11,VSハイオーク ⑤
オークの体が紅蓮に染まり、その肉体は筋肉の隆起によって所々が裂け、痛々しく流血している。
ドクンドクンと血管が波打ち、荒い息で苦しそうに呼吸する姿は、もはやそのまま死に至るのではないかと思えるほど凄惨だった。
「オオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!!」
痛みをかき消すかのようにオークが咆哮する。
異常な変化を起こしたオークは、ふらふらと足を縺れさせながらも隊長コボルトの元へと歩みより。大きく両手を振りかぶると、思いっ切り地面に叩きつけた。
足が震え、一瞬空に浮くような感覚がした。
オークの放った一撃は、地面を揺らし、大地を裂いた。あまりにも大ぶりな攻撃だったため、コボルトに当たることはなかったが、その一撃を見た私たちは戦慄し、ごくりと生唾を飲み込んだ。
ガラガラと叩き割った大地から引き抜かれた大腕には、大量の血が流れ出ており、痛々しくて見ていられない。
命を燃やしながら戦うオークを相手に、コボルトも攻め入ることができない。
当たらなければ死なないなどという次元ではない。かすっただけで死に至る。そう思わせるほど今のオークの圧力は異様だった。
過剰な緊張感からコボルトの額には大粒の汗が流れている。
本来であれば、私もあそこに飛び込み、体を張って援護すべきなのだが、オークの怒りを込めた一撃は私のHPを既に1割ほどにまで削っていた。
しかし、そんなオークの全力がお遊びに見えるほどの力を見せつけられてしまっては、動くに動けない。私にできることはせめて考えることだけだった。
明らかに自壊している体。信じられないほどのパワー。どう考えたって普通じゃない。何かしらのスキルを使用して、体にデメリットを与え続けることで、自身の能力を底上げしているんだ。
デメリットは大量の血から察するに、HPの減少。でも、HPを代償にするだけでこの力が手に入るのであれば、戦闘が始まってからすぐにスキルを使用してもよかったはずだ。それをしなかったということは、このスキルを発動させること自体にデメリットがあるということ。ぱっと思いつくのは、1,スキルを発動させることはできても終了させることができない。2,スキル終了時に大きなバッドステータス。3,そもそもスキルの発動に条件がある。の3つ……。
1と2は私の希望的観測に過ぎないが、ここまでの様子と状況から見るにあながち間違ってはいないはずだ。しかし、最悪の状況を想定するのなら3だ。最悪のパターンは、このままオークが暴れるだけ暴れて、体力が危なくなったらスキルを解いて逃走。コボルトたちは異様なオークの姿に恐怖するが、スキルに発動条件が存在すると仮定するのならば、そこまで追い込む力を見せたということで、オークもすぐには集落に近づかない。仲間が逃げる時間を稼ぎ、コボルトの実力を見せつけるという目的を達成したコボルトはこれ以上オークと戦う必要もなく、胸張って新しい集落に帰っていく。
それではダメだ。私の目的はあくまで「ハイオーク討伐」。
元より一人では無理だと考えていたが、今のオークを見ると私一人の力では不可能だとすら思う。そもそもコボルトと共闘できたからここまで追い込めたのだ、彼らが目的を達成して、集落に帰ってしまえば私はもうハイオークを倒すことはできない。私にとって、やるなら今しかないのだ。
だから、想定すべきは3。敵がいつでもスキルを解除できて、逃走も図れる状態であると仮定する。その状況で私がオークを倒すために必要なのは足止め。スキルを解いても逃げられない状況にするのが先決。そのためにはオークが発狂しているこの状態のまま足止めをする必要がある。スキルの解除=オークの逃走とまで考える必要がある。
コボルトたちは、私を見て疑問に思うだろう。彼らはこのままオークから逃げ続ければいい。十分に力を見せつけることはできたし、自壊してゆく体が、タイムリミットがあることを教えてくれている。そんな彼らを巻き込むには、倒せると思わせなければいけない。今戦えば仲間の仇であるオークを討伐できると。
難しい事態になったが、やること自体は決まった。とにかく足止め。オークの動きを止めることが私にとっての勝利条件。
私は準備のためにその場を離れる。それを見てオークが追いかけるかと思いきや、コボルトに集中しているのか私を気にも留めない。コボルトも、戦線を離脱する私を見て眉を顰めるが、私に攻撃を受けることのできる体力が残されていないことを悟ったのか、何も言わずにオークの相手を引き受けてくれた。
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ゴーレムの姿が見えなくなったころ、オークはその力に馴染んできたのか、先ほどまでのふらふらとした動きが嘘かのように、素早くコボルトとの間合いを詰めてきた。その動きは既にコボルトたちの俊敏さと同等の速さで、オークが得物を手放していなければ、コボルトは既に絶命していたかとさえ思うほどだった。
オークが必殺の腕を振りながら、コボルトを攻め続ける、ギリギリでよけ続けているコボルトは、何とか間合いを取ろうとするが、嵐のような攻撃がその暇を与えない。
隊長コボルトの余裕のない表情を見て、おとり役を担って体力を消耗していた二匹のコボルトが、最後に残された2本の槍を持って戦線に加わる。
攻撃が自分にだけ集中しなくなったことにより、隊長コボルトに頭を回す余裕が生まれるが、オークに攻め入る隙は見当たらなかった。
そもそも隊長は、仲間の二匹が加わったことに憤りを覚えていた。
