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現代短編

死体を埋める程度の仲

作者: 星町憩

 僕と彼は死体を埋める程度の仲のようである。

 ようである、と曖昧なのは、僕もまだこの関係がよくわかっていないからだ。

 つい先程彼はうっかり人を殺してしまった。混乱した支離滅裂な口上から拾って察するに、正当防衛だったということだけれど、どこまで信じていいのかも僕にはわからない。そもそも人を殺したやつの精神状態なんて知りたくもない。

 なぜ僕がこんなふうに死体遺棄の片棒を担いでいるのかといえば、実のところ僕にもよくわかっていない。現場を目の当たりにして即通報するほどには他人ではなく、自首しようと説得してやるほどには親身ではなかった。つまり、僕も混乱しているのだ。

 ちら、と彼の姿を窺えば、今は一心不乱に穴を掘っている。単純作業というのはいいものだ。思考を放棄することができるし、思考を整理するための時間も与えてくれる。今彼の脳内で何が渦巻いているのやら。聞き出さないことには知り得ないわけだが、はて。

 さて。この穴の奥に横たわりほとんど土を被った遺体を、今さら通報した場合僕はどんな罪に問われるのだろう。遺棄未遂ということで許してもらえるだろうか? 法律には詳しくないので判別がつかない。そもそもこんなど素人の突発的な殺人と隠蔽だ。すぐに足がついて捕まるだろうことも火を見るより明らかというものである。現代社会の警察は無能無能と言われて久しいがあれで案外優秀なのだ。なんたって犯罪解決のスペシャリストには違いないからな。マニュアルがあるってのは強い。

 ちなみに「埋めようか」なんて言い出したのは僕の方からだった。人を殺したパニックで頭がバカになっているあいつがそれに二つ返事だったことは言うまでもない。面白いのは、積極的に遺棄を提案した僕の手は遅々として進まず、彼の方が黙々と作業を続けているということだ。

 時折、これくらい掘れば大丈夫か、これくらい土を被せればいいのか、と伺うようにこちらを見てくる。その度に僕はいいんじゃないかと微笑んで、その微笑みを見て彼がぞぞとしているのが見て取れる。顔に出やすいやつだ。

 それで僕は今、こいつと一体どんな時間を共有しているのだろう。

 今、やつは僕に全ての責任の所在を委ねている。僕の指示を仰ぎ、従ったふりをして、遺体を地中に沈めていく。殺人を犯した人間の心理が分からないとはこのことだろう。今し方まで生きていたことを知っているのに、どうしてこうも躊躇いなく土を浴びせられるのだろう?

 僕は、この男をもっと純朴で良心的なやつだと思っていた。だからこそ、突発的で事故であったのだろう殺人について受け入れた。こういうやつであるから、罪を軽くしてやるためには自首させるのが最善だし、また言って聞かせればこいつもそうするだろうと思った。それくらい、こいつは狼狽えていた。

 魔が差したと言えばいいだろうか。

 僕はこいつとそこまで親しいわけではなかった。親しくないわけではない。同級生で時々つるむ程度の表面的な関係だ。今日この時まで深い興味を抱いたわけでもなかった。

 今この瞬間、こいつの全てを手に入れているのは俺だという錯覚の全能感。

 今この時、こいつを見つけてしまったのが自分だという運命力。

 それに酔ってしまった。多分そうだと思う。それしか考えられない。

 目の前で、良心的だった青年が悪人へと羽化しているのを特等席で見ている。えも言われぬ情感だった。気味が悪いとも感じるし、侮蔑の情も湧き起こる。俺の知っているお前なら、こうして埋めている途中でも「やっぱりやめよう」なんて言い出すと思っていたよ。

 ここまで来たらもう止められないのかもしれない。穴を塞いでいくその目に狂気の光すら見える。こいつが自分の過ちに気づくのは何時頃だろう。それとも気づかないだろうか。どこまで狂えるんだろうな、この元・善人は。

 あとは僕が、共犯者になる勇気を持つだけだが。さあ、言うんだ。

 やっぱり自首した方がいい。そう言うんだ。

 ……言えないのは、なぜだろう。怖いな。言った瞬間、殺されそうな気がするんだよね。

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― 新着の感想 ―
[一言]  何か面白かったです。タイトルめっちゃセンスいいですよね。ついつい引き寄せられました。  ありがとうございました。
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