86. 空を飛ぶ(2)
訊いてみよう。
そう思い、視線を上げて、ナギは「えっ……」と呟いた。
「ラスタ――――――――――!」
制止の声は間に合わなかった。
故郷にいた時、ナギには問題のないことでも「小さな弟達が真似をすると危ない」と言うので、彼らの前で斜面をよじ登ったりすると、ナギは母から怒られたりした。
少年の頭の中で、あの頃の母の声が甦る。
やらかした――――――――――――――!
小さな女の子がその背と同じ長さの金髪をなびかせて、ひょいとナギの目より高い位置から飛び降りた。
「待っ……!」
母の教えは偉大だとか思いつつ、少年は慌てふためきながら、少女の落下予想地点で手を広げた。
竜人はもしかしたら物凄く丈夫なのかもしれないけれど、そんな賭けをする気にはなれない。
ナギが腕で作った囲いの中に、少女は落ちた。
間に合った。
抱き止めることに成功―――――――したつもりだった。
一瞬後、少年の腕の中に少女はいたが、彼が予測した衝撃はいつまでもやって来なかった。
正確に言えばナギが腕で作った輪はまだ引き絞られていないのに、ラスタはなぜか少年の腕の中に留まっていた。
「心配するな!」
青い瞳の少女が得意げに笑う。その顔の位置がナギより少し高い。金色の髪が、さらさらと揺れながら少年の腕に触れている。
ゆっくりと、少女の足元に視線を向けて、サンダルを履いた小さな足が地面に着いていないのを見た時、ナギは開いた口がふさがらなかった。
「――――――――――――――飛べるの?」
掠れた声で少年がそう訊けたのは、数秒を置いてからだ。
「『飛べる』と言うか、『持ち上げてる』みたいな感じだ。触らないで物を動かせる。」
少し考え込むようにしてからそう応えると、竜人の少女は宙に浮いたまま、左手を上げた。
そしてナギの足枷を解いた時のように、小さな人差し指が小屋の扉に向けられる。
がちゃり。
少女の指の先で、両開きの扉の左のハンドルが回った。
それからハンドルは、逆回転して元に戻った。扉の外で閂が受けがねに掛かる音が、かちんと響く。
独りでに物が動いた――――――――――――――。
まるで見えない手があるかのように。
「扉を抑えてすぐに開けられないようにすればよかった。次からはそうする。」
小さな少女が少しむくれながら言う。自分の不手際に、自分で腹を立てているようだった。
ナギはただハンドルを見つめていた。
言葉が出ない。
他に訊こうとしていたことがあったのに。
次々と知りたいことが出来る。
訊きたいことを全部訊き終えられるまで、これでは何日掛かるだろうか。
ゆっくりと少女に視線を戻すと、少年は硬い声で尋ねた。
「もしかして――――――――――外からドアや窓の鍵を開けることが出来る?」
「もちろんだ!!」
空中で、少女は胸を張って笑った。
「――――――――――――――――――――――」
国境まで歩くための装備を揃えられるかもしれない。そう思い、ナギは緊張した。
もう一つ、知りたかったことを少年は尋ねた。
「ラスタ――――――――――――――。もしかして、ヴァルーダ語が分かる?」




