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【第五章開始】竜人少女と奴隷の少年  作者: 大久 永里子
第二章 少年と竜人
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88. 竜人少女の最初の朝

 ラスタが冗談を言ったのだと思い、ナギは真面目な返事が回答を補完するのを待った。


 だがラスタの言葉がないまま数拍が過ぎた時、少年は尋ね返すように「えっ………」と小さく呟いた。


「やっと言えた!」


 少女は宙で立ち上がると、腰に両の手を当て、笑いながら胸を張った。



  どういうこと?何かの喩え?



 様々な解釈がナギの頭の中でぐるぐると回転し、やがて思考の海にぼんやりと結論が浮かび上がった。


 ―――――――――――――――これは言葉通りの意味なのでは?



「してない――――――――――?」


  そんな馬鹿な。


 あり得ない、と思った。



「してないぞ!」

「――――――ほんとに?」

「うむ!」



 ナギの知る生物とか物理の常識が、獣人に通用しないのは分かっている。

 でも自分を納得させることが出来なくて、少年は数秒、左手で額を抑えて俯いた。


「食べた物はみんな体の中で別の何かに変わっているから排出しない。ナギがずっと探しているのに、喋れなくて困った。」


 一年越しで真実を告げることが叶って、小さな少女は嬉しげだ。


 急に体から力が抜けて、ナギは額を抑えたままその場にしゃがみ込んだ。


「ナギ!!」


 驚きの声を上げながら、ラスタがナギの前に降り立つ。



  陽が落ちる直前の納屋で、必死で探し続けた日々はなんだったんだ………。




 もう今日の遅れを取り戻せるとは思えず、ナギは内心、館の誰かに殴られることを覚悟していた。

 だがそのの朝の重労働は信じられない程に早く終わった。



 元々ラスタが水を作れるようになってから、朝の仕事はかなり楽になっていた。


 小屋の床を洗うための水は次々と桶に溜まったし、牛の体を洗うのも牛に水をやるのも、あっという間になっていた。


 それに加えて今日からは、ナギの背中におぶさったラスタがてのひらを向けるだけで、大人何人分もの重さがある牛のふんと汚れたわらが、一気に小屋の外まで掃き出されるようになったのだ。



 それだけではない。



 外に掃き出したふんわらは荷車で何往復もして遠くまで捨てに行かなければならないのだが、その荷車をラスタが「押して」くれた―――――――――――姿を消したままで。


 進路や力の微妙な調整が難しいと少女に言われたのと、他人ひとに見られたらまずいのとでナギが荷車から完全に手を離すことは出来なかったが、それを押すのに必要な力は、これまでの半分以下だった。


 今までずっと、姿を消した時はラスタは、物に触れることが出来なかった。

 だが「触れずに物を動かす力」は、姿を消している時も使えたのだ。



 ラスタに出来ることは、大きく広がったのだと思う。



  伝説の竜人―――――――――――――――――――――


  一体ラスタは、どんなことを、どれだけ出来るようになって行くのだろう。



 牛小屋に戻ると、竜人の少女はすぐに宙から現れ、再びナギの背におぶさった。

 おぶさると言っても少女は自分で浮いていて、少年が感じる重みはわずかであったが。ナギの頭や肩に乗っていた黒竜は、人間の姿の時はナギの背中に乗ることにしたらしい。


「……ずっとそこにいるの?」

「うむ!」


 嬉しそうに応えた少女の声に、少年は思わず笑った。


 背中に感じる小さな少女の存在は、少年を幸せな気持ちにしてくれた。




◇ ◇ ◇


 昨日きのうとほとんど変わらない時間に、ナギは勝手口の扉を開けた。


 ミルと目が合う。

 二人は小さく微笑み合った。



  殴られてもいい。

  今日はミルにこのことを伝えたい。



 いつも通りに不機嫌そうなジェイコブが、こちらを睨んでいる。

 太い腕が煮物の椀を、乱暴に盆に置いた。

 年輩の女中も、いつもと変わらぬ冷たい視線を送って寄越す。



 どちらも大して気にもならない。


 少年は黙って盆を手に取ると、ミルの方へと歩み寄った。



  今日は見咎められてもいい。



 少女の横まで行くと、少年はそっと少女に話し掛けた。



 自分達だけに分かる言葉で。





「人になったよ――――――――――――――――。小さな女の子だった。」





 ミルは目をみはりり、微笑むナギを見上げた。


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