6,新たな敵
木々の間から降り注ぐ月明りが柔らかに光る静謐な森の中で、私は地面に体を落ち着かせ、待ち伏せを行っていた。どこからか、風の音や木の葉が揺れる音が響き、そのたびに魔物が来たかと気を張るも、今のところそれらしき姿を見ることはできていない。
この場所に身を落ちつかせる前、幾度か戦闘を行った。私が最初に戦ったリーフウルフ以外に、動く苗木である「スプラウト」、凶悪な表情をしたキノコの「マッドキャップ」、洞窟の個体とは体表の色が違う「森ゴブリン」、の計4種類の魔物と戦う機会があった。
マッドキャップやゴブリンは倒すことができた。しかし、リーフウルフやスプラウトはその素早さから毎度逃走を図られてしまっていた。その中でも、マッドキャップは胞子を用いた状態異常攻撃を試みてきており、その体からライム色の煙を吹き出した際にはかなり焦った。しかし、私は神経等が存在しないびっくり生物なので、煙がなんの状態異常を引き起こすのかさえ知ることなく、戦闘は終了してしまった。スプラウトにも触手攻撃といった今までにない攻撃があったが、全ての魔物に共通して物理で殴ってくることに変わりはなかったため、私が脅威に感じることは特になかった。
洞窟と森に物理攻撃に偏っている魔物が多いせいで、なんだか無敵感を覚えてくるが、ゴーレムには水属性の魔法というあからさまな弱点がある。おそらく初期リスポーン近くだからこそ、周囲の敵に物理特化の魔物が多いのだろう。
現状、負けづらく感じている理由を考察しつつ、私は腰を下ろす前に目の前に置いておいた、キノコに視線を移す。
このキノコは私がマッドキャップを倒した際に手に入れたもので、胞子を吐き出させた状態のマッドキャップからのみ手に入れることのできるアイテムらしい。特殊な入手方法ではあるものの、難易度は高くないので、珍しさには欠けると思うのだが、フレーバーテキストに「珍しいキノコ」とあるので、このキノコで何か魔物が釣れないかと考え、ここにおいて待ち伏せをしている。
青い傘に紫の斑点のついた毒々しいキノコを眺めながら、「そういえば美味とは書いてなかったな」と今更ながらこのキノコに惹かれる相手がいるのかと不安になり、森で採集した果物等も一緒に置いておくべきだったと後悔していると、今まで感じていた、風や木の葉の音ととは明らかに異なる、何かが歩み寄ってくる音が聞こえた。
私の後方からだ。よかった、このキノコでも効果はあったのか…。夜になって、食料を探し出した夜行性の魔物か?たまたま通っただけってこともあるかもしれないが…
お待ちかねの獲物が現れたことで私は身を固くする。足音はどんどん近づいてきており、体に緊張が走るが、足音の主はキョロキョロとあたりを見渡しながら歩いているのか、その歩みは遅く、幾度か止まることさえあった。
あたりの景色が珍しいと感じているのか、それとも単に警戒心が強いのか。プレイヤーか?だとしたらちょっと面倒だな…。
不審な挙動に私の警戒心はさらに高まる。そして、さらに距離が近づくと、今度は足音が複数あることに気づいた。姿がまだ見えないため、何が近づいてきているのかはわからないが、昼間見つけた魔物であれば、おそらくリーフウルフか森ゴブリンの二択。
ギリギリまで手を出さないで、確実に一匹仕留めることができれば負けることはない。仮にプレイヤーだったなら、あからさまなキノコを見て逃げ出すはずだ、その時は手を出さなければいい。近距離ならまだしも、遠距離からのペチペチには絶対にかなわない。大人しく狸寝入り決めよう。
行動指針を決めるが、相手の姿が見えないことには机上の空論でしかない。早く私の視界の中に、とドキドキしながら待ち構えていると、ようやくその姿が目に入ってきた。
数は三匹。人間大の大きさに、やせ細った体躯と曲がった背筋、木でできた槍を持ち、犬のような顔をしている。コボルトと呼ばれる人型の魔物がそこにはいた。
コボルトは夜行性の野生的な種族であり、森や荒野で群れを作って生活する。彼らは群れの中でヒエラルキーを形成し、リーダーシップのもとで組織的な共同体として生活する。爪や作成した武器での戦闘のほかに、シーフ系のスキルを持っており、それを用いた侵略、略奪行為によって、他の種族との対立や争いがおきることがある。だったか?この森は彼らの縄張りだったということだろうか。彼らは何しにここへ来たんだ?縄張りの森であれば、先ほどのような、たびたび立ち止まる歩き方をせずに堂々としていればいいと思うのだが。何かを探してる?侵入者でもいたのか? って、これ私か?縄張りに知らない生物が入ってきたから、わざわざ寝床から出て調査にやってきたとか…。手、出さない方がいいかな?これ。
調査をしているつもりが、いつの間にかその対象になっていた可能性を悟り、愕然とする。
