えていた。

 確かにこの仕事は変だ。何かの罠にはめられてしまったような気がする。

 ブラン伯には聞きたいことがあったが、一度も会えなかったため何も聞けなかったし。しかし、町でのブラン伯の評判は決して悪いものではなかった。

 そしてもう一つ、これだけ初心者を集めておいて『リターニングソルジャー』のような達人を雇う理由がわからない。

 彼のような達人を雇うということは、それだけこの任務が重要ということ。にもかかわらず私たちのような初心者を6人も雇う理由は何なのか……

「…とにかく、我々はかなりまずいことを知ってしまったようです。これは、他言無用にしておいた方がいいでしょう」

「わ、私もそう思います。バッツィオまでいけばいいだけですし…」

 たしかにルーやユーンの言うとおり6日間だけ我慢すれば何事もなく仕事は終わる。しかしハーミアはなにかが起こる気がしてならなかった。

 …片腕の剣士は全てを知っているのだろうか……様子を伺おうにも、どうも自分は避けられているような気がする…

 ……プラティーンさま…どうか私たちにご加護を……

「大丈夫か? 震えてるぞ」

「…え? …えぇ、大丈夫です。サイは怖くはないのですか?」

「……今さら何をいっても始まらないだろう。ルーフェスの言う通り俺達はもう護衛士として雇われてしまっている。知らないふりをすることが最良の策だな」

「ではこのことはここにいる人たちだけの秘密にしましょう。…フィルもこれ以上、厄介ごとをもたないようにお願いします」

 フィルはなんだか納得がいかなそうだったが、その後ユーンの説得もありしぶしぶ承諾することになった。


 セルバンティス号が出港して三日目の夜がやってきた。

 航海はいたって順調だった。

「冷えますね…」

 手をさすりながらやってくるルーに、ユーンが毛布を渡す。

 夜の見張りはつらいものだった。寒さもさることながら、漆黒の海は恐怖の対象であった。

 視界は手元のランタンが照らす範囲のみで、海はどす黒く明かりがなにひとつないため、精神的な疲れが大きかった。

 フィル君ならこんなときも明るく話してるんだろうなと、ユーンは思う。闇と海の二つの恐怖から逃れることは一人では到底できなかった。

「今夜は霧が濃くて月も見えない……船酔いの方は、もう大丈夫ですか?」

「ええ、ハーミアさんの薬がきいたみたいです…」

 ユーンは毛布にくるまりながらこたえた。ショートパンツでは夜風に対抗する術もなくだるまのように丸くなって寒さを凌ぐ。

「なにか一曲歌いましょうか?」

「…お願いします」

 控えめに、しかし嬉しそうにこたえる。

「…じゃあ、『四月の聖歌』を…」

 〜月の光が

   町を染めていく

    私の中までも…〜

 美しいハープの音色とルーフェスの歌声が静かな夜の海にとけ込んでゆく。恐怖という感情を拭いさるように…

 ルーは美しい男性だった。間近で見ていても女性に間違えてしまいそうだった。

 月の形をしたイヤリングがかすかに揺れている。

 ルーが奏でる優しい音色は、ユーンに幸せだったもどれぬ日々を思い出させていた。

 あの人は……あの人は、私にとって全てだった。

 〜どうして、戦うの?

