10,VSハイオーク ④
誘導役のコボルトが、集落を出て行ってから約二時間。戦の準備を終え、彼らが帰ってくるのを待っていると、集落の入り口の方からあの時よりも大きな地響きが響き渡ってきた。
バリケードの間を、二匹のコボルトが必死の表情で駆け抜けると、直後、巨体を揺らし、ハイオークも集落に突撃してくる。
息を切らしながら、懸命に走ったコボルトたちは、集落に入ると家屋から別の出口に繋がっている地下へ逃げ込んだ。
誘導役をしてくれたコボルトたちは一度下がり、彼らの退路を守るように三匹のコボルトが立ちふさがる。それを見たオークはその勢いを殺さぬまま、三匹のコボルト達へ突進していった。
オークの一撃は凄まじく、コボルトたちはその攻撃に耐えることはできない。しかし、当初の予定では、彼らの盾となるはずだった私の姿はそこにはなかった。コボルトたちの前方にバリケードが存在しているわけでもなく、槍一本構えただけの無謀なコボルトは、オークの突進を避けようともしない。
土煙を上げながら突っ込んでいくオークにとって、枯れ木のようなコボルトが三匹並んで列を作ったところで微塵も脅威になりえない。かくして、コボルトたちはオークの巨体に弾き飛ばされ、殿としての務めを道半ばで終えることになった。
ドゴォッ!!!
「ブギャァッ!?」
が、それは何も備えがなかったらの話。オークの巨体が地下の住処を利用して作られた落とし穴に沈む。この集落は、コボルトたちの住居用の穴を掘っているため地下に空洞が多い。少し削ってやれば簡易的な落とし穴を作ることができた。
落とし穴の中から出ようともがくオークを見下ろすように観察すると、私は集落を囲む2mの土壁から姿を現す。そして、近づいてくるコボルトを顔に生えた巨大な牙でけん制するオークに照準を合わせると、地面を蹴り、オークめがけて勢いよく転がり落ちた。
斜面で加速し、今までで最も速い速度で地面を駆ける私は、一直線にオークのもとに転がり込み、敵の後頭部めがけて激しく激突した。
ゴッ!!っと、人が聞けば確実に目を背けるような、痛々しい音がオークの後頭部から発せられる。
しかし、そんな一撃を受けても絶命していないのか、オークは苦しそうな声を上げるのみ。さらには、穴から出ようとして、滅茶苦茶に暴れ、追撃を行う予定だったコボルトたちは、一度体勢を立て直すほかなかった。
倒せなかったとしても、オークは頭から少なくない量の血を流している。私の攻撃は確実にオークへダメージを与えている。
私がコボルトたちと合流し、今度こそ彼らを守るような位置に立つと、オークも穴から這い出ることができたようで、私たちを血走った目で睨みつけていた
「ブゴォォォォォォッ!!!!」
私の突撃で頭に血が上ったのか、オークは激怒した表情で手にした棍棒を地面にたたきつけ威嚇する。
予定していた落とし穴と私の突撃は成功した。ここからが本番だ。
ハイオークVSコボルト、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
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激昂したオークを前に、コボルトたちは槍を一層強く握りしめる。緊迫する現場の中で、こちらが動き出せないでいると、オークは、突撃してきたのが私だと気づいているのか、私めがけて突っ込んできた。
棍棒を振り上げ、私に向かって振り下ろさんとするオークを見て、背後のコボルトたちが左右に展開する。振り下ろされる棍棒を、以前と同じように勢いが乗りきる前に、前へ飛んで受け止め、衝撃を緩和する。しかし、緩和したとはいえ、力は向こうの方が圧倒的に上。完全には吸収しきれない私は後方に転がっていくが、それに逆らわずに戦線を離脱。オークの方も以前の戦闘から学んだのか、私が飛んだ瞬間握りを緩め、手にはダメージが行っていない様子で、すぐさま逃げた私を追いかけようとするが、優れた嗅覚から背後に敵がいることに気が付いたか、後方めがけて水平に棍棒を薙ぎ払う。
奇襲に気づかれた隊長たちだったが、自分たちに攻撃が飛んでくることは想定済みだったようで、オークの棍棒を難なく回避する。そして、攻撃直後、ガードの甘くなったオークの体に三本の槍が突き刺さった。
「グギャアァアアッ!!」
オークがその痛みに声を上げるが、槍はオークの筋肉に阻まれ、深くまでは刺さっていない。
槍を引き抜き、すかさず隊長のコボルトが追撃を試み、残る二人もそれに続くかと思いきや、一度下がり、再び奇襲を行おうとオークの背後に回り込んだ。
