蛇王の墓場【第四階層:バジリスク?】
第4層はこれまでの階層とは打って変わって人工的な構造となっていた。
「ここは……」
「ああ、ここがこのダンジョンの一番厄介なところだ」
そう言ってリオンは目の前にそびえる巨大な門を見上げた。
2人が今いるのは第4層に降りてすぐの、まっすぐ伸びる石畳の通路。一定距離ごとに柱が並ぶ異常なほどに高く広い異空間としか思えない領域だった。そしてその空間の中心に鎮座しているものこそ、いったいいつから棲みついているのかも分からないという大蛇の巣穴。だが。
「これって、もしかしなくても留守、なんですよね…?」
「…ああそうだな。普段ならこの先で眠ってるはずだってのに、今回に限って出歩いているらしい」
「なるほど……でも何でそんな…」
2人の視線の先にある巨大な髑髏型の岩。怪物バジリスクは普段この中で眠りについており、命知らずな獲物が通るのを待っているのだ。
しかし今は怪物の存在を示すはずの青い炎が何故か赤くなっており、さらにあまり揺れ動いていない。怪しみながらも2人が近づいていくと……。
『……!!』
「うわっ!?」
突如としてリオンの背後に強い衝撃が走る。キングゴブリンの棍棒以上の衝撃に骨すら折ることがなかったのはあらかじめ装着していたガーゴイルの鎧のおかげだった。仮に隣のエレンが狙われていたならばまず命は無かっただろう。
「こいつが!」
背後を振り返るとそこには緑色の肌をした醜悪な大蛇が鎌首をもたげていた。これがこのダンジョンにおける最凶の敵、バジリスクである。その額には石化の力をもつらしい宝玉が存在しており、本来一睨みで敵を石化させるはずの瞳は両方ともに誰がつけたとも知られぬ斬撃でつぶれている。そういったためかこの第4層から外には全く姿を現さないのだろうが、深入りした冒険者たちが時折この怪物の餌食となっているのだった。
『ギャッ!』
「くそったれ!」
再び襲い掛かってきたバジリスクの攻撃を避けつつリオンは背中に生成された大剣を抜き放つ。エレンもまた魔法陣を構築するが、そこでふと気づいたことがあった。
(こいつ、今まで見たどのバジリスクより小さい?)
そう、エレンの持つ情報ではこれまでに確認されていたバジリスクはいずれもこれよりは大きかったはずなのだ。もっとも、このダンジョンはあまり重視されているものではなく、これまで発見されなかった新種のモンスターがいる可能性などは多少あるのだが……。
「ええい!考えるのは後にしろ!とにかく倒すぞ!」
「はい!」
リオンの言葉に従ってエレンは再び魔法陣の構築を開始する。今度は魔力弾ではなく広範囲に影響を及ぼす幻惑の放射を放つためだ。そしてそれを見たリオンは、両手の大剣を勢いよく振りかぶるとそのまま振り下ろした。
『ギィアァァァ!!!』
バジリスクの胴体に大剣が深く突き刺さり、その痛みに絶叫を上げる。しかしそれで終わりではない。
「うおおおぉ!!」
叫び声を上げながらリオンはさらに力を込めてその体を切り裂いた。それにより傷口が大きく広がり血が流れ出す。逃れようと体をくねらせるところに間髪入れず、エレンが放った幻影が直撃した。
『グギャアッ!!』
混乱する蛇へ入ったリオンの斬撃がとどめとなり、悲鳴とともにバジリスクの体が倒れこむ。倒れこんだその死体へと油断せず、2人は慎重に距離を詰めていった。
「……やったのか?」
「……どうでしょう?息はないようですけど……」
すでに全く動かなくなったバジリスクを見て2人は構えを解く。そして改めてその死体を見ると、奇妙なことに気づいた。
「ん?」
「これは……」
それは死体の首元にあった。まるで首輪のような、金属製の小さな環だ。それが2つ並んでおり、ちょうど首輪のようにバジリスクの首に嵌っている。さらにその下には文字のようなものが刻まれており、エレンはその文字を読み取ることができた。
「……奴隷印、ですか」
「なんだそりゃあ」
「……人間族が魔物を使役する時に使う術式ですね。おそらくあの怪物はこれで誰かに飼われていたという事になります」
「飼う、だと?こんな化け物を?」
「はい。……それにしても、この怪物を飼い馴らすなんてどんな相手なんでしょうか……?」
