三枚目のカード
アルルーナが封印された広間にて、冒険者達――リオンとエレンは未だその場を動けずにいた。
理由は解放されたエレンが気を失ったまま目を覚まさずにいたためだ。魔法薬はすでに使用済みだが、アルルーナによるダメージを補うにはまったく足りていない。
「まずいな……このままじゃ……」
「リオンさん…」
「ん?どうした?」
焦りの色を見せるリオンの耳に、エレンのか細い声が届く。見れば彼女の口はわずかに動いており、身体は動かせなくても意識だけならば何とか戻ったようだった。
「私ならもう大丈夫ですから、ここから出てください。そしてギルドへ報告をお願いします」
「何言ってる!お前を置いていくなんて出来るわけがない!」
「それにこの場に居続ける方が危険ですよ。早く…」
「断る!何のためにここまで来たんだ!ここで見捨てたんじゃ、それこそ意味が無い!!」
そう言うなり、リオンは5枚のカードを取り出した。5枚のうち3枚はすでにモンスターの絵柄と名前が描かれており、残り2枚は無地のまま―つまり今は何の役にも立たない。
持ち込んでいた魔法薬はすでに使いきってしまっている以上、回復魔法を使うことのできない今の状況で頼りになるとすればこの3枚の封印カードだけだった。
ガーゴイル ―この防御力はこの状況では意味がない。
アイスドラゴン ―傷口を凍り付かせることはできても、失われた体力には追い打ちにしかならない。
アルルーナ ―……。
「試すしか…ないか…」
最後の1枚に手をかけるリオン。そのカードは先ほど手に入れたばかりのため、今まで一度も使用したことのないカードであり、詳細不明のままだった。
もしこれが当たりであれば、この状況を切り抜けることができるかもしれない。しかしそれは同時に賭けでもあった。
(俺達の命運もこのカードに託しているようなものか)
震えそうになる手を必死に抑えながら、これまで通り、ゆっくりとカードを使用する。
すると。
カードから緑のツタが伸びたかと思うと、リオンの右腕に絡みつき始める。そして瞬く間に腕全体を覆いつくすと、まるで緑色の籠手のように変化したではないか。
「これは……!?」
『我が名は"アルルーナ"』
突然脳内に響いてきた女性の声。それが目の前のカードの名前だと気づくのに時間はかからなかった。
『我が新たな主よ、貴方が望むままに力を授けましょう』
直後、籠手に絡まっていたツタが再び伸びだすと今度はリオンの左手首にまで到達する。そこからさらに伸びたツタはやがて彼の左腕を包み込むように巻き付くと、あっという間に籠手と一体化した姿へと変わった。
一瞬戸惑うリオンだったが、すぐに頭の中でアルルーナの言葉が再び響く。
『私の力は主に二つの形で表れます。一つはツタの鞭を操る能力、もう一つは光を生命力に変え、それを癒しの力とする能力です』
(なるほど、生命力ね。それで人間たちを積極的に襲ってたって訳か。ここが光のない洞窟だから…)
納得しながら、改めて自分の姿を眺める。確かに緑色に輝く籠手が両腕を覆っているのだが、見た目以上に軽い上にほとんど重さを感じない。そしてよく見ると両手首部分に小さな宝石のようなものが付いていることに気が付いた。
(これがエネルギー源かな?)
そんなことを考えているうちに、エレンの姿が視界に映る。もはやピクリとも動く様子はなく、瀕死となっているのが見て取れた。
「まずい、ゆっくり考えてる場合じゃない!」
慌てて駆け寄ると、アルルーナの籠手を着けた腕で彼女を優しく抱き上げる。すると、両手の籠手の隙間から漏れ出す光が彼女の全身を覆い、みるみるうちに消耗していた魔力や体力を回復させていく。
「凄いなこれ……」
思わず感嘆してしまうリオン。だがこれで彼女が目を覚ましてくれなければ意味は無い。
「頼む、起きてくれ……!」
祈りながらエレンを見つめるリオン。すると、しばらく苦しげな表情を浮かべていた彼女であったが、次第に呼吸が落ち着くとともに静かに目を開いた。
「あれ……私は一体何を……っ!?」
まだ意識が完全に覚醒していないせいなのか、虚ろな瞳で周囲を見渡すエレン。そこでようやく自分が何者かの腕の中にいることに気づき、ハッとして顔を上げた。
「ああ、良かった…!目が覚めたか…!!」
「え?きゃっ!!」
安堵のあまりつい力が入ってしまい、勢い余ったリオンはそのまま後ろに倒れこんでしまう。幸い倒れた先で大きな痛みはなかったが、代わりに胸元にエレンの顔が埋まってしまった。
「あ、あの……離してください!恥ずかしいです……」
顔を真っ赤にして離れようとするエレンだったが、残念なことに今の彼女は未だ衰弱しており、まともに動くことができないでいた。
仕方なくリオンは彼女に負担をかけないようにそっと身体を起こすと、その頭を優しく撫でてやった。
「もう大丈夫だ、安心しろ」
改めて、そう言って微笑むリオンを見て、エレンの心臓が大きく跳ね上がる。同時に頬の熱が一気に高まる感覚を覚えたが、不思議と嫌ではなかった。
その後、エレンの回復を待って二人は立ち上がる。
「もしかして、今のがさっきのモンスター―アルルーナの力なのですか?」
「多分そうだ。今はまだ使い方は分からないが、そのうちなんとかなるだろう」
自信ありげに答えるリオン。実際、このアルルーナの力は使い方次第では非常に強力なものになるだろう。
特に今回は瀕死の重傷を負った仲間を瞬時に回復させることができたのだ。今後の戦いにおいても非常に有用になることは間違いない。
そしてそれはエレンも同じだった。
「でも本当に助かりました。まさかあんな怪物がまだ残っているなんて……。私一人じゃどうすることもできなかったでしょうから……」
「いいんだ。俺だって君に助けられたんだから」
「リオンさん……」
そう言うと、エレンは少しだけ考える素振りを見せた。が、リオンの様子を見て首をかしげる。
「あの、リオンさん。顔色がちょっと良くないですよ?それに体全体も傾いてるような……」
言われて初めて自覚する。確かにリオンの視界は揺れ始めており、額には脂汗が浮かんでいた。そして左腕からは先ほどよりも強い痛みを感じる。
『もう一つは光を生命力に変え、それを癒しの力とする能力』
(まずい。ここは洞窟の中だ、生命力の元になる光がない!俺自身傷ついてたってのにエレンの体力分まで生命力を分けてたら…)
意識が暗転する。薄れる意識の中、リオンは慌てるエレンが必死に自分を引っ張ろうとするのを感じた。