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1,ゴーレムさんが行く

 最新作ゲーム「The Origin Online」。このゲームは、プレイヤ-が魔物と人間の二陣営に分かれ、それぞれの領土や資源を奪い合うVRMMOゲームだ。

 昨今のVRMMOブームの中でも、注目の最新作となっており、ベータ版のテスターには多くの人が応募し、辛酸をなめたらしい。

 私は、ゲーマーというわけではないが、少なくとも、世間一般ではゲーム好きに分類されていい人間だと思う。だからこそ、発売前からの盛り上がりぶりをみて、久方ぶりのスタートダッシュを決めることにした。


 三年前に社会人となってから、ゲームをやる時間はあまりとれなくなっていた。じっくりやる時間なんてなおのことであり、このゲームの評判がいいと知ったのも自分自身で調べたわけではなく、通勤時のネットサーフィンでたまたま目に入ってきただけだ。自分の好きだったものとも疎遠となり、知ることをやめてしまう。それだけ社会人というものは忙しい。学生時代は知らなかった。

 細分化された仕事、ネットワーク社会の恩恵を受けたオンライン作業、その他もろもろの最新鋭技術がつぎ込まれて構築される現代社会だが、日本の社会体制を改善するにはまだまだ時間がかかるらしい。比較的ホワイト企業に就職できたと考えている私でもそう思うのだ、運悪く、真っ黒な会社に入社してしまったものはなおさらだろう。


 有休をたっぷりとつかい、連休と新作ゲームを目の前にするも、ため息がでる。これから、何日かは仕事を忘れゲームに没頭できるというのに、私がいない間の職場のことや、復帰後の仕事のことを考えてしまうのは社会人の悲しいさがだろうか。


 へッドギアを付け、ベッドに横たわる。現実社会は私が考えていたよりもずっと薄暗く、逃れられないしがらみも多くあった。好きなゲームも心が躍らず、後先ばかり考えて没頭することができない。そんな状況は普通だと言っていいのだろうか。


 せめて、ゲームの中では。ゲームの中ぐらいは、楽しい事だけを求めてプレイしたい。

 VRMMOがこの世に登場したばかりの当時、売り文句として使われた言葉。新しい世界や新しい自分になれる場所を求めて。そんな夢のようなキャッチコピーは、今の私のように現実を知りりつつも、まだそれに慣れることのできていない人間のためにあるものなのかもしれない。現代社会に雁字搦めにされ、そのしがらみから逃れたいと願う人々のために。


 改めて思う、ゲームが存在する時代に生まれてよかった。


 ゲームを起動し、私の意識が機械に取り込まれていく。

 現実世界のことを忘れ切ってゲームに集中するために、私は「面白い事や、現実ではできないこと選択する」をモットーにゲームをプレイすることに決める。


 社会に何か復讐心があるわけでも、自分に賃金を払ってくれている会社に憎悪を抱いているわけでもない。しかしながら、それでもあふれてしまう不満を抱えながら、楽しみ切れずにゲームをすることは製作者の方にとっても本望ではないだろう。


 わざわざ買って、スタートダッシュまで決めるんだから、心の底から楽しもう。


 理解したつもりで、わかっていなかった社会に翻弄されてきた私は、また、違う気持ちで新しい世界に飛び込む。

 もう一度、後先考えないあの純真さを味わうと誓って。






 ―――――――――――――――――――――――――――――――――





 キャラクタークリエイトを済ませ、視界が開けると私は薄暗い洞窟の中にいた。視線を下に降ろし、自分の足のあたりを見ようとすると、硬そうなお腹が邪魔をして、下部を把握することができない。


 私が選んだキャラクターはゴーレム。洞窟や、草木の少ない山々を生息地とする魔物で、人間でなければ、人型ですらない。まさに非現実感満載のキャラクターだ。そんな、変わり果てた自らの体を見渡し、感嘆の声を漏らす。おぉ、身じろぎするだけでも結構勝手が違う…


