蘇生せし骸骨蛇【第四階層:スカル・バジリスク】
「エレン、大丈夫か?」
「はい、なんとか」
2人の目の前に横たわるのは先ほどのものと似たバジリスクの死体。あれから少し進んだ先で出くわし、同様に仕留めたものだ。
そして現在、その死体の上に降り立ったのは白い翼を持つ天使のような姿の女性だった。その美しい顔立ちは苦痛に歪んでいるが、胸が上下し荒く呼吸をしている。
「……すみません、先を急ぐので失礼しますよ」
「いいが。それよりその古傷は?一体何があったんだ」
「それは……」
「……ん?おい、この印は」
「奴隷印についているものと同じですね…」
天使が胸に下げている首飾りの紋章。それは先刻二度見たものと同じだった。リオンの問いかけに対し、エレンも冷静に答える。
「あんたは何者なんだ?」
「……それを話すことはできません」
「そうか。まぁ、言いたくないなら別に構わないがね」
「ありがとうございます。では私はこれで……」
そう言って飛び立とうとする彼女を、リオンは慌てて引き留める。
「待ってくれ。さっきの話だが、あんたは一人なのか?案内役がいたんじゃ…」
「いえ、あまり長く話を続けるわけにはいきません。私にも目的があるので……」
「そうか……。でも、せめて名前だけでも教えてくれないか。俺はリオンっていうんだ」
「……私の名は、ルチアといいます。それでは、ご縁があればまたどこかでお会いしましょう。ーそれまで生きていればですが、ね」
それだけ言うと、白い翼を大きく広げ、ルチアと名乗った女性はふらつきながらも、地を這うように飛び去っていった。
「行っちゃいましたね……」
「ああ。しかし何とも不思議な女だったな。しかし、彼女は何か探してたようにも思えたが……」
「ええ、私たちに関係はあるのでしょうか」
「かもなあ……」
そうして二人は歩き始める。目指す先は2人も知っている、最奥の墓場。一般的に知られているものではない。その存在を知っているものは数少ない、このダンジョンのかつての主の寝床だ。
「いよいよ、ですか」
「そうだな。俺達の戦いはここからが本番だ」
「はい。気を引き締めていきましょう」
「もちろんだ。それにしても……」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。行こう」
「……?」
首を傾げるエレンを連れて、リオン達は歩を進めるのであった。
◆◆
「おい、あの女は見つかったか!」
「いや、駄目だ。どこにもいねぇ」
「くそ、しかもあのバジリスクに面倒そうなことをされるのはどう考えてもまずいかっただろ……」
「今更どうしようもないんだよ。俺たちじゃどうやったって倒せない。ギルドに報告するしか無いだろうな……」
「はあ、しかも報酬もパァですよ……」
「文句を言うな。それどころじゃ無いだろう」
リオン達がそこへたどり着いたとき、そこにいたのは4人の冒険者達だった。彼らは通路の真ん中で立ち尽くして頭を抱えている。
彼らは2人以外にこの墓場のことを知っている面々であり、そして方向からしておそらくは先ほどまであの女性と同行していたのであろうということまで予想できた。しかし、その話よりもその背後から放たれ徐々に強まりつつある恐ろしい気配がリオンには気にかかった。
(これは、間違いなくヤバイな……)
これほどのものではなくても、何度か感じたことはある。アンデッド特有の生者の生命力に対する強い執着心が、彼らの背後からひしひしと伝わってきた。
その殺気が向けられているのが自分だけではないとはいえ、これまでもアンデッドと対峙してきた経験上わかるのだ。この場にいるだけで肌が焼け付くような感覚を覚えるのは、今まで感じた中でも最大級のものだ。
そんなことを考えているうちに、唐突に闇を裂き、それは姿を現した。
まず目に映ったのはその巨体。通常のアンデッドのように腐った皮膚ではなく、見るからに頑強そうな骨の鎧で全身を構成されている。
そしてさらに目を引くのがその頭部だった。その、本来眼球が収まっているべき眼窩は空洞となっており、その代わりに右目から禍々しい赤い光が漏れ出しているのだ。
その口元からは牙が覗き、そこからは絶えずよだれー否、とうに涸れ果てたはずの毒液が垂れていた。
「ひっ!こいつ、もう動き出しやがった!」
「こんな奴と出くわすなんて、聞いてないんだよ!」
冒険者たちは突然現れたその巨大な骸を見て驚愕の声を上げている。
「お前たち、こいつが何なのか知っていないのか!?」
「い、いや、知らなかった!こんなバケモンがでるなんて!」
「くっ、早く逃げるぞ!」
「い、いや、出口が塞がれてるぞ!?」
「馬鹿な、さっきまでは通れたはずだろう!?」
彼らが逃げ出そうと駆け出すが、ちょうど先程までリオンたちが入ってきた入り口には壁がせり上がっており、退路を断たれてしまっているのがここからでも分かった。
リオンは素早く〈[[rb:空間認識 > サーチ]]〉の魔法がかかった羅針盤を取り出して発動させ、周囲の状況を確認する。するとこの階層全体を覆うようにドーム状の薄い魔力の壁のようなものが展開されており、出口も無くなっているのが分かった。
