13,族長謁見
ハイオーク討伐から、二日がたち、集落に迎えのコボルトが二匹到着した。
この二匹のコボルトは、元々、新天地にオークが向かってきていないかを確かめるための偵察隊であり、もし、コボルトたちが生き残っていた時には案内役として新しい集落に先導するという二つの役割を持っている。ただ、ハイオークの強さを知っているのか、犠牲者はおろか、全員が生き残り、さらに討伐したという報告を聞き、凄く驚いていた。個人的にはただ驚くだけでなく、仲間が生き残っていたことに対し、抱擁するとか、泣きじゃくるとか、そのような感動の表現がなかったことに若干の違和感を覚えたが、野生で暮らすコボルトにとって、生死は常に隣りあわせなのだから、その程度のことで感情が浮き沈みすることは無いのかもしれない。
また、案内役の二匹は、当然のことだろうが、私に対してかなり興味を抱いていた。コボルト達から私のことを説明されると、二匹して私の元に寄ってきて、体を触ったり、手を振ってきたりと珍獣のような扱いを受けた。時折、私をじっと見つめた後、二匹でコソコソと会話をするなどしていたが、多分警戒されているのだろう。私が逆の立場でも同じような反応はすると思うので正直とやかく言うつもりはない。しかし、彼らは私がこの集落に来た後に、ここから逃げて合流していった、広場にいたコボルト達に出会っているはずだが、彼らから何も聞いていなかったのだろうか。彼らは少なくとも、私のことを知っているはずで、集落の危機に珍客が来たとなれば、それとなく話題にはすると考えたが。新しい集落をつくるということで、忙しいのかもしれない。
この二日間で私たちは、コボルトたちの失った武器の作成と、移動の際にもっていく、ある程度の資材調達を行っていた。
同行することになった私も、もちろん作業に協力し、コボルトと一緒に洞窟へ赴き、岩やらなんやらを掘っていたのだが、その報酬として、コボルトたちが伐採した木材を少しくすねさせてもらっていた。
自分では採れなかった木材を手に入れることができ、良かったと思う反面、わざわざ盗む必要なんてなかったとも思うが、インベントリを使用したらプレイヤーであると即バレするのだから仕方がない。この場にプレイヤーはいないが、ロールプレイを頑張るとついこの間決めたのだ、せめて数日間は意識を強めていきたい。まぁ、コボルト達から鉱石を貰った際に、目の前でインベントリを使用したような気もするが、そのことに関して根掘り葉掘り探られたことは無いのでその件はなかったこととする。
簡易的な槍を作り、資材もある程度集まったので、遂に私たちはコボルトの新しい集落へと出発していくことに。距離としてはここから歩いて半日ほどの所。随分近いなと思ったが、神託後やクエストの後にプレイヤーが新しい集落にお邪魔する可能性を考えれば、あまり距離がありすぎても困るのかもしれない。加えて、既にオークを倒すことができているため、追手の心配もないわけで、こちらとしては近い分には移動が楽で大歓迎だ。
今回の移動では殿に案内役のコボルトが一人付き、先頭にも案内役のコボルトというサンドイッチ状態での進行となる。一番強いであろう隊長が殿か先頭を歩くと考えていたが、どうやら案内役のコボルトたちが、ここはぜひ自分たちに、と志願してきたらしい。二匹の中で、ハイオークを討伐したコボルトたちは英雄のような存在になっているようだ。彼らもそう言われると気分は悪くないのか、二匹の提案に乗ることを決め、今回のような形となった。