 岩の体がゴリゴリとなりそうなほど、不器用に自身を見渡すと、洞窟に生息することもあるせいか、照明の見当たらない洞窟の中でも、自身の体を認識することができた。キャラクリエイト時に目のようなものを確認することはできなかったが、どうやら周囲を認識する何かが体の前方(どこが前方かも一見して定かではない)にあるらしく、人間と視野角は同じように感じる。人とかけ離れた姿になりたいと希望していたが、さすがに視野角まで文句をつける気はない。むしろ、急に視界が変わってしまえばやりにくさを感じてゲームを断念してしまうことも考えられた。できないことは、できないと社会で大いに学ばされている。

 体のフォルムは丸い岩に足のみが生えた形。少し歩行してみたが足での移動は緩慢で、基本的には転がることが想定されているようだ。転がり形態になると足がどこかしらに収納され、大きさは小さいが、芸能人のドッキリよろしく壁をぶち破って突撃してくる岩そのものになる。また転がっている際、視界はどうなっているのかというと、回転しているにもかかわらず進行方向を向いたままだった。

 体高約120㎝で横幅も同様、体重は…わからないが絶対かなり重い。正面からの面積だけ考えれば、小学1年生が二人並んで登校していると、ほぼ同じようになるだろうか。現実世界であれば、こんなものが転がってきたら成人男性でもただでは済まなそうだが、このゲームでの脅威とはどのレベルで考えられているのだろう。


 一通り自身体を確認すると、私はメニュー画面を開いた。


「The Origin Online」はプレーヤーが人間陣営と魔物陣営に分かれて争いあうゲームであるため、争いを誘導するかのようかのような「クエスト」や運営AIが作り出す「神託」が存在する。ゲームを起動する前、ベータ版ではどのような仕様だったのかを確認した際、魔物陣営のクエストは少し特殊であるということを知った。

 人間陣営であれば、酒場や各職業ギルドへ行くことで大抵のクエストを受注することができるが、魔物陣営の場合は知性の無い魔物も存在するため、クエストを受けるには知性のある魔物に出会い、何かお願いされる必要がある。そのため、初動でクエストを受けることを考えるのであれば、知性のある魔物NPCを探し出すか、そもそもキャラクリエイト時点で何か群れを成している魔物を選択する必要がある。

 私の選んだゴーレムは、知性がなく、群れるタイプの魔物でもないのでクエストに今すぐありつくというのは難しい。しかし、神託であれば陣営関係なく、運営AIが現在のゲーム状況からそれぞれに見合う情報を提示してくれるため、私はこちらを中心にまずは動くのが無難だろう。


 メニュー画面を開き(私の場合、念じると脳裏に浮かぶ)神託の欄を確認すると現在はまだ何も届いていなかった。初動時点で神託が届いていないということは、まずはこの世界を自由に見て回れってことだろう。クエストや神託を実行するか否かはもちろん「面白い事や、現実ではできないこと」を基準にしていくが、その縛りも私は軽く考えている。ルールを決めてそれを順守する。なんてことをすればそれこそどこかの世界を意識してしまう。あくまで合言葉ぐらいの認識で楽しんで行こう。


 メニューを閉じると、私は次の目標をひとまずこの洞窟から出ることに決めた。洞窟を出ることを目指せば、その間で自身の体についてもう少し知ることができるし、神託も来るかもしれない。対敵すれば、戦闘能力を知ることもできるだろう。ちなみに、この場合の敵とは魔物のことだ。魔物陣営(人間陣営でも一応同じ)では基本的にPKアリの全員敵状態。無論、そのルールはNPCの魔物間でも適用されるため、人間の街のように「よく来たね!」という状態に初めはなっていない。もちろん、すべての魔物が目が合った瞬間襲い掛かってくるというわけでもなければ、温厚、友好的な魔物ももちろん存在しているため、今後の行動次第では共に人間陣営を攻撃したり、クエストをくれることもある。しかし、私たち魔物陣営の初期リスポーン地は、ベータ版から変更がなければ、すべからく人間陣営の土地から遠いところに設定されている。そのため、私たちが戦闘をするのであれば、まずは身の回りの敵対生物である魔物と戦うということになる。


 ゴロゴロと洞窟内を転がっていきながら、私は魔物の姿を探す。

 現状私の攻撃手段は今も行っている転がる一択であるが、あまり速度が出ていない。人間の歩行速度程度であるため、こんな勢いでそもそも攻撃に判定されるのか少し心配である。もちろん、あんまりにもハードプレイになるようであれば、もう一度キャラクリをし直すのも視野に入れているが、各プレイヤーに与えられたキャラクリエイト権限は基本二回。それ以上となると課金が必要なため、できればこのままやっていきたい。ともかく、どこかに戦えそうな魔物はいないものか…