   どうして、私を一人にするの?〜

 ルーの曲のフレーズが頭の中に響き渡る。

 涙をこらえるので精一杯だった。

 もっと強くならなければ……忘れる事なんてできないけど、私が強くなることはできるはずなのだから……

 その時船がギギイと大きくきしむ音がした。

 それはまるで大きな力に船が捕まれたような、木がきしむ音だった。

 尋常じゃない殺気にルーはあわてて曲を中断し、術を行使する。これは人ではないと判断し周囲の魔力の有無を調べたのだ。

 力ある言葉に反応し月魔法『満月』が発動する。

 …そしてルーは恐怖した。

「…な、なんですか? 今の音」

「船内に逃げるんです! ここはまずい!」

 言うよりも早くルーはユーンの手をとって船内に駆け込む。

 船内では他の護衛士達も起きていた。

「なんだ!? 敵襲か?」

「海賊なの?」

 三つ矛の槍を持つサイと、青白く鈍い光を放つ刀をもったカーリャが駆け寄ってきた。

「ち、違います。あれは……人じゃない! 魔力の塊です! それもそこら中…いや、闇全てが!」

 混乱するルーにユーンはなんだか訳が分からないという表情だった。

「……おいでなすったか。そいつは俺の客だ…」

 声の主はリアだった。

「…それはどういう意味ですか? やはりなにか隠していたのですね? この船にはなにも積まれていない!」

「へぇ、さすがはハーミアさん。いつのまに調べたんだ? そいつは神の啓示じゃあなさそうだな…」

 ハーミアがめずらしく動揺していた。

 どうして私が神官だと知っているのだろう。この人は一体……

「……まあいい、時間がないから説明は後だ。君たちの役目は終わった。ここで待っててくれ」

 リアは船員に、外に出て船を近くの島に近づけるように命じる。

「おい、随分と勝手だな?」

 サイの言葉にリアは死にたくはないだろう?、と答え赤く輝く刀を抜く。

「…ブレード・オブ・ユング。『赤き月のユング』が鍛えた刀だ。こいつがなけりゃあ奴に触れることもできないだろう…。なあに、大丈夫さ。そのために俺がいるんだから」

 笑顔をみせて、リアは外に出ていった。

「くそ! 俺もいくぞ!」

「だめです、サイさん! アレは人の手に終えるもんじゃない!」

「はなせ、ルーフェス!」

 ルーを振り切ろうとするサイの前に、今度はカーリャが立ちはだかる。

「…現状が見えないけど、今はあの人に任せた方がいい。あの人がかなわなかったら誰にも勝てやしない…」

「なんだ、お前は? なんであんな奴の肩を持つ!?」

「…どうしても通ると言うのなら、私が相手するわ」

 カーリャが刀をサイに向ける。

「サイにいちゃんもカーリャもやめなよ、オイラ達がちょっとここで我慢してればいいんでしょ?」

 サイはあきらめたのか舌打ちをし、どんと廊下に座る。

 カーリャはかわらず扉の前で陣取っていた。

「リアにいちゃん強いから、ちょちょいと倒してきてくれるよね?」

 カーリャは笑顔で、しかし不安そうに頷いた。

 きっと、あの人ならどんな魔物にも勝てる。だから、私はあの人が言う通りここで待つんだ。

 リア達が外に出て数分が過ぎた。外からはほとんど声も音も聞こえず状況を把握することは極めて困難だった。

 カーリャが手に持つ刀をぎゅっと握った。

 それに応えるように『ザイルブレード』がブゥゥゥゥンと唸る。

 ……不安だった。

 そしてカーリャの心が揺らぎ、我慢しきれずに扉に手をかけようとした時だった。

 突然扉がどん!、と一度だけ鳴る。

『カーリャ! そこにいるか!?』

 リアの声だ。

 カーリャは安堵のため息をし、はい!、と答える。

『……よし、そのままでいい。絶対に扉を開けるな…』

「リアさん、魔物は倒せたんですか?」

 しばらく沈黙が続き、やがて事の真相を明かすべくリアが話し始めた。

『……話しておかなきゃならないな。…分かっているだろうがこの船にはなにも積まれていない。…この航海の真の目的は魔物の探索と討伐にある…』

「…魔物の探索…ですか?」

『そうだ、ハーミア。最近起こる海難事故が霧状の強力な魔物によるものだとわかった。だが、魔物の探索や討伐といった仕事は危険度が高い分、報酬も高くつく。そこでブラン伯は考えた。船の護衛として人を雇えば、魔物が現れたとき船を守るべく戦わねばならない。倒してくれればそれでよし、もし失敗してもまた雇えばいいこと。どちらにしろ平和な海での護衛だ、討伐に比べ報酬は少なくてすむ』

「………最っ低!」

 カーリャが吐き捨てるように言う。

『こんなことはレッジーナじゃよくある話さ。ブラン伯を責められないさ。…で、俺は特別に格安で同行することにした。ミストがいつやってくるかはわからないから、6人の見張りを雇うように頼んでね』

「それが俺達というわけか」

『そうだ…君たちのことは色々調べさせてもらった。一応これでも戦闘能力の高い奴や生存確率が高まるように選出したんだ。…だけど、ここまでだ。やはり亀裂の入った刀じゃあ敵わなかった…』

 えっ? とカーリャが反応する。

「……リアにいちゃん、カーリャとの一戦で刀にヒビを入れちゃったんだ……」

「…どうして……どうして? それなら、この刀を…『ザイルブレード』を使えば………リアさん、無事…なんですか?」

『……開けるなよカーリャ。完全に外が沈黙するまでは…。生き残ってる奴は…もう…少ない…。それに、いずれにせよ“ユング”でなければ倒せなかったしな。せめて、赤き月が出てりゃあな…』

「や、やだよ! リアさん、中に入ってきてよ!」

 カーリャが扉を開けようとするが、リアが外から押さえているらしく扉は開くことはなかった。

『だめだ! …全身にまとわりつくような殺気を感じる。今開けるのは危険だ。もしかしたら、このまま去ってくれるかもしれない。……………すまない…カーリャ。もっと色々教えたかったが……俺の部屋にある剣術の書物を持っていけ。あそこに俺の技のルーツがある。それの通りに練習しろ……いいな』