そこから集落へ、約半日をかけて移動したわけだが、ハイオークが暴れまわった後ということもあったのか、魔物の数も少なく、特段緊急事態の様なことは起きなかった。そのため、特筆して語ることは無いのだが、唯一微笑ましかった点は、先頭と殿を務めたコボルトがいいところを見せようとしていたのか、休憩中もずっとあたりを注意深く索敵していたところだ。移動中もキョロキョロと辺りを見渡し、警戒を怠っていなかったので、私としては比較的気楽に森の中を移動することができ、ありがたかった。
そんな彼らの献身あってか、私たちは無事に新たにつくられたコボルトの集落にたどり着くことができた。
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半VIP待遇で集落までエスコートされた私たちは、集落の入り口付近で案内役のコボルトたちと別れると、集落の奥にいるという族長の元に報告をしに行くこととなった。
別れる際、案内役のコボルトたちはなんだか怪訝そうな、納得のいっていなさそうな顔をしていたが、私たちと関係ある話ではないようで、そのまま私たちを見送り、あれこれ言いながらどこかに行ってしまった。最初から最後まで、なんだか不思議な二匹だった。
集落の中は、いまだ建設中のようで、元の集落にもあった三角形の形をした家屋はまだ建てられていなかった。穴だけはいくつも掘られていたので住居スペースは確保できているのだろう。
私としては、できれば交易等も行わせてほしかったが、集落がこの状況ではまだそういうことはできなさそうだ。そのような機会はまたいずれ来ると思うので、インベントリで肥やしと化しているアイテム達にはもう少し待ってもらうこととする。
集落の中ほどまで歩いてくると、隊長たちの帰還に気づいたコボルト達が集まってきて、もみくちゃにされてしまった。死を覚悟して殿を申し出た仲間が帰ってきたと考えれば、熱狂ぶりも理解できるが、私によじ登ってまで隊長たちに抱き着こうとしないでほしい。痛みはないが普通に動けない。助けて。
もみくちゃにされながらも、まずは族長に報告をと、隊長が興奮するコボルトたちを収めて、「族長はどこか」と、話を聞いたところ、コボルトたちは口々に、護衛が付いている家に行けと言い、集落奥にある、隊長と同じような背格好のコボルトが立っている場所を指さした。
隊長が一言、感謝の言葉を告げると再びその場が熱狂に包まれるが、何とかその圧をかき分けて、私たちは護衛のコボルトの元へ向かう。誰もが幼いころに、英雄やヒーローにあこがれるが、実際目の当たりすると大変そうだ。半日移動するより、ここに来てからの数分の方がよっぽど疲労の色が見える隊長を見て、そんな感想を抱いた。
集落をさらに進んで、護衛のコボルトの元へ近づいていくと、彼は警戒したのか、槍を構えなおし、こちらを険しい表情で見つめてくる。しかし、隊長の顔を見て目を見開くと、凶悪そうな笑顔を浮かべてこちらに近寄り、再会できたことを喜ぶかのよう隊長の背中をバンバンと叩いた。
隊長と護衛は随分と仲がよさそうで、護衛が今回の件について聞きたそうにしていたが、まずは報告からと、隊長は首を振って制止していた。そりゃそうかと言わんばかりに護衛のコボルトが頷くと、彼は一歩脇に逸れ、中に入るようにと促してきた。
私が族長に会うのは報告が終わった後で、と事前に隊長から伝えられていた。そのため、私も護衛のコボルトと同じように穴から少し離れた位置に移動し、ドシっと座り込むと、護衛コボルトは私を指さし、隊長に向かって怪訝そうな顔で何かを聞いている。護衛から何か言われた隊長は、そういえば言ってなかったとでも言いたげな表情をし、護衛に対し何か説明し始めると、それを聞いたコボルトは、二カッと笑い、先ほど隊長にしたように私の頭をバシバシと叩いてきた。すごく手荒いけど、歓迎されてることは伝わってくるので悪い気はしなかった。
