太陽の番人【第三階層:サンライト・バット】
意識が回復した時、リオンは自分の体が横になっていることに気づいた。
「う……」
小さくうめき声を上げながらゆっくりと目を開けると、そこには見慣れぬ天井があった。
「リオンさん!?」
突然聞こえてきたエレンの声に思わずビクッと反応してしまう。慌ててそちらを見ると、隣のベッドに座ってこちらを覗き込む彼女と目が合った。
「ニ……エレン……?」
「よかった、目を覚ましてくださったんですね!」
心底嬉しそうな笑みを浮かべるエレン。周囲を見回すと、そこが第3階層の入り口付近にある簡易安全地帯だと分かった。効果が低い代わりに半永続的に続く結界の効果により、浅い階層の魔物相手であれば十分な休息を取ることが可能なのだ。安堵の表情を浮かべるエレンだったが、すぐに表情を引き締めると真剣な眼差しを向けてくる。
「お体の具合はいかがですか?どこか痛むところはありませんか?」
「え?ああ、うん。別にどこも……」
言いかけて左腕に痛みを感じ、反射的に左腕を押さえる。するとエレンは悲しげに眉根を寄せた。
「やはり左腕を酷く負荷をかけてたんですね。私があんなに傷を負っていなければ……」
申し訳なさそうにするエレンに対し、慌ててフォローを入れるリオン。
「そんなことないよ。あの時は仕方なかった。それにこうして生きてるだけでも十分だよ」
「リオンさん……」
「……ところでなんでここに?」
ふと気になって尋ねると、エレンは困ったような表情を浮かべた。
「実はリオンさんの容態が急変した直後、急いで地上に戻って救援を呼ぼうとも思ったんです。でも、あの時のリオンさんの装備、ここならもしかしたらって…」
そういえば、と気を失う前の記憶を思い出す。そもそも自分が気を失ったのは光のない場所で重傷を癒そうなどとしたためであり、アルルーナの籠手の害などではない。地上ほどではなくとも陽の光があるこの第3階層ならば本来の力を発揮できるはずだった。
「それでここまで連れてきてくれたのか」
「はい。でも私の力では応急処置しかできませんでした。結局、リオンさんが起きるまで待つしかなくて……」
そこでエレンの視線が自分の腕に向けられたのを見て、リオンはようやく思い出す。
「あー!そうだ、籠手!エレン、この近くに太陽石はあるか?持ってきてくれ!早く!!」
「わ、分かりました!すぐ取ってきます!!」
慌ただしく出ていくエレン。その背中を見送った後、リオンは再び自分の左手に目を向ける。
「これが……新しい力」
まだ実感はないが、おそらく間違いない。これはアルルーナの能力によるものだろう。あの時の…アルルーナの声を信じるのなら太陽の下であれば便利な存在となるはずだ。だが今はそれよりも、とリオンは思考を切り上げる。
「とにかくエレンに感謝しないと」
彼女が機転を利かせてくれなければ自分はもうすぐ死ぬことになっていたかもしれない。改めてその幸運を噛みしめつつ、リオンはエレンが戻ってくるのを待った。
◆◆
「それじゃあ行きましょう」
エレンが持ってきた拳大の太陽石のおかげで、あれから10分ほどで立ち上がれるようにまで回復することができた。だが癒しの源らしき宝玉は最後まで濁ったままであり、失われた体力も完全に戻ったとはいいがたい。どうやら、普通の石ではここまでが限界のようだった。
「……本当に大丈夫なのですか?もし無理をしているのなら私一人で……」
「いや大丈夫だ。行こう」
心配するエレンを制し、リオンは歩き出す。
確かに本調子とは言えないが、それでもいつまでもここで休んでいるわけにはいかない。一刻も早く最深部に到達し、あの魔物―バジリスクを倒さなければならないのだから。
(だがその前に行かなければいけない場所ができた)
それはこの階層で簡単に採取できる太陽石のエネルギーの源となっている鉱脈だ。その場所はこのダンジョン内では珍しいことに地図に記載されていないため、現在位置の把握が難しい。そのためまずは正確な所在地を把握する必要があったのだ。
