08. ナギと竜の最初の朝
ひとしきりパニックになった後、ナギは頭の中で問題点を箇条書きにした。
・竜が何を食べるのか分からない。
・他人に見つかるとまずい。
・仕事をしないとまずい。
竜は落ちかけたり落ちたりしながらぱたぱたと飛び回っていたが、疲れてしまったのか、しばらくするとナギの膝の上に降りて来た。
竜人についての知識も、他の獣人についての知識もナギには全くないので、竜の赤ちゃんの「普通」が分からない。
物凄く小さいのだが、本当に竜なのだろうか?
鳥の雛よりも小さな口をぱくぱくと動かして、ナギの膝をつついてくる。
お腹が空いているように見えた。
思い切ってナギは、小さな竜に、ヤナ語で話しかけてみた。
「……………お腹空いてる?」
ナギの言葉が分かったのか分からないのか、話しかけられた竜はちょっと反応してナギの顔を見返したが、またすぐにナギの太腿をつつき出した。
少し考えて、ナギはヴァルーダ語で同じことを尋ねてみたが、竜の反応が特に変わる訳ではなかった。
半分人間な筈だけど、赤ちゃんだとするのなら、もしかしてまだ言葉が分からないんだろうか?
考えたこともなかったが、獣人はどうやって人の言葉を覚えるのだろう?
って言うか、この小さな体が人間になると、思えないのだが。
親指サイズの卵から掌サイズの竜が生まれて、巨大な獣人が人間の姿になるくらいだから人間の感覚で考える必要はないのだろうが、このサイズ感のまま人間になったら、小人じゃないか。
頭の中で嵐が吹き荒れて、心臓がばくばくした。
――――――――――やがてナギは竜を自分の膝から降ろすと、足の鎖に絡む藁を取り除き始めた。その間も竜は、ナギの太腿を甘えるようにつついている。
この子の餌も、朝の仕事も、ここにいたままでは解決しない。
館の人間もあと一時間は起きないし、いつも通りならナギが館の人間達と顔を合わせるのは朝食を貰う時で、更に遅い時間だ。取り敢えず、すぐには見咎められることはない。
決意して、ナギは早朝の世界で、梯子を降り出した。
黒龍はまだおぼつかない足取りでナギを追って来て、ナギが梯子を降りるのを見ると、ぱたぱたと羽ばたいて宙を追って来た。
今にも落っこちそうな飛び方が心配で、ナギは梯子に足を掛けたまま、竜に両手を差し伸べてみた。
するとナギの意を理解したのか竜はそこに降りて来て、小さな体は、すっぽりと少年の手の中に納まった。
分かってくれた。
「いい子だね。」
こちらの考えが通じたことに、ナギは少しだけほっとした。
誰かが気まぐれに早起きするかもしれない。
もし窓の外を見でもしたらナギの姿は目に入るだろうし、その横で飛び回っている生き物がいたら、いくら小さくても目立つだろう。
―――――――――――どれだけ隠し続けられるだろうか。
ナギは竜を手に抱いたまま、床下から二つの桶を取り出した。
いつもと違う朝に牛達も動揺しているのか、柵の向こうでしきりに鳴いている。
赤ちゃん竜は、どれくらい人間の気持ちが分かるのだろう。
無謀な期待をしているのかもしれないが、ナギは桶の片方に、そっと竜を入れてみた。
すると黒龍は、桶の底で大人しく座った。
「じっとしてるんだよ。」
通じているのか分からないがそう言ってみると、竜はきらりと光る瞳でナギを見つめ返した。
その瞳に、ナギは知性のようなものを感じた。
竜を入れた桶を左手に提げ、扉を開けると東の空がもう白んでいた。
冷たい朝の空気が、肺一杯に広がる。
見通しゼロのまま、ナギは歩き出すよりなかった。
…………………取り敢えず竜は、哺乳類ではない気がする。
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