隊長たちが族長宅へ入っていき、戻ってくるのを待っている間、私は護衛のコボルトにハイオークとの戦いはどうだったのか色々聞かれていた。
もちろん、言葉は通じないので、頑張ってボディランゲージで伝えようとしたが、手の無い体でうまくいくはずもなく、最終的には護衛のコボルトが地面に絵を描いて、それを肯定するか否定するかで説明をした。断片的な情報しか伝えられなかったが、それでも護衛は満足したようで、ほんとは俺も戦いたかったんだよなぁ、とでも言いたげに、地面に描いたオークを槍先でぐりぐりと搔き消した。そこから先は、護衛が頭の中で空想のオークと戦い始めてしまったため、かまってくれる相手がいなくなってしまった私は、ぼんやりと集落で働くコボルトを眺めて隊長たちを待った。
すると、意外と早く報告が終わったのか、穴の中からおとり役を務めていたコボルトが顔を出し、私に向かって、入ってくるようにと手招いてきた。
お呼び出しに答えるため立ち上がり、ふと護衛のコボルトを見ると、まだ目をつぶり、妄想の世界から帰ってきていなかったので、軽く体をぶつけ、現実の世界に引き戻しながら、私も穴の中へ向かった。
族長宅は、私の入ったことのある普通のコボルトの家と違い、より、深く長い通路が掘られていた。壁面も随分と滑らかで、コボルトたちから族長が大切にされていることがわかる。
現状でも、かなり丁寧に作られているように感じるが、おそらくまだここに飾り付けや彫刻がなされるのだろう。元集落の族長宅も地下は無事だったろうから、一度拝見してくればよかった。
族長宅を見て、そんな感想を抱きながら、どんどんと奥へ進んで行くと、そこには学校の教室ほどの空間が広がっており、上座であろう一段上がった台座に、布や木の葉で着飾ったコボルトが鎮座していた。
体つきは、隊長らよりも小さく、腕や指も細い。顔もどことなく丸みを感じ、目元も穏やかそうに見える。
族長は雌だったのか。飾りつけられた衣服にはところどころに宝石が散りばめられており、下手な高級ブランドよりも高価な値段が付きそうだと思うほど、豪華なつくりをしていた。コボルトたちはシーフ系のスキルを持っているはずなので、奪ってきた装飾品なのだろうか。何にせよ、女性的な体格をしている族長にはひどく似合っていた。
そんな族長の前に、コボルト隊は膝を付き頭を垂れる形で待機しており、私を呼びに来たコボルトも、同じように、そこに参列するので、私もそれに倣い、コボルトたちの後ろに頭を地面に擦り付ける形で座り込んだ(固定した)。そんな私の姿をみて、族長からクスリと笑い声が聞こえると、その後、隊長と何か会話をし始めた。
頭を地面につけているため、土しか見えず、コボルトたちが何の話をしているかもわからない。
多分、私がオーク戦でどんなことをしたのかとか、どこで出会ったとか色々説明しているんだとは思うが、やはり、話が分からないことにはいまいち実感がない。族長に報告ってすごいことだと思うんだけど。
仕方ないとはいえ、何の情報も入ってこないまま謁見が進んで行く。
人間陣営でも貴族の屋敷に招かれたりするのだろうか。なんか、話せたら話せたらで交渉事とかになりそうで大変そうだな、などと時間が過ぎるのを待つばかりだった族長への報告中に適当なことを考えていると、突然、私の頭に何かが触れた感触が伝わってきた。
えっ、と思って見上げてみると、そこには薄く笑みを浮かべたコボルトの族長が。
何の話も聞いていなかったので、状況が理解できず、隊長の方を見てみるが、彼は前方を向いたまま頭を垂れてしまっており、私と目が合うこともない。
じゃあ、族長は何の相談もなしに私の近くに?
