焼け落ちた町
遺跡を脱出し、街へと戻ってきたリオンとエレン。だが。
「ここが、あの町なんですか……?」
「ああ、間違いないはずだ…」
「でも、こんな廃墟みたいな場所じゃなかったはずですよ!」
「そうだな……」
今にも崩れそうな建物の間を縫うようにして歩く。数年前、故郷から初めて出てきた町がここだった。その時には活気に溢れていたのを覚えている。先日出発したときも同様だったはずだ。しかし今は見る影もない。
「もしかすると、この辺りの建物はほとんどが倒壊しているんでしょうか」
「そうみたいだな」
「とにかく宿を探してみましょう」
「ああ」
そうしてリオンたちは宿屋を探すことにした。しかし普段利用していた宿は瓦礫となっており、ほかの宿もなかなか見つからない。
「ねぇ、あの人って……」
「ん?あぁ、冒険者かな?」
道端で座っている男がいた。歳は50代くらいだろうか。無精髭を生やし、ボサボサの髪。服装はボロ布のような服で薄汚れたズボンを履いている。手には杖を持っていることから、恐らく魔導士だろう。
「こんにちは」
「…………」
返事がない。ただの屍のようだ。……いや違う。よく見ると男は眠っているようだった。
「おいあんた!起きろ!」
「……ふぇっ!?あ、あー……。おはようございます……」
「大丈夫ですか?随分と疲れてるみたいですけど……」
エレンが心配そうに尋ねるが、男は苦笑しながら首を振った。
「え、ええまあ……。少し寝不足なものでして……」
「何かあったのか?」
俺が質問を投げかけると、男は一瞬だけ迷うような素振りを見せた後口を開いた。
「実はですね……。私の住む町では最近、原因不明の大災害が起きまして……」
「大災害……?」
「はい……。突然巨大な竜巻が発生したかと思うと火災があちこちで発生したのです。それでこの町まで避難してきたのですが…」
「それはいつ頃起きたことなんですか?」
「1週間ほど前でしょうか……」
1週間前というとちょうどリオン達2人が砂漠を出発した時期だ。それにしても竜巻?
「それってどんな風でした?」
「はい……。私もよく覚えてないのですが、どうも竜巻というよりは大きな渦のようなものに巻き込まれた感じでした」
「渦……」
エレンもその話を聞いて考え込んでいる様子だ。
「ちなみに被害にあった方々はどこにいますかね?」
「町の広場に避難しています。もし良ければご案内しますよ」
「ええ。お願いします」俺たちは男の案内で町の中心部にある広場へと向かった。道中、男に名前を聞いたところ、彼は"アルスト・マギノ"と名乗った。
広場に着くとそこには大勢の人々が集まっていた。名を知っている面々も交じっている。中には怪我を負っている者もいるようだ。そして俺たちはその光景を見て驚いた。なぜならそこには特に見知った顔があったからだ。
「「ルウ、フラン!」」
そう、そこに居たのは冒険者仲間であるルウとフランだったのだ。
リオンは慌てて2人に駆け寄っていく。しかし、そこで見たものは悲惨なものだった。
ルウとフランは身体中に傷を負い、血を流している。しかもその傍らには倒れている人の姿が見えた。おそらくあれは町長だ。他にも数人の人間が地面に横たわっている。
(まさかこの2人がこんなことになっているなんて……。)
「お前ら無事だったのか!!」
「おぉ、リオンか!!久しぶりだな!!」
「良かった……。無事だったんですね……」
傷を負ってはいるが、2人ともだいぶ元気そうだ。しかし一体何があったというのだろうか。
「2人はどうしてここに?」
「それがよ、いきなりこのおっさんが話しかけてきてさ」
「おいこら!人を指差すんじゃない!」
「いいから話を続けて下さい」
エレンが促すと、ルウが町に起こった出来事を話し始めた。
「むぅ……分かったよ。私は冒険者ギルドの依頼でここに来たんだよ」
ルウの話によると、数日前に突然町から離れた場所に謎の巨大な渦が出現したという。調査に向かった冒険者たちは次々と行方不明になり、遂にはこの町に辿り着いたらしい。