だが、オークは目の前で攻撃しようとする隊長コボルトにかまうことなく、背後に回り込もうとする、寡黙なコボルトに向けて棍棒を振るう。攻撃を受けたコボルトは驚いたように目を見開くが、すんでのところでこれを回避。しかし、運悪く、オークの攻撃が槍に当たり、切っ先がフッ飛ばされただの棒きれになってしまった。
寡黙なコボルトは武器が壊れたことに気づき、軽く舌打ちをするが、オークが彼を優先したことによって隊長コボルトの一撃が、オークの体にまともに突き刺さった。今までになく、深く突き刺さったそれを、隊長は渾身の力でねじって抉る。
「ブギャァッアアアアアアアアアア!!!!!!」
強烈な痛みを感じたオークは棍棒を振り回し、コボルトたちに距離をとらせる。
それによって隊長コボルトは深く刺さった槍が抜けず、武器を失う形となるが、ど突かれていたコボルトが隊長に武器を渡すと、寡黙なコボルトと共に一度戦線を離脱、隊長とオークの一騎打ちの形となる。
頭と脇腹に大きな傷を負ったオークは、二匹のコボルトが離れていくことを気にも留めず、完全に頭に血が上ったのか隊長を睨み続ける。
しかし、隊長はそんなオークには取り合わずにオークに対し、背中を向けて逃げ出した。走りだした隊長を見て、怒り狂うように二度三度鼻を鳴らしたオークは隊長の背中を猛追する。
背後に強烈な怒気を感じながら、コボルトは全速力で走る。そして、ちょうどコボルト一匹が隠れることの出来そうな岩の目の前まで来ると、ぴたりと足を止め、武器も構えずオークに対して仁王立ちで待ち構えた。
その行動を挑発と受け取ったのか、顔面に血管を浮かび上がらせたオークはさらに速度を上げ咆哮する。
オークがすぐ目の前まで近づき、棍棒を振り上げると、隊長コボルトは背後の岩に手をかけ身を翻すと、スッとしゃがみこんで岩に身を隠した。
岩に隠れたコボルトを見て、だったらその岩ごとぶっ潰してやると、オークはより一層力を込めて武器を振り下ろす。渾身の力が込められた棍棒は間違いなく、過去一番の威力を持ち、コボルトは眼前の岩ごと確実に打ち砕かれるはずだった。
あああああ!!南無三!!!
振り下ろされる武器に岩が飛び出す。
凄まじい威力を孕んだ棍棒めがけて自ら飛び込む私は、ただ自分の無事を願うばかりだった。
ガコッッ!!!!っと今までにない、何かがへしゃげる音があたりに響き渡ると同時に、私は地面に打ち付けられ、感じたことの無い衝撃を受けながら吹き飛ばされる。
怒りのあまり、勢い任せの攻撃をしたオークは、すさまじい衝撃に武器を落とし、その手を自ら抑え苦悶の表情を浮かべる。
そうして、生まれた大きな隙が見逃されるはずもなく、オークの腹に隊長渾身の一突きが突き刺さる。
隊長の槍をくらったオークは、一歩、二歩とよろめき、うめき声を出しながら膝をついた。
体から血を流しながら、いまだ倒れないオークの体力に私は驚嘆するが。オークの満身創痍の様子から確実に終わりが近づいていることがわかる。
先ほどのパリィでオークは棍棒を手放してしまった。間合いの有利はこちらにあり、あの様子では暴れまわることもできないだろう。落ち着いて、油断せずに攻撃していけば確実にこちらが勝てる。
体の三か所に大ダメージをくらい、荒い息で呼吸するオークをみて、私は勝利を確信する。
オークは隊長の一撃がよほど効いたのか、地面に片膝をついた体勢から動かなくなってしまった。そんなオークの様子を見て、隊長コボルトはとどめを刺そうと、落ち着いて、警戒を緩めずに近づいていく。
オークは隊長の槍の間合いに入るが、いまだ動く様子はない。
ならば、このままと、隊長は槍を突き刺しオークとの戦いに決着を付けようとする。
その時、オークの体が肩が跳ねるように動いた。
異変に気づき、隊長コボルトは素早く間合いを取る。
オークの異様な挙動に、場の緊張は高まる。跳ねるように動いたのは肩だけでなく、体全身が脈打つように跳ねる。それはまるで、心臓の鼓動に呼応するかのようで、オークの体はドクンドクンと全身に血管を浮かばせながら拍動を繰り返す。
オークの心音がこちらにまで聞こえてくる。全身にめぐる血流によってか、オーク体は次第に赤く染まってゆく。
体を深紅に染め、拍動を繰り返すオークがついにゆっくりと立ち上がる。
体は熱を発し、筋肉はさらに膨張。目の焦点はまるで定まらず、霞んだ視界には、この世の全てが敵と映る。
『狂乱』
オークにとっても命を賭した戦いが幕を開けた。
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