オークの姿を見れば、死に近づいて行っているのは必然。ならば、自分を犠牲にしてでも時間を稼ぎ、オークの体力を少しでも消耗させる戦法を取るのが最善の策であったはずだ。コボルトたちの目的は既に達成されており、あとはこのオークが自滅する姿を眺めているだけ。それなのに部下たちは自分の元に、こともあろうか最後の武器を持ち出してまで駆けつけてきた。
喜びの感情が湧いてこないとは言わないが、事実、応援に来た部下はオークの苛烈な攻撃を捌き切れていない。運良く死んでいないだけで、オークの意識が集中すれば直ぐにでも殺されるだろう。槍を持っていなかったらなおさらだ。
考えなしに飛び込んできた部下の動きに死を予感すると、隊長コボルトは仲間を部下を庇うため、オークを殺しきることを決意する。
オークに対し一歩踏み出し、部下に対し凶腕を振るうオークを貫かんと槍を突き出そうとするが、隊長が距離を詰めたとたん、センサーでもあるかのようにオークはぐるりと振り返り、今度は隊長コボルトめがけて腕を振るう。体をのけ反らせ、それを回避するが、異様なまでに間合いの意識が強くなっているオークに対し隊長は舌打ちする。
異様な姿になった後、起きた変化はけして力の強さや俊敏さだけではない。近距離で戦い続けた隊長にこそわかる、感覚の鋭敏さ。連携をとることで少なからずダメージを与えられていたオークに対し、防戦一方となっているのはこれが理由であった。
その後も、隊長コボルトを筆頭にオークに対し何とか攻撃を加えようとするが、そのたびに超反応を見せるオークによって攻撃は防がれる。攻撃が当たらないことに苦心するが、それ以上にオークからの攻撃に神経を注がなければならない。さらに、コボルトらは自身の体への攻撃を避けることだけではなく、槍にも攻撃が当たらないようにしなければならない。
槍によって生まれる間合いはコボルト達に残された、唯一の強みであり、それが無くなってしまえば、コボルトたちのリーチの差は逆転し、ただただ蹂躙されるのみ。今、コボルト達は武器もまた己の体かのように感じている。それほど武器を失うことは命取りになりえる行為だった。
苛烈な攻撃に、自身と槍の回避、全ての行動が生死に直結する状況でコボルトたちは疲弊していくが、それに加えて部下のフォローを行っている隊長の精神は限界にまですり減っていた。
振り下ろされる剛腕を半身で避け、槍を突き刺そうとしている部下にオークの意識が行かないよう、無理な体勢で槍を突き出す。力の入っていない自身の突きは軽くいなされ、部下の攻撃もまた、オークが振り向いて薙ぎ払うことによって中断される。
繰り返される至近距離での攻防、時間が濃縮された死線の真上で戦い続ける隊長にとって、いまだ事切れないオークの存在は次第に恐怖そのものとなり、隊長の思考を蝕んでいった。
もしも、奴がこのまま死に至らないのであれば。
もしも、我々の攻撃を脅威に感じていないのであれば。
もしも、我々が殺され、この圧倒的な力が逃げた仲間に振るわれたのなら。
疲弊する体に、摩耗する精神。疑念が絶望を呼び隊長の思考を支配しかけたその時。
部下の槍がオークによってへし折られた。
瞬間、オークは無防備になったコボルトに駆けだし、その息の根を止めんと距離を詰める。焦った隊長は槍を投げつけ、オークを食い止めようととするが既にオークには届かない。
オークが部下に接近し、赤く染まった腕が振り下ろされ、隊長の思考を絶望が支配する。
一瞬の気の迷い、オークの死への疑念を抱いてしまったがゆえに、部下が必要以上に近づいてしまっていたことに気づかなかった。
既にコボルトに回避するすべはなく、オークを止めるすべもない。
部下の死が確定し、絶望に塗りつぶされた隊長の槍が虚しく空を切ったその時。
オークの体が地に沈んだ。
地面が崩れ、隊長らの足元も斜面と化し突如現れた穴に引きずり込まれそうになる。
すんでのところで踏みとどまり、唖然とした表情で見渡すと、殺されかけた部下も、武器を失い戦線を離脱していたはずのコボルトによって救助されていた。
穴に落とされたオークを見ると、オークは少しの動揺も見せず、既に穴から這い上がろうとしており、強化されたその腕は、以前より易々と、自身の体を地面から這い上がらせようとしていた。
まずいと思い、槍も持たずに決死の思いでオークに対し飛び掛かろうとすると。地下で何かあったのか、穴から出ようとしていたオークが、劈くような断末魔を上げ、その手を地面から放す。
なぜか這い出ることのできなかったオークと、突如生まれた決定的な隙に対し、隊長は考える暇もなく、反射的に飛び掛かる。
オークの体に飛びつき、その首筋めがけて鋭利な歯を以て噛みつく。
再び絶叫するオークは穴から這い出ることをあきらめ、その腕によって隊長コボルトを引きはがそうとする。
そんなオークを制止するように、他のコボルトたちがオークの両腕に噛みつき、その牙を深くまで食い込ませる。
オークは三度絶叫し、邪魔なコボルトを振りほどこうと腕をブンブンと振りまわす。しかし、コボルトたちは決して離れようとせず、むしろさらに深くまで牙を食い込ませようと渾身の力で噛みついた。
コボルトたちを引きはがさんと荒れ狂うオークと、絶対に離れまいと必死にしがみつくコボルト。
オークの体から流れ続ける血によって、コボルトたちの体毛が赤く染まっていく。
溢れんばかりの血液が、遂には全身を赤く染め上げ、コボルトたちがオークの体の一部かのようになったその時、オークの体は動かなくなり、脈を打ち続けた心臓も完全に停止した。
【神託】
『ハイオーク討伐』 Clear
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