84. 黒い服の女
苦しげな音を立てながら、蝶番の壊れかかっている扉が開いた。
寒々しい冬の朝が口を開け、その中に、陰気な顔をした黒い服の女が立っていた。
屋内の温度が急激に下がる。
息を飲み、少年は予期せぬ訪問者を見つめた。
誰だかは知っていた。
扉が開こうとした瞬間に、ナギは何人かの人物を予想した。
だが扉の向こうに立っているのは、少年の予想の片隅にもいなかった人間だった。
30代か、40代くらいに見える女。
春に輿入れして来ることになっている、ハンネスの婚約者の家から来ている女だ。
何人かでやって来て、数日前からブワイエ家に滞在している。
輿入れに向けて用意やら打ち合わせやらの必要があるのか、相手の家から人が遣わされて来るのはこれで二度目だった。
客人の素性を教えてくれたのはミルだ。
ナギとミルが話せる機会は変わらず少なかったが、話せる機会がある時は、ミルは館で起きていることを、よく教えてくれた。
お蔭でミルが来てからの一年で、ナギはそれまでの三年よりも館の事情に詳しくなっていた。
なんでここに、他所の家の人間が。
ナギはただ目を見開いて相手を見ていた。
足枷が外れていて、立つことが出来ない。
梯子を降りろと言われたり、相手が近付いて来たりしたら、でも気付かれる。枷が外れていることに。
黒い服の陰気な女は、戸口から無言でナギを一瞥した。
後ろで束ねられた薄黄色の髪が、冷たい風に晒されて微かに揺れている。ハンネスの婚約者の家の使用人には制服があるようで、着ている服は同行の他の女達と同じだった。女は白いエプロンをしていて襟と襟飾りの布も白かったが、逆光のせいなのか、その黒い色しか印象に残らない。
沈黙のまま女の視線を受け止めた少年は、意識も体も張り詰めていた。
女は何も言わず、牛小屋に入って来ることもなかった。
数秒ナギを見やると、女は再び扉を閉めた。
冷気と光が弱まる。
身じろぎもせずに、ナギはその様子を見守っていた。
足音が遠ざかって行くのが聞こえる。
なんだったんだ―――――――――――――――――――――。
起きたことは異様だった。
他家の人間がこんな早朝に家畜小屋の周囲をうろつくなんて、まるでブワイエ家の目を盗むかのような行動だ。
閉じられた扉を見つめたまま、ナギはしばらく動けなかった。
ブワイエ家に対して忠心の欠片でもあるのなら、報告するべき不審な出来事なのかもしれないが。欠片の持ち合わせもないので、館に告げるべきなのか迷った。自分の身に影響がない出来事であるのなら、首を突っ込もうとは思わない。
ぽんっ。
小さな音がして、少年の頭上に、少女ではなく漆黒の竜が現れた。
ナギは目を瞠った。
「ラスタ………?!」
これまでは「新種の何か」かと思えないこともない見た目だったのに、もうだいぶ竜らしい。
黒竜は、また一回り大きくなっていた。
少年が両手を伸ばすと、青い瞳の竜は楽しげな表情で、その手の中に舞い降りた。
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