それからというもの、町では魔物の襲撃が相次いでおり、町民たちは不安に駆られていた。そんな中現れたのが、あのルウとフランをはじめとする冒険者たちだったというわけだ。
彼らの活躍によって町は守られたものの、その後突如として大型の魔物が現れたらしく、冒険者だけでは対処しきれず、住民たちの協力もあってなんとか撃退することに成功したということだ。
だが、それでもかなりの数の住民が犠牲になってしまったようだ。
「そうだったんですか……。ところで町のみなさんの容態は?」
「あぁ、彼らは私が治療しましたから命に別状はないですよ。ただしばらく安静にしておいた方がいいでしょう」
僧侶のフランが笑みを浮かべて言った。
「そうか。よくがんばってくれた…」
「いえ、当然のことをしたまでです。それよりも、君たちこそ今までどこに?」
「俺たちは……」
俺たちはこれまでの経緯を話した。砂漠の遺跡を訪れたこと、そしてこの町を目指して歩いて戻ってきたこと……。
「なるほど、そういうことだったのですね」
一通り話を聞いたあと、アルストが納得したようにうなずいた。
そのとき、彼の表情が曇るのを俺は見逃さなかった。
もしかすると、何か知っているのかもしれない。
そう思った俺は彼に尋ねた。
アルスト曰く、町を襲った竜巻は何者かによる攻撃ではないかということだった。
なんでも、突然空に大きな火球が出現したかと思うと、そこから炎の柱が落ちてきたのだという。それはまるで天罰のように思えたと彼は語った。
「もしかすると、それ自体も大型の魔物の仕業かもしれません……」
「大型の魔物……?そういえばルウにフラン、お前たちがこれだけのダメージを受けたやつっていうのもさっき言ってたよな?確か『大型の魔物』って…」
「ああ、そういえば確かにそんなことを言っていましたよね」
「うん……。でも僕たちが戦った魔物はもっと小さかったぞ?」
2人から聞いた話では、彼らが戦っていた魔物というのは全長5メートルほどで、姿形もそれほど恐ろしいものではなかったという。
「恐らくですが、その大型というのが町を壊滅させるほどの力を持っているのではないでしょうか。それにしてはあまりにも情報が少ないですが……」
エレンの言葉を受けて、俺はある仮説を立てた。
「じゃあさ、町を襲撃した奴らは囮で、本命はそいつだったんじゃないか?」
「えっ?どういうこと?」
「つまり、町を破壊したのは別の何かで、その何かは町から離れた場所に姿を現し、攻撃を仕掛けたというわけだ。まあ、あくまで可能性の話だがな」
「ふむ……。しかし、そうなると問題なのは町が壊滅するほどの攻撃を放った存在の正体ですね」
「ああ。それが分かれば対策も立てやすいんだが……」
「あの、何を話しているんですか?」
2人が話し合っていると、ルウとフランが不思議そうにこちらを見つめていた。どうやら俺たちだけで会話をしていたせいで置いていかれてしまったようだ。
そこで俺は2人に説明をし、魔物の襲撃についてしばらく話し合ったのだった。
リオンたちは2人と別れてようやく見つけた宿屋へと戻った。
部屋に戻った俺たちは今後のことについて話し合いを始めた。
まず、今回の襲撃については俺たちがなんとかしなければいけない可能性がある。幸いにして帰還の道中では大した魔物と出会うことはなかったが、それが逆に不安だったのだ。
『お前たちの魔力は魔物たちにとって極上の餌だということを忘れるな』
遺跡で聞いたあの神官の言葉。
「ねぇ、あの人が言っていたのってもしかして……」
「ああ、間違いないだろうな……」
「しかし妙ですね。あのガーゴイル以来、そんな相手には会いませんでしたよ?」
「そうだよな……。だが、もしそういう連中が『何か』を恐れて近づかなかったのだとしたら?『こいつらは自分の餌だ』とでも言うように」
そう考えると辻妻が合う。
そして俺たちの予想が正しければ、敵はかなり危険な相手ということになる。
もしもここが俺たちの住む町でなかったならばこの町やあのアルストの町が滅ぼされることはなかっただろう。
(だからこそ俺たちが止めなければならない)
これ以上の犠牲者を出さないためにも。
そこでリオンはエレンにある提案をしたのだった。