腕試し【第一階層:ウェアウルフ】
ワイバーンの襲撃阻止、そして結果としてのアイスドラゴンの封印に成功したリオン達は、現在山岳地方のダンジョンへと足を進めていた。幸いにして町は少しずつ復興が進んでおり、再度の魔物の襲撃もあれ以来なかったことから町を離れても問題ないと判断したのだ。
「それにしても……」
「うん?」
「やっぱり、その恰好で良かったんでしょうか」
エレンの言葉に、リオンが視線を向けのは新調したばかりのローブ、いや特殊な構造と性質をもった魔道鎧の一種である。
エレンが不安そうにするのも当然であり、破損への耐性はともかくとして衝撃への防御能力はあまり高くない。以前の革鎧と比較して脆弱性が増している状態だった。
だが、この魔道鎧はそれだけではない。リオンは胸元に手を当てて念じると、胸元の装甲から魔力光が漏れ出し、そのまま全身を覆うように展開する。すると次の瞬間には、先ほどまでの軽装とは打って変わって重厚感のある黒い金属板に覆われた姿になっていた。
驚くエレンにリオンは周囲を人の目が無いか用心しながら口を開いた。
「俺なりに色々と確認してて分かったんだ。あのカード―単に魔物を封印したり召喚したりするだけのものじゃない。使い方次第でこんな風に武装や能力を使うこともできるらしい。今回のダンジョン遠征はそもそも、その確認をしようと思ったんだ」
「……つまり、今の姿こそが本来の力ということですか?」
その言葉にリオンは少し考えこんでから、
「ある意味、な。でも、この鎧自体はあくまで付属品みたいだ。それに今回の本命はドラゴンの方だ。流石に町中で試せるもんじゃない。」
「確かに……しかし、そうなると私の方も少しばかり準備した方が良いかもしれませんね」
「それはどういうことだ?まさか、お前もあのカードを使えるようになったとか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが……ただ、リオンの役に立てるよう努力するということです」
「そいつは頼もしいな」
そんなことを話しているうちに数時間してリオン達は目的のダンジョンに到着した。
◆◆
このダンジョンは新人冒険者にとって登竜門というべきものであり、リオン達も既に何度か訪れたことのある場所のために迷うことはなかった。
いつも通り、慣れた様子で入り口を通過し、内部へと入っていく。
以前来た時と比べて中の雰囲気が変わったような気がするのは、きっと気のせいではないのだろう。以前はもっとこう、もう少し洞窟のような雰囲気だったのだが今はどこかさらに人工的になった印象を受ける。恐らくは、ここ最近になってダンジョン内に何らかの手が加えられたに違いない。
しばらく歩くと開けた空間に出る。どうやらこのダンジョンの第一階層の最奥部に到着した。そこには以前と同じように台座が設置されており、その上には魔導水晶が置かれている。
これは第一階層のみに仕掛けられたボスモンスターの封印装置であり、これを倒して突破できなければより下の階層へは行けないようになっている。つまり無謀な冒険者の犠牲を出さないためのギルドの試験、というわけだった。
今回も前回までと同じく誰もいないことを確認すると、二人は慎重に台座へと向かう。そしてエレンが前に出て魔導水晶に触れると、そこから光が発生して立体映像のような人影が映し出され、たちまちのうちに実体化した。
それは、確かにヒト型の生物ではあった。だが腰布と錆びた長剣を持っている以外にはヒトらしさは見かけられない。なぜならばその体表を汚れた毛皮が覆っており、口は大きく裂けているからだった。
「グオォォォォ!!!!」
「こいつは……!」
「今回はウェアウルフ、ということですね」
現れたのは間違いなく、かつて何度かここで戦ったこともある人狼だった。最初のうちは傷を負うこともあったが、今では慣れもあって苦戦するような相手ではない。それでも十分に怪物であることに変わりはないが。
(まずは様子見だ)