「こっちです。ここから先は少し慎重に進みましょう。足元に気を付けてくださいね」
「分かった」
エレンの指示に従い、二人は道を進み、分岐路を曲がる。先ほどの戦闘のダメージが残っていることもあり、二人の間に会話はない。鉱脈を探して黙々と歩いていると、不意にエレンが口を開いた。
「そういえばリオンさん、太陽石の鉱脈があればアルルーナの力が完全になる…ってことは、彼女なら陽のエネルギーの惹かれるんじゃありません?こんな風に、光を求めて動き回ったりして」
エレンの言葉を聞いて思わず足を止める。言われてみればその通りだった。
「確かに……。よし、試しにやってみよう!」
「ええ!」
再びアルルーナのカードを取り出す。能力を発動すると、先刻と同じ感覚とともに左腕に緑の籠手が装着される。そして数本のツタが飛び出したかと思うとそれぞれの長さでいくつかの方向を指した。ほとんどが親指程度の中で、目に留まった際立って長いものが一本。つまり―
「あっちだ!」
指された方角に向けて走り出す。ほどなくして視界が開けるとそこには壁一面に鉱石が露出している光景が広がっていた。
「やったぞ!ここが太陽石の元になる鉱床だ!」
「すごい!ここなら目的の太陽のエネルギーを十分に補充できますね!」
興奮しながら周囲を見回す。周囲はまるで洞窟のようにゴツゴツとした岩肌に囲まれているが、天井に空いた穴からはまるで日光が差し込んでいるかのように、辺りを照らしている。いや、地形によっては本物の日光であるのかもしれない。そして肝心の太陽石はというと、ちょうどその真下の壁際に密集していた。
「早速回収しよう」
リオンは太陽石を一つ手に取り、籠手に近づけてみる。するとたちまち籠手が反応し、籠手を構成していたツタが展開した。できた空洞にに太陽石を入れるとその光はより一層輝きを増す。
「おお……」
感嘆の声を漏らしつつ、今度は癒しの力を自身に使う。失われていた体力が見る見るうちに戻ってくるのを感じた。はめ込まれた宝玉も澄んだ輝きを放っている。どうやら、うまくいったようだ。
「これで準備完了ですね。あとは……」
「ああ、あのバジリスクを倒すだけだ!!」
◆◆
意気込むリオンだったが、その耳に小さな音が聞こえたとき、ふとあることを思い出す。
「…そう言えば俺はここに来たことは今まで無かったんだったな。太陽石なんて必要になるとは思ってもみなかったから情報を集めようとも思わなかったんだ…」
「わたしもです…。でも噂ではたしか、こういう鉱床だと…」
言っている間にもすでに羽音ははっきりしたものになっていた。
その方向に目を向ければ、そこにあったのは一匹の魔獣の姿。
その姿はまさに蝙蝠そのものだった。しかし大きさは通常のそれではない。
体長およそ3メートルはありそうな巨体。全身を覆う皮膚は陽光を纏って鈍く輝いている。
「あれか……!!」
「はい、あれでしょうね……!!」
二人の視線を受けながら、蝙蝠―サンライト・バットはこちらに向かって突進してきた。
「くそっ!!」
リオンは毒づきながらその場を離れる。その背後で巨大な蝙蝠が通り過ぎていくのを感じ取った。
サンライト・バットはその名の通り太陽光を吸収して活動する能力を得て暗闇から離れるようになった魔物だ。このような鉱床ではその鉱石の性質に影響された魔物の変異種が発生することがあり、この個体はその典型例だった。
だが同時に、この魔物は縄張りとなった鉱床への侵入者に非常に好戦的な性質を持っている。
「また来ましたよ!!逃げましょう!!」
「いやダメだ!この階層にはあちこちに性質は弱いが太陽石がある!逃げきれない!」
「リオンさん!?」
エレンの制止を振り切り、リオンは再び籠手を起動させる。
「アルルーナ、頼む!!」
『任せて!!』
籠手から飛び出した無数のツタが、一斉に伸びて蝙蝠を捕えようとする。しかしその動きは巨体に似合わず俊敏で、あっけなく避けられてしまった。
「クソッ……!」