エレンの疑問に対し、リオンも考え込む。だがすぐに思い至る。
「……なぁ、俺ら以外の冒険者って何人来てるんだっけ」
「えっと……ここに挑んでいるのは…。今回が初めての私たちを含めて、今現在だと確か5人ほどだったと思いますよ」
「ってことは、つまりあと3人いるわけだよな」
「まぁ、そうなりますかね」
「……なんか嫌な予感がしてきた」
「奇遇ですね、私もですよ」
2人の脳裏に浮かぶのは、自分たちが何度か出会った冒険者の中の、ある男達の姿。もしやと思いながらも、2人はさらに階層の奥地へと向かうのだった。
◆◆
一方その頃。
「……おい、あいつ、何をしたいんだ?問題なくここまでは来れたが…」
「じゃあさっさと依頼を完了させちまえばいいだろうが」
「待て、まずは気が済むまで様子を見させよう」
物陰に身を潜める4人の男女。彼らはこのダンジョンの第4層の最奥にある巨大な門の前にいた。その視線の先には1体の巨大な蛇の骸骨が鎮座している。それはまさしくこのダンジョンの最奥にいるはずのバジリスクであった。しかし。
「だが、あんなものの存在をどうやって知ったっていうんだ」
「知らん。しかし確かに昔からここにあったはずだぞ。何せ実際にここにあるんだからな」
「……でも、ときどき無くなってるんですよね?」
「どっかに持って行かれたんじゃねぇのか。そんなことより、あいつはいったい何をするつもりなんだ?」
4人が見つめるのは、バジリスクのすぐそばに立つ1人の女性。白いローブに身を包むその姿は神秘的で、同時にどこか妖艶な雰囲気すら感じさせる。彼女はバジリスクの骨に近寄ると、おもむろにその体に手を伸ばし、撫で始めた。
『……』
白骨化したバジリスクは抵抗することなくそれを受け入れる。しばらくそうしていたかと思うと、女性は懐から何かを取り出した。それを見た4人は驚愕の声を上げる。
「おい、ありゃあ……」
「嘘だろ……」
「あ、悪魔……」
彼女が取り出したものは真っ赤に輝く宝玉だった。しかしその宝玉からは禍々しい気配が漂っており、一目見ただけで分かるほど強大な力を秘めている。
「あれをどうするつもりだよ!」
「よし、殺そう!」
「ちょっと待った!」
飛び出しそうになった男達を慌てて別の男が止める。
「お前ら、本当にここで騒ぎを起こす気か!?報酬がもらえんぞ!」
「だってあれ、絶対ヤバいもんだろうが!」
「だからって俺たちだけじゃ無理だ!逃げるんだよ!」
「くそ、面倒くさいことになったぜ……」
口論を始める4人を尻目に、女はバジリスクの右目の穴に赤い宝玉を嵌め込んだ。するとバジリスクの頭蓋骨がびくりと震えたかと思うと、宝玉から伸びた幾本もの赤い筋が全身の骨へと走る。その光景を見た4人は驚きに目を見開いた。
「お、おい、こいつ生き返らせようってつもりじゃないよな?」
「冗談きついぜ……!」
やがてバジリスクの体に変化が現れる。その各部の骨がそれぞれに移動し、元あったであろう構造に繋がっていく。やがて全体の接着が完了すると、その太い首の骨が持ち上がり鋭い牙の生える大顎を開き咆哮を上げた。
その叫びには力が宿っていたのか、その衝撃で近くにいた女性が吹き飛ばされる。
「きゃあっ!!」
「うおっ、すげぇ声……」
「これならどんな奴にでも勝てるんじゃないか?」
「馬鹿言え、あのバケモンはもうただのバジリスクじゃない。上級のアンデッドだ。あんなのが外に出て暴れられたらこの街が消し飛ぶぞ」
「しかしどうする?このままだといずれ誰かが殺されるぞ」
「……仕方がない、やるしかないか」
「おい、まさか……」
今回の依頼を受けた時には想像すらしていなかった事態に、一人が剣を抜こうとしたその時。突如として小さな音とともに、背後の通路の一部に霧が立ち込め始めた。
「なんだ!?」
「敵襲、ですかね?」
「……まさか。ここに来るのなんて俺たちくらいなはず…」
男が呟いたとき、他の3人が同時に気づいた。
「あ、あの女がいないぞ!」
「一人で逃げやがったのか!」
「くっ、まずいな……」
「俺たちも逃げるついでに探せ、まだ遠くへは行っていないはずだ!」
起き上がりはしたものの、今だ動き出す様子のないアンデッドを放置し、4人の冒険者はその場を離れるのだった。