「リアさん、そんな。そんなこと言わないで…お願い…」

『リア殿! あっちは全滅だ! 中に入ろう』

 恐らく船員の生き残りだろう、ドンドンと音を鳴らし近寄ってきた。

『……開けるなよ………カーリャ…わかっているな?…』

「リアさん…」

『…な、なに言ってんだ。あんた気は確かか!? ………い、いやだ! 俺は死にたくねぇ! …お、おい、いるんだろ? なぁ、ここを開けてくれ!』

 扉がドン! ドン!と叩かれる。

「リアさん!」

『い、いやだぁ!俺は死にたくねぇ! たすけてくれ! 開けてくれ! 開けてくれ! 開けてくれ! 開けてくれ! 開けてくれ!』

 ユーンが涙を流しながら耳をふさぐ。目の前で、一枚の扉をはさんで人が死のうとしていた。今の彼女にはそれはあまりにも酷な仕打ちだった。

 ルーもまたその目を閉じ下を向いていた。助けることなどできないのだ…誰にも。

 フィルはどうすればいいかわからずやはり立ちつくしていた。

 サイはトライデントを握りしめカーリャをにらんでいた。

 ハーミアは彼らを救えない自分の無力さを呪った。

 カーリャは………カーリャはそれでも扉を開けようとしなかった。

 やがて、扉を叩く音が悲鳴と共に消え再び静寂がやってきた。

『…カーリャ…あと数分で…この船は…座礁する……それを合図に…扉を開けて…海に飛び込んで…まっすぐ泳げ……いいな…そうすれば無人だが…島にたどりつけるはずだ…海図があってればの話だが………カーリャ……おまえがみんなを守るんだ…』

「……リアさん…私はこんなことのために冒険者になったんじゃない……いやだよ、こんなの! せっかく、せっかく目標ができたのに!」

 力のないリアの言葉にカーリャは頬をつたうものをぬぐいもせずに叫んだ。

『……カーリャには…伝えたいことが…いっぱいあるんだが………』

「やだよ! そんなの聞きたくない! リアさんが、リアさんが私に‘世界’を見せたんだからね!」

『そう……だっけな……責任…とらなきゃなぁ…………情けない男だね…どうも……』

 そんで……結局…惚れた女に対して…最後に浮かんだ言葉が……これかよ…

『………生きろよ…カーリャ……また…戦りてぇなぁ……』

 外からの声は、それが最後だった。

 時間が欲しかった。

 ……考える時間が…悲しむ時間が……

 しかし船の座礁する時間がせまっていたため、全員何も語らず出発の準備を進めていた。

 泳がなくてはいけないため防具やマントなどの重い装備品は置いていくことになり、わずかな道具と武器だけを持っていくことになる。

 カーリャはリアの船室でリアの剣術書を防水性の優れた革袋に丁寧に入れ、大事そうにそれを抱えていた。

「……カーリャ……さっきはすまない。言い過ぎた…」

「……いいの。………サイさん…私の行動は間違ってなかったのかな…。本当は扉を開けるべきだったんじゃ……」

「…わからない…が、俺達が生き残ったのは事実だ。そして、生きなくてはならない。…そうだろ?」

 カーリャは曖昧に頷く。

 やがて轟音とともに、船が大きく揺れる。

「座礁しました! みなさん、いきますよ!」

 ルーの合図に扉を蹴り開け外に出る。

 不思議なことに外には死体ひとつなく、死闘の痕と折れた『ユング』だけが残っていた。

 カーリャはみんなが次々と海に飛び込む中、朽ちた刀とその鞘を拾いリアがもたれていたであろう扉をしばらく見つめ海に飛び込んだ。

「私、泳ぐのはあまり……」

「がんばって! ユーン。おいらの持つロープにつかまって」

「…あ、それ私のロープ」

 フィルの持つロープを見てカーリャがつぶやく。

「いつのまにかおいらのリュックに入ってた。返す」

「ちょっ…! 今、返されても………もう、いいわよ……荷物多くて持てないから…」

「なら、もらった」

「あ! みなさん! 島が見えます!」

 ユーンの指さす方向に小さな島のシルエットが見えた。霧が邪魔して見えなかったのか島は案外近くにあったようだ。

 ちょうどその時、後方で船が砕けるおぞましい悲鳴が聞こえた。

 ……リアさん!…

 カーリャの瞳に再び熱いものがこみあがってきたが、すぐに海に呑み込まれてしまう。

 上陸までにはそんなに時間はかからなかった。

 暗闇の惨劇から逃れられたとは思いにくいが、無人であろう島は不思議と霧が薄く、赤い月が光孝と一行を照らしていた。

「生き…残れたのか……?」

 サイがつぶやく。

「たぶん……先ほどまでの嫌な感じはなくなりました」

 ハーミアは静かに辺りを見回す。

 砂浜が弧を描いて続いている。

 目の前にはすぐに生い茂る木々が視界いっぱいに広がり島の中央に小高い岩山があった。

 島の全景は数キロといった感じだ。まず、無人島だろう。

 ハーミアが振り向くと『セルバンティス』はすでに跡形もなかった。

「さて…これからどうしましょう……」

 疲れきった表情で言うルーに、一行はただただうなだれるしかなかった。

  …赤い月の夜に

      運命の糸が少しずつ

         絡み始めようとしていた… 

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