これでは外からの助けを呼ぶことも脱出することもできない。
「おい、お前たちは戦わないなら下がっていろ。俺達はあいつを止めてくる」
「あ、ああ……」
そう言うと、リオンはエレンとともに前に出た。
「エレン、行くぞ!」
「はい!」
二人はそれぞれ武器を構えて戦闘態勢に入る。
「お、おいあんたら、一体何者なんだ?あいつのことを知ってんのか?」
「まぁ、最近な。動いてるのは初耳だが」
「お、おう。そうだったのか、まあ、ここは助かるぜ……」
リオンが答えたことで少し安心したのか、4人は後ろに下がり戦いを見守ることにしたようだった。
「さぁ、やるしかないみたいだな……」
◆◆
リオンが剣を構えると同時に、[[rb:蛇王の骸骨 >スカル・バジリスク ]]もこちらに気づき雄叫びを上げた。その声に返事をするかのように後ろの4人も悲鳴を上げる。
そして次の瞬間、その巨大な身体に似合わぬ速度でバジリスクは跳躍し、そのまま勢いよく突っ込んできた。
「ぐっ……!早いな…」
「はい、油断しないでください」
「わかってる」
二人は左右に別れるように飛び退き、それぞれに走り出す。目標を失ったバジリスクは一瞬迷うように動きを止めるが、すぐに標的を再び見つけ出してリオンの方を追い始めた。
「捕まえてみろ!」
エレンは空中に飛び上がり、風を纏うとそのまま一気に加速していった。バジリスクはそれにわずかに反応して首を捻るが、すぐにそれを無視して突進する。
「はああっ!」
そこへ、柱の陰から気合いと共に振り下ろされた大剣の一撃が、見事にバジリスクの首に命中する。しかし、今や胴体そのものとなっている首の骨は太く頑強で、切断にはとても至らなかった。
「くそ、硬すぎる……。これでもガーゴイルの力で強化されてるはずだろうが!」
「ッ……!」
「……っ、もう来るか」
バジリスクはすぐにリオンに向かって尻尾を振るってきた。それを咄嵯に腕で防ぎ、なんとか直撃を避ける。
しかし、その衝撃で吹き飛ばされ、柱を幾本も通り過ぎて転がってしまった。
「がはっ……!」
地面に叩きつけられ、呼吸が止まる。しかし即座に起き上がると、また向かってくるバジリスクの顎の下へ滑り込み、渾身の力を込めてその顎先を殴り上げた。
「これならどうだっ!!」
ガキンという硬質な音が響き渡り、拳が砕けたかのような痛みが走る。
「ぐぅっ……」
痛みに顔を歪めながらも、今度は横から回り込んで同じようにして側面から顎を打ち抜こうとする。
再び硬質な音を立てて、手の甲の装甲にヒビが入るのがわかった。
一方、スカル・バジリスクの頭部は多少揺れ動いただけで小さなヒビが入っただけのようだった。
「くっ、どうにも、硬い!」
「リオンさん!離れて!」
そこに、上から急降下してきた球状のものがバジリスクの頭に落下し、爆発を起こした。
「ッ!!」
骨となって焼かれる肉が残っていないとはいえ、多少は堪えたようだった。バジリスクは怒り狂ったように叫ぶと、口から毒液を撒き散らしながら頭を激しく振る。
「うおっ!」
慌ててその場を離れるリオン。そしてその隙をついて、エレンが再び必死に魔法を詠唱し始めた。
「汝の眼前に顕現せよ、〈幻惑〉!」
「ッ!!」
バジリスクの顔に向けて放たれた魔法により、その視界が揺らめく。奇跡的にその幻惑魔法は高位のアンデッドであるスカル・バジリスクの知覚をゆがませ、何が見えたのか明後日の方角へ鼻先を向け、その巨体で突進していく。
「よし、今のうちに!何か策はあるか!」
相棒と合流し、痛めた拳などを治療しながら頭を回転させようとする。上層で蓄えた生命エネルギーはまだまだ余裕があるが、陽が差さず太陽石も見当たらないこの場では補充が利かない。当然、スカル・バジリスクの巨体を拘束する―まして破壊するには不十分過ぎた。
「いえ…。白骨化したアンデッドとなると聖魔法か、骨自体を破壊するか…。でもリオンさんの鎧でも破壊できないとなると、聖職者がいないこの場ではどうすればいいのか…」
「バジリスクほどのモンスターとなると凍り付かせるのもそう簡単じゃないだろうしな。なら…うおっ!!」
その時、ずしん、という音とともにあたり一帯が一瞬揺れる。
「これは……バジリスクか!?」
「壁にでも衝突してるんでしょうか。アンデッドだから衝撃で正気には戻らずにいるのでしょうが…。まずいですね、このままだと最悪、崩落してしまうかもしれません」
「くそ、早く倒さないと!」
そう言ってリオンは再びバジリスクへ向かって駆け出した。
「こうなったら、イチかバチか……」
剣を構えバジリスクまで駆けだしたリオンだったが、あと数百メートルといったところでその足が止まる。暴れ狂う巨体を前に意識をそらしたもの。それは―
「この光は」
顔を上げる。断続的な振動によってパラパラと砂や小石の降る中、幾本かの光の筋があたりに差し込む。脳裏に響くアルルーナの歓喜の声を聞くまでもなく、それは紛れもない太陽石の輝きだった。
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