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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第一章 少年と竜
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09. 竜はなにを食べるのか

◇ ◇ ◇

 東の空は既に随分白くなっていて、森の鳥達も、もう起きている。


 桶が繋がれた縄を引き上げ、ナギは今日の最初の水を汲み上げた。


 小屋から持ってきた桶の、竜のいない方にナギはその水のほとんどを空けた。

 そして残りの水を左右の手に順番に掛け、今日はまず、彼は自分の両手を洗った。


 手を清め終えるとまだ残しておいた水を、ナギは自分の左手を受け皿にしてそこにそそいだ。


 そうして水を溜めた手を、そっと桶の中の竜の口元に差し出してみた。


 木桶の底でじっと座っていた黒い竜は、すると差し出された手に、ちょこんと自分の左の前脚を掛けた。

 それからくちばしを水に浸けると、その小さな口をぱくぱくと動かした。



「…………飲んだ。」



  ――――――――――――――――――――――飲んだ!



 安堵と興奮がナギの体を包んだ。


 竜の赤ちゃんは、水が飲めるらしい。


 少し様子を見なければならないけれど、もしこの子が水を飲めるなら、水分補給の問題はクリアかもしれない。

 水と牛乳は、ナギが比較的自由に手に入れられる数少ない物だった。



 心揺さぶられたのは、だがそれだけが理由ではなかった。


 ――――――――――この子にとっては、生まれて初めて口にするものなのだ。




 だが竜が飲んだ水の量は、わずかだった。

 やっぱり水では駄目だったのか、それともその量で充分なのか、今は判断が付けられない。


 しかし思い悩んでいる時間もなかった。


 ナギは館をちらりと見やった。


 まだ誰も起き出していないように思える。



 ―――――――――――――――――――ミルのことが気になった。



 同じ国の同じ言葉を喋る少女のことを案じながら、ナギは桶の底から優しく竜をすくい上げた。



 こちらの木桶にも、水を満たさなければならない。



 掌サイズの黒龍は、ナギの手に従順に乗っていた。



 数秒思案して、ナギは自分の丸首の服の、首許に竜を入れてみた。


「しーっ。」


 なだめるようにそう言いながら、焦げ茶色の服越しにそっと竜の体を抑えると、竜は素直にそこに納まった。ナギの服に両方の前脚を掛け、顔だけちょこんと外に出してじっとしている。





 可愛い。



 しかも温かい。



 硬い羽がちょっとちくちくするけど。





 奴隷狩りに遭ってからの三年、こんなに幸せな気持ちになったことはない。



 竜の体にそっと手を当てて、三年の間でほとんど初めて、ナギの顔に笑顔が浮かんだ。




 超常の力とかいうのは、いつ発揮されるのだろう。



 もしかしたらすぐではないのかもしれない。




 見つかったらお終いな気がするが、やれるところまで、やってみよう。




 朝日が差した。




 あと二時間程で、館の人間と顔を合わせることになる。


 それまでに竜を育てられる見通しが立たないと、ナギを待ち受けるのは身の破滅かもしれなかった。


 だいぶ勝算が少ないと思うが、でももしかしたらこの船は、ナギとミルと、仲間達を救う船となるかもしれない。


 ここに留まっていても奴隷として死ぬ未来しかないのなら、覚悟を決めて、乗ってみようと思う。




 胸許に竜を入れたまま、ナギは歩き出した。




 両手が桶で塞がっているので、竜の体を支えてやることも、飛ばないように抑えておくことも出来なかった。


 だが片手の掌にすっぽり包み込める程に小さな竜は、ナギの首許からちょっと顔を覗かせたまま、大人しくしてくれていた。





 気まぐれに人間ひとの世界に現れて、時には人との間に子まで成す獣人だが、彼らは長くは人間ひとの世界に留まらないと言われている。



 獣人達の国は、海の向こうの東の果てにあると伝えられていて、彼らはいずれはそこに帰って行くと言う。



 人間ひとの世界にいる獣人は、珍しい存在だ。



 人と獣人の間に生まれた卵も権力者が囲い込んでいるため、当然の帰結として、「合いの子の獣人」も、王都や大貴族の邸とかにいるものだった。



 だからナギは、本物の獣人を見たことがなかった。知識や、絵としてしか獣人を知らなかった。




 ―― 獣人が食べる物は、人間ひとと同じなのだろうか? ――




 そんな基本的な感じのことすら自分が知らないことに、ナギは今日初めて気が付いた。




 獣人の卵を囲い込んでいる権力者達は、もしかしたら獣人を育てるための知識も、囲い込んで外に漏らさないようにしているんじゃないだろうか?




 今初めて、そんなことも考えていた。




 ナギは人間が住めそうな程に大きな、木造の鶏小屋の前で立ち止まった。


読んで頂き、ありがとうございます!


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