そう判断し、こちらに向かってくる人狼に対してリオンはまず魔法による牽制を行うことにした。炎弾を放つが、人狼は軽く跳躍して回避してしまう。そしてそのまま肉薄してくると、勢いよく飛び掛かってきた。それを冷静に見極めながらリオンは敢えて腕をかざすのみで防御した。
その腕へウェアウルフの顎が食らいつくが、その鋭いはずの牙はリオンの腕の薄皮一枚裂くことはなかった。
「よし、ひとまずは思った通りか」
「グルルッ!?」
ガーゴイルの力で生成した鎧はボスモンスターとはいえ低級な魔物では傷つきすらしなかった。ウェアウルフは自分の攻撃が全く通用していないことに動揺するが、すぐに距離を取ろうと後ろに飛び退こうとする。
だがそれより早く、エレンの手が振り抜かれ、周囲が幻覚で覆われた。
「そのままじっとしていなさい。」
何が見えているのかは分からないが、術にかかったウェアウルフは足を止めていた。
その隙に、リオンは手に入れたばかりのもう一つの力を発現させる。
(さあ、アイスドラゴン。お前の力を見せてみろ…。)
「……凍れ。」
瞬間、世界から音が消えた。同時に空気中の水分が凍結して結晶化し、キラキラとした煌めきとなって降り注ぐ。それはまるでダイヤモンドダストのように美しく、幻想的でさえある光景だった。やがて氷結は目の前の魔物にも及び、あっという間にその毛皮が氷の粒で真っ白に染まる。
それで魔物を仕留めた訳ではなかった。氷は周囲を真冬のように凍り付かせただけでなんらダメージを与えていない。それでもリオン達の顔にはまったく焦りは浮かんでいなかった。
「…これが。」
なぜなら、その腕にはあのアイスドラゴンの頭部が出現していたからだった。腕が変形したわけではない。竜系の魔物が共通して持つ強大な魔力が、ほんの一部とはいえ手のひらに集中して顕現したことでまるでドラゴンのオーラが顎を開いているかのように見えているのだった。
「ゴアァアアッ」
その光景に対抗しようとするかのように、全身を凍てつかせながらもなお敵意を失わないウェアウルフの口から白い煙が立ち上った。だが奮い立つ人狼が再び飛び掛かる間もなく、すでにリオンの腕―ドラグーンヘッドが狙いを定めていた。
「食らえ、〈竜の凍結砲〉ッ!」
その頭―リオンの掌から放たれたのは先ほどとは比較にならない極寒の冷気であった。それは直線上の温度を急激に下げ、あらゆるものを一瞬にして氷漬けにする。それはまさに絶対零度の一撃であり、人狼の体は瞬く間に氷像へと変わり果て即座に砕け散った。
「ふぅ……なんとか上手くいったな」
「お疲れ様です、リオン。」
「ああ、ありがとう。でも、流石にこの力は使いこなせるようになるまで時間かかりそうだ」
「そのようですね。」
そう言いながら、エレンは手近にあった魔導水晶に手を伸ばす。すると再び光が発生して奥の大扉へと伸び、ガコン、という音とともに重厚な扉が開いた。
「それじゃあ、道中で疲労も多少溜まっているし今日はこのくらいにしとこう。明日の朝早いくからにでも二階層だ。」
「はい。」
こうして二人はダンジョンの外へ出た。第一階層の仕掛けは翌日までくらいならば持続する。達成者以外が部屋に入ったとき以外はそのまま開き続けるのだ。
◆◆
日が沈んだ後、入口の付近にテントの中でリオンは今日の戦闘について振り返っていた。
(まさかここまであっさり勝てるなんてなぁ)
今回のダンジョン探索の目的はカードの力の確認であり、それはひとまず無事に果たされたと言えるだろう。エレン自身も十分な対応力をみせ、これで戦力としては申し分ないレベルになった。
しかし、問題はそこではない。その能力がもたらす結果の方なのだ。
(本当にこの力でいいのか……?)
改めて、自分の手にしたカードの力が恐ろしく思えてくる。そもそもこのカードは本当に自分に相応しいものだったのだろうか? 自分はただ、たまたま運良くこのカードを手に入れただけなのでは……そんな疑念が湧き上がってくる。
だが、仮にそうであってももう引き返すことはできない。
すでに賽は投げられたのだから。