もちろん、族長はこの集落で一番偉いと思うので、相談も何も、決定権を持っている張本人だろうが、一魔物である私に兵隊を介さず触れるというのは些か不用心ではないのか。
族長の意図が読めず、頭を触れられたまま、フリーズしていると、額に、パチっ…、っと微弱な電流のような何かが走った気がした。
静電気よりも弱いそれに、何だ?と違和感を感じていると、族長が私の頭から手を放し、面白いものを見た、と言わんばかりの表情を見せながら上座の方へ戻っていった。
そんな、族長の態度にますます疑問符を浮かべていると、謁見は終了となり、私はその部屋から退散することとなってしまった。
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地上に戻った後、私は今回のお礼として再び宝石類をいくつか貰った。
隊長曰く、族長は非常に私に対して興味を持ったようで、お礼の宝石も随分奮発してくれたとのこと。
報酬を多くもらえるのはありがたいのだが、私としては最後のやり取りが不可解すぎたので、隊長に、あれこれ頑張って伝えてみたところ、隊長は族長が私に接触していたことに気づいていなかったようだ。意外とフランクな立場なのか、そのことを伝えると、隊長はこめかみをひくつかせながら、すぐさま族長宅へ戻っていったので、多分、族長は今頃、締められているのだろう。
しかし、族長が私に触れてきた理由についてはわからなかったようで、あまり外に出ないものだから、外の生き物に触れてみたかったのではと推測していた。
だったらあのピリっとした感じは何だったのかと頭を悩ませるも、答えが出るわけでもない。
体に異常がなさそうなので、まぁ、いいか、と忘れてしまうことにしていると、集落までの案内をしてくれたコボルト二匹がこちらに寄ってきて、近くにある岩をどかすのを手伝ってくれないかと頼んできた。
案内役が終わった後、すぐに開拓作業に励んでいるなんてすごいなと驚きつつ、ここまで何の危険も無く連れてきてもらったことに少なからず恩を感じていたので、快く応じることにする。
隊長以外のコボルトに、少しこの場を離れることを伝え、二人についていく。
集落から一度出て、数分ほど歩くと、若干大きめの岩が多い地帯にやってきた。私は、前の集落が土壁に囲まれていたことを思い出し、あの材料にするのかなと予想しつつ、先ほどから会話の無い二匹のコボルトの後を歩く。
このあたりで見かけたひときわ大きな岩の前に着くと、彼らは、岩を指さし私の方を見つめてきた。
岩の大きさはゆうに2mほどあり、安請負しなきゃよかったと思いながら、私が岩の方へ近づいていくと、なぜか、二匹のコボルトは私を囲うようにしてゆっくり距離を詰めてきた。
不穏な空気を感じた私は振り返って、立ち止まるが、コボルトたちはそのまま前進してくる。
後方には岩があるため、下がることもできず、前方からはなぜか緊張感を放ったコボルトがゆっくりと私との距離を縮めてくる。
コボルトたちが突然詰めてくる理由も、この不穏な空気もわけがわからず、私は、動くことができなくなってしまった。そんな私を見て、逃げる意思がないと捉えたのか、二匹は足を止め、腰を低くし、私と目線を合わせると、吸い込まれるような瞳で私にはっきりと言い放った。
「あんた、プレイヤーか?」
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『魔物』
「ルナコボルト」
雌のコボルトが特殊な進化を経てなる種族。通常のコボルトと違い、物理、魔法どちらも操ることができ、魔法の中でも、通常の「コボルトシャーマン」では扱えない精神系の魔法を操る。が、他にも指揮官系のスキルやシーフ系のスキルを持つなど、器用貧乏なところがあり、魔法をうまく扱えるわけではない。
今回は族長は、自分たちに協力してくれた珍しい魔物である主人公に興味を抱き、魔法によって「魅了」し、ペットにしようともくろんだが、プレイヤーには戦闘以外での精神汚染がレジストされる仕様となっているため、攻撃の意志がなかった族長では主人公を支配することができなかった。また、主人公はゴーレムであるため、そもそも精神系の魔法が効きづらいのだが、それとレジストでは反応が全く異なるため、族長は主人公が何か特別な存在であると感づき、ますます興味を持った。
『インベントリ』
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