95. 婚約者の家
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四日前に客人がやって来てから、館の中がぴりぴりしている。
この家の長男が春に結婚するらしく、客人達はその婚約者の家から遣わされて来ているそうだった。
ヴァルーダ語がほとんど分からない奴隷のミルに詳しい話をしてくれる人間もいないのだが、おそらく新婦の部屋を整えたり、挙式の日の料理の打ち合わせをしたりするために来ているのだと思う。
彼らが館に到着した日、それ自体に見応えがあるくらいの豪華な収納ケースが二台の大型の馬車から幾つも降ろされて館に運び入れられていたし、新郎になる予定の男とその父親が彼らと会談する場には、ジェイコブとタバサが度々呼ばれていた。
新婦を迎える準備で館が忙しなくなるのは当然だったが、この数日のそれだけではなさそうな雰囲気に、ミルはちょっと困惑していた。
ブワイエ家の使用人達が、日に日に苛立ちを強めているのがはっきりと分かる。
どういう事情であるのかミルには知る由もなかったが、二つの家の使用人達は明らかに反目しあっていて、しかもブワイエ家の方が立場が弱いようだった。
客人になにごとかを言われたブワイエ家の使用人が、不快げにしながらも言葉を飲むような様子をミルは何度も見掛けた。
この家の人達は、婚約者の家に随分気を遣っている。
いつもより少し綺麗な自分の服を見つめて、ミルは思った。
来客がある時だけ、ミルはいつもと違う服を与えられる。
多分館の中にいるミルは客の目に触れるためで、要するにブワイエ家の見栄のために、奴隷の少女も着飾られるのだ。
ただし、ミルの衣裳替えは来客の度に必ず行われる訳でもなかった。
少女奴隷を着飾るかどうかは、客とブワイエ家の関係性によって決まるのだと思う。
ゴルチエ家というらしい婚約者の家は、ブワイエ家が体面を保ちたいと思うような、おそらくそれなりの家であるのだろう。
館の雰囲気が悪い時は、ミルに苛立ちをぶつける人が増える。
些細なことで小突かれたり、掃除道具を渡すのに投げ付けられたりするようなことが頻繁に起こる。
客人達が帰れば、少しはましな状況になるのだろうか。
朝も夜も、ミルには心安らぐ場所がなかった。
昼近い頃、蓋付きの大きな塵取りを持ち、灰を集めるために、ミルは暖炉のある部屋を廻ろうとしていた。
館の一階を南から北に向かって歩き出すと、行く手にゴルチエ家の使用人達がいるのが見えて、少女ははっとして足を止めた。
遅かった―――――――――――――――――
どうしても鎖の音がしてしまうから、歩いているときのミルは、居場所を周囲に知らせて回っているようなものだった。
薄黄色の髪の女が、ミルを振り返った。
短めの滑り込み更新です……!




