81. 竜人の記憶
ラスタはその問いを、それ以上追究しなかった。
代わりに少女は、話を少し戻して別の質問をした。
「……わたしはナギがヤナに帰るのを手伝えばいいのか?」
「ミルもいる。」
少しだけ慌てて、ナギは付け加えた。気のせいかもしれないがなんとなく、同郷の少女のことを竜人に忘れられている気がしたのだ。
すると竜人の少女は、小さくむくれて目を逸らした。
「ミルはついでだ。」
「友達もいるんだ。」
小さな少女の中で、ナギとナギ以外の人間の重みにかなりの開きがあると気が付いて、少年はひどく動揺した。ナギにとっては、ミルも故郷の仲間も、全員大切な存在だった。
竜人少女の青い瞳は、再びナギを向いた。
「友達はどこにいるんだ。」
「分からない。ヤナから連れ去られた時、僕達は十四人だった。奴隷商人の馬車が一番最初に着いたのがここで僕が一番最初に売られて、その後みんながどこに売られたのか、だから分からないんだ。」
「―――――――――――――友達は諦められないのか?」
幼い表情で小さな少女が口にした冷徹な言葉に、少年は息を飲んだ。
「それだと行方を捜すところから始めなければならない。――――――――多分、物凄く時間が掛かるぞ。」
時間―――――――――――――――――――――
心臓がきゅっと締め付けられて、ナギは顔を強張らせた。ミルのことが、脳裏をよぎっていた。
――――――――――――心のどこかでぼんやりとイメージしていたみたいに、竜人は神のように万能な訳ではない。
認識を新たにして、少年は気持ちを引き締め直した。
ラスタが出来ることと、出来ないこと。
自分は先ずラスタに、それを教えて貰わなければならないのだろう。
「―――――――――――ラスタ。例えばミルだけを、先に故郷に送り届けて貰うことは出来る?」
ナギがそう尋ねてみると、ラスタはまたむうっと頬を膨らませた。
「ミルはついでだって言ったろう!」
「でも仲間を見捨てたくないんだ。時間が掛かっても、見つけ出したい。」
少年の懸命な訴えに、少女は少し考え込んだ。
「―――――――――――難しい。わたしはまだ小さい。」
「―――――――――――。」
「ミルの足枷を外してやることは出来るし、水や火を作ってやることも出来るが、ミルは故郷まで歩けるか?この国の人間を避けて行くのだったら、普通の道は通れないだろう?―――――――――――そもそもここはどこなんだ。ヴァルーダと言う国らしいが。」
ブワイエ領の場所。
ナギにとってずっと課題だったことが、改めて彼に突き付けられた。
四年間、村人達にそれとなく尋ねたことは何度もある。
だが畑仕事の最中に、地図を描いてまで少年に詳しい話をしてくれようとした者はいなかった。
ここがヴァルーダの北部に位置することだけはなんとか分かったが、ヴァルーダは幾つもの国と国境を接する巨大な国だ。単に「北部」というだけでは、脱出の助けになる程、場所が絞れなかった。
情報、装備。
必要な準備を、洗い直そう。
現実味を帯び出した脱出計画を考えながら、もう一つ、別のことにもナギはこの時引っ掛かった。
ラスタは今、「わたしはまだ小さい」と言った。
それは「ラスタが成長すれば、違う可能性がある」、という意味に取れた。
「―――――――――――ナギ。ヤマタという国がどうなったか知っているか?」
と。唐突に、ラスタにそんなことを尋ねられ、少年は困惑した。
「―――――――――――昔この辺りにあった筈だ。なくなってしまったようだが。わたしの母は、卵をその国に預けた筈なんだが。」
驚いて、ナギは小さな少女を見つめた。
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