 ・

 ・

 ・


 そんなこんなで、転がりまわっていると三体のゴブリンを発見した。三匹とも武器を持っておらず、装備品も身に着けていないようで、それぞれ少し離れた場所を物色しているようだ。食料でも探しているのだろうか。

 ゴブリンはプレイヤーも選択できる魔物であり、群れをつくる習性をもっている。ベータ版では代表的魔物キャラクターということもあり、人気が高かったはずだ。しかし、初めに見つけた魔物にしては少し強すぎたかもしれない。事前情報を見るに、最初期は小動物型の魔物を狩って経験値やら小銭を稼ぐのがセオリーだったはず。人型の魔物はその後に。しかしながら、私の目前にはその人型の魔物であるゴブリンが三体。少し運がなかったらしい。

 とはいえ、序盤も序盤。デスポーンしたところでなんのデメリットもないので、とりあえず戦ってみることにする。



 ゴロゴロとゴブリンの方に向かって転がっていくと、あちらの一匹が私に気づいたようで、ギャアギャアと鳴きながら私の存在を仲間に知らせている。しかし、仲間を呼んで、三匹で私に襲い掛かってくる、というわけではないようで、全員が全員、こちらを珍しそうな目で見るばかり。私の速度がトロイからだろうか。ゴブリンにかなり接近することができてしまったため、そのまま体当たりを試みた。


 すると、さすがに接触されるのは嫌だったのか、私が当たろうとしたゴブリンは後ずさりをする姿勢を見せた。

 が、その判断が少しおそかったのか、片足に乗り上げ、巻き込んでしまう形となり、私の体重が乗った次の瞬間、ゴブリンの右足が消滅した。



「ガギャアアッッ!!」



 右足首から先が潰されたことにより消失し、その痛みからゴブリンは悲鳴を上げながら転げまわる。思いのほかスプラッタな方法でダメージを与えたことに私自身も動揺するが、他のゴブリンが仲間の負傷に逆上することを考え、すぐにそちらの方に目を向ける。すると、私の予想とは違い、残りの二匹のゴブリンも仲間の負傷に狼狽するばかりで、後ずさりしたまま、こちらを襲ってくる様子はなかった。その様子に私はさらに疑問符を浮かべるが、襲ってこないのであれば追撃を試みようと、先ほどから地面を這いつくばって距離をとろうとしているゴブリンに近づいていった。

 私が、ゴロゴロと近づいていくたび、這いつくばったゴブリンは仲間に向かって悲痛な視線と叫びをあげる。が、仲間はそれに応える様子もなくただ後ずさりをするだけ。そんな仲間の様子を見てゴブリンはさらに声を荒げる。その必死さはおそらくこの先に待ち受ける無残な死に方を予期してのものだろうが、それは私だって一緒だ。正直スプラッタが過ぎる。しかし、だからといってやらないかといえばそうではないのでそのまま歩を進め今にも泣きだしそうなゴブリンに乗り上げた。

 明らかに重量オーバーであろう私の体を受け止めたゴブリンはそのまま潰れ、悲鳴を上げることもなくデータの粒子となって消えた。

 そこでようやく、残りのゴブリンたちも動き出し、襲い掛かってくると思いきや、背中を向けて走り出してしまった。私の速度は人間の歩行速度程度なので、背を向けて走る相手には到底追いつくことができない。


 勝てちゃったよ…


 さほど自慢できることでもないが、私の初戦果は人型モンスターとなったのであった。



 ・

 ・

 ・



 今後もこんな戦い方していくなら、若干気が重くなるな…と考えながら、とりあえず今回の戦後処理をすることにした。

 最初にドロップアイテム。私が押しつぶしたゴブリンからは爪×2と牙を入手することができた。現状使い道はわからないが、何に使うんだろうか。ベータ版プレイヤーたちの掲示板を見る限り、魔物のドロップアイテムは装備や換金に使えるようだが、それでは私にとって何のうまみもないことになってしまう。かなり大きな集落かつ知的な魔物であれば、集落に鍛冶屋がいてもおかしくはないが、私みたいな群れ無し脳無しでは有効な扱い方がわからない。さすがに何にも使えないということはないと思うのでインベントリの肥やしとすることに決める。最悪人間陣営に負けそうになった時に命乞いの道具として使おう。