だがこの攻撃で注意を引くことに成功したらしく、サンライト・バットはリオンの方へと向き直る。そして再び襲い掛かってきた。
「うわ……!!」
すんでのところで避けるが、バランスを崩して尻餅をついてしまう。そこに牙が迫った。
「させません!」
エレンが魔法を使って援護する。幻惑の魔法が命中するが、相手は怯む様子もなく体当たりを仕掛けてくる。
「ぐぅ……!」
「きゃあ……!」
二人とも吹っ飛ばされ、地面に転がる。さらに敵は追い打ちをかけようとして来た。
「エレン、大丈夫か?」
「はい……なんとか……」
起き上がりつつエレンの手を引いて立たせる。彼女の身体は少し震えていた。
「エレン、何か手はあるか!このままじゃジリ貧だ!」
「はい……!ひとつだけあります!」
「よし、教えてくれ!」
エレンは覚悟を決めたように告げる。
「私が囮になります。あの魔物は太陽石に執着している…。私が近づこうとすればリオンさんに注意は向かなくなるはずです!」
「バカ言うな!そんな危険なことをさせられるわけないじゃないか!」
「でも他に方法は無いですよ!」
「……っ!!」
確かに、彼女の言葉通りだった。侵入者を餌にしておびき寄せ、そして倒す。それ以外の手段はない。
「分かった。やられるなよ!絶対に!」
「ええ、もちろんです。信じてください。私も、あなた自身を!」
言い残し、先ほどまでいた鉱床の中心部へと走り出した。
「さあ、こっちへ来て!」
その声に反応し、リオンを無視して彼女のもとへと向かうバット。
そのまま彼女を捕らえようと翼を広げた。
「かかった……!!」
その瞬間、リオンの籠手から射出された鋭利な5本のツタがサンライト・バットの背後から襲い掛かる。1本は片耳を吹き飛ばし、それに反応して2本目はひらりと躱された。だが3本目は躱しきれずに羽をかすめ、残りの2本は双翼の根元を縛り上げたのだった。
「グオオオッ!!」
地面に墜落し痛みに叫びを上げるが、それでも侵入者を仕留めようと前進を続ける巨大な蝙蝠。そこへリオンの追撃が繰り出された。
「これで終わりだ!!」
最後の一本が首を貫き、絶命した巨体が地に伏す。全身に纏っていた光は瞬く間に薄れていく。太陽のエネルギーを欲するアルルーナにそれらは吸収されていき、その死骸は数秒後には骨となっていた。
「はあ、はあ……。やったぞ……」
息を整えながら、エレンのもとへと駆け寄る。彼女は笑顔を浮かべていた。
「やりましたね、リオンさん!」
「ああ、君の作戦のおかげだよ。ありがとう」
「いえ、その力のおかげです。それより早く安全地帯に戻りましょう。思いのほか疲れたでしょうから」
「ああ、そうだな」
既に十分なほどに腕の宝玉は光輝いている。それを確認し、2人は鉱床を後にしたのだった。
◆◆
「ふうー、ようやく戻ってこれた……」
「ほんとうですね。一時はどうなるかと思いましたけど、無事でよかったです」
階層の入り口の安全地帯にて、リオンは大きくため息を吐く。エレンはくすっと笑った。
「しかし、太陽石があんな力を持ってるとは思わなかったよ。他の鉱床でもこんな感じなのか?」
「いえ、あれはおそらく、太陽石の中でも特別なものだったんですよ。普通の石なら、あそこまでの力は持っていません。あくまで太陽の光を吸収するだけです。それが土地の特殊な力によって強化されてるんだと思います」
「そうだったのか……」
エレンの説明を聞きながら、改めて自分の腕を見つめる。そこには相変わらず、神々しいまでの輝きを放つ宝玉があった。
それを見て、ふと思う。この力は、果たしてあのバジリスク相手に通じるのだろうか。
「どうかしましたか?リオンさん」
「ああいや、なんでもない」
首を振って考えを振り払う。この力をすぐにでも試したい気持ちはあるが、今はその時ではない。
「とりあえず、今日はこのくらいでいいだろう。続きはまた明日にしようか」
「はい。ではまた明日よろしくお願いします」
二人はそれぞれに寝床に入った。
決戦の時が刻一刻と迫っているのを実感しながら――。