コボルトたちは私の前に完全に姿を現すと、やはり何かを探しているのか、再び歩みを止め周囲を警戒し始めた。その様子を見て、私がそわそわしていると、コボルトのうち一匹が私の目の前に落ちるキノコを見つけ、嬉しそうに口に運ぼうとした。すると、それを諫めるように最も立派な武器を持ったコボルトがキノコを食べようとしたコボルトをど突いた。ど突かれたコボルトは、歯をむき出しにして抗議するが、ど突いた側のコボルトがキッと目を細めると、シュンと体を縮こまらせ、あきらめてしまった。
うーん、プレイヤーではないよな…。プレイヤーであれば自生してもいないキノコを不審がるだろうし、何より、こんな肉体言語じみたコミュニケーションはしない。
コボルトの方はコボルトの方で少し不可解に感じる。どうやら、ど突いたコボルトはキノコに警戒しないことではなく、キノコを食べようとしたことに怒ってたみたいだ。肝心のキノコは自分でも食べずに持ち帰ろうとしてるみたいだし。食料を探しに来たようにも見えてしまう。
私は、結局コボルトたちがなぜここに来たのかわからず首をひねるが、結論には至れなかった。
もう、手ぇ出しちゃおうかな…と思考を放棄して襲い掛かろうか考えていると、コボルト隊の一匹が私の方をいぶかしげに見ていることに気が付いた。森を縄張りにしている彼らにとって、ここら一帯は実家のリビングのようなもの。私のような異物が存在することに違和感を覚え始めたのか、こちらに近寄ってくると、匂いを嗅いだり、武器で小突いたりと色々調査をし始めた。
そんな状況にまずさを感じ、完全にばれてしまう前に先手を!と私がその身でコボルトに襲い掛かろうとしたその時。コボルトたちがやってきた方とは反対側の森から、地響きと共に、低く力強い唸り声が響いてきた。
私が大柄な人間大の生物として闊歩していたなら、そのようになるのだろうか。重量感のある足音を鳴らしながら何かがこちらに近づいてくる。
唐突な事態に、コボルトたちもあわてているかと思うと、彼らはすぐさま武器を構え、足音のなる方をじっと睨んでいる。
な、なんだ!?何が起きた?というか、彼らはなんで慌ててない!?彼らは今迫ってきているものが何か知っているのか?
疑問に感じた私は、もういっそ、その場から這い出てみることにした。ゴゴゴと地面から私が這い上がると、私の検分を行っていたコボルトは一瞬、ギョッっとしこちらを見たが、すぐに視線を戻し、私からは距離をとるだけだった。
その様子を見て私は確信する。
やっぱり。
彼らは何が近づいてきているのかを知っていて、その存在を唐突に現れた私よりも脅威として認識している。
そう判断した私は、ひとまずその場から離れようと、足をしまい込み転がる体勢に入ろうとするがその行動は一歩遅かった。
木々を揺らし大地を震わせながら、森の中より巨体が姿を見せる。
体長はおそらく2m前後。引き締まった丸太のような体躯は、力士を思わせ。猪のような頭からは、鋭く凶悪な牙が2本生える。筋肉質な四肢は確実に私の防御を打ち破るであろう迫力があり、手に握られた棍棒には刈り取ってきた獲物の骨が突き刺さっていた。そんな怪物を目の前にし、コボルトたちは怯えながらも憎しみを込めた瞳で睨みつける。
現れたのは「ハイオーク」。
森の生態系を破壊し、コボルト達の集落を絶滅寸前に追い込んだ張本人だった。
『新たな神託が下りました。』
【神託】
ハイオーク討伐
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『魔物』
「リーフウルフ」
全身が木の葉に覆われた、狼型の魔物。茂みに擬態し奇襲を行うことが得意だが、純粋な戦闘能力はそこまで高くない。また、擬態中は敵に悟られぬようじっと動かないことが多いため、防御力が著しく低下する。
「スプラウト」
小さな苗木に足が生えたような魔物。小さいながら非常に素早く、自分よりも大きな敵にも蔦の触手を用いて果敢に挑んでいく。眠らせるなどして生け捕りにすれば、そのまま薬の材料として使うこともできるが、所詮は木なので美味しくはない。
「マッドキャップ」
裂けた口と吊り上がった眼を持つキノコ。傘にある紫色の斑点からは状態異常を引き起こす胞子を噴射するが、その成分は生息地によって異なる。胞子を噴出させたのちに討伐することで食用として扱うことができるが、そのまま食べると耐性を無視した状態異常に陥る。
「森ゴブリン」
森にすむゴブリン。洞窟に住むゴブリンと違い、スプラウトを飼育するなど森の中で生き抜く術を身に着けている。しかし、飼育法等を確立させているわけではないので、ほとんどの場合失敗し、返り討ちにされている。木登りも得意で、下手な個体は群れの中でいびられる。
『アイテム』
「マッドキノコ」
胞子を吐き出したマッドキャップを倒すことで手に入れることができる珍しいキノコ。舌がしびれるような味わいをしており、調理することで毒に対する耐性を付与することもある。中毒性はない。
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