 次に経験値。魔物を一体倒したことによって経験値が入り、私のレベルが上がった。




 ――――――――――――――――




 種族:ゴーレム Lv4


 HP:30/30


 MP:7/7




 力 :12


 魔力:2


 防御:19


 魔防:6


 速 :3



 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯

 通常スキル

「転がり」:Lv1  「採掘」:Lv1



 種族スキル

「火耐性」:Lv2  「風耐性」:Lv2


「斬撃耐性」:Lv2 「水脆弱」:Lv5



 パッシブスキル

「体重」:Lv1  「飲食不要」


「不思議な瞳」



 称号

「こだわりのPK」



 ――――――――――――――――



 強めだと言われている人型の魔物を倒したからだろうか、私のレベルは一気に4になっていた。ステータスが上がり、新たなスキル「採掘」を手に入れることもでき、初めての戦闘の戦果としては十分だと言いたいが、不穏なものが一つ。



「こだわりのPK」

 …初めての戦闘で倒した相手がプレイヤーだったものに与えられる称号。自分よりもレベルの低いNPCに対し威圧感を与える。



 あのゴブリンプレイヤーだったのか…。接近しても全然反応しないから何かおかしいとは思ったけど、まさかプレイヤーだとは思わなかった。ということは、残りの二匹のゴブリンもプレイヤー?…多分そうだ、NPCだったら、仲間が負傷した時点で逃げるか戦うかしているはずだ。おそらく、三人仲良くゴブリンで開始したところ、たまたま私とリスポーン地点が似通ってしまったのだろう。私はあまり移動していないが、リス地点がこんなに近くなることがあるのか、ベータ版の掲示板にはこんなこと書いていなかった。製品版としてリリースした際にプレイヤー数が増えた弊害か?魔物陣営はリス地点が近いことがデフォルトなのかもしれないけど、今は何とも言えない。あとで掲示板を確認してみよう。

 手に入れてしまった称号の効果としてはレベルの低いNPCに対する威圧感とある。程度によるが、威圧が強すぎるとレベル上げがしにくくなりそうだ。今のところ、この称号が良いものなのかはわからないのでこちらもどこかで試してみたい。



 と、ひとまず戦後の状況整理としてはこんな感じになる。一言で言うと、始めたばかりでわからないことが多すぎる。「耐性」「脆弱」パッシブスキルについても実際にどれほど効果があるのかわからないし、「採掘」に関しても、発動してみないことにはわからない。そのため、当初の目的である「洞窟を出る」に付随して行っていた、「いろいろなことの検証」の検証範囲がとても広くなってしまった。何より問題なのは、洞窟を出ることを目的としているのに、近場にプレイヤーのリスポーン地点があることがわかってしまったことだ。先ほどの戦闘で私は勝ったものの、圧倒的な力を見せつけて勝利を収めたわけでもなければ、そもそも戦闘と呼べる戦闘になっていない。しかも、相手は私のことをおそらくただのNPCだと考えている。威力偵察もかねて確実にもう一度挑んでくるだろう。


 このまま洞窟を抜けることを優先するか、ゴブリンたちを待ち構えるか。選択肢は二つあるが悩む必要はなかった。最初に面白そうなことをやると決めたのだ。ゴブリンたちを待ち伏せて返り討ちにしてやろう。洞窟探索なんていつでもできるし、何より、自分がNPCと思われてる可能性があるなんて一番面白い。掲示板やら検証やらやることは山ほどあるが、これもどうせ後でできることだ。まずは今しかできない、面白い事をやる。それが一番。


 やることは決まった。元々、神託やクエストがないから洞窟を抜けようとしていたが、それ以上に面白そうな出来事が目の前に転がり込んできた。

 ここ数年感じていなかったワクワクで心が躍る。

 このゲームを買ってよかった。電源を落とすその時、毎回のようにそう思うことができれば………


 私は久方ぶりの高揚感に包まれながらゴブリンをどう待ち受けるか考え始めた。


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