80. 二人の間
「小屋の外に出る時に嵌め直せば問題ないだろう。」
無表情に見える程に、淡々と少女は言った。
一瞬呼吸が止まった。
鍵の解けた鉄の枷を、ただ目を見開いてナギは見つめた。
この時ナギは、胡坐で座っていた。
自由な動きを許さない枷のせいで、椅子のないこの「部屋」では、少年は、ずっとただ座るだけでも苦労してきた。
鉄の枷に伸ばすナギの手は、震えていた。
胸が苦しくて、体が動かない。
震える手だけを、ようやくのように動かした。
鉄の重りを四年引き摺って歩いたナギの足首にはたこのような物が出来ていて、変形している。自分を家畜小屋に繋ぎ続けた鉄の枷は冬は冷たく、夏は熱を持って、動きの制約や重さ以外でもナギを苦しめた。鉄の鎖は十代の少年が走ることを、四年の間許さなかった――――――――――――――――金属の縄は、奴隷として暮らした四年の月日の、象徴だった。
足が軽い。
じゃらり。
震え続けている手が、ようやく鎖を掴む。
鉄の輪はちゃんと開いているのに、体が上手く動かなくて、枷から足を引き抜くのが難しかった。
震えながら、ナギは足から鎖を外した。
鉄枷を両手に持つと、外した物の大きさを教えるように、腕にずしりと重量が掛かった。
数秒の間、ナギはただ無言で手の中の鎖を見つめていた。
胸が震えて、息をすることすら覚束ない。
どんなに言葉を尽くしても、ラスタにこの気持ちを伝えることが出来ない気がした。
鎖の上にぽたりと水滴が落ちて、自分がまた気付かぬ内に泣いていたことを知る。
知らない内に流れ出した涙を、どうやって止めていいのか分からない。
少年は、ゆっくりと顔を上げた。
小さな少女がじっと自分を見つめている。
「………ありがとう……!」
ナギが口に出来た言葉は、その一言だけだった。
それ以外の言葉が、見つからなかった。
ラスタの煌めくような青い瞳は、真っ直ぐにナギを見ていた。
そして少しの間の後、少年は思いも掛けぬことを少女に尋ねられた。
「人間はどうして同族にそんなに残酷なんだ。」
あどけない声で問われた言葉に、ナギは目を瞠った。
ラスタが生まれてから、まだ一年経っていない。
でもラスタは実際の年齢とも、今見えている小さな女の子とも違う。
目の前の超常の存在は、ナギに深い畏敬の念を抱かせた。
ナギはそっと、鎖を床に置いた。
16歳の少年と、小さな竜人の少女は、少しの間黙って見つめ合った。
人間の少年に投げかけられた、他愛もない程に素朴な問い。
四年間、ナギは確かに人間の残酷さに晒されて来た。
でも残酷なのは人間だけだはない。
例えば動物が他の動物を食べるのだって、残酷だ。
共食いも、彼らの世界にもある。
だけど生きるもの達は大きな自然の摂理の中にあって、一つ一つの残酷さを断罪する必要はないのだと、人間のナギは思う。
ただ人間には残酷さに抗うことや、抗う方法を選択する自由があり、それが重要なのだと思う。人間に出来るのは、その程度のことだ。
自分は所詮人間に過ぎない。
現実の存在とは思えないくらいに美しい竜人の少女を見つめ、どうしてか切なくなって、ナギは小さく微笑った。
そんな少年を見て、竜人の少女は少し戸惑う表情をした。
読んで下さっている方、今日たまたま読んで下さった方、ブクマや評価、いいねして下さった方、本当に本当にありがとうございます!
よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークして頂けたりすると物凄く励みになりますので、ぜひお願いいたします!




